追放された王子は魔物の王になった〜魔剣が導く覇道〜

ソコニ

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第11話:魔境の支配者たち

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魔境の平和は、長くは続かなかった。

アーサーが「共存の王」として即位してから三ヶ月。彼は魔知の谷を中心に、新たな秩序の構築を進めていた。王国との和平交渉は一歩一歩前進し、魔境の外周部では限定的な交易さえ始まっていた。

「王よ、東部地区の再建計画です」

蛇女のセルピアが書類を差し出した。彼女はアーサーの側近としての地位を確立し、魔境の行政を担当していた。その知性と穏やかな人柄は、様々な種族間の調整役としても重宝されていた。

アーサーは書類に目を通しながら頷いた。彼の姿は更に変化していた。全身を覆う黒い外皮はより洗練され、まるで高貴な鎧のようになっていた。額の角は小さいながらも威厳を感じさせ、紫の瞳は魔力を宿して輝いている。人間の面影を残しつつも、明らかに魔境の王としてふさわしい風格を備えていた。

「これでいい」彼は書類に印を押した。「コボルト族の新たな居住地も確保できるな」

「はい」セルピアは微笑んだ。「彼らも喜ぶでしょう」

アーサーが窓の外を見れば、魔知の谷は活気に満ちていた。かつては孤立していた様々な魔物種族が、今では共に働き、生活している。彼が築き始めた「共存」の理想は、徐々に形になりつつあった。

「アーサー!」

急な叫び声と共に、竜人のドラコが慌てて執務室に飛び込んできた。彼の顔には緊張が走っている。

「何があった?」アーサーは立ち上がった。

「南部の"炎の谷"から報告が——」ドラコの言葉が途切れた時、轟音が遠くから響いてきた。

アーサーは窓から外を見た。南の空が赤く染まり、巨大な火柱が立ち上っている。

「あれは...?」

「"炎竜"ヴァルガスだ」ドラコが厳しい表情で言った。「四天王の一人が動き始めた」

アーサーの表情が引き締まった。「四天王」——魔境の中でも特に強大な力を持つ四人の魔物のことだ。彼はその存在を聞いていたが、彼らはこれまで沈黙を保っていた。

「四天王...なぜ今になって」セルピアが心配そうに呟いた。

「理由は分からぬ」ドラコが答えた。「だが炎竜は領土に侵入者を許さぬ。おそらく、アーサーの勢力が拡大していることに警戒を示したのだろう」

アーサーはモンスターイーターを手に取った。剣が彼の手の中で微かに震え、紫の光を放った。

「会いに行こう」彼は決然と言った。「この魔境に二つの勢力が対立するのは望ましくない。話し合いの余地があるはずだ」

「王、危険です」セルピアが懸念を示した。「ヴァルガスは理性より、本能に従う存在。彼は千年以上も炎の谷を支配する古竜です」

「それでも、試みる価値はある」アーサーは静かに言った。「準備を整えて、直ちに出発する」

---

炎の谷は、その名の通り、常に赤い炎が燃え盛る奇妙な地形だった。岩肌からは熱い蒸気が立ち上り、地面からは間欠的に炎が噴き出す。通常の生物には過酷すぎる環境だが、火の魔力を持つ魔物たちにとっては理想的な住処だった。

アーサーはドラコと共に谷の入口に降り立った。彼の背後には数名の魔知種の戦士たちが控えていた。

「この先は私一人で行く」アーサーは言った。

「だが、王...」ドラコが反対しようとした。

「私が四天王と対等に渡り合えることを示さねば、真の王とは認められない」彼は決意を込めて言った。「下がっていろ」

ドラコは不満げだったが、従った。彼はアーサーの判断を尊重していた。

アーサーは単身、炎の谷の奥へと進んだ。彼は「岩肌」のスキルを発動させ、皮膚を岩のように硬化させることで熱から身を守った。それでも、谷の中心に近づくにつれ、空気そのものが灼熱となり、呼吸すら困難になっていく。

「この先に...」

彼が谷の最奥に辿り着くと、そこには広大な火口湖があった。しかし、水ではなく赤く燃える溶岩が湖面を埋めていた。そして、その湖の中央にある岩島の上に——

巨大な竜が鎮座していた。

全長は優に30メートルを超える。深紅の鱗に覆われた体からは常に炎が立ち上り、背中には巨大な翼が畳まれている。その頭部には鋭い角が幾つも生え、黄金の瞳が冷たく光っていた。

