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第15章 花言葉は奇跡
花言葉は奇跡Ⅱ
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リュシアンの私室に入ると、二人でソファーに腰を下ろす。すぐに侍女が紅茶を用意してくれた。窓から入る日差しを受けながら、リュシアンは私の片手をそっと握る。
「さぞ辛かったでしょう。傍にいてあげられなくて申し訳ありません」
「いえ、気になさらないでください。襲撃事件の後、リュシアン様には事実が伏せられていたのではありませんか?」
「そうなのですが……」
言い淀む様子からして、リュシアンは納得していないのだろう。事件を知る由もないのに、気に病む必要なんてない。
「リュシアン様、笑ってください。明るい笑顔が一番お似合いです」
作り笑いなんかではなく、心の底からの笑顔だ。
先んじて私が笑顔を作り、リュシアンに向ける。しかし、彼には苦笑いを返されてしまった。
「エレナは強いですね」
「強くはありません。強がりなだけです」
私の口から「ふふっ」と笑い声が漏れる。リュシアンは愛おしそうに目を細めた。
「やはり、俺が傍にいないと駄目ではありませんか」
二人きりになると、リュシアンは自分のことを『俺』という。ちょっとしたギャップに、僅かに驚いてしまった。
「否定はしません」
今度こそ、二人で笑い合う。心は久しぶりに波は立っておらず、穏やかだ。それもリュシアンのお陰だろう。
紅茶をいただき、ほっと一息つく。それも束の間、リュシアンは緊張感のある面持ちで私を見る。
「明日、母上の奪還作戦に赴きます。俺は指揮官を務める予定です」
カップを持つ手が震えた。そうだ、二日後に王妃奪還作戦が行われると国王の書状にも記されていたではないか。王妃の息子であるリュシアンが重要な役割を与えられるのが順当だろう。
それにしても、心構えが出来ない。
「リュシアン様に危険はないのですか?」
「相手も傭兵を雇っていますからね。多少の怪我は覚悟しています」
多少の怪我で済むだろうか。また大怪我でも負わされたら――考えるだけでぞっとする。身震いしながらカップをテーブルに置き、リュシアンの方へと座り直した。
「絶対に、無事に帰ってきてください。大怪我なんてしたら、私が許しませんから」
「心得ておきます」
今、リュシアンの心は不安と恐怖でいっぱいだろう。私が支えなくては。リュシアンの手を握り、その肩に寄りかかる。
「……今日はずっと一緒にいてください。エレナがいなくては、どうにかなってしまいそうです」
「勿論です」
私も今日は離れたくない。自身に降りかかった恐怖と、リュシアンに降りかかるであろう脅威から逃げるように、視線を落とした。
時間はいつもよりもゆっくりと進む。リュシアンと一緒にいられる幸福感からなのか、それとも安心感からなのか。どちらにせよ、一人では味わえなかった感覚だ。昼食も一緒に摂り、会話に花を咲かせる。
「実は俺、ノワゼルの領地に行ったことがあるのですよ」
「えっ? 私、そんなの知りません」
リュシアンに会ったのは、この王太子妃選考会が初めてだ。王太子が領地に来るなんて、領主にとっては一大イベントなのに。
「父上が出迎えを拒否しましたからね」
「どうして?」
「これ以上、王家の問題にノワゼル家を巻き込まないためです」
愁いを帯びた瞳で、リュシアンは生ハムメロンを頬張る。
「もしかして、リュシアン様と陛下は……」
「ええ。エレナのお爺様が冤罪であることは知っています」
やはり、そうなのか。祖父の日記にも、それらしきことは書かれていた。国王の発言からも、そんな気はしていた。
「冤罪を証明出来そうなものを見つけたのです。これで敵対貴族にも立ち向かえます」
胸の前で拳を握り締めると、リュシアンは小さく笑う。
「無茶しないように、俺が見ていますね」
「頼もしいです」
リュシアンが一緒なら、何でもできそうな気がしてくる。熱くなる頬を気にしながら、ホタテのマリネを口へと運んだ。
ちょっとしたことを閃き、口にしてみる。
「そうだ、夜になったら薔薇庭園に行きませんか?」
「良いですよ」
リュシアンが私をオリヴィアやスイートムーンに例えてくれたように、私もリュシアンの薔薇を見つけてあげたいのだ。にこやかに微笑むリュシアンに、胸がときめいた。
* * *
