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【327 ずっと一緒】
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「ぐぁッ!」
ルチルの振動剣は深く入った。
深紅の鎧を木っ端みじんに砕き、その刃はヘリングの肉体を斬り裂いた。
振動剣の衝撃は、ヘリングの上体をのけぞらせ、僅かながら体を浮かせる程だった。
「止めだ!」
振り抜いた剣の刃を返し、そのままヘリングの喉元を狙い振り下ろす。
「オ、オォォォォォxッツ!」
傷口から血をまき散らせながらも、ヘリングの目はルチルを捉えていた。
そして両手から発する炎もまだ死んではいない。
後ろに倒れそうになりながらも、ヘリングは上半身を無理やり起こし、ルチルに向けて炎を振り抜いた。
「ヘリング!貴様なら反撃してくるだろうと思っていた!」
ヘリングの炎は空を切った。
再びヘリングの視界から消えたルチルは、その背中に剣を突き刺そうとするが、腹部に強い衝撃を受け、その体を後方に飛ばされる。
「俺もお前なら、また背中を取ってくると思ってたんだよ!」
ヘリングは攻撃がかわされる事を前提として考え、腕を振り抜くと同時に、後ろを見ずに背後に蹴りを繰り出していた。
その蹴りがルチルの腹に当たった事は半ば偶然ではあるが、背中を取られるというヘリングの読みは的中していた。
「っ、ぐぅ・・・」
蹴り飛ばされ背中から地面に落ちそうになるが、体をひねりなんとか両足で着地して見せる。
後ろを確認せず不十分な体勢で放った蹴りは、当たりも浅くダメージを軽減させていた。
だが、それでもルチルの体を蹴り飛ばした事から、まともに受ければただではすまない事を、ルチルに分からせていた。
「痛ッ・・・はぁ、はぁ・・・コバレフといい、あんたらは、女のお腹蹴るのが趣味なの?」
左腕で痛む腹を押さえながら立つ。
右手に握るシャムシールはヘリングに向け、戦闘意欲が残っている事を示す。
「はぁ、はぁ、なんだ?お前、コバレフさんにも蹴りを喰らってたのか?そりゃお気の毒ってヤツだな」
右肩から左脇腹にかけて、袈裟懸けに斬られ血が流れ出ているが、ヘリングは手で押さえる事もしない。
この時、極力隠してはいるが、ヘリングの右の肋骨が数本折れていた。
深紅の鎧が無ければ、ルチルの振動剣はヘリングを絶命させていただろう。
それほど深く入った一撃だった。
だが、ヘリングはルチルに対し弱みは見せない。
呼吸がいささか乱れる事はどうしようもないが、ダメージを悟られ付け入る隙を与える訳にはいかない。
しかし、ルチルは振り抜いた剣の感触でほぼ確信していた。
何本かの骨は砕いたと。
激痛に襲われているだろうが、多少呼吸が荒いくらいで、ほとんどダメージが見えない。
精神力の強い男だと感じていた。
「・・・はぁ・・・はぁ・・・おら、どうした?かかって来ねぇのか?それだけのスピードなら、何度だって俺の後ろを取れんじゃねぇのか?」
しばらく睨み合っていると、ヘリングがルチルに向け、かかってこいと言うように指を曲げて見せる。
その目こそギラギラとした戦意が漲っているが、呼吸は荒く、額には大粒の汗も浮かんでいた。
すでに両手の炎は消えており、上半身の鎧も胸から腹にかけてほぼ砕け散っているので、生身に近い。
ルチルもほぼ確信しているように、ヘリングの肋骨は折れている。攻めるならいまが絶好の機会であった。
だが、ルチルは動かなかった。
右手に持つシャムシールをヘリングに向けてはいるが、牽制ばかりで一向に斬りかからろうとはしなかった。
正確には、ルチルは動きたくても動けなかった。
すでに両足は限界に近い。黒のロングパンツを穿いているためヘリングには見えないが、太腿、ふくらはぎ、足首、足の裏は皮膚が切れ、肉が切れ、血が流れだしていた。
・・・・・痛みは我慢できる・・・でも、足が引きつけを起こしかけている。
ルチルの魔道具、翼の靴。
コバレフとの戦いの後、ルチルが王宮の魔法使いに依頼し作った、ルチル専用の魔道具である。
その効果は使用者の脚力を上げてスピードを増すという、言葉にすれば単純なものであった。
そして一瞬でヘリングの背後を取る程のスピードから分かるように、その効果は絶大である。
ルチルはこの力で、自力で自分を大きく上回るヘリングと互角以上にわたり合えたのだ。
だが、自分の体を、本来持つ能力以上に強化をするという事は、相応の負荷がかる。
ルチルの足はこれまでの攻防で、すでにボロボロだった。
もう何度も飛ぶことはできないだろう。
できれば、引きつけを起こしかけている足が落ち着くまでは時間を稼ぎたい。
ヘリングはなぜルチルが向かって来ないのか不思議だった。
自分でもダメージを隠しきれていない事は分かっている。ルチルが気付いていないはずはない。
あれほどのスピードならば、今が絶好の機会のはずだ。
なぜ攻めてこない?