炎竜ヴァルガスだ。

「人間...いや...人間にあらず...」

竜の声が轟音となって響いた。その声は人語でありながら、どこか獣のうなり声のようでもあった。

「私はアーサー・レド・ルミエル」彼は毅然と名乗った。「魔境の新たな王だ」

「王?」炎竜が嘲笑うように炎を吹いた。「笑わせるな。汝如きが王を名乗るか」

ヴァルガスが立ち上がると、溶岩湖が激しく揺れた。彼の巨体は圧倒的な存在感を放っている。

「我こそは千年来この地を統べる者。"炎の王"ヴァルガスなり」

アーサーは一歩も引かなかった。「私は争うために来たのではない。和解を求めて来た」

「和解?」ヴァルガスが鋭い目で彼を見据えた。「黒の王冠を継承し、魔知種どもを従えた小僧が、我に対等を求めるというのか」

炎竜は翼を広げ、溶岩湖から飛び立った。その巨体が空中に舞い、熱波と共に降下してくる。

「力なくして王たるなかれ!汝の実力、見せてみよ!」

熱風と共に放たれた炎の息が、アーサーに向かって迫ってきた。彼は跳躍し、間一髪で避けた。地面が赤熱し、岩が溶け始める。

「話し合うつもりはないようだな」

アーサーはモンスターイーターを抜いた。黒い剣が紫に輝き、彼の体から魔力が溢れ出す。

ヴァルガスが再び炎の息を吐く。今度はより広範囲を焼き尽くそうとしている。

「"水脈操作(ウォーターコントロール)"!」

アーサーは魔力を解放し、地中に眠る水脈を呼び覚ました。地面から水柱が噴き出し、炎を迎え撃つ。蒸気が爆発的に発生し、視界を奪う。

「なに!?」ヴァルガスが驚いた声を上げた。「水の力を操るとは...」

蒸気の中から、アーサーの姿が飛び出した。彼は背から黒い翼を広げ、空中戦を挑んできたのだ。

「炎竜よ、私の力を見よ!」

モンスターイーターが閃き、ヴァルガスの鱗を掠める。硬い鱗を持つ竜でさえ、傷がついた。黒い血が一滴、滴り落ちる。

「小癪な...!」

怒りに任せてヴァルガスが尾を振るうと、アーサーは吹き飛ばされた。彼は岩壁に激突したが、「甲殻防御」で身を守り、すぐに体勢を立て直した。

「なかなかやるな、小僧」ヴァルガスが唸った。「だが、これが我が真の力!」

竜の体が赤く輝き始めた。鱗の隙間から赤熱した魔力が漏れ、空気そのものが歪む。ヴァルガスは炎の力を極限まで高めていた。

「"業火(ゴウカ)"!」

彼が口から吐き出したのは、普通の炎ではなかった。青白く燃える魔炎が、アーサーを包み込んだ。

「ぐあああっ!」

激痛と共に、アーサーは地面に叩きつけられた。「岩肌」の防御も、この炎の前では焼き尽くされる。彼の黒い外皮に亀裂が走り、血が滲む。

「まだ足りぬか」ヴァルガスが冷酷に言った。「真の王は、どんな苦難も乗り越える。痛みに屈するようでは、我らを率いる資格なし」

アーサーは苦しみながらも立ち上がった。モンスターイーターを握る手に力を込める。

「まだ...終わらない...」

彼は剣に魔力を集中させた。剣が共鳴し、紫の光が強まっていく。

「我はモンスターイーターの使い手」彼は静かに言った。「そして、黒の王冠の継承者。二つの力の融合...これが私の真髄だ」

彼の体から、青と紫の光が交錯しながら溢れ出した。魔力のオーラが具現化し、竜巻のように周囲の空気を巻き上げる。

「何...この力は...」ヴァルガスでさえ、一瞬たじろいだ。

アーサーの姿が変わり始めた。黒い外皮が修復されるだけでなく、より強固になっていく。背の翼は大きく広がり、腕には鋭い刃が形成された。彼は今や完全に戦闘形態へと変貌していた。

