会社員だった俺が試しに選挙に出てみたら当選して総理大臣になってしまった件 権力闘争編

もっちもっち

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嵐の前

上親の息子の名前は上子

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「わいが古味さんの一番の恩人や」

 上親が地元で酒を飲むと、決まってそう言い放つ。
 それだけではない。有力政治家との“コネ”を持つ町会議員として、地元ではちやほやされている存在でもある。

 だが、実際のところ彼のやっていることといえば――総選挙で名前を売った地方の“風”の支持者たちと連日飲み歩くか、東京に出向いて古味に飲み代をたかるかのどちらかだ。
 それでも「付き合いがすべて」と言われる政治家業、こういう人間でも案外成り立ってしまうのが現実だった。

 古味の側でも、上親の“奇抜さ”にはやや手を焼きつつも、その突破力には一目置いていた。
 多少強引でも言わなければならない場面というのは確かにある。そんなとき、この男は案外頼りになる。
 だから、飲み代くらいは目をつぶっていた。

 ある日、国会の合間に古味は議員会館でのんびり過ごしていた。
 そこへ、あの男が唐突に現れる。

「古味さん、わいや!」

「わかってますよ……」

 それが、いつもの“挨拶”代わりだった。今日は一体何の用だろうか。

「息子と話したってや。古味さんから電話が来るって言ってあるねん」

 ――ん? なんの話だ?
 どうせ、「国会議員と知り合いだ」なんて吹いて、信用されず、俺に電話させる流れじゃないのか?

「そうですか。息子さん、いらっしゃったんですね」

「おるわい!」

 ……初耳のような気がする。いや、間違いなく初めて聞いた。
 上親には子どもがいたのか。どうやら、その子に俺と話させたいらしい。別に、電話くらいなら構わないが……その子、政治に興味があるのか?

「ほら、出たで。頼むわ!」

 上親からスマホを渡される。
 相手が“子ども”だと思い、優しく話しかける。

「はじめまして~。お父さんのお友達の古味良一です。国会議員なんだけど、聞いたことあるかな? 政治に興味、あるのかな?」

 ……電話の向こうから返ってきたのは――

「で、どうなんや?」

 ……野太い男の声!? 一瞬、耳を疑った。
 しばし沈黙ののち、俺はそっとスマホの電源を切ろうとした。

「まてまてまて! まだ息子となんも話しとらんやないか!」

 上親が慌てて制止してくる。

「いや……だって、完全に男の声でしたけど」
「それが息子や。息子の上子(じょうし)や!」

 ――なるほど。完全に“子ども”だと思い込んでいた俺が悪いのか。
 そういえば、上親っていくつだったっけ……。

「そうでしたか。それなら先に言ってくれれば。恥ずかしいですよ、こっちは子どもだと思ってたんですから」

「ええから、ええから。話したって!」

 上親に促され、再びスマホを耳に当てる。

「すみません、改めまして。国会議員の古味良一です。上子さんは、いまどんなお仕事を?」

 少し警戒しながら尋ねる。

「仕事ぉ……? 昼間に電話かけてくるとか、おかしいやろが。こっちは勤務中や! ちょっと待ってぇや!」

 ――うわ、怒ってる。
 まあ、子ども扱いされたと思えば腹も立つか……だが、それにしても言い方というものがあるだろ。
 こっちは国会議員だぞ。時間を割いてやってるってのに――と、内心ぶつぶつ言っていると、電話越しから別の声が聞こえてきた。

「ほら! 手ぇ止まっとるで! 何や? パソコンが遅い? あほかお前! それをなんとかするのが仕事やろが!」

「ガスッ!」

 ……え、今の音……蹴った? まさか、人を?

 その直後、上子の声が戻ってくる。

「じゃ、忙しいから切るで」

 そして、スマホは一方的に“プツン”と切られた。

 ……しばらく沈黙。

 古味はひと息ついて、上親にたずねる。

「息子さん、おいくつなんですか?」
「もう勤めて何年にもなるで。こないだ主任になったとか言うとった。いくつやったかな……」
「だったら最初からそう言ってくださいよ……」

 上親は「すまんすまん」と言いながら、どこか飄々とした様子。多分、ぜんぜん反省していない。

「なんでもな、“菱”がつくでっかい会社で働いてるって言ってたわ。ええ感じやろ?」

 “偉い”というより、“ヤバそう”な感じしか受けなかったけどな……
 電話越しの印象だけなら、完全にパワハラ上司だ。
 俺が会社員だったら、あんな上司がいるだけで辞めたくなるかもしれない。

「まあ……なんにせよ、これからは親子でよろしゅう頼むわ!」

「……はぁ」

 別に、会社員なら政治と関わらずに生きていけばいいじゃないか――(って、俺が言うのもなんだが)
 でも、上親の息子とあれば、覚えておかないわけにもいかないか。
 ……ひょっとして、町議を継がせるつもりなんだろうか?
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