いや、攻める事ができないのか?
「そうか・・・お前もダメージがあるんだな?あのスピードだ・・・足だろ?」
「・・・あんたをどう殺すか考えてただけだよ」
「お前、本当に良い女だな・・・」
そう言ってヘリングは嬉しそうに笑うと、両の拳から再び炎が噴き出した。
来る!
ヘリングの気を感じ取ったルチルは、体の右半身を後ろに引き、ヘリングから右足が見えないように構えた。僅かに右の爪先を上げる。
翼の靴の発動条件は、爪先を一定以上の力で強く叩きつける事。
・・・おそらくもう一度翼の靴を使用すれば、私は動けなくなる。
だが、やるしかない。
ここでこの男を仕留めれば勢いは完全にカエストゥスに流れる!
覚悟を決めたルチルはヘリングだけのその目に映し、全神経をその動きに集中させる。
指先一つ、呼吸による胸部の伸縮、瞬きすら見逃さないというルチルの集中力は、周囲の音を全て消した。
ヘリングの初動と同時に翼の靴を発動させ、その首を落とす。
その結果、二度と歩けなくなろうとも構わない。
強い意思を秘めたその目は、ヘリングに真っ向からぶつかった。
二人の間の空気が緊張感を増す。
ピリピリと張りつめた空気を破ったのは、ヘリングだった。
初動は左足の踏み込み。
一歩でルチルとの距離を大きく詰め、攻撃の射程圏に踏み入る。
右の拳が目線の高さで顔の横に構えられる。
そのまま腰を捻り、炎を纏った右の拳をルチルの顔目がけ打ち込む。
この瞬間、ヘリングの目の前からルチルの姿が消えた。
ここまで攻撃動作に入れば、さっきのように急な動きの変化は不可能。
ヘリングはこの拳はそのまま打ち出すしかない。
ルチルはすでにヘリングの左後方に回り込んでいた。
視界からその姿が外れるギリギリの位置、ヘリングはルチルの姿を捉えられていない。そしてこの体勢では背後への蹴りも出す事はできない。
仮に出せたとしても、不十分な体勢で放つ体重の乗らない死んだ攻撃である。
致命傷にはならない。
「ヤァァァァーッツ!」
ルチルのシャムシールがヘリングの後頭部に振り下ろされる。
「そう来る事は・・・」
ヘリングは左腕を顔の高さまで上げながら、後ろを振り返る。
「・・・分かっていた!」
振り返ると同時に、ヘリングは左腕を頭より高く上げ、ルチルの剣に差し出していた。
「むっ!」
読まれていた事に思わず眉を寄せるが、計算外ではなかった。
さっき背中を取った時も、蹴りを受けたのだ。
目で追えなくても、自分の行動を先読みして合わせてくる事は、十分考えられた。
命の代わりに腕を差し出してきた事には若干の驚きがあったが、今更軌道を変える事もできない。そして仮に軌道を変えて一撃も浴びせる事ができなければ、それこそ目も当てられない。
ルチルはそのまま剣を振り下ろし、ヘリングの左腕を肘の先から斬り落とした。
鋭く強烈な痛みにヘリングは顔を歪める。
だが、覚悟を持って腕を犠牲にしたため、それによる精神的なショックは無かった。そしてヘリングの狙いはルチルが剣を振り抜いこの一瞬、体勢を整え直すまでのこの硬直時間。
いかに素早かろうと、どうしても避けられないこの瞬間だった。