「行くぞ、炎竜!」

彼の速度は以前の比ではなかった。一瞬で竜の懐に飛び込み、剣を振るう。ヴァルガスは驚きの声を上げた。彼の鱗を、モンスターイーターが次々と切り裂いていく。

「この...!」

怒りに任せて炎竜が全身から炎を噴出させる。アーサーは一度距離を取り、それから再び接近戦に持ち込んだ。

「竜の弱点は...ここだ!」

彼は竜の胸部、心臓がある場所めがけて剣を突き立てた。

「ぐおおおっ!」

ヴァルガスの苦悶の咆哮が谷に響き渡った。致命傷ではないが、確かな手応えがあった。

傷ついた竜は空高く舞い上がり、最後の力を振り絞った。

「覚悟しろ!我が全てを懸けた一撃...炎王滅砕撃(エンオウメッサイゲキ)!」

彼の体が太陽のように輝き、谷全体を飲み込むほどの炎が渦巻き始めた。この攻撃を受ければ、アーサーの体も灰と化すだろう。

「受けて立つ...!」

アーサーはモンスターイーターを両手で構え、魔力を極限まで高めた。剣が震え、紫の光柱となって夜空を貫く。

「王の剣(キングスブレード)!」

彼が剣を振り下ろすと、紫の斬撃が空間を切り裂き、ヴァルガスの炎と正面から衝突した。二つの力がせめぎ合い、衝撃波が谷全体を震わせる。

一瞬の静寂の後、爆発的な閃光が世界を埋め尽くした。

---

意識が戻ったとき、アーサーは溶岩湖の岸辺に横たわっていた。体は傷だらけだが、致命傷は免れている。彼は痛みを堪えながら周囲を見回した。

溶岩湖は半分以上干上がり、炎の谷は一変していた。岩が砕け、地形そのものが変わっている。そして——

炎竜ヴァルガスの姿があった。彼もまた傷だらけで、翼の一部は千切れていた。しかし、彼は死んでいない。むしろ、アーサーをじっと見つめていた。

「なぜ...とどめを刺さなかった」ヴァルガスが静かに問うた。

アーサーは立ち上がり、剣を鞘に収めた。

「私は言った。争うためではなく、和解を求めてきたと」

竜の目に、驚きの色が浮かんだ。

「最後の一瞬...お前は攻撃を弱めた」

「あなたを殺すつもりはない」アーサーは静かに言った。「あなたの力と知恵は、魔境にとって貴重だ。敵に回すより、共に歩む方が賢明だろう」

ヴァルガスはしばらく黙っていた。千年を生きた古竜は、長い沈黙の末、ゆっくりと頭を下げた。

「我は...負けを認めよう」

彼の体から赤い光が立ち上り、その姿が縮小し始めた。光が収まると、そこには人型の姿をした存在が立っていた。

赤い鱗の鎧のような外皮に覆われ、背には小さな翼を持つ竜人だ。彼は炎竜の人型形態だった。身長は人間より高いが、先ほどの巨体に比べれば、はるかに小さい。

「千年の間...我に挑む者は多かった」人型となったヴァルガスが言った。「だが、勝ち得た者はなく、そして勝ちながら命を与えた者もいなかった」

彼はアーサーの前に膝をつき、頭を垂れた。

「アーサー・レド・ルミエル。汝を我が王と認めよう」

アーサーは彼の前に立ち、手を差し伸べた。

「立て、ヴァルガス。私が求めるのは従者ではなく、同志だ」

炎竜は驚いた表情を浮かべ、差し出された手を取った。

「同志...か」彼は感慨深げに呟いた。「千年来、そう呼ばれたことはなかった」

「これからは変わる」アーサーは力強く言った。「共にこの魔境を守り、新たな時代を築こう」

彼らが谷の入口に戻ると、ドラコたち一行は呆然とした表情でその光景を見つめていた。炎竜ヴァルガスが人型となり、アーサーと肩を並べて歩いてくる——それは彼らにとって信じがたい光景だった。

「王...勝ったのですか?」ドラコが驚いて尋ねた。

アーサーは微笑んだ。「勝負ではない。理解を得たのだ」

ヴァルガスは厳しい表情でドラコを見つめた。「竜人よ、お前も王に仕えているのか」

「仕えているというより...共に歩んでいる」ドラコは慎重に言った。

「面白い」炎竜が唸るように笑った。「では我もそうしよう」

彼はアーサーに向き直った。「我が炎は王のために燃える。そして我が知識も——千年の記憶を、汝に捧げよう」

「千年の記憶...?」

「然り」ヴァルガスは頷いた。「古き魔境の姿、そして...四天王の他の者たちについての知識をな」

アーサーの目が輝いた。四天王の残り三人——彼らの力を得られれば、魔境の統一はさらに進むだろう。そして、より強大な力を手に入れることができる。

「教えてほしい」彼は言った。「残りの四天王について」

ヴァルガスは重々しく頷いた。「それぞれが強大な領域を支配している」

彼は北を指差した。「"氷狼王"フェンリル——氷雪の荒野を支配する者」

次に東を指した。「"鬼将軍"オウガ——戦鬼の峠を治める武の達人」

最後に西を指した。「そして..."死霊王"ネクロス——死者の森を支配する禁忌の力の使い手」

「四天王全ての協力を得れば...」アーサーは思考を巡らせた。

「真の魔境の覇者となれる」ヴァルガスが言葉を続けた。「だが、彼らは我より遥かに頑なだ。特にオウガは人間を憎んでいる」

アーサーは挑戦的に微笑んだ。「それでも、試みる価値はある」

彼はモンスターイーターを掲げ、剣が紫に輝いた。

「次は氷狼王フェンリルだ。彼の居場所を教えてくれ」

炎の谷の決戦を乗り越え、四天王の一角を味方につけたアーサー。彼の魔境統一への道は、ようやく本格的に始まったのだった。
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