絶死の森で絶滅寸前の人外お姉さんと自由な異世界繁殖生活 転移後は自分のために生きるよ~【R18版】

萩原繁殖

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ep256 羚羊メシ!

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 そんなこんなで楽しく買い物していたらもうお昼時だ。腹の虫もいい具合に鳴っている。

「セラミナはまだソルレオンで本格的に料理を食べたことはないよね?」

「はい。ご主人様が買って下さった日に、屋台料理を頂いた以外ではまだです」

 ふむ。
 そういうことならちゃんとした料理屋さんで食べたいところだ。
 セラミナはきっとサイゼリ◯でも心から喜んでくれると思うけど、どうせならもっと手が込んでいて、料理の喜びを味わえるところ。

 ならもう、あそこしかないな。

「実はこの前、仲の良いギルド職員から教えてもらったお店があってね。隠れ家的で凄くいいお店なんだ。もしかしたらやってないかもしれないけど……行かないか?」

「はい! ご主人様がお勧めしてくださるお店なんて、素晴らしいに決まってますから。ぜひ!」

 セラミナが身を乗り出して目を輝かせている。緩んだ胸元から発育途中のJKパイがぷるんと揺れるのが見える。
 ちなみに、今彼女はブラックレーン通りで買った古着姿だ。クラヴィスの服には負けるけど、こっちも可愛い。正統派街娘って感じなんだよな。

 そして脇に大事そうに抱えているのは、この世界にしてはハイセンスなデザインのバック……。

(イイィィィーーッ!)

 実は僕が枝くんに頼んでいい感じのバックになってもらったのだ。



 先ほど彼女に貸していた僕の服を回収しようとしたら、一瞬残念そうな顔をしたので「……よければ寝間着に使う?」と訊くと「いいんですか! ありがとうございます!」とパァと顔を明るくさせ、服を抱きしめた。ただ、その服をしまうバックがなかったので彼女は手に抱えている。

(それじゃさすがに面倒だよね……そうだ!)

 考えた結果、枝くんに護衛兼買い物カゴとして形態変化してもらうことを思いついた。

「セラミナ、ちょっと待っててね」

「ご主人様? どうしたんですか? えっと、その大きな枝は……?」

 イメージしたのはルイなヴィ◯ンなやつ。

(枝くん、この形に変化できる?)

(イィィ?)

 そう言ってイメージを伝えても枝くんは戸惑うばかり。

 やっぱり僕のイメージ力だけでは限界があるかと、思った時にふと閃く。

(そうだ! ギノーくんに手伝ってもらおう! ギノーくん、展開!)

《ギノー、展開完了》

 無機質な音声が脳裏に響く。ちなみにセラミナは、無言で難しそうな顔をしたり、身体をくねくね動かしている僕をきょとんと見つめている。

(ギノーくん、僕のイメージを増幅して枝くんに送ることってできる?)

《可能。投影。ブランチャー、転送》

 ギノーくんは僕のよわよわイメージ力を増幅し、補強して枝くんに送る。

 しゅみみみみーん……。

 ギノーくんは僕のよわよわイメージ力を増幅し、補強して枝くんに送ってくれた。

(イィィィッーッ!)

 心得た、と言わんばかりに枝くんはその形をずももずもも、と変えていく。

「わ、わっ。枝の形がどんどん変わって……!」

 枝くんの細い体が、みし、みし、と音を立ててねじれ始めた。
 枝の繊維が編み込まれるように絡み合い、やがて平たい板状に広がっていく。

 節の部分は自然に滑らかな曲線を描き、四角い輪郭を形作った。そこからさらに細い蔓がぴょんと伸び、するすると編み込まれていく。
 やがて、しっかりとした二本の取っ手が生まれた。

(……思ったよりずっと高級感溢れるバックになったな)

 表面はまだ木の質感が残っているけれど、光の反射で葉脈のような、年輪のような模様が浮かび、まるで布に施された織柄のように見える。
 その模様が規則正しく並び、気づけばどこか洗練された意匠にすら思えてきた。

(……葉脈と年輪の模様が入り混じって、曼荼羅模様みたいだ。あれよりだいぶシンプルだけど)

