追放された王子は魔物の王になった〜魔剣が導く覇道〜

ソコニ

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第10話:共存の王

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聖騎士団の先遣隊撃退から一日後、魔境の防衛体制は一変していた。

魔知の谷を中心に、様々な魔物種族が集結し始めていた。ガルザスの呼びかけに応じ、これまで互いに接触することの少なかった魔知種たちが、共通の敵に対して団結しつつあったのだ。

アーサーは魔知の谷の高台に立ち、集まる魔物たちを見下ろしていた。彼のそばにはガルザスとドラコ、セルピアが立ち、状況を見守っていた。

「一日でここまで...」アーサーは感嘆の声を上げた。

辺りには様々な種族の魔物が集まっていた。岩のような体を持つゴーレム族、木々と一体化したドライアド、巨大な蜘蛛のような姿のスパイダーフォーク...そして先日救出したコボルトたちも、恐る恐る他の魔物たちと交流し始めていた。

「彼らは千年もの間、互いに孤立して生きてきた」ガルザスが説明した。「だが、人間の脅威が目前に迫り、彼らは選択を迫られている。団結するか、滅びるかだ」

「しかし、問題もある」ドラコが渋い表情で言った。「下級魔種の多くは知性が低く、統率が難しい。特に"野生区域"に棲む者たちは獰猛で、味方も襲う可能性がある」

アーサーは頷いた。これは彼も把握していた問題だった。魔境には様々なレベルの魔物が存在し、全てを一つの指揮下に置くのは容易ではない。

「だからこそ、魔王の力が必要なのだ」セルピアが静かに言った。「"黒の王冠"に辿り着き、その力を解放できれば...」

アーサーは胸に手を当て、魔知の石の存在を確認した。石は彼の体内に取り込まれ、常に心臓の近くで脈動している。その力を通じて、彼は魔境のより深い部分と繋がりつつあった。

