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嵐の前
そろそろな秋屋さん
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秋屋誠二は、パンデミック前からずっと国土交通大臣を務めていた。
もっとも、その仕事といえば――下から上がってきた政策を選別し、気に入らないものは「ポイッ」と退けるだけ。
だが結果的に大きな失敗も少なく、世間から見れば「安定感のある政治家」と評価されていた。
そんな秋屋の密かな楽しみは、“次の総理候補”の下馬評をチェックすることだった。
もちろん、民自党内には他にも名前が挙がる政治家はいる。だが、スネに傷を持つ者も多く、消去法的に“秋屋誠二”という選択肢が浮上する場面もあった。
「そろそろ“次の総理は誰か”ってマスコミが騒ぎ出してるよ……さて、ひょっとして次は……僕?」
鏡の中で、秋屋の顔がニマリと緩む。
「パンデミック」対策では、“年寄りの判断”が功を奏したと世論に評価され、阿相政権は支持率を回復。それに伴い、秋屋のポジションもさらに安定していた。
彼は密かに“パンデミック”に感謝している。
もうひとつ、パンデミックがもたらした“恩恵”がある。――最大のライバル、渦川俊郎の死だ。
「……まあ、いろいろ痛手を受けた業界もあったけどさ、パンデミックのせいなんだし、ほっときゃよかったのに。ああいう傲慢な奴に限って、変に責任感が強いんだよな。何でも自分で抱え込んで、東へ西へ駆け回って……で、倒れて死ぬ。まぁ……少しは気の毒かな」
互いに憎み合っていたとはいえ、死んでくれとまで思っていたわけではない。
もう顔を合わせることもない――その事実に、ほんの少しだけ寂しさを覚える秋屋であった。
「……で、その渦川の“置き土産”。あの古味良一が、うちに入ってきたわけか」
民自党に加入した古味。今後は顔を合わせる機会も増えるだろう。
「威勢は良さそうだけど、果たして使えるのか……いっそ部下にしちまおうかな?」
そんなことを考えながら“ルンルン気分”で大臣室の椅子にふんぞり返っていたところに、官僚が慌てて駆け込んできた。
「秋屋大臣、来客が……!」
「来客? 誰?」
「門関……門関幸太郎元総理です!」
「門関さん!?」
秋屋は素っ頓狂な声を上げた。
「あっ……あのご老人……まだ生きてたのか……」
もちろん、門関が存命なのは知っている。それでも、そう口走ってしまうのが秋屋という男だ。
取り次いだ官僚は、そのあまりに露骨な嫌がり方にばつが悪そうな顔をしているが、早く通さねばと隣でそわそわしている。
「うーん……」
秋屋は官僚の存在を無視し、腕を組んで考え込んだ。
門関政権時代、秋屋は総理に逆らえず、平身低頭していた。
だが、門関が退陣すると同時に、誰よりも早くあくたれをついたのも秋屋だった。
門関はその裏切りを表立って責めはしなかったが、心中にわだかまりがないとは思えない。
「あの人に関わると、ろくなことがないんだよな……だから総理を辞めたとたん、縁を切ったのに。それが今さら会いに来るなんて……どんだけ面の皮が厚いんだ」
無視したい。居留守を使いたい。
だが、そうしてはいけない相手だということも、秋屋にはよく分かっている。
「……お通しして」
官僚がうやうやしく門関を迎えに行く。門関は何も言わず、静かに座って待っていた。
実はこの間、約一時間が経っていたが、それでも怒りもせず帰らない――それが門関幸太郎という男だった。
「やあ、秋屋君。いや、大臣殿。ずいぶんお忙しいようで」
「いやあ、門関さん。おっしゃる通りです。では、ご用件を伺いましょう」
本当はそれほど忙しくもなかったが、秋屋は笑顔で応じた。
しかし、門関の表情は険しかった。明らかに“待たされた”ことへの苛立ちが浮かんでいる。
「単刀直入に言おう。世間ではそろそろ、“次の総理を”という声が出始めている。君にその気があるなら、私が推してやってもいい」
「……いやいや、私は今の国交相の椅子が気に入ってますので。今のままで、十分ですよ」
冗談じゃない。門関の“後押し”など受けたら、後々どれほどの見返りを要求されるかわかったものではない。
それに――これは要するに、“阿相を倒せ”という話ではないのか。
そんなの、完全に謀反じゃないか。
「ふん。殊勝だな。まあ、私も現政権に逆らう気はないさ。あくまで、政権が維持されている間は、ね」
“政権が維持されている間”――。
その言葉が秋屋の耳にひっかかった。
政権が倒れる? 阿相総理の弱みでも握っているのか?
だが、パンデミックで支持を固めた阿相政権は、そう簡単には崩れないはず――門関は何を企んでいる?
