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第13章 祖父の遺志
祖父の遺志Ⅰ
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埃が舞い、カビの臭いが鼻をつく。祖父が亡くなってから一切人の手が入っていない部屋は、時の流れに置き去りにされたかのようだ。時計も止まり、もう動くことはない。
祖父が日記を書いていたと知ったのは、父に仕える執事に聞いてのことだった。祖父が存命の頃は、祖父の執事だったのだ。
「ノックス様には伝えるなと仰せつかったのですが、エレナ様になら良いでしょう」
白髪混じりの六十代の執事はにこりと笑い、ほうれい線を刻む。
「どうしてお父様には駄目だったの?」
「ノックス様は悲愴感に沈むから、とのことで。エレナ様なら、先代様の遺志を引き継ぐことが出来るでしょう」
そんなやり取りがあった。
確かに私は祖父のことで不遇には思っても落ち込んだりしないし、逆境を跳ね返せる自信はある。祖父のデスクにある引き出しの中には、几帳面に日付順で日記が重ねられていた。
テーブルの埃をハタキで払い、日記を開く。
* * *
五月十二日
今日は国王陛下と王妃殿下にお目にかかった。相変わらず元気そうだ。本当に良かった。王子と王女の成長も楽しみで仕方がない。いつかエレナと会わせてみたいものだ。
五月十三日
無事に屋敷へ到着した。今日もエレナが可愛らしい。孫娘とは、こんなにも可愛いものなのか。明日にはお菓子を与えてみよう。きっと喜んでくれるぞ。
* * *
二日間分しか読んでいないけれど、大半が私のことだ。記憶の奥底に眠っていた祖父の笑顔が蘇る。懐かしいな、この頃は幸せだったのだな、と胸が苦しくなってしまう。
* * *
五月十五日
国王陛下から手紙が届いた。議会で剣に手をかけた貴族がいたそうだ。すぐに捕らえられたそうだが、これは氷山の一角に違いない。陛下には敵が多すぎる。私に接してくれるように、皆に平等に温かく接せられれば良いのだが。
五月十六日
今日はエレナとカード遊びをした。神経衰弱ではエレナに圧勝されてしまった。私も脳が衰えてきたのだろうか。いや、衰えを理由にしてはいけない。私もまだまだこれからなのだから。
五月十七日
嫌な予感がする。杞憂であることを祈る。
五月十八日
恐れていたことが起きた。城が敵対貴族に襲撃された。陛下と王妃殿下は捕らえられ、王子は大怪我をされた。こうなる前に、私にも何か出来なかったのだろうか。この国はどうなってしまうのだろうか。家族を危険に晒すわけにはいかない。私も行動を起こさねば。
* * *
セリスに聞かせてもらった、あの暴動の日だ。こうして生の声を見聞きすると、本当にあった出来事なのだと胸にずしりと残る。
先が気になってしまい、ついついページを捲ってしまう。
* * *
五月十九日
幸い、私の領は国境に接している。隣国に助けを求めることは、他者よりも容易いだろう。早速、書簡を書かなくては。
五月二十日
書簡を配達員に渡したが、怪訝そうな顔をされた。もしかすると、書簡は隣国へは届かないかもしれない。だが、私は書き続けよう。国王陛下は私の友人だ。友人を救うために、尻込みしていてどうするのだ。
五月二十一日
王妃殿下が大湖の孤島へ送られたらしい。状況は刻一刻と悪くなっていく。国王陛下はどうなってしまうのだろう。即座の解放を願う。
* * *
緊迫感のある内容に、息が詰まりそうになる。一度、休憩した方が良いだろうか。新鮮な空気も吸いたいし、植物園にでも行こう。
油の切れた蝶番の音を響かせ、ドアを閉める。心が祖父の思いを吸収し、焦るばかりで晴れ渡ってくれない。
玄関までの廊下を歩いていると、母とばったり出くわした。
「エレナ、終わったの?」
「ううん、休憩だよ」
私の返事を聞くと、母は愁いの帯びた目で微笑む。
「家のこと、全部任せてしまってごめんね」
「ううん、気にしないで。私がやりたくてやってるだけだから」
絶対に、リュシアンの所に帰るのだ。そして、父と母に良い暮らしをさせてみせる。片手でガッツポーズを決め込むと、母は「あはは」と笑った。
「城に行って、エレナが変わらなくて良かったよ。流石、私の娘」
これは褒められているのだろうか。良く分からないけれど、好意として受け取っておこう。
「植物園に行ってくるね。アイスティーもらってくー」
母に片手をひらひらと振り、キッチンへと向かった。メイドにアイスティーを作ってもらい、植物園に持ち込む。
今日は曇り空だ。雨雲ではないので、曇ってはいるもののそれほど暗くはない。植物園の中の湿度は高く、丁度良い気温だ。七分丈の木綿のドレスのままでロッキングチェアに座り、青々と茂る木々の葉を眺める。
今頃、リュシアンは何をしているのだろう。便りがないので、動向が何も分からない。アゲハ蝶が優雅に目の前を通り過ぎる。まるで、リュシアンが元気でいるよと答えてくれているかのようだ。
そのリュシアンが傷付けられた事件――暴動事件を思い返してみる。影響を受けたのは王族ばかりではない。王族と仲の良い貴族にも混乱と恐怖を与えたのだ。祖父が必死に私たちを守ろうとしたことが伝わってきた。
「私だったら……どうするんだろう」
祖父が宛てた隣国への書簡の内容が分からない。家族や王族の亡命を望んだのだろうか。それとも、国の危機を救ってくれと嘆願書を出したのだろうか。現物がないので、何とも言えない。
吐息をつき、アイスティーを含んだ。
祖父が日記を書いていたと知ったのは、父に仕える執事に聞いてのことだった。祖父が存命の頃は、祖父の執事だったのだ。
