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嵐の前
門関の本意
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黒塗りのロールスロイスが、首都高速を北へ向かって走っていた。
その車内で、門関幸太郎は静かに呟く。
今日の彼には、阿相や秋屋に見せたような含み笑いすらなかった。険しい表情。瞳の奥には冷ややかな光が宿っている。
「防衛省の様子はどうなっている」
問いかけた相手は、同乗する息子-門関 志遠(しおん)。
“国際戦略を考える研究所”に勤務する安全保障の専門家でもある。
「どうなってるも何も……準備不足もいいところだよ。空から雨あられのように降ってくる爆弾を、竹槍で迎え撃とうとしてるようなもんさ」
息子は肩をすくめた。
「日本の防衛戦略は、冷戦期の設計図からほとんど更新されていない。まあ無理もない。敗戦国の日本は、長年、戦勝国――つまり世界一の大国の庇護下に置かれてきた。おかげで戦争の危機は遠ざかり、その分、経済成長に集中できた。漁夫の利ってやつだよ。だけど、世界は変わってきてる。なのに、それを認めようとしないんだ」
「――だから、私が総理だったとき、どれだけ警鐘を鳴らしたか」
門関は語気を強める。
当時、彼が訴えた“戦略的再武装”に、永田町の利権屋どもは一斉に反発した。
――「戦争を煽って何になる」
――「国民感情を逆撫でするだけだ」
「違う。私は戦争を起こそうとしたんじゃない。“もし戦争になったとき”の備えを、しておこうとしただけだ」
拳を握りしめ、門関は口を噛みしめるように呟いた。
阿相政権は、その真逆にある。とにかく関わらない、巻き込まれない、内に籠もる。
外交を拒絶し、防衛も最小限。世間でよく喩えられる“亀”のように、頭を引っ込め、じっとしているだけだ。
――だが、それが“政略”になるなら、話は別だ。
内向きに徹し、国際社会と距離を置こうとする阿相政権。
その阿相が対処しきれない“強敵”――例えば、北の大国が本当に牙をむいたら?
「ほら見たことか」と、世間は言うだろう。
孤立した日本が、たった一国で立ち向かう羽目になる。
たしかに“頼りになる同盟国”はある。だが、彼らが日本の代わりに戦ってくれるわけではない。
そのとき、同盟国がどう動くか――それを知るのは、息子が最も詳しい。
そして、政権は呆然と立ち尽くす。何もできず、支持率は急落。
そこへ、颯爽と現れる――この私だ。
日本を救う救世主として、拍手喝采を浴びる。政敵どもは顔色を失い、地に伏すだろう。
「ハッハッハ。愉快、愉快」
門関は車内で高らかに笑った。運転手も息子も、いつものこととばかりに無言のままだ。
「権力闘争のために戦争を利用する……どこでもやってることさ。
いや、むしろ“戦争がなければ政治家なんていらない”んじゃないか?」
ぽつりと呟いたあと、ふと顔を上げた。
「“トントントンカラリ”って歌、知ってるか?」
息子が黙っている。知らないということだろう。
「あれはね、第二次大戦中に“隣組”が歌ってたやつだ。戦争は国民を一つにまとめる。歴史上、数多の英雄がそれを利用した。そして――今度は、俺の番だ」
未来のことは誰にもわからない。
門関も、自分の命があとどれほどか、確かなことは言えない。
もし“平均寿命”に従うなら、あと10年。
だが、10年あれば十分だ。政敵を排除し、自らの理想国家を創り上げ、その頂点に立ち続けるには――。
「……ニヤリ」
門関の口元に、久々の含み笑いが浮かぶ。
世間はこの国を“安全な国”と思い込んでいる。
だが、“北の大国”の脅威に触れる者は少ない。
本当は、誰もが恐れているのだ。あまりにも残酷な未来を想像するのが怖いから、考えること自体を拒否している。
だが、その無関心こそが、最大の隙だ。
北方の防衛ラインは、驚くほど無防備。
そこを突く――それが、門関の戦略だ。
彼はふと眉間に皺を寄せた。
(政治家とは、つくづく因果な職業だ……)
この仕事が国民にとってどれほど不幸な結果をもたらすか、門関にはよく分かっている。
だが、その“国民の不幸”こそが、権力の源泉であり、政治家の“飯の種”なのだ。
門関は、世間が想像も口にもしない“危機”を、冷静に計算し、突こうとしている。
(勝つには、人と同じことをしていてはいけない)