ヘリングは渾身の右をルチルの顔面へ叩き込んだ。
「チッ!」
ヘリングは容赦なくルチルの、女性の顔を狙い拳を叩きつけた・・・はずだった。
だが、ルチルは顎を挟むように左肩を上げ、その腕でヘリングの拳を受けた。
拳の先から鋭く伸びる腕当てが突き刺さり、ルチルの左腕を貫き骨まで砕く感触が伝わる。
さらに、ヘリングの拳は炎を纏っている。抉られる痛みと共に肉を焼かれ、ルチルは悲鳴を上げそうになる。
だが、唇を噛みしめ痛みに耐える。
・・・耐えろ・・・剣を振り抜いた時、反撃を受ける事は覚悟していただろ!
左腕を失ったコイツは、これでもう防御手段がない!あと一撃・・・この一撃で・・・・・
「最後だぁぁぁーッツ!」
ルチルは右の剣を構え直し、ヘリングの顔面に突きを繰り出した。
「ウォラァァァーッツ!」
ルチルの剣先がヘリングの額に突き刺さろうとした瞬間、ヘリングはルチルの左腕に突き刺したままの右拳を、そのまま振り抜いた。
「あぐっ、あぁぁー!」
ヘリングに殴り飛ばされたルチルの体が宙を舞う。
・・・くっ、不覚だ、そのまま腕を振り抜いてくるなんて、予想できたはず・・・
ルチルは体を縦に回転させ、両足で地面に着地しようとする。だが、ルチルの足が地面に触れようとしたその時、ヘリングの拳が眼前迫っていた。
「テメェは二度と飛ばさせねぇよッツ!」
焼き切れたルチルの紫色の髪が風に飛ばされる。
頭を下げる事で、ヘリングの拳を紙一重で躱したルチルだが、顔を下げたところに、ヘリングの左膝が迫る。
ルチルは右手の振動剣を盾にヘリングの膝を受けようとする。
だが、それを読んでいたヘリングは寸前で膝を止めて引く。
踏みしめていた右足で地面を蹴り飛び上がると、そのまま右の前蹴りをルチルの胸に叩き込んだ。
まともに受けたルチルは、背中を地面に打ち付けながら、何度も体を転ばせようやく止まる。
右肘に体重を預け体を起こそうとするが、わずかに上半身を上げると、それを狙っていたかのように、へリングの蹴りに体を持ち上げ、再び宙に飛ばされる。
「がっ・・・はぁっ!」
「なぶる趣味はねぇ!この一発で楽にしてやる!」
苦し気にうめき声をあげるルチルを見上げ、へリングは右拳を固く握り締める。
ルチルが落ちてくるタイミングに合わせ、その拳を振り抜けば、この戦いは終わりだ。
「ウオラァァァーッツ!」
落下してくるルチルに、へリングの拳が打ち放たれた。
・・・ねぇ、あなたいつも一人でいるけど、友達いないの?
・・・は?あんた誰?つーかいきなりなに?
・・・私はルチル・・・あのね、私も一人なんだ。
・・・あっそ、それで?
・・・だからね、あなたも一人なら、私達友達になれないかな?
・・・ねぇ、ペトラは何かやりたい事ってある?
・・・う~ん、特にないかな。今の仕事も嫌いってわけじゃないし、このままでもいいかも。
・・・じゃあ、私と一緒に剣士をやらない?
・・・え?なんで剣士?
・・・だって、ペトラ強いよね?この前もなんか絡んできた男一発で殴り倒したし。
・・・そりゃ、そうだけど・・・だからってカエストゥスで剣士?厳しくない?
