優しすぎる王太子に妃は現れない

七宮叶歌

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第10章 薔薇に落ちる影

薔薇に落ちる影Ⅱ

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 リュシアンは白いガーデンチェアを引き、私を誘う。

「エレナ、こちらに来てください」

「はい」

 少しだけ後味の悪さを感じながら、促されるままにテーブルへと着く。お茶が汲まれる前から、薔薇の香りに紛れてラベンダーの香りがふんわりと漂ってくる。振舞われるのはラベンダーティーだろうな、と想像のつかない味に思いを馳せた。

「エレナ、父上とはどんな話を?」

「私の出自を誤魔化すために、オーレリア殿下に小さな嘘を吐いてくださることになりました」

「そうですか。父上にしては意外だな……。てっきり諦めるものと思っていたのですが」

 リュシアンは小さな唸り声を上げ、顎に片手を当てて私を見る。

「父上にとっても、それだけエレナが大事な存在なのですね」

「そうなのですか?」

「ええ。興味のない人間は突き放してしまうような人ですから。そのせいで敵も増えたのですけれど」

 私にとっては、国王は温厚な人だ。他人を突き放すような冷酷な人だとは思えない。それは、もしかして私の出自が影響しているのだろうか。
 沸いた疑問を解決する間もなく、リュシアンは続ける。

「私は父上を反面教師にしています。人を分けるから嫌われる。それならば、皆、分け隔てなく接すれば良いだけですからね」

 リュシアンの『誰にでも優しい』性格は王妃だけが影響を及ぼしているのではないらしい。国王の失態がリュシアンを変えたのだ。環境とは恐ろしいものだな、と改めて思い知らされる。

「私は、リュシアン殿下のように強くある自信はありません」

「私は強くありませんよ。むしろ、誰よりも弱いという自覚があります」

 本当に弱い人が、果たして他人に優しくあれるだろうか。いくら考えてみても、私の答えは否だ。リュシアンに大きく首を振ってみせる。
 ところが、話は続かなかった。
 
「喉が渇いてしまいましたね。お茶をいただきましょう」

 リュシアンの柔らかな微笑みに、それ以上の言葉が出てこなくなってしまった。ほとぼりも徐々に冷めていく。
 侍女の手によって注がれたお茶は、驚いたことに真っ青だった。これがお茶なのかと疑ってしまいたくなる。

「蜂蜜とレモンを入れると飲みやすくなりますよ」

 リュシアンに教わった通り、侍女が用意した蜂蜜を混ぜ、レモンの輪切りを入れてみる。すると、レモンに触れたお茶がピンクへと変わっていくのだ。まるで手品のようで、ピンクと青が混在するお茶をまじまじと見詰めてしまった。

「エレナは表情がころころと変わって面白いですね」

「そうでしょうか?」

「はい。とても」

 リュシアンがくすくすと笑うので、頬が高温を発し始める。見ないで欲しいという願いもむなしく、リュシアンは目を細めて頬を桜色に染めた。満足そうなその表情が、私には微笑ましく映る。

「リュシアン殿下こそ可愛らしいではありませんか」

「私が……可愛らしい?」

「はい」

 勢いに任せて、お茶を口へと運ぶ。むせ返るようなラベンダーの香りと味が直接鼻に突き抜ける。思わず咳き込んでしまったけれど、赤くなった頬の理由を隠せはしただろう。

「褒め言葉としていただいておきますね」

 にこっと明るく笑うリュシアンが眩しくて、目を伏せてしまった。

「それはそうと、エレナには謝らなくてはいけないことがあったのです」

「えっ?」

 謝られることなんてあっただろうか。ひと通り思い返してみたけれど、見つからない。リュシアンは眉尻を下げ、苦笑いをする。

「前にアレキサンドライトを贈ったでしょう?」

「はい。とても綺麗な石ですよね」

 光によっては鮮やかな赤だったり、深い緑だったりする変わった石だ。加工する費用は捻出出来ないため、裸石のまま引き出しに仕舞い込んでいる。

「……私は、あの石を皮肉のつもりで貴女に贈りました。私の前で見せる姿と家族の前で見せる姿は違う。そう思い込んで、権力狙いだと決めてかかりました」

 その心情はよく理解出来る。私もリュシアンの立場だったら、同じように思い込むだろう。

「でも、貴女は私のために泣いてくれた。ああ、この人は、今まで出会った女性とは違うのだなと、その時に分かりました」

 違う。私だって、最初はリュシアンの力が欲しくて狙いに行ったのだ。リュシアンの過去を知れたから、目的が変わっただけ――胸がチクリと痛む。

「いつか、この埋め合わせをさせてください。エレナ、許してくれますか?」

 リュシアンは泣き出しそうなほど瞳を潤ませる。最初から許さないなんていう選択肢は存在しないものの、この表情は絶対にずるい。
 
「許すに決まっているではありませんか! それより、私の方こそ謝らせてください」

「何をです?」

 リュシアンはちょこんと首を傾げる。
 
「私も最初は権力狙いだったのです。どうしても、家のためにはリュシアン殿下に接近する必要があって。でも、今は違うのです。心から、リュシアン殿下のお傍にいたいと思っています。選考会に参加した理由が不純なこんな私でも、リュシアン殿下は許してくださいますか?」

「理由はどうあれ、今、私を想ってくださるのであれば」

 良かった。本当に良かった。勝手に涙まで溢れてしまう。恥ずかしくて仕方がない。
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