異世界で世界樹の精霊と呼ばれてます

空色蜻蛉

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(第二部)第四章 光と闇

05 赤い月

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 油断なく剣を構えた樹は、赤い月を見て顔をしかめた。

「変な空間と重なってるな……」

 樹の精霊としての感覚が、異変の正体を伝えてくる。
 今までいた場所を不穏な気配が塗り替えてしまった。まるで完成された絵の上から、別の絵の具で強引に塗りつぶすように。
 いつもの夜空ではない深い闇の空に赤い月。
 月の光は普通、精霊に力を与えるものだが、この赤い月の光は違う。まるで生命力を削ぐような不気味な光だ。

「うぎゃああ、お月様が真っ赤ですぅ!」
「ゆゆゆ幽霊?!」

 後ろで起き出してきたのか、ソフィーと英司の声がする。
 樹は振り返らずに指示を出した。

「ソフィー、英司、テントを片してくれ。緊急事態だ。詩乃さん、王子様を見ておいてくれ」

 冷静な樹の指示に、我に返った他の面々が動き出す。
 樹は一定の距離の外で足踏みしている白い人影を睨んだ。寄るなという無言の気合いを感じているのか寄ってこないが、気を抜くと近付いてきそうな雰囲気だ。

『大丈夫か、イツキや』
「アウル」

 テントの屋根にとまっていたフクロウが、肩に飛び降りてくる。

『あれらは命を持たぬ死霊レイスという魔物じゃ。この空間は命持たぬ彼等に有利なものとなっておる。ここでは生命を司る精霊であるお前の力は弱くなるのじゃ』
「道理で身体が重い……」

 思ったほど力が出ない訳だと樹は納得する。

「レイスかあ。俺の苦手な魔物だぜ」
「英司は怖がりだよね」
「ほっとけ」

 手早くテントを畳んだ英司が隣に来て呟く。
 幼なじみの詩乃が突っ込みを入れたが、軽口で答える英司の顔は引きつっていた。本気で怖いらしい。

『エイジの霊力は水の属性だからのう』
「属性?」
『霊力の高い人間には属性があるのじゃ。水の属性の霊力は闇を引き寄せる』
「智輝は幽霊とか気にしそうにないよな」
『火の属性の霊力の持ち主じゃからのう。水とは逆で闇の気配を寄せないんじゃ』

 フクロウはのんびり解説する。
 会話しているのはアウルと樹だが、脇で聞いている英司は自分のことなので嫌そうな顔をしている。

「俺のことはもういいから! そういう樹は属性は何なんだよ?」
『イツキの属性はのう』

 フクロウが答えかけたところで、森がざわめく。
 木陰から新たな魔物が出現した。
 動く白骨死体、手に錆びた剣を持っている。

「スケルトン……アンデット祭だな」
「感心してる場合か!」

 おお、と初めて見たモンスターを興味深そうに眺める樹に、英司が突っ込みを入れた。

『先ほどの属性の話じゃが、この空間では特定の属性が強くなり、特定の属性が弱くなるようになっておる。エイジの水の属性は強くも弱くもならんで普通に使えるはずじゃ』
「よし。じゃあ突破しろ英司」
「あの数相手にか?!」

 動揺した英司が指す先に、徐々に数を増やしているレイスとスケルトン。世界樹の剣を構える樹の間合いの外からじわじわ圧迫しつつある。

「まずはこの空間を出ないとな。そうすれば僕の力で一掃できる」
『オレイリアを封鎖するエルフの結界の壁近くまで行けばよい。そこが空間の区切り目じゃ。わしが案内しよう』

 フクロウは樹の肩から舞い上がって空中で羽ばたく。
 樹は仲間達を振り返った。

「これからちょっと走るけど、魔物に襲われる心配はしなくて良い。英司が何とかしてくれるから」
「おいっ」
「頑張れ」

 ポンと肩を叩くと英司は「あー、くそ!」と嘆いて諦めた。
 聞いていた詩乃が目を丸くする。

「え、英司があの幽霊と戦うの? 大丈夫?!」
「大丈夫って何が?」
「樹君は精霊だって言うし普通じゃないのは分かるけど、英司は普通の人じゃない。幽霊怖がってるのに」

 樹はげっそりした表情の英司と目を合わせる。そういえば英司は勇者だった黒歴史について詩乃には隠していた。
 二人は目線だけで会話する。
 ……いつまで秘密にするんだ?……うるさい今さら話せるかよ……仕方ないな。

「エイジさんは強いゆ、もがっ」
「詩乃さん、気にしなくて大丈夫だから」

 樹は勝手にバラそうとしているソフィーの口を抑えると、にっこり微笑んだ。
 どう見ても何か隠してる。追及しようとした詩乃だが、英司が荷物を樹に押し付けて、手ぶらで魔物に向かって歩き出したので言葉を飲んだ。

「……リリス、力を貸してくれ」

 低く呟く英司の周囲に微細な光の泡が浮かび、巫女姿の水の精霊リリスが姿を現す。六枚の光の翅を広げて、精霊は彼の背を守るように両腕を広げた。精霊の輪郭は神秘的に光り輝いている。

『あなたのためなら、いつでも、どこまでも……』

 微笑んだリリスの姿が半透明になって消える。
 同時に、英司の両手に氷の刃を持つ細剣が出現した。

「凍てつけっ、氷雨ひさめ!」

 英司が円を描くように双剣を振るうと、冷気が煌めいて収束する。
 精霊演舞スピリットダンスの上級二種、舞踊。
 英司の周囲に生じた無数の氷柱つららが雨のように魔物へ向かって降った。氷柱に当たったスケルトンは凍りついたが、もやの塊であるレイスは攻撃を素通りしている。
 何事も無かったかのように漂うレイスに、英司は踏み込んで第二撃を放つ。

「切り裂け、雪風ゆきかぜ!」

 冷気のかまいたちが実体の無いレイスを押し返した。
 凍ったスケルトンが砕けて崩れ落ちる。
 魔物の群れに風穴が開く。
 英司の精霊魔法を目の当たりにして、詩乃と王子が目を丸くした。

「今だ! 走って、焦らなくていいから」

 樹は呆然とする詩乃と王子に、英司の後に続くように促す。
 子供がいるので早く走れないが、樹も英司も焦ってはいなかった。樹には奥の手がいくつかある。精霊の特権として本体の近くへ一瞬で転移できるのもその一つだ。つまり世界樹にいつでも戻れる。英司にしても勇者時代で危機には慣れているからか、覚悟を決めた後の行動に淀みは無かった。

 魔物を斬り倒して道を切り開く英司の後を、詩乃達が追い、最後尾で樹がそれでも近付く魔物を世界樹の剣で切り払う。
 詩乃の足元では、頭にイタチを乗せた猫が走っている。
 一行は、上空をぼんやり光って飛ぶフクロウを目印に進んだ。

 やがてフクロウが飛ぶ先に光の壁が見えてくる。

「……こっちだ、坊や達!」

 光の壁の向こうで、灰色のスカートに紺色のローブを羽織った銀髪のエルフが手を振る。

「セリエラさん!」
「おばあ様!」

 銀髪のエルフは以前の旅で世話になったソフィーの祖母、セリエラだった。樹達はセリエラの手招く方向に進み、光の壁を越える。
 視界が白く染まった。


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