(……頼むから余計なことはしないでくれよ)
やがて門関は何事もなかったかのように去っていった。
その背中を見送った後、大臣室に戻った秋屋の顔からは、“ルンルン気分”など跡形もなく消え失せていた――。
もっとも、その仕事といえば――下から上がってきた政策を選別し、気に入らないものは「ポイッ」と退けるだけ。
だが結果的に大きな失敗も少なく、世間から見れば「安定感のある政治家」と評価されていた。
そんな秋屋の密かな楽しみは、“次の総理候補”の下馬評をチェックすることだった。
もちろん、民自党内には他にも名前が挙がる政治家はいる。だが、スネに傷を持つ者も多く、消去法的に“秋屋誠二”という選択肢が浮上する場面もあった。
「そろそろ“次の総理は誰か”ってマスコミが騒ぎ出してるよ……さて、ひょっとして次は……僕?」
鏡の中で、秋屋の顔がニマリと緩む。
「パンデミック」対策では、“年寄りの判断”が功を奏したと世論に評価され、阿相政権は支持率を回復。それに伴い、秋屋のポジションもさらに安定していた。
彼は密かに“パンデミック”に感謝している。
もうひとつ、パンデミックがもたらした“恩恵”がある。――最大のライバル、渦川俊郎の死だ。
「……まあ、いろいろ痛手を受けた業界もあったけどさ、パンデミックのせいなんだし、ほっときゃよかったのに。ああいう傲慢な奴に限って、変に責任感が強いんだよな。何でも自分で抱え込んで、東へ西へ駆け回って……で、倒れて死ぬ。まぁ……少しは気の毒かな」
互いに憎み合っていたとはいえ、死んでくれとまで思っていたわけではない。
もう顔を合わせることもない――その事実に、ほんの少しだけ寂しさを覚える秋屋であった。
「……で、その渦川の“置き土産”。あの古味良一が、うちに入ってきたわけか」
民自党に加入した古味。今後は顔を合わせる機会も増えるだろう。
「威勢は良さそうだけど、果たして使えるのか……いっそ部下にしちまおうかな?」
そんなことを考えながら“ルンルン気分”で大臣室の椅子にふんぞり返っていたところに、官僚が慌てて駆け込んできた。
「秋屋大臣、来客が……!」
「来客? 誰?」
「門関……門関幸太郎元総理です!」
「門関さん!?」
秋屋は素っ頓狂な声を上げた。
「あっ……あのご老人……まだ生きてたのか……」
もちろん、門関が存命なのは知っている。それでも、そう口走ってしまうのが秋屋という男だ。
取り次いだ官僚は、そのあまりに露骨な嫌がり方にばつが悪そうな顔をしているが、早く通さねばと隣でそわそわしている。
「うーん……」
秋屋は官僚の存在を無視し、腕を組んで考え込んだ。
門関政権時代、秋屋は総理に逆らえず、平身低頭していた。
だが、門関が退陣すると同時に、誰よりも早くあくたれをついたのも秋屋だった。
門関はその裏切りを表立って責めはしなかったが、心中にわだかまりがないとは思えない。
「あの人に関わると、ろくなことがないんだよな……だから総理を辞めたとたん、縁を切ったのに。それが今さら会いに来るなんて……どんだけ面の皮が厚いんだ」
無視したい。居留守を使いたい。
だが、そうしてはいけない相手だということも、秋屋にはよく分かっている。
「……お通しして」
官僚がうやうやしく門関を迎えに行く。門関は何も言わず、静かに座って待っていた。
実はこの間、約一時間が経っていたが、それでも怒りもせず帰らない――それが門関幸太郎という男だった。
「やあ、秋屋君。いや、大臣殿。ずいぶんお忙しいようで」
「いやあ、門関さん。おっしゃる通りです。では、ご用件を伺いましょう」
本当はそれほど忙しくもなかったが、秋屋は笑顔で応じた。
しかし、門関の表情は険しかった。明らかに“待たされた”ことへの苛立ちが浮かんでいる。
「単刀直入に言おう。世間ではそろそろ、“次の総理を”という声が出始めている。君にその気があるなら、私が推してやってもいい」
「……いやいや、私は今の国交相の椅子が気に入ってますので。今のままで、十分ですよ」
冗談じゃない。門関の“後押し”など受けたら、後々どれほどの見返りを要求されるかわかったものではない。
それに――これは要するに、“阿相を倒せ”という話ではないのか。
そんなの、完全に謀反じゃないか。
「ふん。殊勝だな。まあ、私も現政権に逆らう気はないさ。あくまで、政権が維持されている間は、ね」
“政権が維持されている間”――。
その言葉が秋屋の耳にひっかかった。
政権が倒れる? 阿相総理の弱みでも握っているのか?
だが、パンデミックで支持を固めた阿相政権は、そう簡単には崩れないはず――門関は何を企んでいる?
(……頼むから余計なことはしないでくれよ)
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