 規則正しい自然の紋様は、独特で唯一無二のデザインパターンを生み出していた。軽くて頑丈で、大容量。耐水性もあってさらに護衛までしてくれる。正直、僕もめちゃくちゃほしい。

「はい、セラミナ。このバックあげるね」

「ごごごご主人様、このバック、どうやって……あとものすごく高級そうなんですけど」

「まあまあ。使ってあげてよ。ちなみにそのバック生きてるから。たまに水やりしてあげてね」

「い、い、生きてるんですか?」

「うん。君の護衛にもなるから大事にしてね」

 セラミナは目を丸くして、その変化を両手で受け取った。
 おそるおそる腕に下げると、枝材とは思えないほどしなやかに馴染み、何も入っていないのに不思議と高級品のような存在感を放っていた。

 最初はビビりまくっていたセラミナも次第にそのバックの良さに惹かれていったようだ。

「ご主人様……素敵なバック、ありがとうございます」

 ギュッと抱きしめてその中に僕の古着を大切そうにしまった。

 とまあこんな具合で枝くんバックが誕生し、セラミナはそれはもう初めて地上に降り立った天使のようにルンルンウキウキで道を歩いていた。天使といっても芋天使だけれど。智天使、熾天使、芋天使。ポテトエンジェルかわよ。

 でもセラミナ、バックにしまうのが楽しいからって落ちてる木の棒とかしまうの止めなさい。

「ご主人様! みてっ、見てくださいっ! これ、コボルトのシッポみたい! ユリオに見せてあげなきゃ!」

 って大はしゃぎでねじくれた木の棒をしまっていたのを見て泣いた。もしかしたら幼女のころから遊ぶ暇がなくて、感性が小学生で止まっているのかもしれない。

 あんまりにも喜ぶもんだから、止めようか止めまいか迷って結局、

「そうだね、ぐるぐるだね……」

「はい! ぐるぐる~!」

 と相槌を打つことしかできなかった。うん、純粋なんだよこの子は……。 


 そして現在。

「こちらがご主人様おすすめの?」

「うん。羚羊亭ってお店だよ」

 一見、何の変哲もないボロ民家だけど知る人ぞ知る名店、羚羊亭。この前初めてシャールちゃんに紹介されて、一発でその味の虜になった。女将のニールおばちゃんの人柄も含め、最高のお店だ。シャールちゃん、特別対応終わったかな。先輩にいじめられてないといいんだけど。

「……なんだか底知れない雰囲気がありますね」

 セラミナは「むむむ」と羚羊亭のやたらと重厚な扉を指でそっと撫でる。さすが料理人の娘。何かを感じ取ったのかも。

「入ってみれば分かるさ。ただ、やってない可能性もあるんだよね。だめだったら他のとこ行こう」

「ご主人様とご一緒ならどんなお店でも着いていきます!」

 にこにこ笑顔でハキハキ宣言。うーん、美味しいものいっぱい食べさせてあげたい。

 でっかいドアノッカーでゴンゴンゴン。

「ニールおばちゃん、いる? タネズです! タネズ・ケイです!」

 一瞬の沈黙のあと、中から『どかどかどかっ!』とまるでオークのような足音が聞こえ、重い扉が勢いよく開け放たれた。

「あんれまぁ~! ケイかい! よく来たねぇ!」

 そしてオークもかくやという豊満わがままトリプルボンッ!なボデーを揺らして、僕を優しく包み込む。叡智なし母性全開の抱擁だ。

(いつも泣きそうになるんだよなこのハグ)

 前の世界のこと、思い出しちゃうんだよ。別に両親とは仲良かったし、妹もいたし。

 でも、無理やり頭の外に出す。

「ニールおばちゃん、急にごめんね。今日お昼食べたいんだけどいけるかな?」

「もちろんさね! ケイ坊やならいつでも大歓迎……って、シャールと一緒じゃないのかい? あのあとどうなったんだい?」

 おばちゃんの圧に縮こまるセラミナを、つぶらな瞳で見下ろして言った。

「あんま大声で話すことじゃないんだけど……彼女の家に行ったあと、その、シャールちゃん、あれが始まっちゃってさ」

「……あちゃ~! あの子も運が悪いねえ! まぁ、それもあの子らしいかねぇ……で、こっちの可愛いお嬢さんはどなただい?」

「あ、あのっ! 私はご主人様の奴隷で食堂を任されているセラミナと申します。羚羊亭のことはご主人様から、素晴らしいお店だと伺ってました! ニールおばさま、どうぞよろしくお願いします!」

