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第12章 月の光
月の光Ⅱ
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貴族の輪の中にいる一人の男性が挙手をした。
「エレナ嬢はノワゼル家のご令嬢だと噂が立っておりますが、真相のほどはいかがなものですか?」
「貴殿らが知る必要はどこに? エレナの身辺調査は国王である私が済ませている。余計な詮索は王家への無礼だ」
国王は毅然と対応する。その返答に、男性は肩を竦めた。私の緊張は最高潮だ。喉は乾き、手先が痺れている。
別の男性が声を上げる。
「国王陛下、その答えは肯定と捉えられ兼ねますよ?」
口角を上げ、にやりと笑うその男性は、恐らく対抗貴族だろう。国王も眉をピクリと動かしたけれど、平静を装う。
「肯定している者がどこにいる。君は過大解釈しすぎだ」
納得する者はいない。しかし、反発する者もいない。呆れたり、怪訝そうだったり、反応は十人十色だ。
「エレナ、一言だけ、この者たちに宣言しなさい」
「はい」
返事をしたのは良いものの、何についてどう宣言すれば良いのだろう。緊張で頭が回らない。その時、肩に何かが触れた。リュシアンだ。いつもの柔らかな笑顔を湛え、囁く。
「エレナ、怖がることはありません。私もついていますから」
凍てつくような玉座の間は、リュシアンの声で色彩を蘇らせる。大丈夫、私にも出来る。場の制し方など身につけてもいないのに、自信だけが顔を覗かせた。
「私はリュシアン殿下と生涯を共にする覚悟です。この身をこの国に尽くすと約束しましょう」
声高らかに宣言をなす。ところが、会場はしんと静まり返る。次に聞こえたのは僅かな嘲笑だった。
何かしでかしてしまっただろうか。自信は一気にしぼみ、不安ばかりが脳裏を掠める。
「何がおかしいのだ!」
国王も冷静さを保ちながらも、声だけを荒げる。
「王妃殿下の宣言と同じようなことを言うのですね」
最初に笑いを漏らした夫人は、扇を口に当てて冷ややかな目を私に向けた。
「王妃は隣国の王女。貴女は罪人の孫娘なのではなく、隣国に心を預けているのですか?」
「王妃を侮辱することは許さぬ!」
流石にこれには国王も憤慨してしまった。握る拳はわなないている。
「私や王妃に敬意を払わぬ者は出ていけ! 顔も見たくない!」
国王が言い放つと、小さなざわめきが起きる。どこか勝ち誇ったような表情の貴族もいた。
「これくらいで激情なさるとは……」
そんな声も聞こえた。家族を罵られて怒らぬ者がどこにいるのだろう。国王に背を向ける貴族は続出し、無数の足音は遠ざかっていく。百人ほど集まっていた貴族のうち、最終的には四分の一が姿を消した。張り詰めた空気は一気に崩れていく。
国王は玉座に座し、頭を抱える。
「エレナ、済まない。せっかくのお披露目だったのに」
「いえ……」
私は謝罪される立場にはない。むしろ、この場を設けてくれたことに感謝しているのだ。
そこへオーレリアが駆けつけ、国王の手を握った。瞳まで潤ませている。よほど心配なのだろう。
「お父様、大丈夫ですか?」
「ああ、私はな」
「陛下は何も悪くありません。息巻くあやつらが悪いのです」
国王の重鎮だろうか。一際豪華な衣装を身につけた男性が手を胸に当て、頭を下げた。
「陛下にはまだ、これだけの味方がいます。落胆されないでください」
言われ、残った貴族たちを見遣る。小さく頷いている者、拳を掲げている者、腰に手を当てるもの――どの顔も力強い笑みで、国王を支えようとしているのが見て取れた。
「エレナ様」
その重鎮は、次に私を見て微笑む。
「私たちはエレナ様を応援しております。それが今、私たちに出来る最善のことですので」
てっきり蔑まれたとばかり思っていた。四分の三もの貴族たちが、私を応援してくれるというのだろうか。