「時間がない」彼は決意を込めて言った。「私は今日中に"魔王の玉座"へ向かう。残る二日で王国の本隊が来る前に、何としても力を得なければならない」

ガルザスは杖で地面を叩いた。「だが、黒の王冠への道は険しい。多くの危険が待ち受ける。お前一人では...」

「私も行く」ドラコが一歩前に出た。「竜の翼があれば、移動は速くなる」

「私も」セルピアが続いた。「癒しの力が必要になるでしょう」

アーサーは感謝の意を込めて頷こうとした、その時だった。

「族長!」見張りの魔物が慌てて駆け寄ってきた。「王国軍が動き出しました!予想より早く、本隊が魔境の東部国境に集結しています!」

「何だと!?」ガルザスが驚愕の声を上げた。「まだ二日あるはずだったが...」

アーサーの表情が引き締まった。「シルヴィアが報告を上げた後、計画が前倒しになったのだろう。これは...」

彼の言葉が途切れた時、遠方から轟音が響いてきた。地面が振動し、魔力の波動が魔境全体を揺るがした。

「結界が...破られた」ガルザスが呆然と呟いた。「東部国境の結界が崩れ始めている」

アーサーは咄嗟に飛び上がり、背中から黒い翼を展開させた。空から見れば、状況がより明確に把握できるはずだ。彼が高く舞い上がると、恐ろしい光景が目に入った。

東の空が赤く染まり、巨大な亀裂のような光が魔境の結界に走っていた。それは徐々に広がり、魔境の防壁が崩れていくのが見て取れた。

「間に合わない...」

彼は急降下し、仲間たちの前に着地した。

「"聖域崩壊"が始まっている!本隊の到着を待たず、儀式を開始したようだ」

ガルザスの顔から血の気が引いた。「それは聖教会が"聖なるランス"を完成させたということか...」

「我々に選択肢はない」アーサーは静かに、しかし断固とした調子で言った。「私は今すぐ"魔王の玉座"へ向かう。ガルザス、あなたは魔境の防衛を組織してほしい」

オーガは重々しく頷いた。「わかった。だが一人で行くのは危険すぎる」

「私が同行します」

声の主は、これまで静かに佇んでいた深淵の黒狼ヴォルグだった。彼はいつの間にか魔知の谷に現れ、状況を見守っていたのだ。

「ヴォルグ...」アーサーは驚きと感謝の念を込めて言った。

「我が力...お前に貸そう...」黒狼は低く唸った。「魔王の玉座へ...最短ルートを知っている...」

アーサーは決意を固め、モンスターイーターを握りしめた。魔剣が共鳴するように紫の光を放った。

「行こう」

彼がヴォルグに飛び乗ろうとした瞬間、更なる轟音が魔境を揺るがした。今度は西からだ。

「西部国境にも敵影あり!」見張りが叫んだ。「大規模な部隊が侵入しています!」

アーサーは苦悩の表情を浮かべた。"魔王の玉座"へ急ぐべきか、魔境の防衛を優先すべきか。彼は一瞬迷ったが、すぐに決断した。

「まず、西部の侵入者を食い止める」彼は言った。「全滅させる必要はない。足止めして時間を稼ぐんだ」

ガルザスは杖を掲げ、魔知の谷に集まった魔物たちに向かって声を上げた。

「我らの時が来た!魔境を守るため、団結せよ!」

魔物たちからの咆哮が谷に響き渡った。

---

西部国境の森では、聖騎士団を先頭に、王国軍の大部隊が侵攻を開始していた。騎士と歩兵を合わせて500名以上の軍勢だ。

その先頭に立つのは、聖騎士団長ヴァレンティン本人だった。彼は銀と青の鎧に身を包み、聖印で強化された両手剣を掲げていた。

「前進せよ!」彼の力強い号令に、兵士たちは応じて森の中へと進軍していく。

彼らの目的は明快だった。東部で行われている"聖域崩壊"の儀式を成功させるため、魔境の抵抗勢力を引きつけ、分散させることだ。特に情報によれば、魔界に現れた「黒い翼の男」——アーサー・レド・ルミエルを捕らえるよう命じられていた。