 人好きのする笑顔を浮かべて、ぺこぺこと何度もお辞儀。もし営業マンがこの子を隣に連れて飛び込み営業時したら、頭の硬いオヤジたちも途端に頰を緩まさて話を聞く気になってしまう。そんな笑顔と雰囲気だ。天性のものだよね。

「……あらあらあんらぁ!」

「ひゃっ!」

 もちろん、礼儀正しくて健気なお嬢さんのことが大好きなニールおばちゃんは、全身を持ってその挨拶に応えた。

「まぁまぁまぁ~~~! いい子だねぇ~~! セラミナっていうのかい? 可愛くて優しそうな子だこと!」

「あぶぶ、お、おばさまっ」

 全力で頬ずりされ困った様子のセラミナを、僕は生暖かい表情で眺めていた。姪を愛でる親戚の叔母さんの構図だな。


「同業者のお嬢ちゃんのためだからねぇ~! 腕によりをかけて作らなきゃねぇ!」

 ニールおばちゃんは僕たちをテーブルに案内したあと、でっかい水差しとグラスを置いて言った。

「何作ろうか? 何でも作ったげるけど、今日も持ち込みがあるのかい?」

「そうだね……。実はダイオークの肉があるんだけど、これを使っておいしいもの作れる?」

 僕は鞄からダイオークの肉を取り出しておばちゃんに見せる。
 すると彼女の目つきが剣呑なものに変わった。

(えっ、こわっ)

「ダイオークぅ……?」

 おばちゃんはしばらくしげしげとされを眺めていた。匂いをかぎ、弾力を確かめ、色艶を観察する。

「……ケイ、あんたとんでもないもん持ってきたねぇ」

 おばちゃんの目は据わっており、すごい怖い。

「それで、どうかな?」

「そりゃあもちろん……喜んで調理させてもらうよぉ!!!」

 そして弾けた。
 満面の笑みを浮かべ、大喜びでダイオークの肉を急いで持ってきた皿の上に載せる。感情の起伏がジェットコースターだ。

「ならよかった。あとは前と同じようにお任せにするよ」

「うんうん! そしたらこの前くれたキョン肉とランラビット肉を出そうかねえ。ハムや燻製にしたんのさぁ! たーんと食べていきな!」

 そしておばちゃんはドタドタと厨房に駆け込んでいった。

「……とってもパワフルなおばさまでした」

 撫でくり回されて髪がボサっとなったセラミナが呆然とした様子で呟く。

「やはりあれくらいの元気がないと、料理人はやっていけないんでしょうか」

 あらら。なんか変な方向で意気消沈しちゃってるな。

「私にあそこまでの元気はありません……」

「むしろセラミナはあそこまでの元気はないのに、やれてるんだからすごいんだよ」

「……そうなんですかね?」

「そうだとも。セラミナはうちの将来有望な料理人だからね。期待してるよ」

「……お任せください!」

 少し背中を押したらあっという間に立ち直ってくれた。若木っていうのはしなやかで頑丈で、生命力に溢れてるな。とは言ってもまだまだ多感な十六歳だからね。精神面含め、いろいろサポートしてあげないと。

---

 で、セラミナと一緒におしゃべりしながら待つこと十分弱。

 そこから怒涛の羚羊亭ランチフルコースが始まった。

「ほい! 羚羊亭名物、新鮮朝採れ野菜のシャキシャキサラダお待ちぃ!」
 
 まず運ばれてきたのは、大きめの木皿にこんもりと盛られたサラダだった。
 瑞々しいレタスやルッコラのような葉が山のように重なり合い、その上にパラリと散らされたのは、香ばしく燻されたランラビットの薄切りハム。

 削ったチーズがふんわりと雪のように舞い、植物系オイルと卵黄の濃厚なドレッシングが絡みつく。
 その見た目はシンプルなのに、皿全体から漂う香りがすでに食欲を刺激してきた。