「ノックス様には伝えるなと仰せつかったのですが、エレナ様になら良いでしょう」
白髪混じりの六十代の執事はにこりと笑い、ほうれい線を刻む。
「どうしてお父様には駄目だったの?」
「ノックス様は悲愴感に沈むから、とのことで。エレナ様なら、先代様の遺志を引き継ぐことが出来るでしょう」
そんなやり取りがあった。
確かに私は祖父のことで不遇には思っても落ち込んだりしないし、逆境を跳ね返せる自信はある。祖父のデスクにある引き出しの中には、几帳面に日付順で日記が重ねられていた。
テーブルの埃をハタキで払い、日記を開く。
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五月十二日
今日は国王陛下と王妃殿下にお目にかかった。相変わらず元気そうだ。本当に良かった。王子と王女の成長も楽しみで仕方がない。いつかエレナと会わせてみたいものだ。
五月十三日
無事に屋敷へ到着した。今日もエレナが可愛らしい。孫娘とは、こんなにも可愛いものなのか。明日にはお菓子を与えてみよう。きっと喜んでくれるぞ。
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二日間分しか読んでいないけれど、大半が私のことだ。記憶の奥底に眠っていた祖父の笑顔が蘇る。懐かしいな、この頃は幸せだったのだな、と胸が苦しくなってしまう。
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五月十五日
国王陛下から手紙が届いた。議会で剣に手をかけた貴族がいたそうだ。すぐに捕らえられたそうだが、これは氷山の一角に違いない。陛下には敵が多すぎる。私に接してくれるように、皆に平等に温かく接せられれば良いのだが。
五月十六日
今日はエレナとカード遊びをした。神経衰弱ではエレナに圧勝されてしまった。私も脳が衰えてきたのだろうか。いや、衰えを理由にしてはいけない。私もまだまだこれからなのだから。
五月十七日
嫌な予感がする。杞憂であることを祈る。
五月十八日
恐れていたことが起きた。城が敵対貴族に襲撃された。陛下と王妃殿下は捕らえられ、王子は大怪我をされた。こうなる前に、私にも何か出来なかったのだろうか。この国はどうなってしまうのだろうか。家族を危険に晒すわけにはいかない。私も行動を起こさねば。
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セリスに聞かせてもらった、あの暴動の日だ。こうして生の声を見聞きすると、本当にあった出来事なのだと胸にずしりと残る。
先が気になってしまい、ついついページを捲ってしまう。
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五月十九日
幸い、私の領は国境に接している。隣国に助けを求めることは、他者よりも容易いだろう。早速、書簡を書かなくては。
五月二十日
書簡を配達員に渡したが、怪訝そうな顔をされた。もしかすると、書簡は隣国へは届かないかもしれない。だが、私は書き続けよう。国王陛下は私の友人だ。友人を救うために、尻込みしていてどうするのだ。
五月二十一日
王妃殿下が大湖の孤島へ送られたらしい。状況は刻一刻と悪くなっていく。国王陛下はどうなってしまうのだろう。即座の解放を願う。
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緊迫感のある内容に、息が詰まりそうになる。一度、休憩した方が良いだろうか。新鮮な空気も吸いたいし、植物園にでも行こう。
油の切れた蝶番の音を響かせ、ドアを閉める。心が祖父の思いを吸収し、焦るばかりで晴れ渡ってくれない。
玄関までの廊下を歩いていると、母とばったり出くわした。
「エレナ、終わったの?」
「ううん、休憩だよ」
私の返事を聞くと、母は愁いの帯びた目で微笑む。
「家のこと、全部任せてしまってごめんね」
「ううん、気にしないで。私がやりたくてやってるだけだから」
絶対に、リュシアンの所に帰るのだ。そして、父と母に良い暮らしをさせてみせる。片手でガッツポーズを決め込むと、母は「あはは」と笑った。
「城に行って、エレナが変わらなくて良かったよ。流石、私の娘」
これは褒められているのだろうか。良く分からないけれど、好意として受け取っておこう。
「植物園に行ってくるね。アイスティーもらってくー」
母に片手をひらひらと振り、キッチンへと向かった。メイドにアイスティーを作ってもらい、植物園に持ち込む。
今日は曇り空だ。雨雲ではないので、曇ってはいるもののそれほど暗くはない。植物園の中の湿度は高く、丁度良い気温だ。七分丈の木綿のドレスのままでロッキングチェアに座り、青々と茂る木々の葉を眺める。
今頃、リュシアンは何をしているのだろう。便りがないので、動向が何も分からない。アゲハ蝶が優雅に目の前を通り過ぎる。まるで、リュシアンが元気でいるよと答えてくれているかのようだ。
そのリュシアンが傷付けられた事件――暴動事件を思い返してみる。影響を受けたのは王族ばかりではない。王族と仲の良い貴族にも混乱と恐怖を与えたのだ。祖父が必死に私たちを守ろうとしたことが伝わってきた。
「私だったら……どうするんだろう」
祖父が宛てた隣国への書簡の内容が分からない。家族や王族の亡命を望んだのだろうか。それとも、国の危機を救ってくれと嘆願書を出したのだろうか。現物がないので、何とも言えない。
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