「団長」副団長シルヴィアが近づいてきた。彼女は先遣隊の全滅から唯一生還した指揮官だった。「魔物たちが集結しています。普段なら見られない種族も含めて」

ヴァレンティンは険しい表情で前方を見つめた。確かに、森の中で様々な魔物の気配が感じられる。彼は長年の経験から、この状況が通常ではないことを察していた。

「奴らが団結してきたか...」彼は呟いた。「アーサー王子の影響か」

「あの方は...もはや王子ではありません」シルヴィアは苦々しく言った。「魔物と一体化した、邪悪な存在です」

ヴァレンティンは黙って頷いたが、心の奥では疑問が渦巻いていた。彼の父から聞かされた言葉が、再び脳裏に浮かんだ。

「魔境には、我々の知らない真実がある...」

思考を振り払い、彼は剣を掲げた。「全軍、戦闘態勢!」

その瞬間だった。

「来るぞ!」

前方の森が激しく揺れ、そこから無数の魔物たちが姿を現した。獣のような下級魔種から、明らかに知性を持つ上位の魔知種まで、多種多様な魔物の軍団だった。

その先頭には、アーサーの姿があった。

彼は黒い翼を広げ、紫の瞳を輝かせながら、白銀の騎士団を見下ろしていた。その背後には竜人のドラコ、蛇女のセルピア、そして様々な魔物たちが控えていた。

「ヴァレンティン団長」アーサーは威厳ある声で呼びかけた。「これ以上の進軍を止めろ。無用な血を流す前に引き返せ」

聖騎士団長は一歩前に出た。彼は第三王子の姿を認識しつつも、その変貌ぶりに驚きを隠せなかった。

「アーサー殿下...」彼は声を絞り出した。「あなたは本当に魔物の側に?」

「私は魔境に生きる」アーサーは答えた。「そしてこの地を守る。聖教会の真の目的を知らずに従うな、ヴァレンティン」

「黙れ!」シルヴィアが剣を抜いた。「神への冒涜は許さぬ!」

しかしヴァレンティンは手で彼女を制した。彼はアーサーの言葉に何か引っかかるものを感じていた。

「真の目的とは?」

「"聖域崩壊"は単に魔物を殲滅するだけではない」アーサーは説明した。「魔境の力を解放すれば、この世界のバランスが崩れる。それは人間界にとっても破滅だ」

ヴァレンティンの表情が揺らいだ。彼の父親の言葉と重なるその警告に、真実味を感じていた。

「証拠はあるのか?」

「時間がない」アーサーは焦りを隠さなかった。「東部で儀式が進行中だ。我々は今すぐ"魔王の玉座"へ向かわなければならない」

シルヴィアが再び剣を振りかざした。「罠だ!騙されるな、団長!」

ヴァレンティンは苦悩の表情を浮かべた。彼の中で騎士としての忠誠と、真実を求める心が相克していた。

「進軍する」彼は最終的に命じた。「しかし...第三王子は生け捕りにせよ。彼の言葉の真偽を確かめねばならない」

その言葉に、アーサーの表情が厳しくなった。

「残念だ。では仕方ない」

彼はモンスターイーターを抜き放った。剣が紫に輝き、その波動が森全体に広がった。魔物たちが一斉に前進し始める。

「突撃!」

魔物軍と王国軍の激突が始まった。

二つの軍勢がぶつかり合う中、アーサーはヴァレンティンと対峙していた。二人の剣が交わる度に、力の波動が周囲に広がる。

「殿下、なぜこのような道を...」ヴァレンティンは問いかけた。

「私も最初は復讐のために力を求めた」アーサーは剣を振るいながら答えた。「だが、魔境で生きる中で真実を知った。人間と魔物は共存できる。かつてはそうだったのだ」

彼らの一対一の戦いが続く間も、周囲では魔物と兵士たちの戦いが激化していた。ドラコの炎が天を焦がし、セルピアの毒が地を這う。様々な魔物たちが、それぞれの力を駆使して戦っていた。

「十分だ」

突然、アーサーが剣を地面に突き刺した。紫の波動が大地を伝い、周囲の空間を歪ませる。それは聖騎士たちの動きを一瞬鈍らせ、魔物たちに撤退の時間を与えた。

「これは足止めに過ぎない」彼はヴァレンティンに告げた。「本当の戦いは、魔王の玉座だ」

アーサーは背から翼を広げ、ヴォルグの背に飛び乗った。

「仲間たち、戦いを続けてくれ!」彼は魔物たちに向かって叫んだ。「私は"黒の王冠"を守りに行く!」

ヴォルグが轟音と共に駆け出し、魔境の中心部へと疾走していく。後には混乱の戦場が残された。

「追うな!」ヴァレンティンは部下たちに命じた。「ここで彼らを食い止めるのが我々の役目だ」

彼は自分自身の判断に従い、戦場に踏みとどまることを選んだ。その心には、アーサーの言葉への微かな共感があった。

---

アーサーとヴォルグは魔境の中心部へと猛進していた。黒狼の速度は常識外れで、森や湿地、岩山を一気に駆け抜けていく。

「東部の結界崩壊が加速している...」アーサーは遠くに見える赤い光を見つめながら言った。「間に合うだろうか...」

『主よ、焦るな』モンスターイーターが彼の心に語りかけた。『我らの使命は定められている』

彼らが奔走する間も、東部では結界崩壊が進んでいた。聖教会の祭司たちが"聖なるランス"を発動させ、魔境と人間界の境界を引き裂こうとしていたのだ。

「あれが..."魔王の玉座"か」

ついに彼らは目的地に到達した。魔境の最深部、紫の霧に覆われた巨大な岩山の頂上に、古代の神殿のような建造物が見えた。

ヴォルグが山の麓で立ち止まる。

「ここから先は...お前一人で行け...」黒狼が低く唸った。「魔王の玉座は...選ばれし者のみが...踏み入れられる場所...」

アーサーは頷き、ヴォルグの背から降り立った。彼は山頂を仰ぎ見た。そこには彼の運命が待っているのだろうか。

「ありがとう、ヴォルグ」彼は感謝を込めて言った。

「行け...我らの希望...」

アーサーは背から翼を広げ、山頂へと飛び立った。風を切る音だけが静寂に響く。

玉座の神殿に着くと、彼は翼を収め、おそるおそる内部へと足を踏み入れた。そこには荘厳な空間が広がっていた。床と壁には古代の文字が刻まれ、中央には巨大な玉座がある。そしてその上に—