・・・やってみようよ!ペトラと一緒なら私もできそうな気がするんだ!
・・・やったねペトラ!私達一緒に王宮の剣士隊に入れたよ!
・・・うん、ルチルの口車に乗せられた感あるけど、剣士って私に向いてるわ!
・・・あー、なんか引っかかる言い方だなぁー。
・・・あはは、ごめんごめん。まぁ、これからも二人で頑張っていこうよ!
・・・うん!私とペトラはずっと一緒だよ!
「ペ・・トラ・・・・・」
ヘリングの拳はルチルの腹に突き刺さったが、同時にルチルのシャムシールも、ヘリングの胸に突き刺さっていた。
「ぐぅ・・・お、お前・・・ひだり・・・」
ヘリングは目を見開き、信じられないものを見るように、自分の胸を突き刺したルチルの左手を見つめる。
「・・・・・私達は、ずっと・・・一緒」
ヘリングの胸に突き刺さるシャムシールを見て、ルチルはそのまま力なく背中から倒れた。
「ぐぅ、う・・・まさか、あそこで・・・持ちかえる・・とは・・・」
ヘリングは落ちてくるルチルに拳を放った時、ルチルの反撃も警戒し、シャムシールを持つ右手に注意を払っていた。左腕は骨も砕き、使い物にならない。右手のシャムシールしか残っていないだろう。
そして目の前に落ちてきたルチルに、止めの一撃を繰り出すと、ルチルは空中で体を捻り、右腕で突きを放ってきた。
当然読んでいたヘリングは体を逸らし、ルチルの右を回避する。
だが、躱した一瞬後でヘリングは目を疑った。
ルチルはの右手に握られていた物は、腰にかけていた予備の短剣であり、シャムシールは持っていなかった。
一瞬目を奪われた後、ヘリングの胸をルチルのシャムシールが貫いた。
「・・・大した、おんな・・・だ」
ヘリングは倒れているルチルに一瞥を送ると、自分も力なく膝から崩れ倒れた。
ルチルの振動剣は深く入った。
深紅の鎧を木っ端みじんに砕き、その刃はヘリングの肉体を斬り裂いた。
振動剣の衝撃は、ヘリングの上体をのけぞらせ、僅かながら体を浮かせる程だった。
「止めだ!」
振り抜いた剣の刃を返し、そのままヘリングの喉元を狙い振り下ろす。
「オ、オォォォォォxッツ!」
傷口から血をまき散らせながらも、ヘリングの目はルチルを捉えていた。
そして両手から発する炎もまだ死んではいない。
後ろに倒れそうになりながらも、ヘリングは上半身を無理やり起こし、ルチルに向けて炎を振り抜いた。
「ヘリング!貴様なら反撃してくるだろうと思っていた!」
ヘリングの炎は空を切った。
再びヘリングの視界から消えたルチルは、その背中に剣を突き刺そうとするが、腹部に強い衝撃を受け、その体を後方に飛ばされる。
「俺もお前なら、また背中を取ってくると思ってたんだよ!」
ヘリングは攻撃がかわされる事を前提として考え、腕を振り抜くと同時に、後ろを見ずに背後に蹴りを繰り出していた。
その蹴りがルチルの腹に当たった事は半ば偶然ではあるが、背中を取られるというヘリングの読みは的中していた。
「っ、ぐぅ・・・」
蹴り飛ばされ背中から地面に落ちそうになるが、体をひねりなんとか両足で着地して見せる。
後ろを確認せず不十分な体勢で放った蹴りは、当たりも浅くダメージを軽減させていた。
だが、それでもルチルの体を蹴り飛ばした事から、まともに受ければただではすまない事を、ルチルに分からせていた。
「痛ッ・・・はぁ、はぁ・・・コバレフといい、あんたらは、女のお腹蹴るのが趣味なの?」
左腕で痛む腹を押さえながら立つ。
右手に握るシャムシールはヘリングに向け、戦闘意欲が残っている事を示す。
