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第14章 来たる時
来たる時Ⅲ
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これが届けば、きっと調査は進む。
「必ずリュシアン様の元に届けてね」
一言添えて、書き上げた手紙をメイドに渡した。
降りしきる雨は更に細かくなり、霧雨へと変わる。窓の外に目を遣ると、コウモリ傘を差す誰かが通りかかったように見えた。ほどなくして、ドアノッカーが叩かれる。
誰が来たのだろう。父と母だけでは頼りにならず、階段を駆け下りる。
「どなたですか?」
エントランスに辿り着くと、父が応対していた。執事服姿の客人は無言で、すっと青色の封筒を父に差し出す。
「送り主の分からないものは受け取れません」
「ベルファール伯爵です」
客人はにやりと笑うと、受け取りを拒絶された封筒から手を放した。封筒は真っ逆さまに床に落ち、強烈な存在感を放つ。
「失礼致しました」
それだけを言うと、客人は扉の向こうへと消えた。父も、私も動けない。あまりの出来事に、呼吸が止まっていたように感じた。
「あなた、誰が来たの?」
何も知らない母はのんびりと父に近付き、声を掛ける。
「その封筒は何?」
「触るんじゃない」
珍しい父の威圧的な声に、母の動きもぴたりと止まる。父は静かにしゃがみ込み、封筒を持ち上げた。
「お父様、開けない方が良いよ」
「いや、開けないと。何が書かれているのか分からないだろう」
きっと、恐ろしいことが書かれているに違いない。私に向けられた敵意なら、私がしっかり見届けなくては。父から封筒を奪い取ろうと試みたけれど、父が封を開ける方が早かった。瞬時に父の手から赤が舞う。
「った……!」
「お父様!」
封筒も、便箋も床にはらはらと落ちる。しかし、そんなことを気にしていられる余裕はなかった。血は父の手から滴り落ち、封筒の上へと落ちる。
「誰か! 誰か……包帯を持ってきて!」
私には叫び声を上げることと、しゃがみ込む父の背中を震える手で撫でてあげることしか出来ない。母なんて、悲鳴すら上げずにその場に崩れてしまった。
ベルファール伯爵は何の目的でこんなことをするのだろう。分かりたくもない。
メイドからガーゼと包帯を受け取り、切れてしまった父の手の平を処置していく。目の前は涙で滲んでいるから、上手く出来たかどうかは分からない。
「もう嫌……」
母のすすり泣く声が聞こえ始め、屋敷の中はより一層陰鬱となっていった。
* * *
封筒に仕込まれていたのは、刃のついた小さな金属片だった。こんなもの、意図的でなくては入らない。三人でリビングに移動し、身を縮める。
「そんなにエレナの王家入りを阻止したいのか……?」
父は傷ついた片手を庇いながら、小さな溜め息を吐く。
「でも、どうして?」
「我が家が取り潰しになれば、領地はベルファール伯爵家のものになるだろう。自然の資源が豊富な土地だ。狙われてもおかしくはない」
領地のためだけに、こんなにも人を傷つけるのだろうか。その神経が分からない。冷や汗の掻いた手を握り締める。
便箋にはただ一言だけ『諦めてください』と赤文字で書かれていた。私はもうリュシアンを愛してしまったのだ。諦められる筈がないのに。
ここで父の言葉が引っかかった。私の家が取り潰しになれば、領地はベルファール家のもの――きっかけは祖父の冤罪だ。もしや、ベルファール伯爵は祖父の冤罪にも関わっているのだろうか。そんなに昔から確執があったのだろうか。一瞬、意識が遠のく感覚がした。
「エレナ、大丈夫か?」
「うん、平気だよ」
身も心も傷ついている両親に心配はかけまいと、少しだけ強がってしまった。細い息を吐き、なんとか平静さを保つ。
母も細々と口を開く。
「これだけされても耐え続ける気?」
「反撃すれば、それこそ罪に問われかねない。私たちが何も行動出来ないことを見越して、脅してきているんだろう」
「最低……」
これでは私たちはされるがままだ。リュシアンとの縁が切れない限り、死人が出てもおかしくはない。そんな風に想像するだけで震えてしまう。
