風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-

Keitetsu003

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三十章

三十話 スイカズラ -献身的な愛- その四

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「先輩、お待たせいたしました」
「……獅子王先輩から聞いたか?」
「はい、すべて聞きました」

 空港の外に出た私は、先輩と落ち合った。
 空は曇っていて、風が冷たい。フェンスの向こう側には飛行機が飛び立っている。あの飛行機の中に、獅子王さんはいるのだろうか。
 先輩はフェンスの向こう側を見つめたまま、振り向こうとしない。
 私達はそのまま、動かずに空を見上げていた。しばらくすると、白い雪が舞い降りてきた。どうりで寒いわけだ。雪はしんしんと降り続いている。

「……すまない、伊藤」
「謝らないでください。それより、先輩は大丈夫なんですか? 無理してボロボロじゃないですか」

 私を護るために腕を痛め、体はバイクで転んだせいで泥が体についている。私を騙していた事に罪悪感を感じ、それにさいなまれ、身も心も傷ついてしまっている。見ていて痛ましい。こんなに傷ついたのに、頑張ったのに、私達では獅子王さん達を幸せにできなかった。本当にやりきれない。

 獅子王さんと別れた後、古見君からの着信があったかどうか確認したけど、何もなかった。私はつい黒井さんのメールをチェックした。獅子王さんがいなくなったことが信じられなくて、現実逃避したかっただけなんだけど、見てしまって後悔した。
 なぜ、もっと早くチェックしなかったのか。ほとほと、自分のバカさ加減に呆れてしまう。

『件名:報告
 ○○:○○に校舎裏で獅子王先輩と古見君を見かけました。古見君は泣きながら、獅子王先輩にすがりついていました。橘風紀委員長との勝負に関係があると思い、メールします。
 昼間は申し訳ありませんでした。罪滅ぼしとは言いませんが、それでも、私はあなたを応援しています。伊藤さんなら、きっとあの二人を幸せに導けると思います。あの二人の事を誰よりも理解し、心配しているのは伊藤さんですから。頑張ってください』

 どうして、チャックしなかったのだろう。チェックしていれば、もっと違った未来があったのかもしれないのに……。
 胸が張り裂けそうだった。私こそ、先輩に顔向けできなかった。
 先輩は申し訳なさそうに私を見つめている。それが辛かった。

「かまわない。これは自業自得だ。俺は何もできなかった。伊藤に全てを押し付けて、真実を隠して、騙していた。どんな罰でも受けるつもりだ」
「罰なんてないですよ。だれも被害者はいません。獅子王さんは笑って去ってしまいました。古見君もきっと私達のことを恨んでいないでしょう。だから、だれも私達の事を恨んでいませんよ」

 罰を受けないのが罰なんだ。罰を受けて償えば、楽になれるだろう。でも、罰を与えられなければ、ずっと償えない。その痛みを抱えたまま、私達は生きていかなければならない。今度は失敗しない為に。

「伊藤は俺や左近を恨んでいないのか?」
「恨んでほしいんですか? それなら恨みますけど」
「いや、いい。帰るか」

 先輩は駐車場へ歩き出す。

「待ってください」

 私は先輩を呼び止める。まだ終わっていない。肝心かんじんなことが残っている。

 私と先輩の関係。

 先輩は私の為に行動してくれた。私を護ってくれた。体も心も傷だらけになっても、私をいつも助けてくれた。
 それなら、私は? 私はどうすれば、先輩を護ることができるの?
 私が先輩と一緒にいれば、先輩はこれから先も傷ついてしまう。私は先輩を愛している。その想いが先輩を傷つけてしまう。

 先輩を傷つけなくて済む方法はあるの?
 愛しい先輩の為に私ができること。
 自身の事を考えず、先輩の為に身を尽くすこと。その方法は一つしかない。

 胸が締め付けられるように痛い。これを実行してしまえば、もう二度と今の関係には戻れない。
 でも、それでも、私は先輩の為に、これ以上先輩を傷つけない為に選ばなければいけない。

 先輩……先輩……。

「どうした、伊藤?」
「先輩に伝えておきたいことがあります。私は先輩の事が好きです」

 やめて……今ならまだなかったことにできる。そう心が叫んでいる。
 唇がふるえ、声が出ない。逃げ出したい。だけど、言わなきゃいけない。だって、先輩の事を愛しているから。
 覚悟が決まらない私を後押しするかのように、獅子王さんにキスされたところが熱を帯びる。勇気がうまれ、決心が固まる。
 今なら言える。今なら先輩の為に、私の想いを殺すことができる。

 さあ、やりとげよう。愛する人の為に私ができることを。先輩、愛しています。

「でも、私の想いが先輩の負担になるのなら、傷つけるのなら、もう終わりにします」
「待て、伊藤。お前は何を言って……」

 涙があふれる。でも、笑顔で別れなきゃ……。
 先輩……先輩……先輩!

「さようなら、先輩……先輩と出会えて、幸せでした……ありがとうございました」

 私は風紀委員の腕章を先輩に渡した。
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