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(第二部)第二章 出会いと別れ
04 肝試し
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突然、猫耳になってしまった件の原因を探るべく夜の学校に忍び込んだ、英司と樹、詩乃の三人は、暗い学校内をなるべく静かに進んでいた。
廊下を曲がったところで前方に光が見えて、英司は思わず叫びそうになった。
「うわっ」
その瞬間、左右にいる幼なじみと樹から手が伸びて口をふさがれる。
「静かにしようね」
「あれはきっと警備員の見回りだな。トイレにでも入ってやり過ごすか」
しかし、トイレは言うに及ばず男女別である。
迷ったが結局、三人は手近な女子トイレに逃げ込んだ。
男子の英司と樹は肩身が狭い。
「ごめん、詩乃」
「別にいいよ。というか、汚い男子トイレはこっちから願い下げだわ」
トイレの中で息を潜めていると、廊下を懐中電灯を片手にかざした大人の男性が通りすぎた。どうやら気付かれなかったようだ。
安堵した英司だが、ふとトイレの鏡を見て硬直した。
暗い鏡が濡れたように光っている。
「あ、あ、あれ……!」
英司はガタガタ震えながら鏡を指差す。
鏡の中には長い髪で表情が見えない女子生徒の姿が映っていた。
詩乃と樹も、英司の指の先を見て鏡の異変に気付く。
「トイレの花子さんには初めて会ったな……」
「じめじめしたトイレにこもるなんて物好きだよね」
「お、お前ら、絶対おかしい!」
平然と鏡を見てコメントする樹と詩乃。
英司は二人の肝の座りように呆れる。しかし事態は花子さん出現だけで終わらなかった。鏡の内側から出ようとするように、推定花子さんは手を伸ばして鏡を引っ掻く。
鏡の中の推定花子さんは英司達の側に来ようとしているようだった。
「逃げるぞ!」
英司は立ち上がって、樹と詩乃を急かしてトイレを出る。
警備員の姿は既に無く、暗い学校は異界に取り込まれたようにおどろおどろしい雰囲気になっていた。廊下のガラスに推定花子さんが映り込む。
「追ってきてる?!」
「こんな怪談じみたことが現実に起こるんだな」
「感心してる場合か、樹!」
さすがに詩乃は不安な表情だが、樹は清々しいくらい、いつも通りだ。
こんな異常事態になってしまったら猫がどうこう言っている場合ではない。
「一旦、学校から出よう!」
英司の提案に、しかし樹は首を振る。
「駄目だ。むしろ目的地に向かった方がいい。詩乃さん、例の鏡はどこだ?」
「この先の音楽室の前に……」
「樹!」
声を上げた英司は樹と視線を絡め合う。
短い付き合いだが、その瞬間、互いに言いたいことを理解できた。
先に口を開いたのは、樹だった。
「英司、君が詩乃さんを心配する気持ちは分かる。いざとなったら君と詩乃さんだけでも脱出しろ」
「馬鹿! お前だって大事な仲間だ。放っておける訳ないだろ!」
声を張り上げると、樹は動揺したように瞬きした。
「勝算はあるんだろうな?」
「……ある」
「なら、樹、お前を信じるからな!」
英司はガラスに映る推定花子さんを見ないようにして、廊下を歩き出す。
詩乃がちょいちょいと袖を引いた。
「英司、そっちじゃない。逆だよ」
立ち止まった英司は赤面する。
背景で推定花子さんがガラスを叩いていたが、今だけは気にならないほど恥ずかしい。
「締まらないなあ。でも……格好良かったよ」
「え?」
小声で詩乃がささやいた。
その言葉で英司は気を取り直す。視界の端で、樹は柔らかい笑みを浮かべていた。一気に緊迫した雰囲気が和む。
三人は足早に音楽室へ向かった。推定花子さんのじっとりとした視線が後ろから追いかけてくるが、無視する。
やがて廊下の先に音楽室が見えてきた。
音楽室の前には寄贈品らしい古ぼけた姿見が設置されている。
姿見に近付きながら詩乃が説明した。
「あれが、その人の本当の姿を映すっていう鏡よ」
「ん? 隠したものを映すって言ってなかったか。あと幽霊も映るんだよな」
「色々な噂があるのよ。とりあえず夜中に見ると何かが映るっていう……」
「適当だな」
姿見は暗闇に沈んでいる。
