優しすぎる王太子に妃は現れない

七宮叶歌

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第12章 月の光

月の光Ⅲ

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 夕食後のことだ。いつもよりも早くに眠気が訪れ、布団に入る。空の星が瞬く間に夢の中へと落ちた。そのせいか、眠りが浅くなっていたらしい。
 扉が開く蝶番の音で目が覚めた。セリスが来たのだろうか。覚め切らない目でそちらを見てみる。来室者は女性ではないようだ。廊下からの明かりだけで分かる。金の短髪で、執事服らしきものを身につけていた。
 金の髪と言えばリュシアンだ。しかし、髪型が違う。手には何やら鋭く光るものを携えている。寝ぼけた頭では、それが奇襲だとは思い至らなかった。
 男性は無言でこちらへと近付き、鋭利な何かを振りかざす。その時になって、ようやく身の危険を察知出来た。反射的にベッドから転がり落ちる。すると、空気を切り裂く音と共に、布団から白い羽毛が飛び散った。突然のことに言葉が出てこない。
 ひらり、ひらりと舞う羽毛の向こう側で、男性は狂気の笑みを浮かべた。

「ここで貴女の命は終わる。王太子に見初められた自分を恨むんだな」

 何故、どうして――混乱の中に突然放り出され、頭が上手く働いてくれない。人は極限まで恐怖を感じると、言葉は愚か、声すら出てこないらしい。
 なんとか首だけを横に振り、足に力を入れる。

「抵抗しても無駄だ。逃げ場所なんてないだろう?」

 逃げ場所なんてなくても、生き延びるほかはないのだ。私が殺されれば、リュシアンが途方もない傷を抱えることになる。また自分のせいで他人が傷付いた。そう思ってもおかしくはない。
 男性に背中を向け、もつれる足で走る。息が切れ、手が、身体が震えようとも悲鳴は上げられなかった。身体がテーブルにぶつかり、よろめき崩れる。

「終わりだ」

 背中にチクリとした痛みが走る。もう駄目かもしれない。諦めようとした時、テーブルの上にボトルを見つけたのだ。手を薙ぎ払い、ボトルを倒す。
 床と衝突した衝撃によって割れたボトルは、窓から降り注ぐ月の光を嫌なほど反射させる。ボトルの注ぎ口を掴み、振り返った。

「うあっ!」

 何故か、男性の悲鳴が漏れる。その人は腕を押さえると、軽い何かが落ちる音が響く。私が男性に向けたボトルの鋭い断面に、赤が付着していた。

「よくも……!」

 近付いてくる両腕を振り切るように、ボトルを振り回す。無我夢中で、何がどうなっているのか分からない。
 そうこうしているうちに、誰かが騒ぎを聞きつけてくれたらしい。廊下で女性の悲鳴が上がった。

「誰か……! エレナ様が、執事を……!」

 心の中で疑問符が浮かぶ。私は何もしていない。この人が私を襲ったのに。女性の口振りでは、私が執事を襲ったかのようだ。

「ふふっ、くくく」

 男性は勝ち誇ったようにして蔑む瞳を私に向ける。

「俺の勝ちだ」

 * * *

 朝日が昇り、明るくなった頃だ。私の部屋に国王自らやってきた。ソファーに座る、眠れぬ夜を過ごした私の手をそっと握る。その表情は強張り、私を心配してくれているようでもある。

「エレナ、執事を傷付けたのは本当か?」

 私は悪くない。だから、嘘なんて吐きたくない。

「本当です。ですが、正当防衛なのです」

 答えようとすると、昨晩のことを思い出してしまう。身体が震え出し、片手で肩を抱く。
 
「エレナはどこにも怪我を負っていないだろう? それで、どう正当防衛だと証明する?」

「証言を信じていただけないのですか?」

「信じると言ってもな……。相手は王家の執事なのだぞ?」

 相手も国王の信頼を得ている、ということなのだろう。何故あんな凶行に及んだのか、益々理解出来ない。

「そうだ、凶器は部屋に落ちていませんでしたか? 私は光るものを確かに見たのです」

「そのようなものはなかったそうだ。侍女も証言しているから、間違いはないだろう」

「そんな……」

 これでは私が一方的に執事を傷付けたことになってしまう。侍女もあの執事と共犯なのだろうか。疑惑が頭の中で渦を巻く。

「凶器は持ち込みようがないではないか。エレナも身体検査を受けただろう?」

 そこが一番引っかかっている部分なのだ。厳しい検査を掻い潜り、どうやって凶器をこの部屋に持ち込んだのか――ううん、一つだけ方法がある。

「キッチンからナイフを持ち出したのではありませんか?」

 私の言葉に、国王は目を丸くする。

「キッチン? 棚は施錠されているはずだが……」

「あの執事に共犯がいれば可能かと」

「そんなことなど考えたくはないが、ありえなくはない話だな……」

 国王は唸り声を上げ、私から目を逸らした。
 そこへセリスからの伝達が入る。

「国王陛下、オーレリア殿下がお越しです」

「ん? ああ、入れてくれ」

 オーレリアが来るなんて、悪い予感しかしない。そして、それは現実となった。
 セリスたちの制止を無視し、オーレリアはずかずかと部屋へ上がり込んできた。私をきつい目で見下ろし、吠える。

「お父様、やはり罪人の子孫は罪人なのです! こうなると分かっていれば、意地でも王太子妃なんて認めませんでしたのに!」

「オーレリア、ことが起こってからでは遅いだろう?」

「今からでも遅くはありません! お兄様には私から言って聞かせますから!」

 これでは完全に私は悪者だ。どう説明すれば信じてもらえるのだろう。頭を抱えたくなってくる。
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