優しすぎる王太子に妃は現れない

七宮叶歌

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第13章 祖父の遺志

祖父の遺志Ⅱ

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 夕食後、ランタンを手に祖父の部屋に入る。相変わらずカビ臭い。口と鼻に手を当て、デスクにランタンを置いた。黄色の明かりがデスク周りを優しく照らす。
 さて、祖父の記憶を――過去を覗き見よう。少し間を置き、日記を取り出した。埃が積もった椅子に座る気にはなれず、立ったままでページを捲っていく。

 * * *

 五月二十二日

 王子が高熱を出したそうだ。王子はエレナと三つしか違わないのに。あの愛くるしい顔が苦痛に歪むなど、想像したくもない。神よ、どうか王子を救ってくれ。

 五月二十三日

 隣国から返書は来ない。やはり、私の書簡は届いていないのだろうか。挫けている場合ではない。更に書簡を送らなくては。

 五月二十四日

 国王陛下が解放された。代わりに反乱分子を咎めないことを条件にしたようだ。何も解決してないではないか。王妃殿下の解放と王子の回復もなされていない。苛立っても仕方ないのだが、どうしても怒りは収まらない。

 * * *

 ところどころ、文字は乱れている。感情のままに書きなぐったであろうことが筆跡から伝わってきた。『負けないで』と声援を送りたくなったけれど、結果は分かっているのだ。私の怒りの感情までもが虚しく思えてくる。

 * * *

 五月二十五日

 書簡を配達員へ手渡した。白々しい態度を取られたことが気にかかる。隣国に私の思いが届いてくれることを祈る他はない。

 五月二十六日

 国王陛下から手紙が届いた。王妃殿下の誘拐、王子の怪我を非常に嘆かれていた。私が力にならなくては。ノックスには程々にするようにと咎められたが、私には成さぬという選択肢はないのだ。

 五月二十七日

 配達員は信用ならぬ。使用人を一人、使者として送り届けた。どうか敵対勢力に見つからず、国境を渡ってくれ。
 
 * * *

 よし、このまま上手くいって。当時の祖父と同じような気持ちになり、拳を握り締める。廊下の向こうで振り子時計の鐘が十回鳴った。あと一時間だけ――生唾を呑み、日記に手を掛ける。

 * * *
 
 六月一日

 隣国に送った使用人が帰ってきた。明日、隣国の使者と会えることとなった。敵対勢力には邪魔されたくない。誰にも見つからないように、屋敷に迎え入れよう。

 六月二日

 隣国の使者が陛下に協力すると約束してくれた。直々に出向くようにとのことだったので、私も国境を越えよう。エレナとはしばらく会えなくなるかもしれない。明日は思う存分、我儘を聞いてあげよう。

 六月三日

 まずいことになった。隣の領地で『ノワゼルが隣国の使者と密会していた』と噂が立っている。吹聴したのは誰だ? 使者を迎えた時には見張りもつけていたのに。分からない。

 * * *

 ここから祖父に疑惑の目が向けられたらしい。祖父は何一つ悪いことなどしていない。むしろ、国のために動いていただけではないか。
 しかし、この日記を他人に見せれば、外の血を嫌う貴族たちの反感を益々買ってしまうだろう。

「これは証拠に使えないか……」

 何より、冤罪を着せられた祖父の直筆の日記だ。後から捏造されたと誰が言い出すかも分からない。
 唸り声を上げ、証拠へ近付くために次なる文を読み進めていく。

 * * *

 六月五日

 噂は広がりを見せている。悪戯や脅迫と思しき手紙も届き始めた。誰が味方で、誰が敵なのだ? ノックスやアイラも信用出来なくなってくる。私に変わらぬ笑顔を向けてくれるのはエレナだけだ。この子は何としても守り抜かなくては。

 六月七日

 噂はついに王都まで広がったようだ。陛下に呼び出しを掛けられた。弁明して聞き届けてくれれば良いが……王妃殿下はまだ戻って来ていない。陛下は敵対勢力の言いなりになるだろう。

 六月八日

 城へ到着すると、厳しい身体検査をされた。警戒する気持ちも分からなくはないが、私は陛下の友人なのに。狭い部屋に押し込まれ、鍵を掛けられた。これでは完全に囚人扱いだ。

 * * *

 六月八日からインクの色がブルーブラックから鮮やかな青へと変わっている。城のインクを借りたのだろうか。
 祖父への不当な扱いに、腹立たしくなる。それと同時に、絶対に無念を晴らさなくてはという決意にも変わる。
 続きを読もうとページを捲ろうとした時、廊下から足音が聞こえてきた。ドアがノックされ、父が顔を覗かせる。

「エレナ、そろそろ寝なさい」

「えっ? あと少しだけだから」

「駄目だ。明日に障るぞ?」

 丁度、真相に近付いてきたところなのに。口を尖らせてみたものの、父はゆっくりと首を振る。

「時間はまだある。急がなくても良いから」

「……分かった」

 仕方なく日記を閉じ、引き出しへと戻した。ランタンを持ち、父の元へと近付く。明かりのなくなった祖父の部屋は、またひっそりと息を殺す。

「私も手伝いところだが、執事長の監視の目が厳しくてね」

「真面目な性格だから、しょうがないよ」

 そうでなくては、十数年間も父を祖父の部屋から遠ざけた意味がなくなってしまう。元より、私も一人で祖父の冤罪に立ち向かうと決めていたのだ。それが家のためにもなるし、リュシアンとの再会にも繋がると信じているから。

「ゆっくり休むんだぞ?」

「分かってるよ。お父様も心配性だなぁ」

 父は苦笑いをし、自室へと戻っていった。言われた通り、私も休もう。
 部屋に戻ると、中をランタンの火だけが灯す。この明かりは消さずに眠ってしまおう。襲撃されてから、夜が少しだけ怖いのだ。屋敷に戻ってきても、暗がりの中でにやつく男性の笑みは消えない。
 十数年前の暴動直後は、リュシアンもこんな思いをしていたのだろうか。小さいのによく耐えたな、と胸が痛んだ。
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