優しすぎる王太子に妃は現れない

七宮叶歌

文字の大きさ
25 / 50
第10章 薔薇に落ちる影

薔薇に落ちる影Ⅰ

しおりを挟む
 珍しく、朝早くに目覚めてしまった。小鳥のさえずる声が聞こえ、カーテンから朝日が漏れている。
 予定が入っているのは午後だ。二度寝してしまっても良いのだけれど、今日は何となく起きていたい気分だ。冷水を飲み干した後、カーテンを開け放った。

「朝日って、良い気分」

 部屋から見える庭の草木には朝露が煌めいて見える。青い紫陽花も風に揺られ、見ているだけで心がほっこりする。
 セリスを呼んで、ドレスの着替えに取り掛かった。今日は紫陽花と同じ薄青のドレスだ。
 「エレナ嬢が早起きするなんて、今日の夜は星が降ってくるかもしれません」などと、ちょっぴりからかわれてしまった。冗談を言えるほどに、セリスとの仲は深まっているのだろう。
 午前中は気もそぞろに読書に勤しむ。期待していたリュシアンとの対面も、不安だったオーレリアとイザベラの介入も、何も起きずに終わっていった。

 * * *

 睨みつけてはいない。ただ、前方を見据える。
 宣言を果たした後に開かれた扉は、重い蝶番の音を響かせた。眩しいほどの光が玉座に座る国王を照らしている。
 一歩一歩、ヒールの音を立てながら国王に近付いていく。今日こそは、国王の瞳も私を捉えていた。跪き、視線を落とす。

「エレナ・アーデン、参上いたしました」

「うむ」

 穏やかではあるものの威圧感のある声に、静かに瞬きをした。

「何用だ?」

「オーレリア殿下とイザベラ嬢が、私の身辺を調べておられます」

「ああ、それはオーレリア本人から聞き及んでいる」

 それならば話が早い。顔を上げ、国王のそれ色の瞳を見据えた。

「なんとかならないものでしょうか」

 ぐっと口を結ぶと、国王も唸り声を上げる。

「何とかと言われてもな……。貴女は罪人の家柄――」

「祖父は冤罪なのです」

 国王といえども、いや、国王だからこそ、祖父を悪人と決めつけないで欲しい。悔しくてドレスを握り締める。
 国王は咳ばらいをし、視線を横へと流した。

「人の話は最後まで聞きなさい。貴女は罪人の家柄とされている。その身分は今すぐにどうとなる問題ではない」

 含みのある言い方に疑問が浮かぶ。まるで、祖父を冤罪だと知っているかのような口ぶりだ。首を傾げても、国王はこちらを向いてくれない。
 代わりに控えていた執事が国王の元へと近付く。国王は何か長文を伝えると、執事は頷き、元の位置へと戻った。
 ようやく、空色の瞳は私を捉える。

「オーレリアには、とある貴族の隠し子、とでも情報を流しておこう。そうすれば、ノワゼルの名は多少遠ざかるだろう」

「いつまで誤魔化しきれるでしょうか」

「それは私にも分からないな」

 そうだよなと思いながら、鼻から息を吐き出した。ノワゼルの名を知られるのは時間の問題か――私も覚悟を決めなくては。

「……王妃の件はリュシアンに聞いたか?」

「はい。近々、奪還作戦が始まると」

「ああ、そうだ」

 国王は周囲を気にしながらも、小さく、しかしはっきりと言葉を繋ぐ。

「王妃さえ私の元に戻れば、ノワゼル復権も夢ではない」

「えっ? それはどういう……」

「言葉以上の意味はない」

 祖父の冤罪は、王妃と繋がっているということだろうか。これは重大発言だ。心にしっかり留めておかなくては。

「他に用はあるか?」

「いえ、ございません」

「私も用事が立て込んでいてな。下がってくれると助かる」

 国を揺るがすとんでもない作戦を立てているのだ。不用意に国王の時間を消費する訳にもいかない。

「ありがとうございました」

 礼をし、優雅に身を翻す。疑問は確信に変わることなく、玉座の間の扉は背後で閉じられた。
 すぐに薔薇庭園へと向かおう。既にリュシアンは待っている筈だ。紺の絨毯を踏み締め、はやる気持ちを押さえる。
 ところが、先客がいたのだ。薔薇のアーチをくぐると、何やら男女の話し声が聞こえてきた。リュシアンと――誰だろう。何を話しているのかまでは分からない。
 姿を見せても良いだろうか。迷っている間に会話は止まり、足音が近付いてきた。
 黒髪に緑の瞳――間違いなくイザベラだ。逃げては不審がられるだけだろうと、イザベラの前でドレスを摘まむ。

