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第14章 来たる時
来たる時Ⅱ
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物置に入ると、目の届かない隅にそれは置かれていた。白い箱だから、見つけようとすればすぐに目に入ってしまう。
しゃがみ込み、白い箱を開ける。悪意のあるものが入っていると分かっていても、心が鋭く傷んだ。
「普通は食器の裏に家紋が入ってるよね……?」
昨日はそこまで思い至らなかった。もし入っているのなら、重大な証拠となり得る。しかし、どの欠片が底なのか分からないほどに粉々だ。
手が傷付かないように、小さな欠片を慎重に一つずつ確認していく。
「うーん、ないなぁ……」
表面を見ても、裏返しても家紋らしきものは見当たらない。諦めた方が良いのだろうか。これで駄目なら、手紙の筆跡を確認しようと決意した時だった。白い磁器に赤い模様のようなものが浮かんでいたのだ。
「これは……三つ葉のクローバー?」
欠けているので、細部までは分からない。でも、確かに見覚えがあった。これは、隣領の伯爵家――ベルファール伯爵家のものではなかっただろうか。
両親にも確認してみよう。欠片を手の中に収め、踵を返した。リビングの扉を開けると、ソファーで話し込む両親の視線が私を貫く。
「お父様、お母様」
「ん? どうした?」
「これに見覚えってある?」
二人の元へ駆け寄り、そっと手の平の上にあるものを見せた。瞬時に両親の顔が曇る。
「これは……」
「ベルファール伯爵家の物、でしょうね……」
やはり、か。以前に夢にも現れたベルファール伯爵の姿を思い出す。年齢は父とさほど変わらない。瘦せていて高身長、黒髪にアイスブルーの瞳の冷たい印象を与える人――。今回の贈り物と結びつけると、一層、恐怖が湧いてくる。鳥肌が立ってしまった。
「どうしたら良いんでしょう……」
「私たちからは動かない方が良い。下手に刺激して、更に行動を起こされても怖いからな」
「じゃあ、耐え続けるしかないの?」
母が問いかけると、父は首を横に振った。
「私たちがベルファール伯爵家に辿り着くのは、向こうも想定済みだろう。これ以上手出しをすれば、余計にボロを出しかねない。何もしてこないさ」
「そんなに楽天的で良いのかな」
思わず本音が漏れ出てしまった。私の襲撃事件だって、もしかするとベルファール伯爵が一枚絡んでいるかもしれないのに。なんて考えるのは飛躍しすぎなのだろうか。恐怖心を刷り込まれてしまい、何でも疑ってしまう。
「駄目だ、怖くなっちゃった。植物園に癒されに行ってくるね」
「ああ」
心配そうな両親から逃げるように本棚から小説を取り出し、植物園へと逃げ込んだ。ロッキングチェアに座り、速まる鼓動を抑えようと深呼吸を繰り返す。
「リュシアン様……」
儚い笑顔が浮かんでは消える。苦境にいるほど、あの笑顔が心の支えだ。
これくらいでへこたれてはいけない。必ず再会して、私もリュシアンに笑顔を返すのだ。今日の空は雨雲が立ち込めており、薄暗い。小説を読むには適した環境ではなかった。仕方なく本をガーデンテーブルに置き、瞼を閉じた。
雨音で目が覚めたのは、夕方になってからのことだった。ざあざあと降りしきる雨は、私の不安と恐怖を洗い流してくれるようだ。そして、泣けない私の代わりに空が泣いてくれていると思うことも出来た。
休んでいるようで疲れてしまった。温かい飲み物でもいただこう。立ち上がると、誰もいなくなったロッキングチェアは静かに揺れていた。
* * *
土砂降りから小雨になったものの、雨はまだ降り続いている。両親とは今後の身の振り方の話し合いを続けた。しかし、ベルファール伯爵への対策は取れないでいる。不安が募る中で二日が経ってしまった。
そこに希望の光が届いたのだ。