「黒の王冠...」

黒い結晶が浮かんでいた。人の形をした影が中に封じられているのが見える。これが初代魔王ザラキエルの魂が宿る結晶なのだ。

アーサーが近づこうとした瞬間、結晶が強烈な光を放ち、彼の意識を別の次元へと引き込んだ。

彼の目の前に現れたのは、長い角と翼を持つ優美な存在だった。全身が漆黒の甲殻に覆われ、紫の瞳を持っている。

「汝が選ばれし者か...」存在が静かに語りかけた。「我の後継者として...」

「あなたが...ザラキエル?」アーサーは畏敬の念を込めて尋ねた。

「然り...かつての魔王...今は結界の守護者...」ザラキエルの声は遠くから響くようだった。「汝の心には...人間の血が流れる...されど魔境の力を宿す...」

「私はアーサー・レド・ルミエル」彼は名乗った。「かつては王国の王子、今は魔境に生きる者だ」

「二つの世界の架け橋...」ザラキエルの目が輝いた。「古よりの予言通り...」

突然、神殿全体が激しく揺れた。遠くから轟音が響き、魔力の波動が激しく乱れる。

「聖域崩壊...始まっている...」ザラキエルが警告した。「我の力...もはや結界を支えきれぬ...」

アーサーは決意を固めた。「私に力を与えてください。魔境を守るために」

「力は既に汝の内にあり...」ザラキエルは答えた。「汝が持つ魔知の石...我が王冠と共鳴する...だが警告せねば...力を受け入れれば...完全なる人間ではいられぬ...」

「構わない」アーサーは迷いなく言った。「私は既に王国の王子ではない。今は魔境と共にある」

「ならば...我が継承者よ...黒の王冠を受け取れ...」

ザラキエルの姿が光に変わり、黒の王冠が輝き始めた。アーサーは胸から魔知の石を取り出し、王冠に近づけた。

二つが触れ合った瞬間、爆発的な光が広がり、彼の意識が魔境全体と繋がった。森や湖、山々、そして何より、そこに生きる無数の魔物たちの存在を感じる。彼らの不安、恐怖、そして希望が彼の中に流れ込んできた。

"私は...彼らを守る"

アーサーの体が変化し始めた。黒い翼はより大きく強靭になり、額からは小さな角が生え、全身には薄い甲殻のような装甲が形成された。彼の瞳は深い紫に輝き、魔力が全身から溢れ出している。

「我、受け継ぎたり...魔境の守護者の意志を...」

彼の声は以前より深く、力強いものになっていた。魔王の力を受け継いだことで、彼は人間と魔物の中間的な存在となったのだ。

アーサーは神殿を出て、空へと舞い上がった。東部からの赤い光がより強くなり、魔境の結界が崩壊しつつあるのが見えた。そこには聖なるランスを掲げる聖職者たちの姿があった。

「終わらせる時だ」

彼は一直線に東部へと飛んだ。黒の王冠の力が彼の中で脈動し、魔剣モンスターイーターが共鳴するように光を放っている。

空から見下ろすと、聖職者たちが円陣を組み、巨大な銀の槍——聖なるランスを魔境の結界に突き立てているのが見えた。その周りには聖騎士たちが護衛として立ち、儀式を守っている。

