風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-

Keitetsu003

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三十章

三十話 スイカズラ -献身的な愛- その三

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「えっ?」

 どういうことなの? 橘先輩が私の為に、二人の仲を取り持ったって。どうして? 意味が分からない。
 私の為なら、最初から獅子王さんを応援してくれているはずじゃない? でも、橘先輩は二人を別れさせようとしていた。

 同性愛は認められないって私に言ったのに、どうして、私の為に二人を応援することになったの? いつから考えが変わったの?
 応援してくれるのならなぜ、先輩も橘先輩も私に黙っていたの?
 早く言ってくれたら、獅子王さん達が別れずにすむ何かいい案が浮かんだかもしれなかったのに。

 全然考えがまとまらない。獅子王さんの勘違いだと思う。そうとしか思えない。
 でも、獅子王さんは確信しているみたい。橘先輩は私の為に行動したのだと。

「俺様がひなたと期間限定で付き合うことになったのは、藤堂達の願いがあったからだ。俺様は期間限定の付き合いなんて反対だった。手に入らないものはいらない。与えられたものを手にしても、なぐさみにもならねえ。なにより、ひなたに下手な希望を与えたくなかった。だけどな、藤堂と橘が、お前の為に何度も頭を下げたんだ。ほのかを傷つけないよう、ひなたと付き合ってほしいってな。ほのかのせいで二人が別れるようなことがあったら、ほのかは自分を責め続ける、傷ついてしまう。だから、期間限定でも付き合ってほしいと言われた。ひなたもほのかに恩返しがしたいって言いやがってな。仕方ねえから付き合うことにしたんた」

 なにそれ……そんな理由なの? そんなのって……そんなのって……。

「……バカじゃないんですか? 獅子王さんは誰かのお願いをきくような人じゃないでしょ! 人に利用されることが大嫌いな人ですよね! なのにどうして、そんなお願いをきいたんですか! 私を理由にしないでくださいよ! もっと、自分達の事を考えてくださいよ! 私の為っていうのなら……お願いですから別れないでくださいよ! お願いですから……」
「悪いな。俺様は命令されるのが我慢できねえ。だから、自分の意志で決めた。獅子王財閥を乗っ取るのも、ひなたと期間限定で付き合うことも。ひなたは俺様をいつも見てくれていた。ほのかは俺様の為に泣いてくれた。そんな二人の為に、俺様ができることをしたいって思ったんだ。ふっ、人の為に何かをするのも悪くないな。お前とひなたのおかげでそのことに気づけた。サンキューな。だが、もう遊びの時間は終わりだ。もし、これ以上俺様とひなたが付き合うことになったら、獅子王財閥はほのかを狙う。現にほのかの父親をリストラしようとしていたからな。俺様がなんとか止めたが、これ以上はお前に迷惑をかけられねえよ」

 声が出なかった。出てくるのは涙だけ。ああっ、なんてことなの……。
 私は自分の知らないところでどれだけの人に護られていたのだろう。
 どれだけの恩を受けていたのだろう。
 それに気づかずに、私は何をしていたのだろう。
 何をしてしまったのだろう。

 失恋したとき、私は自分の部屋で古見君にあたってしまった。両想いになって幸せになれたと思っていた古見君にひどいことを言ってしまった。嫉妬しっとしていた。
 そのとき、私はどれだけ古見君を傷つけてしまったのか。
 私だけではなかった。古見君も失恋していた。
 それも二回とも同じ相手に。古見君だって辛かったのに、私は何も知らずに甘えていた。

 お互い好きなのに、別れることが決まっていて、それでも古見君は、獅子王さんは私の事を励ましてくれていた。失恋の痛みを全然見せなかった。
 なのに、なのに私は……私は!

