【完結】「お前を愛する者などいない」と笑われた夜、私は“本物の王子”に拾われた

波依 沙枝

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第三十六話

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「何をした?」

レオハルトは一拍置いた。

「私は、私の守るべきものを守りました。幼い頃からしてきたのと同じように」

微動だにしない。

私は机の縁に指を置いたまま、視線を外さない。

「守るべきもの、か」

言葉の端に、確かめる冷たさを乗せる。

「ある時から、お前が変わったのは知っていた」
「誰よりも早く大人になったのだと、私は捉えた」
「他でもないお前のことだ。それが一番、理屈が通る」

一拍。

「だが……大人になったことにも、ちゃんと理由があったのだな」

レオハルトは、そこで初めて——にこりと笑った。

優雅な王子の笑み。
この種の“整った笑み”を、彼がここで見せるとは思わなかった。

「私も人の子です。国王の子どもではありますが——皆と同じように感情もあり、人を愛し、愛されたいという欲もあります」

私は息を吐く。

レオハルトは淡々と続けた。

「簡単ですよ。私も一人の男だったのです」

——そして、その声の温度がすっと落ちる。

「陛下。机上の報告にあることを、私本人の口から語りましょう」

私は頷いた。

レオハルトは視線を逸らさず、短く語り始めた。

「セレスティアと出会った頃、私は混乱の中にいました」
「いつ背後を狙われるかわからない状態だった」

その言葉に、私の胸の奥が僅かに軋む。
父として、王として、守り切れなかった時間。

「そんな中で——彼女は、私の心を刺激した」

一拍。

「はじめて、自分の命以外で守りたいものが出来た」
「私は彼女を尊重し、大切にしました」

“尊重”という言葉を、彼は選んだ。

レオハルトは、わずかに眉を寄せる。

「けれど、まだ私も子どもでした」
「慎重さが足りなかったのでしょう」
「私の行動は、王妃の知るところとなりました」

そこから先は、報告書の通りだ。

「私は戦場へ送られ——その間に、セレスティアはリヒトの婚約者になっていた」

声に怒りはない。

私は問いを投げる。

「……リヒトを、どう思っている」

レオハルトの目が、ほんの僅かに細くなった。

「どうこう思ったことはありません」

即答だった。

「彼は傀儡です」
「私は常に、その背後の王妃を見ていました」

言い切った後、わずかに間を置く。
その間が、私に“次の言葉の重さ”を予告する。

「……ただ、今回ばかりは」

レオハルトの声が、さらに低くなる。

「殺してしまおうかと思いました」

空気が凍る。
だが私は瞬き一つしない。
ここは王の執務室だ。驚きは権威を削る。

レオハルトは続ける。淡々と。

「けれど、私の手を血で染めなくても、私は彼を殺せる」
「だから、殺しました」

——名誉を。立場を。未来を。
彼はそこまで言わない。言わなくても伝わる。

私は机上の報告書に視線を落とした。
確かに、“死体”はここにある。血のない死体が。

「なら聞く」
「どこまでやる」

レオハルトは一歩も引かない。

「もう終わりましたよ」
「リヒトも、その背後も」

一拍。

「私はセレスティアだけではなく、違う方面も固めていました」
「父上への報告にも上がっているでしょう」

——上がっている。
この机の上に、すでに。

レオハルトは、そこでまた微かに笑った。
さっきの“優雅な笑み”とは違う。
戦場帰りの男の、乾いた笑みだ。

「リヒトに、もう名誉はありません」
「私が好きなように脚色して、私が好きな物語をこれから描きます」
「セレスティアを伴って」

そして——彼は、ゆっくり言い直した。

「国王陛下」
「……いえ、父上」

その呼び方が、部屋の温度を変えた。

「これは、私の最初で最後のお願いです」

私は黙っている。
王として答えるべきか、父として答えるべきか。
——その境目に立たされるのは、いつもこの瞬間だ。

レオハルトは、まっすぐ告げた。

「私は、それをしてもいいですか?」
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