「イザベラ嬢、ごきげんよう」

「あら、エレナ。私、邪魔でもしてしまったでしょうか」

 小さな高笑いが癪に障る。まあ、私が表情に出さなければ良いだけだ。リュシアンの元へ急ごうと、足を出す。そんな時に、イザベラが口角をにやりと上げた。

「リュシアン殿下は、皆に優しく振舞っているだけ。貴女もリュシアン殿下にとってはその他大勢なのです」

 私を好きなだけ見下していればいい。自信喪失させられるものと思っていればいい。私は、私以外には見せないリュシアンの明るい笑顔を知っているのだから。そんな言葉になんて屈しない。
 反発も、返事もしない私に苛立ちを覚えたのか、イザベラは「ふん」と睨みを利かせる。そのまま薔薇庭園から姿を消した。
 リュシアンは大丈夫だろうか。イザベラにきついことを言われていなければ良いのだけれど。
 薔薇庭園の真ん中にある広い空間にリュシアンはいた。その瞳はどこか物悲しい。
 
「リュシアン殿下、どうなさったのですか?」

「いや、何でもないよ」

 私を傷付けないためなのか、リュシアンは作り笑いを浮かべる。絶対に何かあったな、と思いながら、これ以上聞き出すことは出来なかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一年だけの夫婦でも私は幸せでした。

クロユキ
恋愛
騎士のブライドと結婚をしたフローズンは夫がまだ婚約者だった姉を今でも想っている事を知っていた。 フローズンとブライドは政略結婚で結婚式当日にブライドの婚約者だった姉が姿を消してしまった。 フローズンは姉が戻るまでの一年の夫婦の生活が始まった。 更新が不定期です。誤字脱字がありますが宜しくお願いします。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

好きな人の好きな人

ぽぽ
恋愛
"私には何年も思い続ける初恋相手がいる。" 初恋相手に対しての執着と愛の重さは日々増していくばかりで、彼の1番近くにいれるの自分が当たり前だった。 恋人関係がなくても、隣にいれるだけで幸せ……。 そう思っていたのに、初恋相手に恋人兼婚約者がいたなんて聞いてません。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

愛とオルゴール

夜宮
恋愛
 ジェシカは怒っていた。  父親が、同腹の弟ではなく妾の子を跡継ぎにしようとしていることを知ったからだ。  それに、ジェシカの恋人に横恋慕する伯爵令嬢が現れて……。  絡み合った過去と現在。  ジェシカは無事、弟を跡継ぎの座につけ、愛する人との未来を手にすることができるのだろうか。

白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる

瀬月 ゆな
恋愛
ロゼリエッタは三歳年上の婚約者クロードに恋をしている。 だけど、その恋は決して叶わないものだと知っていた。 異性に対する愛情じゃないのだとしても、妹のような存在に対する感情なのだとしても、いつかは結婚して幸せな家庭を築ける。それだけを心の支えにしていたある日、クロードから一方的に婚約の解消を告げられてしまう。 失意に沈むロゼリエッタに、クロードが隣国で行方知れずになったと兄が告げる。 けれど賓客として訪れた隣国の王太子に付き従う仮面の騎士は過去も姿形も捨てて、別人として振る舞うクロードだった。 愛していると言えなかった騎士と、愛してくれているのか聞けなかった令嬢の、すれ違う初恋の物語。 他サイト様でも公開しております。 イラスト  灰梅 由雪(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)様

殿下、毒殺はお断りいたします

石里 唯
恋愛
公爵令嬢エリザベスは、王太子エドワードから幼いころから熱烈に求婚され続けているが、頑なに断り続けている。 彼女には、前世、心から愛した相手と結ばれ、毒殺された記憶があり、今生の目標は、ただ穏やかな結婚と人生を全うすることなのだ。 容姿端麗、文武両道、加えて王太子という立場で国中の令嬢たちの憧れであるエドワードと結婚するなどとんでもない選択なのだ。 彼女の拒絶を全く意に介しない王太子、彼女を溺愛し生涯手元に置くと公言する兄を振り切って彼女は人生の目標を達成できるのだろうか。 「小説家になろう」サイトで完結済みです。大まかな流れに変更はありません。 「小説家になろう」サイトで番外編を投稿しています。

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

処理中です...