優しすぎる王太子に妃は現れない

七宮叶歌

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第12章 月の光

月の光Ⅳ

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 とにかく、黙ったままではいけない。纏まり切らないなりにも口を開いてみる。

「それにしても……」

「エレナ、どうかしたか?」

 国王は穏やかな目で、オーレリアは険しい目で私を見た。

「あの執事はどうやって私の部屋を探し当てたのでしょう」

「そんなもの、貴女が誘き寄せたのでしょう?」

 オーレリアは声を荒げるけれど、それは私には出来ないのだ。

「私はこの部屋の場所を覚えていないのです。セリスやリュシアン様の案内がなければ、ここへは辿り着けません」

 そこまで考えて閃いた。今回の事件は二、三日で思いついたものではなく、用意周到に計画されたものだ。私がこの部屋に移ったのが数日前――事前にこの部屋の情報を得たか、念入りにこの場所を下調べしただろうことは窺える。
 オーレリアは表情を変えないまま腕を組む。

「どこまでも執事に疑惑の目を向けさせたいのですね」

「疑惑も何も、私は自分の身を守っただけです」

 屈してはいけないと、私も声を張り上げる。国王は小さな溜め息を吐き、オーレリアを見上げた。
 
「オーレリア、席を外しなさい」

「えっ? でも、お父様……」

「エレナに確認したいことがある」

「私がいては駄目なのですか?」

 必死な様子でこの場に留まろうとするオーレリアに、国王は首を振る。

「二人だけで話したいのだ」

 絶対に納得はしていない。それでも、父の命には逆らえないのだろう。オーレリアは国王に膨れっ面を向け、踵を返す。扉が彼女を遮ると、殺伐とした空気は和らいだ。吐息をつきたくなったのを、どうにか堪える。

「お前たちも下がりなさい。エレナと二人で話をしたい」

 国王は侍女たちをも部屋から追い出した。国王と二人きりになった部屋は静まり返り、昨日の事件のことなど嘘のようだ。空色の瞳は部屋をくまなく見渡した後、私の方へと戻ってきた。

「どうも、エレナが嘘を吐いているとは思えなくてな」

 では、私の話を信じてもらえるのだろうか。絶望の中に小さな希望の火が灯る。

「とはいえ、全面的に信用する訳にもいかない」

 それはそうか。あの執事は王家に仕える者なのだ。安易に私を信用すれば、身内を疑うことになる。

「私はエレナに罪を着せ、断罪したと宣言しよう。そうすれば、本当に犯人たちがいるのだとしたら、油断してボロを出すかもしれない。言わば、これは『賭け』だ」

 国王は再び私の手を取り、真剣な表情へと変わった。私も息を呑み、小さく頷く。

「エレナが故郷へ帰っている間に、調査は必ずや進める。正直に言うと、エレナを守り切れる自信が私にもないのだ」

 そういうことなら、この計画を受け入れるしかない。気がかりがあるとすれば、何も知らないリュシアンが落ち込まないか、だ。

「リュシアン様にはどうお伝えするおつもりですか?」

「そうだな……」

 国王はしばし考えた後、真っ直ぐな視線を私へと向けた。

「断罪はしたが、これは犯人への罠だ。かかればエレナは帰ってくる。心配することはない、とでも言うしかないだろうな」

 それでリュシアンが納得するだろうか。思考を巡らせてみたものの、自分の中で良い回答は見つからなかった。

「犯人が『かからなかった』場合は?」

「……この縁はなかったことになるだろう」

 重い沈黙が訪れる。国王から視線を逸らし、俯いてしまった。
 私のあずかり知らぬところで、私とリュシアンの将来が決まるのだ。私も納得は出来ない。しかし、どうすることも出来ない。

「どうか、厳正なるご決断をなされますよう」

「ああ、分かっている」

 国王の言葉の端に、優しさと厳格さが垣間見える。

「ところで、エレナの方では、祖父上の件を調べて欲しい」

「お爺様の?」

「ああ。王妃奪還で何とかなるかもしれぬとはいえ、名誉挽回したいのなら証拠が一番だからな」

 祖父が冤罪を着せられたのは、十数年前にも遡る。証拠など残っているのだろうか。不安は残るけれど、家族のためだ。ありったけの力を尽くそう。

「分かりました」

 国王と頷き合うと、優しく背中を撫でてくれた。涙は零せない。これから静かな戦いが待っているのだから。

 * * *

 『王太子の婚約者はノワゼルだ』『王家に仕える者を傷付けた』――断罪は噂となり、方方へと散らばる。リュシアンに会えないまま故郷の地に着いても、風と共に噂は私に纏わりついた。
 父は私を屋敷へ閉じこめ、噂から守ろうとする。母は『冤罪なのだから』と、私の中に祖父の影を見るようだったという。
 質素な食事、すきま風の吹く部屋、古びた調度品――帰ってきてしまった。私はもう一度、この生活を脱せるのだろうか。

「エレナ、何をしているんだ?」

 自室でセリスへの手紙をしたためていると、父が顔を覗かせた。私が落ち込んでいないかを確認するためだろう。

「城の侍女に手紙を書いてるの」

「たまには休憩するんだぞ?」

「分かってる」

 父と笑い合い、再び便箋へと視線を落とした。
 セリスから返事が来たことはない。それでも、私がリュシアンと繋がれる唯一の方法だった。

 * * *

 セリスへ

 城の様子はどう? リュシアン様は元気でいらっしゃる?
 どうか、一言だけでも返事をください。いつまでも待っています。

 エレナより

 * * *

 たった数行の短い手紙だ。でも、出さないよりは気が紛れる。
 どうか、リュシアンに悪影響が出ていませんように。祈るような気持ちで、また祖父の部屋へと向かう。
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