「とりあえず、今はやり過ごすしかない。出来事だけ報告して、判断は国王陛下に任せよう」
「うん……」
小さく頷くことしか出来ないのが歯痒い。父は頭を掻くと、鼻から息を吐き出した。
「……ちょっと疲れてしまったな。私は部屋で休んでくるよ」
「私も」
立ち上がる父に続いて、母も重たい腰を上げる。二人が部屋に戻るなら、私もここにいる意味はない。部屋へ戻ろう。
ぼんやりとする頭で階段を上がり、背中で部屋のドアを閉めた。ちょっとどころではない。大分、疲れてしまった。
「リュシアン様~……」
泣き言を漏らすようにしてしゃがみ込み、膝を抱える。私たちに救いは訪れるのだろうか。闇雲に危険の中を漂っているようで、生きている心地がしなかった。
* * *
家族の会話は徐々に減っていく。顔を合わせることも少なくなり、私はまた植物園に逃げた。そうして五日ほど経っただろうか。珍しく明るい顔をした父が植物園にやってきたのだ。
「エレナ……! やったぞ!」
もしや、ベルファール伯爵が罪に問われることになったのだろうか。期待してみたけれど、そうではなかった。
「国王陛下からエレナに手紙だ!」
「えっ……?」
何と、もっと希望のある報告だ。リュシアンに会えるかもしれない。期待を胸に、父に渡された封筒を開封する。
* * *
エレナ・アーデン殿
五日後、ベルファール伯爵に対する尋問を開始する。貴女には証人として参加してもらいたい。すぐに登城されよ。
なお、王妃奪還作戦は三日後に行う。成功すれば、敵対貴族の邪魔はもう入らないと思ってくれて良い。
フェラデル国王 ザイオン・アルヴェール
* * *
「やった……!」
これ以上嬉しいことはない。胸が一気に温かくなる。荷物は城へ持ち込めないから、着の身着のまま、今日にでも出発しよう。
父に書状を見せ、勢いのままに抱き着いた。
「エレナ、良かった」
やはり、父は泣いてしまった。でも、これが父らしい。
一連の事件を問いただしてみせる。そして、リュシアンとの幸せな生活をつかみ取るのだ。
一時間も経たずに旅立ちの準備は整った。今度は青色のドレスを見繕ってくれていたのだ。祖父に宛てた隣国からの書簡だけを手に、青い鳥の伝承のごとく、馬車に乗り込んで城へと疾走する。
「必ずリュシアン様の元に届けてね」
一言添えて、書き上げた手紙をメイドに渡した。
降りしきる雨は更に細かくなり、霧雨へと変わる。窓の外に目を遣ると、コウモリ傘を差す誰かが通りかかったように見えた。ほどなくして、ドアノッカーが叩かれる。
誰が来たのだろう。父と母だけでは頼りにならず、階段を駆け下りる。
「どなたですか?」
エントランスに辿り着くと、父が応対していた。執事服姿の客人は無言で、すっと青色の封筒を父に差し出す。
「送り主の分からないものは受け取れません」
「ベルファール伯爵です」
客人はにやりと笑うと、受け取りを拒絶された封筒から手を放した。封筒は真っ逆さまに床に落ち、強烈な存在感を放つ。
「失礼致しました」
それだけを言うと、客人は扉の向こうへと消えた。父も、私も動けない。あまりの出来事に、呼吸が止まっていたように感じた。
「あなた、誰が来たの?」
何も知らない母はのんびりと父に近付き、声を掛ける。
「その封筒は何?」
「触るんじゃない」
珍しい父の威圧的な声に、母の動きもぴたりと止まる。父は静かにしゃがみ込み、封筒を持ち上げた。
「お父様、開けない方が良いよ」
「いや、開けないと。何が書かれているのか分からないだろう」
きっと、恐ろしいことが書かれているに違いない。私に向けられた敵意なら、私がしっかり見届けなくては。父から封筒を奪い取ろうと試みたけれど、父が封を開ける方が早かった。瞬時に父の手から赤が舞う。
「った……!」
「お父様!」
封筒も、便箋も床にはらはらと落ちる。しかし、そんなことを気にしていられる余裕はなかった。血は父の手から滴り落ち、封筒の上へと落ちる。
「誰か! 誰か……包帯を持ってきて!」
私には叫び声を上げることと、しゃがみ込む父の背中を震える手で撫でてあげることしか出来ない。母なんて、悲鳴すら上げずにその場に崩れてしまった。
ベルファール伯爵は何の目的でこんなことをするのだろう。分かりたくもない。