「はぁ、はぁ、なんだ?お前、コバレフさんにも蹴りを喰らってたのか?そりゃお気の毒ってヤツだな」
右肩から左脇腹にかけて、袈裟懸けに斬られ血が流れ出ているが、ヘリングは手で押さえる事もしない。
この時、極力隠してはいるが、ヘリングの右の肋骨が数本折れていた。
深紅の鎧が無ければ、ルチルの振動剣はヘリングを絶命させていただろう。
それほど深く入った一撃だった。
だが、ヘリングはルチルに対し弱みは見せない。
呼吸がいささか乱れる事はどうしようもないが、ダメージを悟られ付け入る隙を与える訳にはいかない。
しかし、ルチルは振り抜いた剣の感触でほぼ確信していた。
何本かの骨は砕いたと。
激痛に襲われているだろうが、多少呼吸が荒いくらいで、ほとんどダメージが見えない。
精神力の強い男だと感じていた。
「・・・はぁ・・・はぁ・・・おら、どうした?かかって来ねぇのか?それだけのスピードなら、何度だって俺の後ろを取れんじゃねぇのか?」
しばらく睨み合っていると、ヘリングがルチルに向け、かかってこいと言うように指を曲げて見せる。
その目こそギラギラとした戦意が漲っているが、呼吸は荒く、額には大粒の汗も浮かんでいた。
すでに両手の炎は消えており、上半身の鎧も胸から腹にかけてほぼ砕け散っているので、生身に近い。
ルチルもほぼ確信しているように、ヘリングの肋骨は折れている。攻めるならいまが絶好の機会であった。
だが、ルチルは動かなかった。
右手に持つシャムシールをヘリングに向けてはいるが、牽制ばかりで一向に斬りかからろうとはしなかった。
正確には、ルチルは動きたくても動けなかった。
すでに両足は限界に近い。黒のロングパンツを穿いているためヘリングには見えないが、太腿、ふくらはぎ、足首、足の裏は皮膚が切れ、肉が切れ、血が流れだしていた。
・・・・・痛みは我慢できる・・・でも、足が引きつけを起こしかけている。
ルチルの魔道具、翼の靴。
コバレフとの戦いの後、ルチルが王宮の魔法使いに依頼し作った、ルチル専用の魔道具である。
その効果は使用者の脚力を上げてスピードを増すという、言葉にすれば単純なものであった。
そして一瞬でヘリングの背後を取る程のスピードから分かるように、その効果は絶大である。
ルチルはこの力で、自力で自分を大きく上回るヘリングと互角以上にわたり合えたのだ。
だが、自分の体を、本来持つ能力以上に強化をするという事は、相応の負荷がかる。
ルチルの足はこれまでの攻防で、すでにボロボロだった。
もう何度も飛ぶことはできないだろう。
できれば、引きつけを起こしかけている足が落ち着くまでは時間を稼ぎたい。
ヘリングはなぜルチルが向かって来ないのか不思議だった。
自分でもダメージを隠しきれていない事は分かっている。ルチルが気付いていないはずはない。
あれほどのスピードならば、今が絶好の機会のはずだ。
なぜ攻めてこない?
いや、攻める事ができないのか?
「そうか・・・お前もダメージがあるんだな?あのスピードだ・・・足だろ?」
「・・・あんたをどう殺すか考えてただけだよ」
「お前、本当に良い女だな・・・」
そう言ってヘリングは嬉しそうに笑うと、両の拳から再び炎が噴き出した。
来る!
ヘリングの気を感じ取ったルチルは、体の右半身を後ろに引き、ヘリングから右足が見えないように構えた。僅かに右の爪先を上げる。
翼の靴の発動条件は、爪先を一定以上の力で強く叩きつける事。
・・・おそらくもう一度翼の靴を使用すれば、私は動けなくなる。
だが、やるしかない。
ここでこの男を仕留めれば勢いは完全にカエストゥスに流れる!