「わぁぁ……! お野菜が光ってるみたいです!」

 セラミナは瞳をきらきらさせてフォークを手に取る。

 カリッ、とした食感が耳に届いた瞬間、彼女の頬がほころんだ。

「ふぁぁぁっ……シャキシャキしてて、すっごく美味しい……! あと、このお肉……じゅわっと旨みが広がります! ラビット系のお肉ってパサついちゃうことが多いのに、どうやってるんだろう……?」

 舌鼓を打ちながらもしっかり料理に対する考察は忘れない若い料理人。頼りになるぜ。

 僕もひと口。冷たい野菜の清涼感のあとに、ランラビットの軽やかな塩気と薫香が追いかけてきて、口の中が一気に華やぐ。

 この前食べたランラビット肉とはまた別の味、美味しさを感じる。

「サラダなのに主役級の旨さだわこれ」

 セラミナは嬉しそうに頷いて、恥ずかしげもなく言った

「ご主人様と一緒に食べると、もっと美味しいです!」

 突然無防備な笑顔を向けられ、ドキっとする。

 ……まったく、年下の女の子にこんなにドキつかせられるとはな。やっぱ男なんて何歳になっても女の子には敵わないんだね。

 まるでこっちも高校生に戻ったかのような気分になるよ。

「はいよ! お次は前菜一品目、燻製キョン肉のブルスケッタだよ! あとセラミナちゃんは未成年だから、よく冷えたシャティ茶を淹れたからねぇ~~!」

 程なくして木のトレイに乗せられてきたのは、香ばしく焼かれたバゲットの上に、薄くスライスされたキョン肉の燻製と、白く柔らかなチーズを重ねた一品だった。
 ほのかに立ちのぼる煙の香りが、テーブルの上にふわりと広がる。

 キョン肉は見た目よりずっと繊細で、噛むとじゅわっと甘い脂が滲み、燻煙の深みが舌の奥に残る。
 そこへチーズのまろやかさと、バゲットの小気味よい歯ざわりが合わさって――シンプルなのに完成された味わいに仕上がっていた。

「キョン肉、ですか」

「セラミナはキョン肉初めて?」

「はい、聞いたことはあったんですけど帝国の方ではあまり馴染みのないお肉です。どんな味がするのかなぁ」

 ワクワクが抑えきれないといった様子で、ブルスケッタにかぶりつく。

 途端に目をクワッと見開いた。

「んんっ……! このお肉、すごく柔らかいですぅ~~!」

 セラミナは目を丸くして、次のひと口を急ぐようにフォークを運ぶ。

「噛むたびにチーズが溶けて、パンがそれをぜんぶ受け止めて……。贅沢なのに、どこか素朴で、ほっとしますね」

 僕もひと口かじると、燻製の香ばしさが鼻に抜け、思わず肩の力が抜けていった。

「……チーズのこってりさをスモーキーなキョン肉の風味が中和してるね。ぜんぜんくどくないや」

「んっんっ、ごくっ……。このシャティ茶っていうのも凄くお肉と合ってて、脂を洗い流してくれます……」

「ごくごく……おおほんとだ。いいお茶だねこれ」

 シャティは烏龍茶に似た風味のお茶で、肉料理にはぴったりだった。

 セラミナは両手で皿を大事そうに抱え込みながら、幸せそうに笑っていた。



 僕たちがまだバゲットを食べている間に、次の品が来た。すさまじいスピードだ。どうやって作ってるんだろう。

「はいよぉ! お次は前菜2品目。ガヴィアンナ風わちゃわちゃ魚介のサルピコンだよぉ! 自家製ティンパにくるんで召し上がれ!」

 サルピコン? ティンパ?聞き馴染みのない料理名だ。

 セラミナを見ても首を振る。でも未知の料理に心躍って仕方ない様子だ。

 木鉢の中にこんもりと盛られていたのは、見慣れぬ海の幸をふんだんに使った彩り鮮やかな一皿だった。カルパッチョとサルサを一緒くたにした感じかな?

