会社員だった俺が試しに選挙に出てみたら当選して総理大臣になってしまった件 権力闘争編

もっちもっち

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嵐の前

メシアシミュレーション ― 民意は設計されるか?

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 地下二階。外界の雑音は一切届かないその区画を、人は「シナリオラボ」と呼んでいた。

 そこにはテレビも時計もない。
 あるのは、無数の情報端末と、無機質なモニターが並ぶ作戦卓。
 SNSのトレンドワード、閲覧数の急上昇グラフ、地域別の世論調査、そして拡散済みの動画一覧が、絶えず更新されている。

 この場所で、門関 志遠は尊敬する父・門関幸太郎のために日夜シミュレーションに没頭していた。
 民意の波をどう操作するか。どのような順序で危機感を喚起し、誰に“救世主”を求めさせるか――彼の思考は、ほとんど社会実験に近かった。

 「トレンド10位までに、“防衛”関連ワードが3つ入りました。“無人偵察機”“北方防衛線”“避難マニュアル未整備”……」

 女性研究員・小田島 礼が報告する。
 このような研究所に入所しているぐらいだから、相当な英才なのだろうが――実態は、ストラップだらけのスマホで韓流アイドルをあさるミーハーである。

 「想定より1日早いな」

 椅子にもたれたまま、志遠が呟いた。
 白いシャツの袖をまくっただけの飾り気のない服装。だがその言葉には、空気を刺すような鋭さがある。

 「では、次の段階へ進めましょう」

 志遠が指で合図すると、後方の作戦員がファイルを開く。
 内容は、次に投入する動画と投稿群の構成案だった。

 「“防衛白書の空白”シリーズ、3本目です。今回は“日本の北側にだけ防衛施設が異常に少ない理由”を解説風に」

 「構成は?」

 「冒頭にアニメ調の地図、中央に避難時間のシミュレーション映像。最後に『あなたの町にも危機が来るかもしれません』のテロップを……」

 「BGMは?」

 「通常のニュース音声に混ぜる形で、わずかに緊張感を上げています。“不安”を“怒り”に変換するリズムに調整済みです」

 志遠は黙って頷いた。
 まるで精密機械のパーツを組み上げているような口ぶりだった。

 横で聞いていた小田島が、ふと口を開いた。

 「……これ、やりすぎじゃありませんか?」

 「何が?」

 「“国民の不安を刺激する”ことが目的だとしても、これは……誘導というより、煽動です」

 しばしの沈黙が落ちた。

 志遠は、小田島を見た。
 その目には冷たさも、怒りもなかった。ただ、温度のない光だけが宿っていた。

 「煽動というのは、不合理な方向に民意を動かすこと。
  私たちがやっているのは“合理的な方向への誘導”だ」

 「でも……それを決めるのは、誰ですか? 何が“合理”かなんて――」

 「現実が決めるんだよ、小田島さん」

 志遠の声には、わずかに重みがあった。

 「君がいま語っているのは倫理だ。だが倫理は、戦車や爆弾の前ではただの幻想にすぎない。
  この国が、いつまで“平和ボケ”でいられると思っている?」

 小田島は黙り込んだ。

 志遠はゆっくり立ち上がり、部屋の奥にあるホワイトボードの前に歩み寄った。
 そこにはマジックで、ひときわ大きくこう書かれていた。

 > Project F-7:防衛意識の段階的活性化計画

 その下には、4つのフェーズが記されている。

 - フェーズ1:漠然とした不安の共有
 - フェーズ2:現実的危機の視覚化
 - フェーズ3:政権不信の醸成
 - フェーズ4:“救世主”の浮上

 「……私たちが今実行しているのは、“メシアシミュレーション”だ」

 志遠はそう呼んだ。“救世主”とは、自然発生するものではない。
 群衆心理を操作し、その“需要”を人工的に作り出す。
 そうして初めて、“彼”は現れるのだ。

 ――このあたりは、もし古味良一が見たら、腹をかかえて転がりまわって笑うだろう。

 だが志遠にとって、“救世主”とは感情論ではなくシナリオ上の“役割”にすぎなかった。

 「この国に“備え”を語る政治家がいたとして、誰が耳を傾けてくれる?」

 そう呟いてから、志遠はスマート端末を取り出し、仮想世論シミュレーションを立ち上げる。

 画面には、現在の内閣支持率の推移がグラフで表示されていた。
 そして、特定の動画や言説がバズった後の“予測曲線”が、赤いラインで追加されていく。

 支持率が、静かに、確実に下がっていく。

 「……民意とは、群れの流れにすぎない。
  方向を定めれば、やがてその流れは、こちらに向かってくる」

 作戦室の照明がわずかに落ちた。

 静寂のなか、モニターに浮かぶ言葉がひとつ。

 > 情報は、最も静かな兵器である

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