覚悟を決めたルチルはヘリングだけのその目に映し、全神経をその動きに集中させる。
指先一つ、呼吸による胸部の伸縮、瞬きすら見逃さないというルチルの集中力は、周囲の音を全て消した。
ヘリングの初動と同時に翼の靴を発動させ、その首を落とす。
その結果、二度と歩けなくなろうとも構わない。
強い意思を秘めたその目は、ヘリングに真っ向からぶつかった。
二人の間の空気が緊張感を増す。
ピリピリと張りつめた空気を破ったのは、ヘリングだった。
初動は左足の踏み込み。
一歩でルチルとの距離を大きく詰め、攻撃の射程圏に踏み入る。
右の拳が目線の高さで顔の横に構えられる。
そのまま腰を捻り、炎を纏った右の拳をルチルの顔目がけ打ち込む。
この瞬間、ヘリングの目の前からルチルの姿が消えた。
ここまで攻撃動作に入れば、さっきのように急な動きの変化は不可能。
ヘリングはこの拳はそのまま打ち出すしかない。
ルチルはすでにヘリングの左後方に回り込んでいた。
視界からその姿が外れるギリギリの位置、ヘリングはルチルの姿を捉えられていない。そしてこの体勢では背後への蹴りも出す事はできない。
仮に出せたとしても、不十分な体勢で放つ体重の乗らない死んだ攻撃である。
致命傷にはならない。
「ヤァァァァーッツ!」
ルチルのシャムシールがヘリングの後頭部に振り下ろされる。
「そう来る事は・・・」
ヘリングは左腕を顔の高さまで上げながら、後ろを振り返る。
「・・・分かっていた!」
振り返ると同時に、ヘリングは左腕を頭より高く上げ、ルチルの剣に差し出していた。
「むっ!」
読まれていた事に思わず眉を寄せるが、計算外ではなかった。
さっき背中を取った時も、蹴りを受けたのだ。
目で追えなくても、自分の行動を先読みして合わせてくる事は、十分考えられた。
命の代わりに腕を差し出してきた事には若干の驚きがあったが、今更軌道を変える事もできない。そして仮に軌道を変えて一撃も浴びせる事ができなければ、それこそ目も当てられない。
ルチルはそのまま剣を振り下ろし、ヘリングの左腕を肘の先から斬り落とした。
鋭く強烈な痛みにヘリングは顔を歪める。
だが、覚悟を持って腕を犠牲にしたため、それによる精神的なショックは無かった。そしてヘリングの狙いはルチルが剣を振り抜いこの一瞬、体勢を整え直すまでのこの硬直時間。
いかに素早かろうと、どうしても避けられないこの瞬間だった。
ヘリングは渾身の右をルチルの顔面へ叩き込んだ。
「チッ!」
ヘリングは容赦なくルチルの、女性の顔を狙い拳を叩きつけた・・・はずだった。
だが、ルチルは顎を挟むように左肩を上げ、その腕でヘリングの拳を受けた。
拳の先から鋭く伸びる腕当てが突き刺さり、ルチルの左腕を貫き骨まで砕く感触が伝わる。
さらに、ヘリングの拳は炎を纏っている。抉られる痛みと共に肉を焼かれ、ルチルは悲鳴を上げそうになる。
だが、唇を噛みしめ痛みに耐える。
・・・耐えろ・・・剣を振り抜いた時、反撃を受ける事は覚悟していただろ!