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい」

 私に何ができるの?
 獅子王さんの為に、古見君の為に私が出来る事ってなに?
 二人だけじゃない。橘先輩や先輩にも迷惑をかけていた。

 ずっと橘先輩に迷惑をかけていた。それでも橘先輩は、私が傷つかないよう動いてくれていた。いつも私の事を心配してくれていた。
 それに気づかずに私は甘えていた。
 橘先輩にちゃんと謝りたい。お礼を言いたい。

 先輩にも迷惑をかけた。先輩はずっと私に伝えようとしていた。だから、私の様子を見に来てくれていた。
 私との勝負に負けて手伝いに来てくれていたんだと思っていたけど、違ったんだね。
 先輩は真実を言いたそうにしていたのに、私はそれを失恋の事と結び付けてしまい、聞こうともしなかった。

 私がもっとしっかりとしていれば、自分のことばかり考えていなければ、話を聞けたのかもしれないのに……その機会を自分で壊してしまった。
 二人の別れがたとえ避けられなくても、せめて、先輩の心労を少しでも軽くすることができたはず。
 自分の事ばかり考えてしまったから出来なかったんだ。

 ごめんなさい。自分のことしか考えていなくて、ごめんなさい。本当に、本当にごめんなさい……。
 涙が地面にぽつりぽつりと落ちていく。後悔と無力さでもう、力が出てこない。どうしたらいいのか、分からない。

「ほのか……」

 それは一瞬だった。獅子王さんが私を抱き寄せ、私のおでこにキスをした。
 私は獅子王さんの行動の意味を知り、胸が熱くなる。

 キスする場所には意味がある。唇にキスなら愛情、頬にキスなら親愛、おでこにキスは友情。

「ほのか。この世でたった一人の俺様の友達に頼みたいことがある。ひなたのそばにいてやってくれ。アイツがまだ俺様の事で悩んでいたら、泣いていたら励ましてやってくれ。ほのかなら出来るって信じてる。頼めるか」
「……はい。任せてください」
「ありがとな。これでもう、思い残すことはねえ。いってくるわ」
「……いかないで」

 獅子王さんの袖をつい掴んでしまった。
 今、古見君の事を頼まれたのに、はいって応えたのに、私は獅子王さんを引き留めてしまった。
 この手を離してしまえば、獅子王さんはいなくなってしまう。そんなのイヤ……。

 見栄えや体裁なんてどうでもよかった。私は迷子になった幼子のように獅子王さんを見つめる。
 こんなに自分が弱いだなんて知らなかった。情けないけど、もうこんなことしか私にはできない。最後の悪あがき。
 獅子王さんはそっと私の手を握る。

「ほのか。お前は俺様が認めた最高の女だ。だから、黙っていかせてくれ。もし、困ったことがあったら、どうしようもない事態で助けが必要な時は、俺様を呼べ。世界中のどこにいても、俺様はお前の元へかけつけて助ける。その日が来るまで、お別れだ」
「……助けが必要ない時でも会ってくれますか?」
「おう」
「日本に帰ってきたら、絶対に、絶対に会いに来てくださいね。古見君と一緒に待ってますから」
「分かった。約束だ」

 私と獅子王さんは指切りをした。獅子王さんはきっと叶えてくれる。それならば、私はもう見送ることしかできない。
 小指と小指が離れていく。
 獅子王さんは振り向かずに、ゲートの向こうへと去っていった。私はその後ろ姿を見えなくなるまで、黙って見送っていた。
 涙と共に思い出があふれてくる。



 ねえ、獅子王さん。こんな結末で本当によかったんでしょうか? 私達はなんのために頑張ってきたんでしょうか?
 恋は実らず、報われなくて、獅子王さんと古見君は別れてしまった。

 これでは押水先輩の時と同じ。だれも幸せになれず、残ったのは恋愛の残滓ざんしだけ。
 もう同じ過ちは二度としないと誓ったのに……みんなが幸せになる結末を夢見て頑張ろうと行動したのに……今回も何も出来なかった。

 変わりたい……泣き虫を卒業して、強くなりたい。
 今度こそ、今度こそみんなが幸せになれるよう、自分の事は考えずに、誰かの幸せの為に、身を尽くして行動できる強い人になりたい。
 そんな強さを、私は手に入れてみせる。

 この日、私は誓った。
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