「クラストシュリンプは殻ごといけるように素揚げしてあるよ! 白身魚のフィンスケルは鱗を剥がなきゃ締めてもずっと新鮮なままだから、生でのご提供さぁ!」

 赤みがかった殻を持つクラストシュリンプは、小ぶりながらも肉厚で、噛むとぷりっと弾けるような歯ごたえ。
 そこに加わるのは白身魚のフィンスケイル。透明感のある身が角切りにされ、ほんのりと潮の香りを残している。

 刻んだ玉ねぎやパプリカのような野菜と一緒に、ビネガーと香草でさっぱりと和えられていて、皿の上は赤・白・緑と賑やか。まさにわちゃわちゃ魚介の名に恥じない見た目だ。

 こいつぁ島国生まれの血が騒ぐぜ。

「わっ、すっごい! ほんとにわちゃわちゃして素敵な見た目ですね!」

「だね。じゃあ頂こうか」

「はい!」

 セラミナが嬉々としてサルピコンをティンパにくるみ、僕に渡す。自分のもよそったところで、二人してかぶりついた。

「うおおぉ……」

 すっぱ!

 思ったよりしっかりした酸味!
 でも柑橘系の酸味だから爽やか!
 すぐあとに魚介風味の潮風が駆け抜けていく!

「す、酸っぱいけど……口の中がお魚さん達でいっぱいです!」
 
 クラストシュリンプの甘さとフィンスケルの淡白さが、ビネガーの酸味でぐっと引き立てられている。
 後味は軽やかで、次のひと口をすぐに運びたくなる。

「これはあっさりしたお酒が欲しくなるねぇ~」

 できれば白ワインみたいなやつでくいっといきたい。日本酒でも可。

「私はまだ子供なので分かりませんけど……きっとそうなんだろうなぁって味がします。お父さんが好きそうだなぁ」

「だろうねえ」



 お腹も四分目ってところで、にわかに厨房から香草と肉の脂が焼けるいい匂いが立ちこめてきた。暴力的に食欲を誘う香りだ。

「ほいよ! 真打ち登場! ダイオークのローストハーブ焼きだよぉ!」

 大皿にどん、と置かれたのは、こんがりと焼き色のついた分厚いダイオーク肉の塊だった。
 表面には森で採れた香草がまぶされ、焼けた脂と混じり合って、香りだけで口の中に唾があふれてくる。

 ナイフを入れると、外側の香ばしい層がぱりりと裂け、中からはじゅわりと肉汁があふれ出した。
 断面はほんのり赤みを残した美しいロゼ色。熱気と共に、肉とハーブの芳香がふわっと広がる。

「わ、わ、わぁぁ……! すごいです、ご主人様!」

 セラミナの瞳がきらきらと輝き、身を乗り出す。

 ミゲルが作るダイオーク料理とは香りも雰囲気も違うな。これは楽しみだ。

 一切れ取り分けられ、口に運んだ瞬間、外側のカリッとした香ばしさのあとに、柔らかな肉が歯を押し返すように弾み、旨みが爆発的に広がった。
 塩と香草、それだけのはずなのに、肉そのものの濃厚な風味が際立っている。

「……これは、たまらないな」

 僕は静かに唸る。
 まじで美味しい料理を口にしたとき、静かになっちゃうんだよね。

「そ、そんなに美味しいんですか」

「うん。セラミナも食べてごらん?」

「……はい!」

 取り分けられた一切れをセラミナが恐る恐る口に運ぶ。

 次の瞬間。

「っ……! な、なんですかこれ……!」

 彼女の瞳が大きく見開かれ、頬がかぁっと紅潮する。

 噛むたびにあふれる旨みに顔をゆがめ、すぐに眉を寄せて悔しそうに呟く。

「くぅ……っ! ……おいしい……っ。でも、悔しい……! 同じ料理を作る身なのに……!」

 一瞬きゅっと唇を結んで拳を握るが、次のひと口でまた頬が緩み、蕩けるような笑顔に変わる。

「でもやっぱり……おいしい……! うぅ、また悔しい……でも……っ! お父さんのとぜんぜん違う作法なのに……っ」

 まるで舞台の役者のように、悔しさと感動の表情をくるくると変えるセラミナ。

「セラミナ、表情豊かだね」

 思ったことを口に出したところ、カァっと彼女の顔の大部分が紅潮した。

「う、うぅ……恥ずかしいです……でも美味しいんです! くやしい、でも美味しい……! もう、どうしたらいいんですかぁ!」

 本当はテーブルに突っ伏したいんだろうけどそうも行かず、複雑な激情を抱えたままメインディッシュを食べまくっている。シャールちゃんもそうだったけど、僕の周りの女性はみんなよく食べるので楽しい。やっぱ健啖家と一緒にご飯を食べるとこっちまで食欲が増進していくから不思議だ。


