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嵐の前
ついにやる気を出した古味
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かつ、かつ、かつ――。
勢いよく廊下を歩いてくる背広姿の青年がいる。かつては「ニート政治家」などと揶揄された古味良一だ。
だらしなく背を丸め、足を引きずるように歩いていた“ニート&フリーター”時代の彼とは、いまや別人である。今の彼には、どこか政治家らしさ(?)を感じさせる歩き方があった。
金曜日の今日は、東京から選挙区の茨城の自宅へ戻っていた。玄関では、秘書兼後援会会長である妻・順子が迎える。
「おかえりなさい、あなた」
「ああ、ただいま」
すでに三回の当選を果たし、右も左も分からぬまま駆けずり回っていた頃とは違い、政治家としての地位も徐々に確立してきている。前回の選挙では支持者も増え、その支持をつなぎ止めるためにも、後援会――と、その会長である妻の存在は欠かせない。
なにしろ、支持者といっても多くは地元の“近所のおじちゃんおばちゃん”なのだ。買い物の途中にばったり出くわすこともあるし、何か目につけばすぐ噂になる。
そんな厄介で繊細な人間関係をうまく回しているのは、さすがは元・渦川俊郎の秘書といったところか。
「“金帰火来”なんて言うけど、茨城は通勤圏内だし、まだ楽なほうだな。地方の議員は大変だろう」
「そうね。あなたは恵まれている方よ」
サラリーマンであれば、今ごろ風呂に入って寝酒でもして、明日は昼過ぎまで爆睡――なんて週末も可能かもしれないが、政治家の土日は違う。
古味の週末スケジュールは、すべて順子によって“びっちり”と管理されている。
手帳をペラリとめくる。ほとんどは地元の行事や会合だが、他の議員との付き合いや応援の予定もある。元・新革党の仲間や、新たに加わった議員もいる今、自分の都合だけを優先するわけにはいかない。
「そういえば……“プレミアムフライデー音頭”を踊った日が懐かしいな」
「たしか、上親さんと一緒に踊ってたわよね」
あの頃は“働き方改革”が叫ばれ、金曜の早帰りが推奨されていた。早く退社すれば飲食店を利用して、経済効果が生まれる――などと言われていた。
だがパンデミック以降、状況は一変。リモートワークの定着により、会社員は通勤の必要すらなくなり、そうした施策も“過去の遺物”になった。
働く人にとっては便利になったかもしれないが、打撃を受けたのは飲食業界。とくに居酒屋は大きな打撃を受けた。
焼肉店やテイクアウト中心の業態に切り替えて生き残った店もあったが、多くは閉店に追い込まれた。
自分の選挙区でも、シャッターが閉じられたままの居酒屋を何軒も見かけた。
――人流の変化。これは政治がどう動こうが、どうにもならないものなのだ。
思えば、かつて渦川が観光業を救おうと奔走したが、結局なすすべがなかったのと同じである。
それでも、世の中が変わったのなら、新しいやり方で前に進まなくてはならない。
政治とは、そうした変化を読み取り、人々の助けとなるものであるべきだ。
幸い、いまの民自党では経済政策に関する勉強会が頻繁に開かれている。
積極的に参加し、地元経済の立て直しに役立てたい。
――渦川には悪いが、民自党の“使える部分”は遠慮なく使わせてもらうつもりだ。
「こうしてると、与党も悪くないな」
いまや古味は、小規模ながらも一つの勢力として認められ、民自党内でも“無視される存在”ではない。
あの新革党時代に戻りたいかと問われれば――正直、あまりそうは思わない。
次の選挙では、民自党からの強力なバックアップも期待できる。
そして、いま自分を支持してくれているのは、かつてネットで匿名で応援してくれた人々だけではない。企業や団体、影響力のある地元名士たちが名乗りを上げてくれるようになった。
――とはいえ、今日の自分があるのは、間違いなくあの頃の“ニートたち”のおかげだ。
だからこそ、今でも彼らのような立場の若者に対しては、自分を支持する団体や企業に声をかけ、就職支援につながるような働きかけを続けている。
そんなことを思い返していたとき、順子が声を上げた。
「あなた、この子が動いたわ」
「あんまり無理するなよ……」
支持者がいて、家族がいて――。