アーサーは降下し、儀式の真上で翼を広げた。

「やめろ!"聖域崩壊"は世界の破滅を招く!」

彼の声は魔力によって増幅され、轟音となって周囲に響き渡った。聖職者たちは驚いて顔を上げ、その姿に恐怖の表情を浮かべた。

「魔王...!」アルディス最高司祭が叫んだ。「予言が現実になるとは...」

「儀式を中止しろ」アーサーは命じた。「さもなくば力ずくで止める」

「聖なる儀式を妨げる者に死を!」アルディスは護衛の騎士たちに命じた。

騎士たちが動く前に、アーサーはモンスターイーターを振るった。紫の波動が放たれ、地面が隆起して数人の騎士が吹き飛ばされた。

「最後の警告だ」彼は剣を掲げた。

しかし聖職者たちは儀式を続行し、聖なるランスが結界をさらに侵食していく。アーサーは決断を下した。

彼は地上に降り立ち、モンスターイーターを地面に突き刺した。

「"魔王の契約"」

彼の声と共に、大地から無数の黒い鎖が現れ、聖職者たちを拘束した。聖なるランスの輝きが弱まり、結界への侵食が止まる。

「不可能だ...!」アルディスが驚愕の声を上げた。「聖なる力を無効化するなど...!」

「これは私の力ではない」アーサーは静かに答えた。「魔境そのものの意志だ」

彼は聖なるランスに近づき、その柄に手を触れた。触れた瞬間、ランスが砕け散り、その中から無数の光の粒子が放たれた。それは人間の魂のようだった。

「なんということを...」アーサーは怒りに震えた。「ランスの力の源は人間の魂か。聖教会の真の姿がこれか」

アルディスは拘束から逃れようともがきながら、狂気の笑みを浮かべた。

「愚かな...我々の目的は神の世界の再建...魔を根絶し、完全なる秩序をもたらすのだ...」

アーサーは彼を冷たい目で見下ろした。「その代償が無実の命なら、それは神の意志ではない。暴君の妄想だ」

彼は魔剣を抜き、空に向かって掲げた。

「魔境の名において、汝らの行いを裁く」

剣から放たれた光が天に昇り、魔境の結界が修復され始めた。崩れかけていた境界線が再び強化され、青と紫の光が交錯しながら新たな防壁を形成していく。

儀式は失敗し、聖教会の計画は頓挫した。アルディスと残りの聖職者たちは拘束されたまま、魔境の外へと放逐された。

「我々の戦いはまだ終わらぬ...」アルディスの最後の言葉が風に消えていった。

---

魔境の各地で、魔物たちと人間の戦いは終わりを迎えつつあった。

西部での戦いでは、ヴァレンティン団長が部隊の撤退を命じていた。アーサーの変化と結界の修復を目の当たりにし、彼は状況の重大さを理解したのだ。

「ここまでだ」彼は部下たちに言った。「我々は騙されていた。真の敵は聖教会だったのかもしれない」

魔知の谷でも、戦いは終わりつつあった。ガルザスはアーサーの変化を感じ取り、魔物たちに戦いの停止を命じていた。

「魔王の力が目覚めた...」彼は安堵の表情を浮かべた。「我らの希望が現実となった」

空から降り立ったアーサーの姿に、集まった魔物たちはしばし息を呑んだ。彼の変化した姿は威厳に満ち、しかし同時に親しみも感じさせる不思議な魅力を放っていた。

「アーサー...」ガルザスが近づいてきた。「お前は本当に...」

「黒の王冠の力を受け継いだ」アーサーはうなずいた。「魔王ザラキエルの意志と、魔境の力を」

ドラコとセルピアも駆け寄り、彼の姿に驚きの表情を見せた。

「見事だ」ドラコが唸った。「これが予言の成就か」

アーサーは頷き、集まった魔物たちに向かって声を上げた。

「今日、我々は勝利した。聖域崩壊の儀式は阻止され、魔境は守られた」

歓声が上がる。下級魔種から魔知種まで、全ての魔物が喜びを表した。