その時、追ってきた推定花子さんが音楽室の窓に映った。ガシャンという破砕音と共に窓ガラスが割れ、黒い影を引きずって長い髪に白い手足の少女が実体化する。
「詩乃、下がれ!」
英司は幼なじみを自分の後ろに押しやって、推定花子さんと相対する。髪の毛で彼女の表情が見えないが、冷え冷えとした敵意が伝わってくる。時代錯誤なセーラー服を着た不気味な少女は無言のまま、英司達にその手を伸ばそうとしていた。
精霊武器があれば戦えるのに。
幽霊への恐怖より、幼なじみを守れないことの方が怖い。
英司は拳を握りしめる。
「……本当の姿を映す鏡、か」
危機的状況の中、樹は呟いて、一人、鏡へ歩み寄る。
「樹……?!」
暗い鏡の前で樹が立ち止まる。
その時、不意に、割れた窓ガラスの向こうから月光が差し込んだ。
曇った鏡面が光を浴びて煌めく。
鏡は一瞬、眼鏡の青年の姿を映し出したが、その像は陽炎のように揺らめいて消える。代わりに映ったのは、緑。
明るい若草色が鏡面を覆い、鏡から光が溢れ出す。
もはやそれは月光の反射ではない。
鏡自体が緑色の光を放っていた。
眩しい緑は徐々に輪郭を精細にし、鏡の中に風景が生まれる。
鏡に映ったのは光を放つ緑の大樹の姿だった。
ふっ、と息を吐いた樹が眼鏡を外しながら振り返る。露になった彼の眼差しは、鏡の中の大樹と同じ、鮮やかな碧の色をしていた。
樹は碧に染まった瞳で、黒い影と共に迫る少女を睨む。
英司の手前まで迫っていた少女は足を止めた。
「消えろ」
その言葉だけで、呆気ないほど簡単に亡霊は消える。
気が付くと割れた窓ガラスは元通りになっていた。
学校の中を、まるで森の中で吹くような爽やかな風が通り過ぎ、澱んだ空気を一掃した。
鏡の前に立つ樹の姿は神々しい光に包まれている。
英司は息を飲んだ。
樹が人では無く、精霊なのだという言葉の意味が、ようやく分かった気がする。
「詩乃さん」
碧の瞳をした樹が幼なじみを手招きする。
呼ばれた詩乃は戸惑いながら、樹に近寄った。
樹は彼女の手をとる。
「えっ」
途端に二人の間で光が生まれる。
詩乃の腕の中で光が弾け、赤い毛並みの猫が姿を現す。
「ニャー」
甘えるように鳴く猫。
びっくりして猫を抱える詩乃の頭上にはもう猫耳は無い。
英司はほっとしながら二人に歩み寄った。
「その猫はいったい何なんだ。樹、お前は知ってるんだろう。聞かせろよ」
「勿論」
樹は猫の喉をくすぐりながら答える。
「こいつは異世界から迷い込んだ精霊の一種だよ。たまたまこの学校の鏡が異世界と繋がりやすくなってたから、事故でこっちに来てしまったらしい。精霊は本体から離れすぎると消滅するから、この鏡の中の、時間の止まった空間に隠れていたんだ。だけど、肝試しに来ていた詩乃さんと波長が合って、彼女に憑りついてしまった」
「たまたま? 全部偶然なのか?」
「全部が偶然だとは、さすがに言えない。この学校の鏡が異世界に繋がりやすくなってたのは、英司、君がこの学校の生徒だったからだろう。詩乃さんに突然猫耳が生えたのは、僕らに会ってこの精霊が反応したからだろうし」
つまり、元を辿ると原因はやっぱり英司達にあった訳だ。
英司は幼なじみに申し訳なく思った。
「今は僕の力で仮に猫の身体を用意して、一時的に安定させてる状態だ。仮の身体だからこのままだと長く持たない。精霊は本体を離れて長く生きられないんだ。本体の近くへ帰してやらないと」
樹は言いながら、すっかり詩乃の腕の中で寛いでいる猫を取り上げようとした。
猫を撫でようとしていた詩乃が樹の手を遮る。
「詩乃さん?」
「話が良く分からないけど、この猫さんを元いたところに帰しに行かないとってことだよね」
「そうだな、そういう理解で間違いない」
英司は詩乃の挑むような目にドキリとした。
嫌な予感がする。
「なら私、猫さんを自分で帰しにいきたい」
「詩乃?!」
「異世界だぞ」
「全然問題ないわ」
「ちょっと待て、問題大ありだろ!」
本気で言っているのだろうか。
詩乃を引き止めようとしたが、彼女の目には強い意思が感じられる。経験上、こうなった幼なじみを止めるのは困難だと知っている英司は、頭を抱えた。
廊下を曲がったところで前方に光が見えて、英司は思わず叫びそうになった。