一気に胸のつかえが解けていく。私がこの場に立った意味は確かにあったのだ。貴族の声援が自信へと変わっていく。
「皆様、ありがとうございます」
自然と頭を下げていた。温かな笑いと拍手が沸き起こる。この国の貴族もまだ捨てたものではない。
涙を流すまいとしていると、リュシアンがそっと手を取ってくれた。その朗らかな笑顔が、この国の将来を明るくしているように見えた。
* * *
廊下を歩いていても、噂話をされることはなかった。そもそも、対立貴族は城に入ることすらしないのかもしれない。その安心が油断へと変わる。
リュシアンとは薔薇庭園や図書室で会話を重ねた。好きな本の話、実家の植物園の話、両親の話――様々なことをリュシアンに知ってもらった。そして、バイオリンの話、国王とオーレリアの漫才のような喧嘩話、リュシアンの好物など、色々なことを教えてもらった。一ヶ月後にはリサイタルもすると約束してくれたのだ。今から楽しみで仕方がない。
公認の仲となったので、オーレリアやイザベラは何も言わなくなった。仲直りした訳ではない。嫌味を言われなくなった程度だ。会っても会釈で終わってしまう。
婚約発表から数日間、穏やかな日が続いた。まるで、嵐の前の静けさ――嵐が何かも分からずに、この満ち足りた日々が続くと信じていたのだ。
私室の場所をまだ覚えていないため、リュシアンに薔薇庭園から送ってもらう。迷路のような廊下を良く覚えられるものだな、と感心してしまう。
「また明日、迎えに来ますね」
「絶対ですよ?」
「はい。約束します」
今日の締めくくりに、リュシアンと抱擁を交わす。安らぎと居心地の良さに包まれる。
「では、おやすみなさい」
「また明日」
身体を離すと、名残惜しそうな表情で微笑まれた。手を振り合い、別れの寂しさを緩和させる。
扉が閉じられると、急に人恋しくなってしまう。これではいけないと蓄音機に手を伸ばし、クラシック音楽をかけた。軽やかなワルツ――リュシアンと踊れる日もそう遠くないかもしれない。舞踏会でステップを踏む私たちの姿を妄想し、一人悶絶した。
「エレナ嬢はノワゼル家のご令嬢だと噂が立っておりますが、真相のほどはいかがなものですか?」
「貴殿らが知る必要はどこに? エレナの身辺調査は国王である私が済ませている。余計な詮索は王家への無礼だ」
国王は毅然と対応する。その返答に、男性は肩を竦めた。私の緊張は最高潮だ。喉は乾き、手先が痺れている。
別の男性が声を上げる。
「国王陛下、その答えは肯定と捉えられ兼ねますよ?」
口角を上げ、にやりと笑うその男性は、恐らく対抗貴族だろう。国王も眉をピクリと動かしたけれど、平静を装う。
「肯定している者がどこにいる。君は過大解釈しすぎだ」
納得する者はいない。しかし、反発する者もいない。呆れたり、怪訝そうだったり、反応は十人十色だ。
「エレナ、一言だけ、この者たちに宣言しなさい」
「はい」
返事をしたのは良いものの、何についてどう宣言すれば良いのだろう。緊張で頭が回らない。その時、肩に何かが触れた。リュシアンだ。いつもの柔らかな笑顔を湛え、囁く。
「エレナ、怖がることはありません。私もついていますから」
凍てつくような玉座の間は、リュシアンの声で色彩を蘇らせる。大丈夫、私にも出来る。場の制し方など身につけてもいないのに、自信だけが顔を覗かせた。
「私はリュシアン殿下と生涯を共にする覚悟です。この身をこの国に尽くすと約束しましょう」
声高らかに宣言をなす。ところが、会場はしんと静まり返る。次に聞こえたのは僅かな嘲笑だった。
何かしでかしてしまっただろうか。自信は一気にしぼみ、不安ばかりが脳裏を掠める。
「何がおかしいのだ!」
国王も冷静さを保ちながらも、声だけを荒げる。
「王妃殿下の宣言と同じようなことを言うのですね」
最初に笑いを漏らした夫人は、扇を口に当てて冷ややかな目を私に向けた。
「王妃は隣国の王女。貴女は罪人の孫娘なのではなく、隣国に心を預けているのですか?」