「だが、これは終わりではない」アーサーは続けた。「王国と聖教会はまだ敵意を持ち続けるだろう。我々は引き続き団結し、この地を守らなければならない」

彼はモンスターイーターを掲げた。

「私は約束する。魔境を守り、全ての種族が安全に暮らせる世界を作ると。そして、いつの日か人間との真の和解も——」


彼の言葉が途切れたとき、ガルザスが一歩前に出た。オーガの族長は杖を高く掲げ、声を張り上げた。

「我らは千年もの間、指導者を待ち続けた。古の魔王ザラキエルの後継者を」

彼は膝をつき、頭を垂れた。

「アーサー・レド・ルミエル。かつて人間の王子だった者よ。今、汝を我らの王として迎えよう」

ドラコも膝をつき、頭を下げた。「我が翼と炎は、王に仕えん」

セルピアも優雅に頭を垂れた。「我が知恵と癒しの力を、王のために」

次々と魔知種たちが膝をつき、そして下級魔種も彼らに倣った。広場全体が、アーサーに忠誠を誓う魔物たちで埋め尽くされていく。

「我らの王となれ、アーサー!」

ガルザスの言葉に、魔物たちが一斉に唱和した。「我らの王となれ!」

アーサーは感動に言葉を失った。かつて王国で王子だった彼が、今は魔物たちの王として認められようとしている。その運命の皮肉と壮大さに、彼は心を打たれた。

彼は翼を広げ、空へと舞い上がった。魔境の上空から、彼は全ての魔物たちを見下ろした。

「私は受け入れよう」彼の声が魔境全体に響き渡った。「魔物の王としての責務を。そしてこの称号を—"共存の王"として」

彼の言葉に、魔境全体が共鳴するかのように輝いた。青と紫の光が交錯し、新たな時代の幕開けを告げるかのようだった。

「私の目標は単なる支配ではない」アーサーは続けた。「真の共存だ。種族を超え、境界を超えた世界を作る。それが私の願いであり、使命だ」

彼は再び地上に降り立ち、モンスターイーターを地面に突き立てた。剣から放たれた紫の光が大地に広がり、魔境の全てを包み込んでいく。

「私はこの剣でもって誓う。魔境の平和と繁栄のために、全力を尽くすことを」

モンスターイーターが共鳴し、更に強い光を放った。剣の中に宿る無数の魔物の力が、彼の誓いを支持するかのようだった。

「これより、新たな時代が始まる」ガルザスが高らかに宣言した。「共存の王アーサーの時代だ!」

魔物たちから歓声が上がった。彼らの多くは千年以上も人間との対立の中で生きてきた。しかし今、彼らは新たな希望を見出したのだ。

ヴォルグも黒い霧の中から姿を現し、アーサーに頭を下げた。

「予言通り...お前は我らを救った...」

「私一人の力ではない」アーサーは黒狼に微笑みかけた。「皆が力を合わせたからこそだ」

夕暮れの魔境に、二つの月が昇り始めていた。青い大月と紫の小月が共に空を照らす—それはかつての調和の象徴だった。

「しかし、まだ課題は残っている」アーサーは真剣な表情に戻った。「王国との関係を修復し、聖教会の真の姿を暴かねばならない」

「その時が来れば、我らはあなたと共にある」セルピアが優雅に頭を下げた。

「王国には理解ある者もいる」アーサーは頷いた。「ヴァレンティン団長のような人物だ。彼らと協力することで、いつか真の和解が実現するかもしれない」

彼はモンスターイーターを鞘に収め、魔物たちに向かって微笑んだ。

「今は休もう。そして明日から、新たな魔境の建設を始める」

---

魔知の谷の新たな城塞——かつては集会所だった場所が、今や「共存の王」の居城となっていた。数日間で魔物たちの手によって改築され、魔力で強化された壁と塔が聳え立っている。

その最上階の部屋で、アーサーは窓から魔境を見下ろしていた。彼の姿は更に変化していた。黒い鎧のような外皮が全身を覆い、額の角はより明確になり、瞳は紫の炎のように燃えている。しかし、その顔には依然として人間の温かさが残されていた。

