優しすぎる王太子に妃は現れない

七宮叶歌

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第15章 花言葉は奇跡

花言葉は奇跡Ⅰ

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 城に到着したのは夜になってしまった。月明りを浴びて白く輝く王城と門を眼前に、帰って参りましたと頭を下げる。

「こんな時間だもん。リュシアン様も陛下も眠ってるよね」

 誰にも迎えられなくても良い。ただ、もう一度この地を踏み締められることが一番の願いだった。騎士にお辞儀をされ、エントランスを潜る。そこにはセリスの姿があった。懐かしくて堪らない。

「セリス!」

「エレナ様!」

 二人で駆け寄り、ハグをする。嬉しくて高鳴る鼓動がセリスにバレていなければ良いなと思う。

「手紙いっぱい書いたのに。どうして返事をくれなかったの?」
 
「申し訳ございません。私、文字の読み書きが出来なくて」

 失念していた。世の中には満足に教育が受けられない者もいることを。手紙を送ることで、かえってセリスを苦しませてはいなかっただろうか。胸がきゅっと痛くなる。

「ごめんね」

 つい、口から出ていた。セリスは大きく首を横に振る。
 
「謝らないでください。今度、文字の読み書きを教えていただけますか?」

「うん、勿論!」

 文字を覚えてもらって、同じ本を読み、感想を共有したい。二人で笑い合い、私の私室へと歩を進めた。途中で会う騎士たちは、一様に私に頭を下げてくれる。信頼を失っていない証だろうか。少しだけ、ほっと胸を撫で下ろした。
 私室の扉を開けると、もう明かりは灯されていた。ベッドにはナイトドレスも用意されている。
 ここでふと思い出した。一度、城を出たのだ。今日も身体検査をされるのだろうか。初日を思い出し、頬が熱を帯びる。

「ねえセリス」

「どうされました?」

「また飲み物に薬が入ってたりしないよね?」

 セリスの表情が一瞬曇ったものの、すぐに微笑んでくれた。

「ご家族となられる方に、薬なんて物騒なものは飲ませませんよ。お一方だけ、まだ納得がいっていないようですが」

 絶対にオーレリアだ。彼女のことを考えると溜め息を吐きたくなってくる。俯くだけに留め、テーブルの上のグラスに手を伸ばした。

「明日、リュシアン様に会えるかなぁ」

「リュシアン殿下なら意地でもエレナ様を探し当てますから。大丈夫ですよ」

 早くこの夜を越えてリュシアンに会いたい。すぐに探してもらえるように、また図書室へ行こう。明日の行動を決め、何度か小さく頷いた。

 * * *

 なかなか寝付くことが出来なかったものの、朝はやってきた。高鳴る鼓動を抑えられない。朝食に感謝することも忘れ、胃に流し込む。十数分で食べ終えると、セリスと一緒に部屋を飛び出した。向かうのは勿論、私の居場所となった図書室だ。

「ここまでで大丈夫だよ。ありがとう」

「いえ。ではまた後ほど」

 階段の手前でセリスと別れ、颯爽と降りる。道すがら、貴族たちには白い目で見られたけれど、あと数日の我慢だ。無視を決め込み、図書室の扉を開ける。相変わらず荘厳な場所だ。シャンデリアが部屋の中を照らし、明るさを保っている。
 小説はこちらの棚だった筈だと、圧倒される数の背表紙を眺めた。

「今日は……これにしよう」

 リュシアンのことが気になって、読書に身が入らないのは承知している。絵が多い本を選び、物思いに耽ることにしたのだ。
 地べたに座り、膝の上で本を広げる。目に飛び込んできたのは花にしがみつく妖精の可愛らしい絵だった。
 ――リュシアン、お願い、早く来て。
 これは何の花だろう。故郷で見た花に似ている気がする。黄色いカタバミ、だっただろうか。
 ――顔を見て安心したいの。
 駄目だ、やはり集中出来なくなってしまう。大きく溜め息を吐き、頭を振る。図書室にいたいのに、本が読めないなんて。矛盾しているし、自分でも何がしたいのか分からない。
 私室にいた方が良かっただろうか。いや、もう図書室に来てしまったのだ。私一人で戻ろうとしても道に迷ってしまう。
 もう一度視線を落とし、肩を落とす。そんな時に、扉が開閉する蝶番の音が響いたのだ。足音が近付いてくる。
 リュシアンだろうか。顔を上げたいのに、人違いだった時が怖くて顔を上げられない。足音が更に近付いてくる。そして、本に影が重なった。

「エレナ……!」

 何度も聞きたいと思った声が耳に届く。はっと顔を上げると、泣き出しそうな表情のリュシアンが立っていた。

「リュシアン様……! 会いたかったぁ」

 気が付けば、ぼろぼろと涙が溢れていた。手を伸ばし、ハグを求める。

「エレナが無事で本当に良かった……」

 リュシアンもしっかりと受け止めてくれた。ふんわりと香る薔薇と体温が酷く心地良い。

「ですが、お父様が怪我を……」

「悔しい限りです。必ず、決着はつけますから」

 あの封筒の事件もしっかりと王家には伝わっているらしい。身体を離しても、リュシアンは私の両腕をしっかりと握ってくれた。二人で涙を流しながら、鼻を啜る。

「ここではなんですから、私の部屋に行きましょう」

「はい」

 図書室で再会の喜びを爆発させては、他の利用者の迷惑になるだろう。腰を上げ、寄り添いながら図書室を後にした。
 リュシアンが一緒だと、私を冷たい目で見る貴族はいない。人の薄情さに嫌気がさしつつも、文句は飲み込んだ。後でリュシアンに胸の内を聞いてもらおう。
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