それは、門関幸太郎という男の、信念でもあった。
たとえ、世間から「頭がおかしくなった」と言われようとも――。
その車内で、門関幸太郎は静かに呟く。
今日の彼には、阿相や秋屋に見せたような含み笑いすらなかった。険しい表情。瞳の奥には冷ややかな光が宿っている。
「防衛省の様子はどうなっている」
問いかけた相手は、同乗する息子-門関 志遠(しおん)。
“国際戦略を考える研究所”に勤務する安全保障の専門家でもある。
「どうなってるも何も……準備不足もいいところだよ。空から雨あられのように降ってくる爆弾を、竹槍で迎え撃とうとしてるようなもんさ」
息子は肩をすくめた。
「日本の防衛戦略は、冷戦期の設計図からほとんど更新されていない。まあ無理もない。敗戦国の日本は、長年、戦勝国――つまり世界一の大国の庇護下に置かれてきた。おかげで戦争の危機は遠ざかり、その分、経済成長に集中できた。漁夫の利ってやつだよ。だけど、世界は変わってきてる。なのに、それを認めようとしないんだ」
「――だから、私が総理だったとき、どれだけ警鐘を鳴らしたか」
門関は語気を強める。
当時、彼が訴えた“戦略的再武装”に、永田町の利権屋どもは一斉に反発した。
――「戦争を煽って何になる」
――「国民感情を逆撫でするだけだ」
「違う。私は戦争を起こそうとしたんじゃない。“もし戦争になったとき”の備えを、しておこうとしただけだ」
拳を握りしめ、門関は口を噛みしめるように呟いた。
阿相政権は、その真逆にある。とにかく関わらない、巻き込まれない、内に籠もる。
外交を拒絶し、防衛も最小限。世間でよく喩えられる“亀”のように、頭を引っ込め、じっとしているだけだ。
――だが、それが“政略”になるなら、話は別だ。
内向きに徹し、国際社会と距離を置こうとする阿相政権。
その阿相が対処しきれない“強敵”――例えば、北の大国が本当に牙をむいたら?
「ほら見たことか」と、世間は言うだろう。
孤立した日本が、たった一国で立ち向かう羽目になる。
たしかに“頼りになる同盟国”はある。だが、彼らが日本の代わりに戦ってくれるわけではない。
そのとき、同盟国がどう動くか――それを知るのは、息子が最も詳しい。
そして、政権は呆然と立ち尽くす。何もできず、支持率は急落。
そこへ、颯爽と現れる――この私だ。
日本を救う救世主として、拍手喝采を浴びる。政敵どもは顔色を失い、地に伏すだろう。
「ハッハッハ。愉快、愉快」
門関は車内で高らかに笑った。運転手も息子も、いつものこととばかりに無言のままだ。
「権力闘争のために戦争を利用する……どこでもやってることさ。
いや、むしろ“戦争がなければ政治家なんていらない”んじゃないか?」
ぽつりと呟いたあと、ふと顔を上げた。
「“トントントンカラリ”って歌、知ってるか?」
息子が黙っている。知らないということだろう。
「あれはね、第二次大戦中に“隣組”が歌ってたやつだ。戦争は国民を一つにまとめる。歴史上、数多の英雄がそれを利用した。そして――今度は、俺の番だ」
未来のことは誰にもわからない。
門関も、自分の命があとどれほどか、確かなことは言えない。
もし“平均寿命”に従うなら、あと10年。
だが、10年あれば十分だ。政敵を排除し、自らの理想国家を創り上げ、その頂点に立ち続けるには――。
「……ニヤリ」
門関の口元に、久々の含み笑いが浮かぶ。
世間はこの国を“安全な国”と思い込んでいる。
だが、“北の大国”の脅威に触れる者は少ない。
本当は、誰もが恐れているのだ。あまりにも残酷な未来を想像するのが怖いから、考えること自体を拒否している。
だが、その無関心こそが、最大の隙だ。
北方の防衛ラインは、驚くほど無防備。
そこを突く――それが、門関の戦略だ。
彼はふと眉間に皺を寄せた。
(政治家とは、つくづく因果な職業だ……)
この仕事が国民にとってどれほど不幸な結果をもたらすか、門関にはよく分かっている。
だが、その“国民の不幸”こそが、権力の源泉であり、政治家の“飯の種”なのだ。
門関は、世間が想像も口にもしない“危機”を、冷静に計算し、突こうとしている。
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たとえ、世間から「頭がおかしくなった」と言われようとも――。
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