異世界で世界樹の精霊と呼ばれてます

空色蜻蛉

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(第二部)第四章 光と闇

04 温泉をめぐるあれこれ

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 アルファードは裕福の代名詞のような王族の生まれだが、お湯に入ったことはない。
 だから彼は樹達の行動に大いに戸惑っていた。
 アルファードにとっては、このメンバーの中で信頼出来るのは詩乃だけだ。しかし彼女は入浴に行ってしまった。女性の入浴を覗く訳にはいかない。樹と英司は温水の川に入って雑談している。見ず知らずの彼等に混ざって会話するのは、少々勇気が要る。
 仕方なく、アルファードは彼等から少し離れたところで座り込む。
 近くの枝でフクロウが羽繕いをしている。

「……暇そうだな」

 川から上がってきた樹が声を掛けてくる。

「僕は王子だぞ。気安く話しかけるな」

 アルファードは精一杯威嚇したが樹には当然、通用しない。

「王子がどうした。精霊の僕には関係ない」

 碧の瞳の青年はそう言って、アルファードの腕の中に、胴の長い白い毛並みの生き物を押し込んだ。

「何これ?」
「イタチだ。ネコ目イタチ属に含まれる哺乳類。暴れるからしっかり持て」
『おやぶーん、酷いっすー!』
「放って置くと蛙や魚を襲って食べ始めるから、君に見張って欲しい」

 強引に押し付けられたイタチは腕の中で暴れたが、それほど力は強くない。長い胴がうねうねして滑らかな毛並みが手に心地よい。
 アルファードはイタチの触り心地に目を輝かせた。

「仕方ないな! 僕に任せろ」
『おい子供、もっと丁寧に扱えよ。そこ、そこ撫でてー。うひょひょ』

 イタチの精霊クレパスを撫で回す少年の姿に、樹はひっそり笑みを浮かべる。詩乃が抱える猫をガン見している王子の姿に、動物が好きかと思ったが当たりだったようだ。ちょろい。




 一方の女性陣、詩乃とソフィーは服を脱いで温泉に浸かっていた。
 ソフィーは初めての温泉に最初戸惑っていたが、暖かい水に入ると気持ち良いことに気付いて、すっかりまったりしている。彼女は肩より少し長い金髪を邪魔にならないよう、ひとつにまとめて肩に流していた。
 彼女の金髪を見て、不意に詩乃は、自分も髪が伸びたなと思った。
 詩乃の髪は日本人の平均からするとやや明るい色だ。
 伸びた毛先をいじりながら呟く。

「……樹君って真面目そうだから、覗きとかしなさそうだよね」

 詩乃は身体を洗いながら下流の様子を伺う。
 このメンバーの中で樹と詩乃は出会ったばかりで、お互いのことをよく知らない。

「見られたら何かマズイんですかぁ?」

 ソフィーが無邪気に疑問を口にする。

「マズイかと言われたら、そりゃマズイというか……」
「おばあ様が、好きな男の子には裸で抱き付くと、好きになってもらえるって言ってました!」
「え、えらく積極的なおばあ様ね」

 詩乃は顔を引きつらせる。
 しかし、ソフィーの理屈で考えると。

「隠す意味ってあるのかしら……売り言葉に買い言葉で、頼まれたって覗くかって英司は言ってたけど。うう……」
「??」
「何でもない」

 赤い顔を隠すように詩乃はお湯をかぶる。
 近くの岩の上で背を向けていた猫が呆れたように尻尾を振って「にゃあ」と鳴いた。
 覗いても本気で怒られない関係なのに覗きにいかない律儀な男子二人に、これ以上恋愛ストーリーが発展することもなく夜になるのであった。




 結局、樹達一行は、温泉の近くで一晩野営することにした。
 夜、詩乃は何となく眠れずにテントを抜け出した。
 男女別のテントで、一緒に眠っていたソフィーは詩乃の行動に気付かず寝入っている。
 夜の森は月明かりに照らされて意外に明るかった。

 森に入っていくほど豪胆ではない詩乃は、テントから数歩の場所で、ただぼんやりと月を見上げた。
 あんなに話したいと思っていたのに、機会がなくて英司とじっくり話せていない。異世界に来てから英司は何か隠し事があるようで、詩乃を避けている風でもある。
 物思いに耽っていた詩乃の髪をさらさらと風が揺らした。
 夜の風を冷たく感じて上着を引き寄せる。
 ふと、詩乃は見上げた月の異変に気付く。

「月が、赤い……?」

 先ほどまで薄いレモン色だった月が、不穏な色に変化していた。赤いインクを水面に落としたように、月面が揺らいで血の色に染まっていく。
 ざっと強い風が吹き、鳥か何かの羽音が響いた。
 木々の影から白い靄が現れる。
 靄は直立歩行する白い人影に変わった。

「何なの……?!」

 驚いた詩乃は後ずさる。
 小石を踏んだ彼女の足音が、夜の森にやけに大きく響いた。
 木々の間を歩いていた白い人影が詩乃に気付いたように振り返る。目も口も無いにも関わらず、彼等は詩乃を見た。

「こ、来ないで」

 白い人影は詩乃に近付いてくる。
 冷気を伴った腕をゆっくり伸ばす白い人影。
 その腕が彼女に触れる前に、銀光の刃が閃いた。

「ストップ。これ以上は駄目だ」

 静かな声が耳元を通りすぎる。

「樹君……?」

 振り返った先には流麗な長剣を手にした青年の姿があった。
 赤い月の下にも関わらず、その剣は清らかな碧の光を帯びている。今は眼鏡をしていない樹の瞳が鮮やかな翠玉の色に輝いた。
 刃の先で白い人影が立ち止まる。
 樹が醸し出す静かな威圧感を前に、こちらに寄って来ようとした複数の白い人影は、一定の距離を置いて戸惑ったように足踏みした。

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