優しすぎる王太子に妃は現れない

七宮叶歌

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第13章 祖父の遺志

祖父の遺志Ⅲ

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 朝食も早々に済ませ、祖父の部屋へ向かう。今日こそ証拠に辿り着いてみせる。意気込んでドアを開けた。窓から日の光が入っているのに、空気はどんよりとしている。

「さて、始めますか。お爺様、ごめんね。応援しててね」

 祖父の秘密を覗き見るようで、若干の罪悪感を持ってしまう。無理やり気分を上昇させ、腕を捲る。デスクの引き出しを開けると、日記を取り出した。乱れていく文字に心を震わせながら、ページを捲っていく。

 * * *

 六月九日

 陛下に謁見した。はせ参じたのは私だけではなかった。敵対貴族の姿もあったのだ。王妃殿下の命をちらつかせられ、陛下も自分の意見は言えないようだった。
 噂は真実とされ、隣国にスパイを送っていたという尾ひれもついてしまった。真剣に審議もされず、即日、私には有罪が言い渡された。私は隣国に陛下の安全の確保を嘆願しただけなのに。

 六月十日

 城の地下牢へと押し込まれた。満足な食事も出ない。私はこれからどうなってしまうのだろう。

 六月十一日

 騎士に三十日は帰れないだろうと言われた。屋敷に帰りたい。エレナの顔を見たい。もう故郷が恋しくなってしまった。しかし、帰ったとしても罪人として白い目を向けられるだろう。私には絶望しか待っていないのだろうか。

 * * *

 祖父が禁固刑を受けていたなんて、私は知らない。日記はところどころインクが滲んでいる。涙の跡だろうか。よほど辛かったのだろう。

「お爺様……」

 当時の祖父の心を慰めるように、日記を手でそっと撫でる。「ありがとう」とにこやかに笑う祖父の顔が頭の片隅でちらついた。
 三十日間は進展がないだろうと、ページを飛ばす。冤罪が晴れたらしっかりと読むからと祖父に誓う。

 * * *

 七月二十日

 ようやく屋敷に帰ってこれた。ノックスとアイラは涙で出迎えてくれた。エレナも笑顔で飛び付いてくれたが、素っ気ない対応をしてしまった。疲れた。寝たい。もうどうでも良い。

 七月二十一日

 今日は部屋に閉じこもっていた。声を掛けられるのが怖いのだ。罪を問いただされても嫌だし、同情されるのも疲れる。もう、私を放っておいてくれ。

 七月二十二日

 隣国からの返書が届いていた。私とすれ違いになってしまっていたらしい。私が隣国を訪れないことを心配するようでいて、使者に話した内容は嘘だったのかと問い詰める内容だった。隣国の信用もなくしてしまった。私は何をしているのだろう。

 * * *

 ――これだ。返書を探し出せれば、内容によっては証拠として提出できるだろう。問題は今、どこにあるかだ。
 日記にヒントはないだろうか。祖父の字を最後まで追っても、それらしい文字は出てこなかった。最後の方は文字と言えるものではなく、何を書いているのかも分からない。万事休すか。望みをかけて最後のページを捲ると、裏表紙に小さな金古美の鍵が貼りつけてあったのだ。『私の子孫が私の無念を晴らしてくれると信じている』とメモも添えられている。

「どこの鍵……?」

 鍵に文字は彫られていないし、タグのようなものもついていない。いや、悲観していては何も始まらない。とにかく、部屋にある鍵穴という鍵穴に挿してみよう。
 まずはデスクの一番上にある引き出しだ。鍵よりも鍵穴の方が大きく、手応えがない。
 続いて、デスクに置いてあった木製の箱だ。今度は鍵穴が小さく、鍵がはまらない。

「他に鍵穴は……?」

 主がいなくなった部屋を、舞う埃も気にせずに散らかしていく。咳をしながら、必死に鍵穴のある入れ物を探し求める。
 私が出す物音のせいか、集中していたからなのか、近付いてくる足音にも気付かなかった。

「エレナ」

 父の声とくしゃみの音に振り返ると、両親の目とぶつかり合った。

「エレナ。物を探すなら窓を開けなさい」

 父は片手で埃を払いながら窓に近付き、鍵を開ける。全開になった窓から新鮮な空気が入り込み、更に埃を舞い上がらせる。
 ドア付近で口と鼻を押さえる母は、眉を顰めた。

「何を探してるの?」

「このカギに合う鍵穴を探してるの」

 母に向かって鍵を翳してみせる。戻ってきた父もまじまじとそれを見詰めた。

「こんな鍵、見たことあるか?」

「少なくとも私は……」

 父の問いかけに、母は首を横に振る。

「探そうよ! 鍵穴が見つかれば、お爺様の冤罪は晴れるかもしれないから! 二人とも手伝って!」

 返事を聞く前に、目の前にあった棚のものを一つ一つ取り出していく。背後で物音が響き始めたので、両親も捜索に加わってくれたのだろう。

「これは……?」

 数分後、父の声が上がる。手を止め、振り返った。
 父が持っているのは、木製で箱型のオルゴールだ。正面に鍵穴のようなものが見て取れる。

「一応、はめてみなさい」

「うん」

 父からオルゴールを受け取り、鍵穴に鍵を挿してみる。すると、ぴたりとはまったのだ。そのまま回すと、鍵の開いた小気味の良い音が鳴る。

「開いた……!」

 両親も見守る中、蓋を開けてみる。可愛らしいワルツの音色に合わせて、緑の封書がはらりと落ちた。
 絶対にこれが隣国からの返書だ。確信を持ち、書状を確認する。

 * * *

 ドレイク・アーデン殿

 貴殿に使者を派遣してから、早七日が経った。息災にしていらっしゃるか? 返事が全くないため、この書状を送ることを決定した。
 あと七日以内に返事がない場合、虚偽の報告として扱わせていただく。

 貴殿が語った『貴国王の安全面の確保』については、慎重に貴殿と判断したいと思っている。
 
 反乱分子が存在するなど、国にとってあってはならない事態だ。
 私は貴殿にも、貴国にも協力は惜しまない。どうか、信頼して欲しい。

 セイブル・コートネイ

 * * *

 コートネイの姓は隣国の王族のものだったはずだ。王家からの直々の手紙、しかも、六月十日の日付や赤い印まで押してある。
 我が国の反乱分子は隣国にとっても脅威になり得る。だから、隣国の王族も重大に、慎重になっているのだ。
 威圧的な書状であるにも関わらず、喜びの感情が込み上げてくる。

「やったよ! お父様、お母様!」

 書状を持ったまま、父と母に飛び付いてしまった。涙まで溢れてしまう。そこへ、メイドが一人で顔を覗かせた。

「エレナ嬢、贈り物が届いております」

「えっ?」

 今日は特別な日なんかではない。それなのに、誰から何が届いたのだろう。不信感を抱きながら涙を拭う。そこにはもう一つの戦いが待っていたのだ。
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