「エレナ嬢、お手紙です」
自室で窓の外を眺めていると、メイドが青色の封筒をすっと差し出した。
「誰から?」
「王太子殿下です」
「えっ!?」
リュシアンから返事が来たのだろうか。心が弾み、メイドから封筒を奪っていた。宛名や送り主なども確認せずに、封蝋をはがす。
* * *
エレナへ
エレナ、心労で倒れたりはしていませんか? 割れたペアのカップ&ソーサーが届いたとのこと、怒りに震えています。私とエレナに敵意を向けるのなら、容赦はしません。父上も味方となってくれるでしょう。
送り主の見当はついているのですか? 知っていることなら、何でも教えてください。エレナの力になりたいのです。
エレナ襲撃事件の進展がありました。エレナが傷付けた執事が失踪したのです。もしかすると、潜入者だった可能性もあります。執事は必ず見つけ出します。どうか、それまで待っていてください。
早くエレナに会いたいです。
リュシアンより
* * *
「リュシアン様……!」
便箋を胸に抱き、嬉しさに震える。再会したいのは私もリュシアンも同じなのだ。それだけで気持ちが通じている気がしてくる。余韻に浸りながら、便箋を撫でた。
しかし、気になった部分もあったのだ。私が反撃した執事が消息不明――逃亡したとしか思えない。その執事は、まさかベルファール伯爵の屋敷にいるのでは――。
リュシアンに疑念を解決してもらおうと、筆記用具を机の上に並べた。羽根ペンにブルーブラックのインクを浸して、便箋に思いを綴る。
* * *
リュシアン様
倒れたりはしていませんから、安心してください。
失踪した執事のことなのですが、ベルファール伯爵家を調べてはいただけませんか? 贈られてきた割れたカップ&ソーサーに、ベルファール伯爵家の家紋が入っていたのです。私の襲撃事件にベルファール伯爵家が関わっていないとは言い切れないと思うのです。
どうか、お願い致します。
私も再会を信じております。
エレナより
* * *
しゃがみ込み、白い箱を開ける。悪意のあるものが入っていると分かっていても、心が鋭く傷んだ。
「普通は食器の裏に家紋が入ってるよね……?」
昨日はそこまで思い至らなかった。もし入っているのなら、重大な証拠となり得る。しかし、どの欠片が底なのか分からないほどに粉々だ。
手が傷付かないように、小さな欠片を慎重に一つずつ確認していく。
「うーん、ないなぁ……」
表面を見ても、裏返しても家紋らしきものは見当たらない。諦めた方が良いのだろうか。これで駄目なら、手紙の筆跡を確認しようと決意した時だった。白い磁器に赤い模様のようなものが浮かんでいたのだ。
「これは……三つ葉のクローバー?」
欠けているので、細部までは分からない。でも、確かに見覚えがあった。これは、隣領の伯爵家――ベルファール伯爵家のものではなかっただろうか。
両親にも確認してみよう。欠片を手の中に収め、踵を返した。リビングの扉を開けると、ソファーで話し込む両親の視線が私を貫く。
「お父様、お母様」
「ん? どうした?」
「これに見覚えってある?」
二人の元へ駆け寄り、そっと手の平の上にあるものを見せた。瞬時に両親の顔が曇る。
「これは……」
「ベルファール伯爵家の物、でしょうね……」
やはり、か。以前に夢にも現れたベルファール伯爵の姿を思い出す。年齢は父とさほど変わらない。瘦せていて高身長、黒髪にアイスブルーの瞳の冷たい印象を与える人――。今回の贈り物と結びつけると、一層、恐怖が湧いてくる。鳥肌が立ってしまった。
「どうしたら良いんでしょう……」
「私たちからは動かない方が良い。下手に刺激して、更に行動を起こされても怖いからな」
「じゃあ、耐え続けるしかないの?」
母が問いかけると、父は首を横に振った。
「私たちがベルファール伯爵家に辿り着くのは、向こうも想定済みだろう。これ以上手出しをすれば、余計にボロを出しかねない。何もしてこないさ」