「うわっ」
その瞬間、左右にいる幼なじみと樹から手が伸びて口をふさがれる。
「静かにしようね」
「あれはきっと警備員の見回りだな。トイレにでも入ってやり過ごすか」
しかし、トイレは言うに及ばず男女別である。
迷ったが結局、三人は手近な女子トイレに逃げ込んだ。
男子の英司と樹は肩身が狭い。
「ごめん、詩乃」
「別にいいよ。というか、汚い男子トイレはこっちから願い下げだわ」
トイレの中で息を潜めていると、廊下を懐中電灯を片手にかざした大人の男性が通りすぎた。どうやら気付かれなかったようだ。
安堵した英司だが、ふとトイレの鏡を見て硬直した。
暗い鏡が濡れたように光っている。
「あ、あ、あれ……!」
英司はガタガタ震えながら鏡を指差す。
鏡の中には長い髪で表情が見えない女子生徒の姿が映っていた。
詩乃と樹も、英司の指の先を見て鏡の異変に気付く。
「トイレの花子さんには初めて会ったな……」
「じめじめしたトイレにこもるなんて物好きだよね」
「お、お前ら、絶対おかしい!」
平然と鏡を見てコメントする樹と詩乃。
英司は二人の肝の座りように呆れる。しかし事態は花子さん出現だけで終わらなかった。鏡の内側から出ようとするように、推定花子さんは手を伸ばして鏡を引っ掻く。
鏡の中の推定花子さんは英司達の側に来ようとしているようだった。
「逃げるぞ!」
英司は立ち上がって、樹と詩乃を急かしてトイレを出る。
警備員の姿は既に無く、暗い学校は異界に取り込まれたようにおどろおどろしい雰囲気になっていた。廊下のガラスに推定花子さんが映り込む。
「追ってきてる?!」
「こんな怪談じみたことが現実に起こるんだな」
「感心してる場合か、樹!」
さすがに詩乃は不安な表情だが、樹は清々しいくらい、いつも通りだ。
こんな異常事態になってしまったら猫がどうこう言っている場合ではない。
「一旦、学校から出よう!」
英司の提案に、しかし樹は首を振る。
「駄目だ。むしろ目的地に向かった方がいい。詩乃さん、例の鏡はどこだ?」
「この先の音楽室の前に……」
「樹!」
声を上げた英司は樹と視線を絡め合う。
短い付き合いだが、その瞬間、互いに言いたいことを理解できた。
先に口を開いたのは、樹だった。
「英司、君が詩乃さんを心配する気持ちは分かる。いざとなったら君と詩乃さんだけでも脱出しろ」
「馬鹿! お前だって大事な仲間だ。放っておける訳ないだろ!」
声を張り上げると、樹は動揺したように瞬きした。
「勝算はあるんだろうな?」
「……ある」
「なら、樹、お前を信じるからな!」
英司はガラスに映る推定花子さんを見ないようにして、廊下を歩き出す。
詩乃がちょいちょいと袖を引いた。
「英司、そっちじゃない。逆だよ」
立ち止まった英司は赤面する。
背景で推定花子さんがガラスを叩いていたが、今だけは気にならないほど恥ずかしい。
「締まらないなあ。でも……格好良かったよ」
「え?」
小声で詩乃がささやいた。
その言葉で英司は気を取り直す。視界の端で、樹は柔らかい笑みを浮かべていた。一気に緊迫した雰囲気が和む。
三人は足早に音楽室へ向かった。推定花子さんのじっとりとした視線が後ろから追いかけてくるが、無視する。
やがて廊下の先に音楽室が見えてきた。
音楽室の前には寄贈品らしい古ぼけた姿見が設置されている。
姿見に近付きながら詩乃が説明した。
「あれが、その人の本当の姿を映すっていう鏡よ」
「ん? 隠したものを映すって言ってなかったか。あと幽霊も映るんだよな」
「色々な噂があるのよ。とりあえず夜中に見ると何かが映るっていう……」
「適当だな」
姿見は暗闇に沈んでいる。
その時、追ってきた推定花子さんが音楽室の窓に映った。ガシャンという破砕音と共に窓ガラスが割れ、黒い影を引きずって長い髪に白い手足の少女が実体化する。
「詩乃、下がれ!」
英司は幼なじみを自分の後ろに押しやって、推定花子さんと相対する。髪の毛で彼女の表情が見えないが、冷え冷えとした敵意が伝わってくる。時代錯誤なセーラー服を着た不気味な少女は無言のまま、英司達にその手を伸ばそうとしていた。
精霊武器があれば戦えるのに。