メイドからガーゼと包帯を受け取り、切れてしまった父の手の平を処置していく。目の前は涙で滲んでいるから、上手く出来たかどうかは分からない。
「もう嫌……」
母のすすり泣く声が聞こえ始め、屋敷の中はより一層陰鬱となっていった。
* * *
封筒に仕込まれていたのは、刃のついた小さな金属片だった。こんなもの、意図的でなくては入らない。三人でリビングに移動し、身を縮める。
「そんなにエレナの王家入りを阻止したいのか……?」
父は傷ついた片手を庇いながら、小さな溜め息を吐く。
「でも、どうして?」
「我が家が取り潰しになれば、領地はベルファール伯爵家のものになるだろう。自然の資源が豊富な土地だ。狙われてもおかしくはない」
領地のためだけに、こんなにも人を傷つけるのだろうか。その神経が分からない。冷や汗の掻いた手を握り締める。
便箋にはただ一言だけ『諦めてください』と赤文字で書かれていた。私はもうリュシアンを愛してしまったのだ。諦められる筈がないのに。
ここで父の言葉が引っかかった。私の家が取り潰しになれば、領地はベルファール家のもの――きっかけは祖父の冤罪だ。もしや、ベルファール伯爵は祖父の冤罪にも関わっているのだろうか。そんなに昔から確執があったのだろうか。一瞬、意識が遠のく感覚がした。
「エレナ、大丈夫か?」
「うん、平気だよ」
身も心も傷ついている両親に心配はかけまいと、少しだけ強がってしまった。細い息を吐き、なんとか平静さを保つ。
母も細々と口を開く。
「これだけされても耐え続ける気?」
「反撃すれば、それこそ罪に問われかねない。私たちが何も行動出来ないことを見越して、脅してきているんだろう」
「最低……」
これでは私たちはされるがままだ。リュシアンとの縁が切れない限り、死人が出てもおかしくはない。そんな風に想像するだけで震えてしまう。
「とりあえず、今はやり過ごすしかない。出来事だけ報告して、判断は国王陛下に任せよう」
「うん……」
小さく頷くことしか出来ないのが歯痒い。父は頭を掻くと、鼻から息を吐き出した。
「……ちょっと疲れてしまったな。私は部屋で休んでくるよ」
「私も」
立ち上がる父に続いて、母も重たい腰を上げる。二人が部屋に戻るなら、私もここにいる意味はない。部屋へ戻ろう。
ぼんやりとする頭で階段を上がり、背中で部屋のドアを閉めた。ちょっとどころではない。大分、疲れてしまった。
「リュシアン様~……」
泣き言を漏らすようにしてしゃがみ込み、膝を抱える。私たちに救いは訪れるのだろうか。闇雲に危険の中を漂っているようで、生きている心地がしなかった。
* * *
家族の会話は徐々に減っていく。顔を合わせることも少なくなり、私はまた植物園に逃げた。そうして五日ほど経っただろうか。珍しく明るい顔をした父が植物園にやってきたのだ。
「エレナ……! やったぞ!」
もしや、ベルファール伯爵が罪に問われることになったのだろうか。期待してみたけれど、そうではなかった。
「国王陛下からエレナに手紙だ!」
「えっ……?」
何と、もっと希望のある報告だ。リュシアンに会えるかもしれない。期待を胸に、父に渡された封筒を開封する。
* * *
エレナ・アーデン殿
五日後、ベルファール伯爵に対する尋問を開始する。貴女には証人として参加してもらいたい。すぐに登城されよ。
なお、王妃奪還作戦は三日後に行う。成功すれば、敵対貴族の邪魔はもう入らないと思ってくれて良い。
フェラデル国王 ザイオン・アルヴェール
* * *
「やった……!」
これ以上嬉しいことはない。胸が一気に温かくなる。荷物は城へ持ち込めないから、着の身着のまま、今日にでも出発しよう。
父に書状を見せ、勢いのままに抱き着いた。
「エレナ、良かった」
やはり、父は泣いてしまった。でも、これが父らしい。
一連の事件を問いただしてみせる。そして、リュシアンとの幸せな生活をつかみ取るのだ。
一時間も経たずに旅立ちの準備は整った。今度は青色のドレスを見繕ってくれていたのだ。祖父に宛てた隣国からの書簡だけを手に、青い鳥の伝承のごとく、馬車に乗り込んで城へと疾走する。
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