「あらぁ~残さず食べてくれたのねぇ~ありがとねぇ~! はい、デザートのモンステラモンブレア! 飾りのトゲトゲは食べられないから注意してねぇ~!」

 運ばれてきたのは、見た目にも華やかなデザートだった。
 白い皿の中央に絞られた黄金色のクリーム。その上には鮮やかな黄色の果肉がリボンのように重ねられ、ふわっと甘い香りが漂ってくる。

(モンステラって……前の世界では確か食用非推奨の観葉植物だったような)

 なんで非推奨なんだったけな。
 でもまあ、こっちは異世界だしあんまり先入観に引きずられるのも良くないか。

 ひと口すくうと、とろけるような甘みが舌を包んだ。

(うわっ、バナナとマンゴーの中間のような味だ……いやぁこれは美味しい)

 夢中で食べていると、追いかけるようにほんのりピリッとした刺激が走った。

「えっ、わぁぁ……! な、なんですかこれ……デザートなのに、ちょっとスパイシーです!」

 セラミナが驚きの声を上げる。

(待てよ、このピリつきって……もしかしてシュウ酸カルシウムなんじゃ? そうだ、モンステラが非推奨なのはシュウ酸カルシウム摂取する可能性あるからだ)

 再び味わってみると、濃厚な甘さの中に確かに小さな棘のような刺激があり、そのコントラストがクセになる。甘さに溺れる前にピリッと引き締められて、また次のひと口を欲しくさせる、不思議な魅力だ。

「おばちゃん、このモンステラってもしかして食べるのに熟成とか必要なんじゃない?」

「あらぁ! ケイ、よく知ってるねえ! その通りだよ。この果物は未成熟のまま食べると口の中に『幾千もの怪物が召喚される』って言われていてねえ。そのまま食べたやつは呼吸するのも痛くなって、窒息しちまうんだよ」

(やっぱりシュウ酸カルシウムじゃん!)

 シュウ酸カルシウムっていうのは、植物が自衛のために蓄えているって言われていて、すんごい細かい撒菱のような形をしているらしい。だからそれが粘膜に触れると刺さりまくるっていう……。

「ん~! おいふぃ~!」

 しかしセラミナはそんなことなどお構い無しに食べまくる。肝が据わってるわ……。

「ケイ、安心しなぁ。うちが取り扱ってるのは完全に『怪物』が抜けきったモンステラだからねぇ。ちょいとピリピリするけど、人体には無害さね! ちゃあんと保証書のあるもんだから気にせず食べなぁ~!」

 ま、まあそこまで言うなら大丈夫か。

 シュウ酸カルシウム摂りすぎると尿路結石になるからね。気をつけないと。

 ちなみに僕は尿酸結石を尿道から生成したことがあるよ。ある日ちんちん痛えと思っていたら、僕のプリティな尿道から琥珀色のギターピックみたいな特級呪物がまろび出て、びっくらこいた。陶器の便器に当たる『シャリン……』という涼やかな音色が、今でも耳にこびりついてるんだよなぁ。

 それはそれとして。

 飾りとして添えられたモンステラの外皮は緑のトゲトゲした形で、まるで異世界植物の芸術品。
 フォークを持つセラミナが、トゲの装飾にびくびくしながらもクリームを夢中ですくっては頬を緩めていた。

「ご主人様……! これ、最高です……! あまい……でもピリッとして……すごいです!」

「よかったね。セラミナが幸せなら僕も幸せだよ」

 なんだかんだで食堂の締めにふさわしい、羚羊亭ならではの異世界スイーツだった。

 
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