幽霊への恐怖より、幼なじみを守れないことの方が怖い。
英司は拳を握りしめる。
「……本当の姿を映す鏡、か」
危機的状況の中、樹は呟いて、一人、鏡へ歩み寄る。
「樹……?!」
暗い鏡の前で樹が立ち止まる。
その時、不意に、割れた窓ガラスの向こうから月光が差し込んだ。
曇った鏡面が光を浴びて煌めく。
鏡は一瞬、眼鏡の青年の姿を映し出したが、その像は陽炎のように揺らめいて消える。代わりに映ったのは、緑。
明るい若草色が鏡面を覆い、鏡から光が溢れ出す。
もはやそれは月光の反射ではない。
鏡自体が緑色の光を放っていた。
眩しい緑は徐々に輪郭を精細にし、鏡の中に風景が生まれる。
鏡に映ったのは光を放つ緑の大樹の姿だった。
ふっ、と息を吐いた樹が眼鏡を外しながら振り返る。露になった彼の眼差しは、鏡の中の大樹と同じ、鮮やかな碧の色をしていた。
樹は碧に染まった瞳で、黒い影と共に迫る少女を睨む。
英司の手前まで迫っていた少女は足を止めた。
「消えろ」
その言葉だけで、呆気ないほど簡単に亡霊は消える。
気が付くと割れた窓ガラスは元通りになっていた。
学校の中を、まるで森の中で吹くような爽やかな風が通り過ぎ、澱んだ空気を一掃した。
鏡の前に立つ樹の姿は神々しい光に包まれている。
英司は息を飲んだ。
樹が人では無く、精霊なのだという言葉の意味が、ようやく分かった気がする。
「詩乃さん」
碧の瞳をした樹が幼なじみを手招きする。
呼ばれた詩乃は戸惑いながら、樹に近寄った。
樹は彼女の手をとる。
「えっ」
途端に二人の間で光が生まれる。
詩乃の腕の中で光が弾け、赤い毛並みの猫が姿を現す。
「ニャー」
甘えるように鳴く猫。
びっくりして猫を抱える詩乃の頭上にはもう猫耳は無い。
英司はほっとしながら二人に歩み寄った。
「その猫はいったい何なんだ。樹、お前は知ってるんだろう。聞かせろよ」
「勿論」
樹は猫の喉をくすぐりながら答える。
「こいつは異世界から迷い込んだ精霊の一種だよ。たまたまこの学校の鏡が異世界と繋がりやすくなってたから、事故でこっちに来てしまったらしい。精霊は本体から離れすぎると消滅するから、この鏡の中の、時間の止まった空間に隠れていたんだ。だけど、肝試しに来ていた詩乃さんと波長が合って、彼女に憑りついてしまった」
「たまたま? 全部偶然なのか?」
「全部が偶然だとは、さすがに言えない。この学校の鏡が異世界に繋がりやすくなってたのは、英司、君がこの学校の生徒だったからだろう。詩乃さんに突然猫耳が生えたのは、僕らに会ってこの精霊が反応したからだろうし」
つまり、元を辿ると原因はやっぱり英司達にあった訳だ。
英司は幼なじみに申し訳なく思った。
「今は僕の力で仮に猫の身体を用意して、一時的に安定させてる状態だ。仮の身体だからこのままだと長く持たない。精霊は本体を離れて長く生きられないんだ。本体の近くへ帰してやらないと」
樹は言いながら、すっかり詩乃の腕の中で寛いでいる猫を取り上げようとした。
猫を撫でようとしていた詩乃が樹の手を遮る。
「詩乃さん?」
「話が良く分からないけど、この猫さんを元いたところに帰しに行かないとってことだよね」
「そうだな、そういう理解で間違いない」
英司は詩乃の挑むような目にドキリとした。
嫌な予感がする。
「なら私、猫さんを自分で帰しにいきたい」
「詩乃?!」
「異世界だぞ」
「全然問題ないわ」
「ちょっと待て、問題大ありだろ!」
本気で言っているのだろうか。
詩乃を引き止めようとしたが、彼女の目には強い意思が感じられる。経験上、こうなった幼なじみを止めるのは困難だと知っている英司は、頭を抱えた。
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◇◆◇◆◇◆◇◆◇
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◇
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よろしくお願いします!
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