左腕を失ったコイツは、これでもう防御手段がない!あと一撃・・・この一撃で・・・・・
「最後だぁぁぁーッツ!」
ルチルは右の剣を構え直し、ヘリングの顔面に突きを繰り出した。
「ウォラァァァーッツ!」
ルチルの剣先がヘリングの額に突き刺さろうとした瞬間、ヘリングはルチルの左腕に突き刺したままの右拳を、そのまま振り抜いた。
「あぐっ、あぁぁー!」
ヘリングに殴り飛ばされたルチルの体が宙を舞う。
・・・くっ、不覚だ、そのまま腕を振り抜いてくるなんて、予想できたはず・・・
ルチルは体を縦に回転させ、両足で地面に着地しようとする。だが、ルチルの足が地面に触れようとしたその時、ヘリングの拳が眼前迫っていた。
「テメェは二度と飛ばさせねぇよッツ!」
焼き切れたルチルの紫色の髪が風に飛ばされる。
頭を下げる事で、ヘリングの拳を紙一重で躱したルチルだが、顔を下げたところに、ヘリングの左膝が迫る。
ルチルは右手の振動剣を盾にヘリングの膝を受けようとする。
だが、それを読んでいたヘリングは寸前で膝を止めて引く。
踏みしめていた右足で地面を蹴り飛び上がると、そのまま右の前蹴りをルチルの胸に叩き込んだ。
まともに受けたルチルは、背中を地面に打ち付けながら、何度も体を転ばせようやく止まる。
右肘に体重を預け体を起こそうとするが、わずかに上半身を上げると、それを狙っていたかのように、へリングの蹴りに体を持ち上げ、再び宙に飛ばされる。
「がっ・・・はぁっ!」
「なぶる趣味はねぇ!この一発で楽にしてやる!」
苦し気にうめき声をあげるルチルを見上げ、へリングは右拳を固く握り締める。
ルチルが落ちてくるタイミングに合わせ、その拳を振り抜けば、この戦いは終わりだ。
「ウオラァァァーッツ!」
落下してくるルチルに、へリングの拳が打ち放たれた。
・・・ねぇ、あなたいつも一人でいるけど、友達いないの?
・・・は?あんた誰?つーかいきなりなに?
・・・私はルチル・・・あのね、私も一人なんだ。
・・・あっそ、それで?
・・・だからね、あなたも一人なら、私達友達になれないかな?
・・・ねぇ、ペトラは何かやりたい事ってある?
・・・う~ん、特にないかな。今の仕事も嫌いってわけじゃないし、このままでもいいかも。
・・・じゃあ、私と一緒に剣士をやらない?
・・・え?なんで剣士?
・・・だって、ペトラ強いよね?この前もなんか絡んできた男一発で殴り倒したし。
・・・そりゃ、そうだけど・・・だからってカエストゥスで剣士?厳しくない?
・・・やってみようよ!ペトラと一緒なら私もできそうな気がするんだ!
・・・やったねペトラ!私達一緒に王宮の剣士隊に入れたよ!
・・・うん、ルチルの口車に乗せられた感あるけど、剣士って私に向いてるわ!
・・・あー、なんか引っかかる言い方だなぁー。
・・・あはは、ごめんごめん。まぁ、これからも二人で頑張っていこうよ!
・・・うん!私とペトラはずっと一緒だよ!
「ペ・・トラ・・・・・」
ヘリングの拳はルチルの腹に突き刺さったが、同時にルチルのシャムシールも、ヘリングの胸に突き刺さっていた。
「ぐぅ・・・お、お前・・・ひだり・・・」
ヘリングは目を見開き、信じられないものを見るように、自分の胸を突き刺したルチルの左手を見つめる。
「・・・・・私達は、ずっと・・・一緒」
ヘリングの胸に突き刺さるシャムシールを見て、ルチルはそのまま力なく背中から倒れた。
「ぐぅ、う・・・まさか、あそこで・・・持ちかえる・・とは・・・」
ヘリングは落ちてくるルチルに拳を放った時、ルチルの反撃も警戒し、シャムシールを持つ右手に注意を払っていた。左腕は骨も砕き、使い物にならない。右手のシャムシールしか残っていないだろう。
そして目の前に落ちてきたルチルに、止めの一撃を繰り出すと、ルチルは空中で体を捻り、右腕で突きを放ってきた。
当然読んでいたヘリングは体を逸らし、ルチルの右を回避する。
だが、躱した一瞬後でヘリングは目を疑った。
ルチルはの右手に握られていた物は、腰にかけていた予備の短剣であり、シャムシールは持っていなかった。
一瞬目を奪われた後、ヘリングの胸をルチルのシャムシールが貫いた。
「・・・大した、おんな・・・だ」
ヘリングは倒れているルチルに一瞥を送ると、自分も力なく膝から崩れ倒れた。
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