異世界で世界樹の精霊と呼ばれてます

空色蜻蛉

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(第二部)第三章 ここからもう一度

03 情報収集

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 樹たちは詩乃が王宮にいる間、モンブラン伯爵の屋敷を拠点に情報収集することにした。
 モンブラン伯爵とやらは放任主義だった。
 部下や召し使いに樹たちの面倒を見るように言うと、彼等に対応を任せっきりだ。伯爵の家の者も戸惑っているようで、樹たちに積極的にあれこれ言ってこない。

 伯爵家の人々が面倒くさがりで無知なのは、樹たちにとって都合が良かった。
 実は普通の異世界に来た日本人は言語習得から勉強を始めるのだが、樹は精霊なので会話に不自由しないし、英司は元勇者で神の加護が残っているので言葉に困らない。ソフィーは言わずもがな、元からこの世界の者なので今更勉強する必要もない。
 
 異世界転移に詳しい者なら、樹たちが普通と違うことに気付いただろう。
 だが一般人は異世界転移の詳細を知らないので、樹たちにそれほど違和感を覚えなかったようだ。

 そんな訳で、樹は勝手に広い庭の片隅を使って、ある実験をしてみることにした。ちょうど今は、庭師や召し使いが休んでいる午後のお昼休みの時間で人気が無い。

「英司の精霊を喚び出してみようか」
「そんなことできるのか?」
「僕は最高位の精霊として、特別に他の精霊を召喚できるんだ」
「ふーん」

 腕組みして事の次第を見守る英司を前に、樹は精霊を喚んでみた。

「来い、藍水霊巫女アクアメイデン、リリス!」

 しーーん。
 沈黙がその場を支配する。
 樹は咳払いして眼鏡を押さえた。

「失敗?」
「……」

 無邪気なソフィーの感想を無視しながら、樹は考える。
 別に調子が悪い訳ではない。普通に精霊の力が動く感覚があった。
 ということは。

「喚びかけが無視されたか、もしくは、精霊が動けない状態にあるのか」
「お前の失敗じゃなくて?」
「自分が詩乃さんの説得に失敗したからと言って、僕が精霊召喚に失敗したと思わないでくれ」

 英司が胸を押さえて屈みこんだ。
 しまった、思った以上にきく反撃だったか。
 フォローしようと口を開きかけた樹だが、途中で止めた。
 こちらに近付く足音が聞こえる。

「誰だ? 近所の子供ではないな。侵入者か?」

 騎士の服装をした赤毛の男が、樹達を見て険しい顔をする。どうやら樹たちについて聞いていないらしい。

「いや、僕達は……」

 樹が弁明しようとしたが、男は腰の剣を抜かずに鞘のまま振りかぶった。一番近い位置にいる英司に向かって、鞘に入った剣を叩きつけようとする。
 英司は素早く反応すると、地面に落ちていた枝を拾い上げて、剣の軌道を逸らし、後ろに飛び退いた。

「ほう」

 男が驚いた顔をする。
 後ろに見ていた樹も、意外に戦闘慣れした英司の行動に目を見張った。だが、考えてみれば彼は勇者として魔物と単独で戦っていたのだ。単純な戦闘能力で言えば、たぶんこの中で一番強い。
 騎士らしき男は興味深そうに英司をじろじろ見ている。
 樹は途切れた言葉の続きを告げた。

「僕たちは異世界から転移者で、モンブラン伯爵に保護して頂いています。聞いてないですか?」
「む。……そういえば、そんな話も聞いたような。君達がそうだったのか」

 男は思い出したように納得して、剣を腰に戻した。
 そして一転して友好的な様子で言う。

「君、やるな! 元の世界で剣を使っていたのか?」
「少し」

 英司は枝を地面に放り出すと、言葉少なに答える。
 どうやら英司は身内以外には無口になるタイプらしい。

「そうか。まだどんな仕事をするか決まってないなら、騎士団に来てみないか?」
「考えさせてください」

 男の勧誘に、英司は遠慮がちに答える。
 樹は眼鏡を指で押し上げながら英司に向かって言った。

「この世界の剣術をマスターしたら、役に立つんじゃないか。イチゴが乗っていないショートケーキでも、キウイを乗せて工夫次第で美味しくなるかもしれない」
「樹、お前の例えはおかしいんだよっ! 誰がイチゴの乗っていないショートケーキだ!」

 剣術はキウイじゃない。
 英司はぶつぶつ言うが、赤毛の騎士はにこにこしている。

「私の名はルベールだ。何を言っているか分からないが、ほら、暇なら見学に来い!」
「わっ」

 ルベールは英司を気に入ったのか、肩をつかんで勧誘する。
 樹は、英司が前向きになる理由を添える。

「情報収集に良いかもしれないぞ。騎士団なら、王宮に出入りできるかもしれないし」
「……行く」
 
 英司は詩乃に会えるかもしれないと聞いて、やる気が出たらしい。
 ルベールに連れられて騎士団を見学しに行った。
 
 残った樹とソフィーはツェンベルンの街を散歩することにした。
 街は煉瓦や石で作られた家が多い。
 通りの両脇には街路樹が植えられていて、午後の風に木の葉が揺れている。