「王よ」ガルザスが部屋に入ってきた。「外周部の再建が始まりました。避難した魔物たちも少しずつ帰還しています」

アーサーは満足げに頷いた。「良かった。彼らの安全を確保することが最優先だ」

「もう一つ報告があります」オーガは続けた。「王国からの使者が到着しました」

アーサーの表情が引き締まった。「誰だ?」

「ヴァレンティン団長です」

間もなく、聖騎士団長が案内されて部屋に入ってきた。彼は武具を外し、単なる旅装束で現れていた—和平の意思表示だろう。

「アーサー様」ヴァレンティンは敬意を込めて頭を下げた。「お会いできて光栄です」

「ヴァレンティン」アーサーは頷いた。「よく来てくれた。どうやら王国も事態を把握し始めたようだな」

「はい」騎士団長は静かに答えた。「聖教会の真の目的が明らかになりつつあります。多くの聖職者が逮捕され、尋問を受けています」

「兄は?」

「第一王子は...混乱しているようです」ヴァレンティンは慎重に言葉を選んだ。「聖教会に利用されていたことを知り、深く傷ついておられます」

アーサーはため息をついた。兄への複雑な感情は今も残っていた。

「いつか彼とも話し合う時が来るだろう」彼は静かに言った。「だが今は、魔境の再建が先だ」

「その件について」ヴァレンティンは一歩前に出た。「王国はかつての行動を深く反省し、魔境との和平を望んでいます。その証として、私は交渉官として派遣されました」

「王国の決定か?それとも兄の?」

「国王陛下の決定です」ヴァレンティンは答えた。「陛下は病床から、この和平を望んでおられます」

アーサーの顔に驚きの色が浮かんだ。父王がまだ意識があるとは知らなかった。

「それは...意外だ」

「陛下は常に和平を望んでおられました」ヴァレンティンは説明した。「しかし、聖教会の影響力が強すぎたのです」

「理解した」アーサーは頷いた。「では、王国の提案を聞こう」

ヴァレンティンは携えた巻物を取り出した。

「まず、魔境と王国の間に新たな協定を結びたいと考えています。相互不可侵と交易の開始です」

「交易?」アーサーは興味を示した。

「はい。魔境には王国にない資源があり、逆もまた然りです。互いの強みを活かした関係を構築できるはずです」

アーサーは考え込んだ。これは彼が思い描いていた「共存」の第一歩かもしれない。

「良い提案だ」彼は頷いた。「詳細を詰めていこう」

二人は長い時間をかけて交渉し、魔境と王国の新たな関係について話し合った。その間、ガルザスや他の魔知種たちも加わり、多角的な視点から協定の内容を検討した。

夜が更けるころ、基本的な合意に達した。

「これで一歩前進だな」アーサーは満足げに言った。

ヴァレンティンも同意した。「千年続いた対立に終止符を打つ第一歩です」

彼は部屋を出る前に、もう一度アーサーを振り返った。

「アーサー様、一つだけ個人的な質問をしてもよろしいでしょうか?」

「何だ?」

「あなたは...後悔していませんか?人間でなくなったことを」

アーサーはしばらく沈黙し、自分の変化した姿を見つめた。確かに彼は完全な人間ではなくなった。だが...

「後悔はない」彼は静かに答えた。「私は新たな道を見つけた。二つの世界の架け橋となる道をな」

ヴァレンティンは深く頷き、敬意を込めて一礼した。

「あなたの王国での評判は、"理想に燃える王子"でした。その理想が形を変えて実現したようですね」

彼が去った後、アーサーは再び窓辺に立ち、魔境の夜景を見つめた。

「理想か...」

彼は自分の変化した手を見つめた。かつて王子だった彼が、今は魔物の王となった。皮肉な運命のようにも思えたが、彼にはそれが必然のように感じられた。

モンスターイーターが鞘の中で微かに震えた。

『主よ、汝の旅はまだ始まったばかりだ』

「ああ、分かっている」アーサーは応えた。「これは終わりではなく、始まりだ」

窓の外では、魔境の夜空に無数の星が瞬いていた。青と紫の二つの月が並んで輝き、新たな時代の幕開けを告げているようだった。

追放された王子は魔物の王となり、そして今、共存の道を歩み始めていた。

彼の真の物語は、ここから始まるのだ。

---

その頃、王国の聖教会本山の地下深くでは、黒い法衣に身を包んだ者たちが密かに集っていた。

「"聖域崩壊"は失敗した」老いた声が言った。「だが、これは一時的なものに過ぎない」

「次の計画はどうしますか?」別の声が尋ねた。

「魔境に"黒の王冠"があるかぎり、我々の目的は達成できない」老人は静かに言った。「だが今、新たな可能性が生まれた」

彼は古い羊皮紙を広げた。そこには「二つの力の融合」という謎めいた言葉と、複雑な魔法陣が描かれていた。

「新たな魔王の存在は、実は千年来の好機なのだ」

老人の表情が闇の中で不気味に浮かび上がった。

「我々の真の目的のために...」

彼の言葉は暗闇に消えていった。王国と魔境の和平が始まろうとしている一方で、新たな陰謀の種が蒔かれていたのだ。

アーサーの前には、まだ多くの試練が待ち受けていた。

だが、それは別の物語—第2巻の始まりである。

(終)
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平明神
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 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜

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この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。 〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。 だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。 〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。 危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。 『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』 いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。 すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。 これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

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「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

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最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

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