優しすぎる王太子に妃は現れない

七宮叶歌

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第4章 遠回しな拒絶

遠回しな拒絶Ⅰ

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 王太子に近付く時が迫っているのに、本を読める筈も、眠れる筈もなかった。城の中をうろつきながら、有り余った時間を潰す。

「図書室の隣が礼拝堂で、その奥が倉庫です。倉庫に出入りは出来ませんが」

 セリスの説明を聞きながら、通路を歩く。図書室は既に見ているので、礼拝堂に行ってみようか。信心深い訳ではないけれど、そっと扉を開けて中を垣間見る。
 薄暗いその空間には無数のベンチが並べられ、ステンドグラスからは色とりどりの光が差し込んでいた。白い天使の像が背中でその光を受けている。なんて荘厳な場所なのだろう。うっとりとしながら歩を進めていく。
 その中で、天使の像の前で手を組み、祈りを捧げている女性を見つけた。あの髪色、艶やかな長い髪――ミレイユだろうか。
 邪魔してはいけないし、あまり関わりたくはない。静かに踵を返し、礼拝堂を後にする。
 城の散策中は、幸いなことにルシアとアメリアには遭遇しなかった。歩き回って足がだるくなってしまった頃に、懐から懐中時計を取り出す。時刻は五時半――王太子妃選考会の幕開けまであまり時間がない。

「セリス、化粧直しをして」

「かしこまりました」

 居室に向かい、ドレッサーの前に立つ。

「可愛くしましょうか? それとも切れ長の目を活かしましょうか?」

「なるべく冷たさは消して」

 私の第一印象は、切れ長で青い瞳のせいもあって冷たいと言われることが多い。瞳の色は変えられないとしても、化粧に暖色を用いて柔らかくは出来るだろう。
 セリスの腕を信じて、鏡の中の自分を見詰めてみる。きっと大丈夫だ。微笑む私は誰よりも美しいだろう。

 * * *

 髪も纏めあげ、大広間へと急ぐ。他の三人はもう到着しているだろうか。廊下の角を曲がった時、偶然にもアメリアと鉢合わせした。

「あら、エレナ。こんばんは」

「ご機嫌麗しゅう」

 互いに牽制しながらも、にこやかに挨拶を交わす。決戦前に喧嘩はしたくない。アメリアも同じだったようで、それ以上は会話らしい会話はしなかった。
 すぐに会場には到着し、セリスとアメリアの侍女の手によって扉は開かれる。既にルシアがこちらを向き、私たちを待ち構えていた。ミレイユの姿はない。

「ご機嫌よう」

 私とアメリア、ルシアの声が重なる。声は柔らかいけれど、視線の先には火花が散っている。

「ミレイユはまだなのですか?」

「私が知る限りではまだのようですね」

「あの子、逃げ出していなければ良いけれど」

 アメリアがクスリと笑うと、ルシアも口角を上げた。
 陰で悪口を言うなんて、根性のほどが知れている。内心呆れてしまい、片手を腰へと当てた。
 そこへ扉が開く音が響く。ミレイユが到着したのだ。

「ご機嫌よう」

 先ほどまでの悪意はどこへ行ったのか、ルシアとアメリアはミレイユに作り笑いを浮かべる。ミレイユも二人の底意地の悪さを理解しているのか、二人の視線をかいくぐって私の傍へとやってきた。

「エレナ、昨日とは雰囲気が違うのですね」

「そうでしょうか?」

「ええ。柔らかくなっていますよ」

 ミレイユは微笑み、私の手にそっと触れた。褒められて悪い気はしない。私も思った通りのことを口にする。

「ミレイユも昨日よりも華やかですね」

「そうでしょうか。あまり自信がなくて」

「ええ。可愛らしいですよ」

 今度は私が微笑んでみせると、ミレイユはえくぼを作ってはにかんだ。ルシアとアメリアの冷笑は気にしないことにした。
 あとは王太子の登場を待つだけだ。早く姿を現さないだろうか。でなくては、私の心臓が破裂してしまいそうだ。汗ばんだ手を胸に当て、周りにはバレてしまわないように鼻で深呼吸をする。そして、その時は訪れた。
 肩ほどの金の癖っ毛を後ろで一つに纏め、柔らかな笑みを湛える王太子が優雅に一歩一歩近付いてくる。所々に金の装飾の入った白い衣服が彼の佇まいを余計に輝かせる。
 思った通りの美青年だ。溜め息が漏れてしまいそうになる。

「皆様、ご機嫌よう」

 王太子の後ろに控えていたオーレリアが挨拶を求めたので、私たちもそれに倣う。

「お兄様、ご挨拶を」

「ああ」

 オーレリアに促されて初めて、王太子は柔らかく空色の目を細めた。

「私はこの国の王太子であるリュシアンです。貴女たちも私のことは気軽にリュシアンと呼んでください」

 王太子――リュシアンは礼儀正しく腰を折る。私たちも揃って両手でドレスを摘み、軽く膝を折った。

「ゆっくりお話でもされてはどうです? 席は用意してありましてよ」

 オーレリアの視線の先には円卓が用意されていた。セリスを始め、侍女たちが紅茶の準備をしている。

「さあ、行きましょう」

 リュシアンのエスコートで緊張感を持ちながら円卓へと移動する。遠慮してしまったミレイユと一歩出遅れたアメリアを出し抜き、リュシアンの隣を掴むことが出来た。好運以外の何物でもない。心の中でガッツポーズを決め込む。
 オーレリアは部屋の隅に移動し、椅子にちょこんと腰掛ける。ただ私たちを監視しているだけのようだ。
 何を話せば良いだろう。部屋では散々質問を準備していたのに、いざ本番となると頭から抜けてしまった。考えあぐねていると、意外にもリュシアンが話を振ってくれた。

「突然、城に呼ばれて戸惑っているでしょう。迷惑な思いはされていませんか?」

「いえ、そんなことはございません!」

「嬉しい限りです」

 ルシアはリュシアンの手に自身の手を重ねる。アメリアもここぞとばかりに目を輝かせている。先を越された――テーブルの下で拳を作り、ことの行方を見守るしかない。
 ところが、リュシアンはルシアの手を軽く払い、そっと微笑んだのだ。驚いたのか、ルシアは目を丸くする。
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