もう、自分は“落ちてもいい候補”ではない。
必ず、次の選挙にも勝たなくてはならないのだ。
勢いよく廊下を歩いてくる背広姿の青年がいる。かつては「ニート政治家」などと揶揄された古味良一だ。
だらしなく背を丸め、足を引きずるように歩いていた“ニート&フリーター”時代の彼とは、いまや別人である。今の彼には、どこか政治家らしさ(?)を感じさせる歩き方があった。
金曜日の今日は、東京から選挙区の茨城の自宅へ戻っていた。玄関では、秘書兼後援会会長である妻・順子が迎える。
「おかえりなさい、あなた」
「ああ、ただいま」
すでに三回の当選を果たし、右も左も分からぬまま駆けずり回っていた頃とは違い、政治家としての地位も徐々に確立してきている。前回の選挙では支持者も増え、その支持をつなぎ止めるためにも、後援会――と、その会長である妻の存在は欠かせない。
なにしろ、支持者といっても多くは地元の“近所のおじちゃんおばちゃん”なのだ。買い物の途中にばったり出くわすこともあるし、何か目につけばすぐ噂になる。
そんな厄介で繊細な人間関係をうまく回しているのは、さすがは元・渦川俊郎の秘書といったところか。
「“金帰火来”なんて言うけど、茨城は通勤圏内だし、まだ楽なほうだな。地方の議員は大変だろう」
「そうね。あなたは恵まれている方よ」
サラリーマンであれば、今ごろ風呂に入って寝酒でもして、明日は昼過ぎまで爆睡――なんて週末も可能かもしれないが、政治家の土日は違う。
古味の週末スケジュールは、すべて順子によって“びっちり”と管理されている。
手帳をペラリとめくる。ほとんどは地元の行事や会合だが、他の議員との付き合いや応援の予定もある。元・新革党の仲間や、新たに加わった議員もいる今、自分の都合だけを優先するわけにはいかない。
「そういえば……“プレミアムフライデー音頭”を踊った日が懐かしいな」
「たしか、上親さんと一緒に踊ってたわよね」
あの頃は“働き方改革”が叫ばれ、金曜の早帰りが推奨されていた。早く退社すれば飲食店を利用して、経済効果が生まれる――などと言われていた。
だがパンデミック以降、状況は一変。リモートワークの定着により、会社員は通勤の必要すらなくなり、そうした施策も“過去の遺物”になった。
働く人にとっては便利になったかもしれないが、打撃を受けたのは飲食業界。とくに居酒屋は大きな打撃を受けた。
焼肉店やテイクアウト中心の業態に切り替えて生き残った店もあったが、多くは閉店に追い込まれた。
自分の選挙区でも、シャッターが閉じられたままの居酒屋を何軒も見かけた。
――人流の変化。これは政治がどう動こうが、どうにもならないものなのだ。
思えば、かつて渦川が観光業を救おうと奔走したが、結局なすすべがなかったのと同じである。
それでも、世の中が変わったのなら、新しいやり方で前に進まなくてはならない。
政治とは、そうした変化を読み取り、人々の助けとなるものであるべきだ。
幸い、いまの民自党では経済政策に関する勉強会が頻繁に開かれている。
積極的に参加し、地元経済の立て直しに役立てたい。
――渦川には悪いが、民自党の“使える部分”は遠慮なく使わせてもらうつもりだ。
「こうしてると、与党も悪くないな」
いまや古味は、小規模ながらも一つの勢力として認められ、民自党内でも“無視される存在”ではない。
あの新革党時代に戻りたいかと問われれば――正直、あまりそうは思わない。
次の選挙では、民自党からの強力なバックアップも期待できる。
そして、いま自分を支持してくれているのは、かつてネットで匿名で応援してくれた人々だけではない。企業や団体、影響力のある地元名士たちが名乗りを上げてくれるようになった。
――とはいえ、今日の自分があるのは、間違いなくあの頃の“ニートたち”のおかげだ。
だからこそ、今でも彼らのような立場の若者に対しては、自分を支持する団体や企業に声をかけ、就職支援につながるような働きかけを続けている。
そんなことを思い返していたとき、順子が声を上げた。
「あなた、この子が動いたわ」
「あんまり無理するなよ……」
支持者がいて、家族がいて――。
もう、自分は“落ちてもいい候補”ではない。
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