 樹とソフィーは伯爵の家で用意された服に着替えていた。
 麻などの低価格な素材を元に作られたシンプルな服装だ。ソフィーの方はスカートを履いていて、旅でよく着ていたハンターのズボンの時よりも可愛い印象になっている。

 大通りを外れて路地を覗きこむと、輪になってしゃがむ子供達を見つける。輪の中心には老人が絵本を広げて朗読していた。
 樹は気になって立ち止まる。

「どうしたんですか?」
「……少し、話を聞いてみようか」

 ソフィーは不思議そうにしたが、樹は構わず、壁際の邪魔にならない位置に立って、絵本の朗読を見守った。
 老人の開いた絵本には、短い文章が羅列されている。
 彼はどうやら子供達にこの国の歴史と文字を教えているらしい。
 子供にも分かりやすいように簡略化された歴史を、身振り手振りを交えながら語る。
 しばらく待つと絵本の朗読が終わった。
 子供達は老人に飴をもらって次々と去っていく。
 最後に一人になった老人は絵本を畳み始めた。
 樹は老人に声を掛ける。

「……すみません、教えて欲しいことがあるんです」
「なにかな」

 優しそうな老人は、樹を見上げて目を細めた。

「ロステン王国やセイファート帝国、ハナファ古王国はなぜ滅んだのでしょう」

 樹の質問を受けた老人は、椅子代わりに置いてある丸太に座り直した。

「かの大国が滅んだのは、魔族の大侵攻があったからだと聞いておる。侵攻を受けた国の神官は神に祈ったが、勇者召喚の陣から勇者が現れることは無かった」
「勇者がいなかったから、滅びたと……?」
「どうだろうな、何しろ百年も前の話だ。つい十数年前、ハナファ古王国のあったこの地でやっと勇者召喚の儀式が成功し、おいでになったのが今の国王だよ」
「国王は異世界人なんですか」
「そうだ。王は異世界の知恵と、新しい技術をもたらした。魔法アイテムを進化させて、一般の人々に使えるようにしたのだ」

 老人は、傍らに立て掛けた杖を示した。
 杖の頭には赤い石が付いている。

「精霊を封じた魔晶石を作って、道具に埋め込むことで誰でも簡単な魔法を使えるようになった。道具を量産して魔族の侵攻を押し返し、エターニアの国が作られたのだ」

 老人の言葉を聞くうちに樹の顔は曇った。
 最後まで聞き終わると樹は「ありがとう」と礼を言って、その場を離れる。
 険しい雰囲気で無言で歩く樹の背を、ソフィーは戸惑いながら追った。

「イツキ……」

 路地を出て大通りを歩き、ちょうど橋の真ん中で、樹は立ち止まった。
 街の中を流れる川を見下ろす。

「……百年の間に、こんなことになっていたなんて」
「精霊を、石に封じたって、言ってましたね」
「ああ。そんなこと、僕がいれば許さなかったのに!」

 地球に転移する直前の遣り取りを思い出す。
 天空神ラフテルの不気味な笑顔を。
 あれは、この企みを見越したものだったのだろうか。
 間に合わなかった自分を責め、唇を噛む樹。
 その時、黙って見ていたソフィーが、思わぬ行動に出た。

「……えいっ!」

 ソフィーは思い切り樹の背を押す。
 バランスを崩した樹は目の前の川に落ちた。
 ぼちゃんと間抜けな音がして、樹はずぶ濡れになる。
 幸い川底は浅く足がつく深さだった。

「ちょっ、何をするんだソフィー!」
「お仕置きです!」
「ソフィーの癖に生意気な……」
「国が滅びたりしてもイツキは全然関係ないよ。だって、勇者や神様に任せきりで、その人間たちは自分の身を守る努力をしてこなかったんでしょ。そんなのイツキが責任感じることないよ!」

 ソフィーの言葉に、樹は目を見開いた。
 そうかもしれない。
 自分には特別な力を持つ責任がある。精霊たちのために、この世界に住む人々のために、天空神ラフテルと戦うべきだと思っていた。
 だが精霊のため、世界のため、大きなものを追いかけ過ぎて、大事なことを見失っていたかもしれない。
 
 樹は、別行動中の英司のことを思い出して、くすりと笑った。
 英司は前回の魔王との戦いで操られ惨敗を喫した。だから自分は世界を救うような器ではないと考えている。しかし、ただ幼馴染の少女を助けるためだけに必死になる青年の姿は、眩しかった。

「そうだな……」

 樹は、川の中で立ち上がると濡れた髪をかきあげた。

「……僕はまだ、間に合うかな」

 エルフの少女の、明るい水色の瞳と視線を合わせる。
 彼女は根拠も無いのに自信満々に頷く。根拠は無くても、少女の言葉には力がある。彼女は、ソフィーは樹を信じている。

「間に合うよ。いつだって間に合うよ、イツキなら」

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