「王妃を侮辱することは許さぬ!」
流石にこれには国王も憤慨してしまった。握る拳はわなないている。
「私や王妃に敬意を払わぬ者は出ていけ! 顔も見たくない!」
国王が言い放つと、小さなざわめきが起きる。どこか勝ち誇ったような表情の貴族もいた。
「これくらいで激情なさるとは……」
そんな声も聞こえた。家族を罵られて怒らぬ者がどこにいるのだろう。国王に背を向ける貴族は続出し、無数の足音は遠ざかっていく。百人ほど集まっていた貴族のうち、最終的には四分の一が姿を消した。張り詰めた空気は一気に崩れていく。
国王は玉座に座し、頭を抱える。
「エレナ、済まない。せっかくのお披露目だったのに」
「いえ……」
私は謝罪される立場にはない。むしろ、この場を設けてくれたことに感謝しているのだ。
そこへオーレリアが駆けつけ、国王の手を握った。瞳まで潤ませている。よほど心配なのだろう。
「お父様、大丈夫ですか?」
「ああ、私はな」
「陛下は何も悪くありません。息巻くあやつらが悪いのです」
国王の重鎮だろうか。一際豪華な衣装を身につけた男性が手を胸に当て、頭を下げた。
「陛下にはまだ、これだけの味方がいます。落胆されないでください」
言われ、残った貴族たちを見遣る。小さく頷いている者、拳を掲げている者、腰に手を当てるもの――どの顔も力強い笑みで、国王を支えようとしているのが見て取れた。
「エレナ様」
その重鎮は、次に私を見て微笑む。
「私たちはエレナ様を応援しております。それが今、私たちに出来る最善のことですので」
てっきり蔑まれたとばかり思っていた。四分の三もの貴族たちが、私を応援してくれるというのだろうか。
一気に胸のつかえが解けていく。私がこの場に立った意味は確かにあったのだ。貴族の声援が自信へと変わっていく。
「皆様、ありがとうございます」
自然と頭を下げていた。温かな笑いと拍手が沸き起こる。この国の貴族もまだ捨てたものではない。
涙を流すまいとしていると、リュシアンがそっと手を取ってくれた。その朗らかな笑顔が、この国の将来を明るくしているように見えた。
* * *
廊下を歩いていても、噂話をされることはなかった。そもそも、対立貴族は城に入ることすらしないのかもしれない。その安心が油断へと変わる。
リュシアンとは薔薇庭園や図書室で会話を重ねた。好きな本の話、実家の植物園の話、両親の話――様々なことをリュシアンに知ってもらった。そして、バイオリンの話、国王とオーレリアの漫才のような喧嘩話、リュシアンの好物など、色々なことを教えてもらった。一ヶ月後にはリサイタルもすると約束してくれたのだ。今から楽しみで仕方がない。
公認の仲となったので、オーレリアやイザベラは何も言わなくなった。仲直りした訳ではない。嫌味を言われなくなった程度だ。会っても会釈で終わってしまう。
婚約発表から数日間、穏やかな日が続いた。まるで、嵐の前の静けさ――嵐が何かも分からずに、この満ち足りた日々が続くと信じていたのだ。
私室の場所をまだ覚えていないため、リュシアンに薔薇庭園から送ってもらう。迷路のような廊下を良く覚えられるものだな、と感心してしまう。
「また明日、迎えに来ますね」
「絶対ですよ?」
「はい。約束します」
今日の締めくくりに、リュシアンと抱擁を交わす。安らぎと居心地の良さに包まれる。
「では、おやすみなさい」
「また明日」
身体を離すと、名残惜しそうな表情で微笑まれた。手を振り合い、別れの寂しさを緩和させる。
扉が閉じられると、急に人恋しくなってしまう。これではいけないと蓄音機に手を伸ばし、クラシック音楽をかけた。軽やかなワルツ――リュシアンと踊れる日もそう遠くないかもしれない。舞踏会でステップを踏む私たちの姿を妄想し、一人悶絶した。
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