「そんなに楽天的で良いのかな」
思わず本音が漏れ出てしまった。私の襲撃事件だって、もしかするとベルファール伯爵が一枚絡んでいるかもしれないのに。なんて考えるのは飛躍しすぎなのだろうか。恐怖心を刷り込まれてしまい、何でも疑ってしまう。
「駄目だ、怖くなっちゃった。植物園に癒されに行ってくるね」
「ああ」
心配そうな両親から逃げるように本棚から小説を取り出し、植物園へと逃げ込んだ。ロッキングチェアに座り、速まる鼓動を抑えようと深呼吸を繰り返す。
「リュシアン様……」
儚い笑顔が浮かんでは消える。苦境にいるほど、あの笑顔が心の支えだ。
これくらいでへこたれてはいけない。必ず再会して、私もリュシアンに笑顔を返すのだ。今日の空は雨雲が立ち込めており、薄暗い。小説を読むには適した環境ではなかった。仕方なく本をガーデンテーブルに置き、瞼を閉じた。
雨音で目が覚めたのは、夕方になってからのことだった。ざあざあと降りしきる雨は、私の不安と恐怖を洗い流してくれるようだ。そして、泣けない私の代わりに空が泣いてくれていると思うことも出来た。
休んでいるようで疲れてしまった。温かい飲み物でもいただこう。立ち上がると、誰もいなくなったロッキングチェアは静かに揺れていた。
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土砂降りから小雨になったものの、雨はまだ降り続いている。両親とは今後の身の振り方の話し合いを続けた。しかし、ベルファール伯爵への対策は取れないでいる。不安が募る中で二日が経ってしまった。
そこに希望の光が届いたのだ。
「エレナ嬢、お手紙です」
自室で窓の外を眺めていると、メイドが青色の封筒をすっと差し出した。
「誰から?」
「王太子殿下です」
「えっ!?」
リュシアンから返事が来たのだろうか。心が弾み、メイドから封筒を奪っていた。宛名や送り主なども確認せずに、封蝋をはがす。
* * *
エレナへ
エレナ、心労で倒れたりはしていませんか? 割れたペアのカップ&ソーサーが届いたとのこと、怒りに震えています。私とエレナに敵意を向けるのなら、容赦はしません。父上も味方となってくれるでしょう。
送り主の見当はついているのですか? 知っていることなら、何でも教えてください。エレナの力になりたいのです。
エレナ襲撃事件の進展がありました。エレナが傷付けた執事が失踪したのです。もしかすると、潜入者だった可能性もあります。執事は必ず見つけ出します。どうか、それまで待っていてください。
早くエレナに会いたいです。
リュシアンより
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「リュシアン様……!」
便箋を胸に抱き、嬉しさに震える。再会したいのは私もリュシアンも同じなのだ。それだけで気持ちが通じている気がしてくる。余韻に浸りながら、便箋を撫でた。
しかし、気になった部分もあったのだ。私が反撃した執事が消息不明――逃亡したとしか思えない。その執事は、まさかベルファール伯爵の屋敷にいるのでは――。
リュシアンに疑念を解決してもらおうと、筆記用具を机の上に並べた。羽根ペンにブルーブラックのインクを浸して、便箋に思いを綴る。
* * *
リュシアン様
倒れたりはしていませんから、安心してください。
失踪した執事のことなのですが、ベルファール伯爵家を調べてはいただけませんか? 贈られてきた割れたカップ&ソーサーに、ベルファール伯爵家の家紋が入っていたのです。私の襲撃事件にベルファール伯爵家が関わっていないとは言い切れないと思うのです。
どうか、お願い致します。
私も再会を信じております。
エレナより
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