残酷にも、優しい時は過ぎていく。夜も深まり、薔薇のアーチをくぐる。薔薇のほんのりとした香りが涼しい風に運ばれてやってくる。今日も夜の小さな生き物たちは元気なようだ。時折、鳴き声が聞こえてきた。
月明りに照らされるリュシアンは、いつものごとく眉目秀麗だ。特別なことをするわけでもないのに見惚れてしまう。
私の視線に気づいたのだろう。リュシアンは視線を私に向け、そっと口角を上げる。
「どうしました?」
「美しいな、と思ったのです」
正直に話すと、リュシアンの頬は桜色に変わった。
「俺が、ですか?」
「はい」
「ありがとうございます」
照れさせてしまっただろうか。感謝の言葉は囁き声のように小さかった。
可憐に花を咲かせる薔薇たちに視線を移し、リュシアンを思わせる花を探す。色は決まっているのだ。太陽のように明るい黄色がよく似合う。あくまでも、第一印象では。
「さぞ辛かったでしょう。傍にいてあげられなくて申し訳ありません」
「いえ、気になさらないでください。襲撃事件の後、リュシアン様には事実が伏せられていたのではありませんか?」
「そうなのですが……」
言い淀む様子からして、リュシアンは納得していないのだろう。事件を知る由もないのに、気に病む必要なんてない。
「リュシアン様、笑ってください。明るい笑顔が一番お似合いです」
作り笑いなんかではなく、心の底からの笑顔だ。
先んじて私が笑顔を作り、リュシアンに向ける。しかし、彼には苦笑いを返されてしまった。
「エレナは強いですね」
「強くはありません。強がりなだけです」
私の口から「ふふっ」と笑い声が漏れる。リュシアンは愛おしそうに目を細めた。
「やはり、俺が傍にいないと駄目ではありませんか」
二人きりになると、リュシアンは自分のことを『俺』という。ちょっとしたギャップに、僅かに驚いてしまった。
「否定はしません」
今度こそ、二人で笑い合う。心は久しぶりに波は立っておらず、穏やかだ。それもリュシアンのお陰だろう。
紅茶をいただき、ほっと一息つく。それも束の間、リュシアンは緊張感のある面持ちで私を見る。
「明日、母上の奪還作戦に赴きます。俺は指揮官を務める予定です」
カップを持つ手が震えた。そうだ、二日後に王妃奪還作戦が行われると国王の書状にも記されていたではないか。王妃の息子であるリュシアンが重要な役割を与えられるのが順当だろう。
それにしても、心構えが出来ない。
「リュシアン様に危険はないのですか?」
「相手も傭兵を雇っていますからね。多少の怪我は覚悟しています」
多少の怪我で済むだろうか。また大怪我でも負わされたら――考えるだけでぞっとする。身震いしながらカップをテーブルに置き、リュシアンの方へと座り直した。
「絶対に、無事に帰ってきてください。大怪我なんてしたら、私が許しませんから」
「心得ておきます」
今、リュシアンの心は不安と恐怖でいっぱいだろう。私が支えなくては。リュシアンの手を握り、その肩に寄りかかる。
「……今日はずっと一緒にいてください。エレナがいなくては、どうにかなってしまいそうです」
「勿論です」
私も今日は離れたくない。自身に降りかかった恐怖と、リュシアンに降りかかるであろう脅威から逃げるように、視線を落とした。
時間はいつもよりもゆっくりと進む。リュシアンと一緒にいられる幸福感からなのか、それとも安心感からなのか。どちらにせよ、一人では味わえなかった感覚だ。昼食も一緒に摂り、会話に花を咲かせる。
「実は俺、ノワゼルの領地に行ったことがあるのですよ」
「えっ? 私、そんなの知りません」
リュシアンに会ったのは、この王太子妃選考会が初めてだ。王太子が領地に来るなんて、領主にとっては一大イベントなのに。
「父上が出迎えを拒否しましたからね」
「どうして?」
「これ以上、王家の問題にノワゼル家を巻き込まないためです」
愁いを帯びた瞳で、リュシアンは生ハムメロンを頬張る。
「もしかして、リュシアン様と陛下は……」
「ええ。エレナのお爺様が冤罪であることは知っています」
やはり、そうなのか。祖父の日記にも、それらしきことは書かれていた。国王の発言からも、そんな気はしていた。
「冤罪を証明出来そうなものを見つけたのです。これで敵対貴族にも立ち向かえます」
胸の前で拳を握り締めると、リュシアンは小さく笑う。
「無茶しないように、俺が見ていますね」
「頼もしいです」
リュシアンが一緒なら、何でもできそうな気がしてくる。熱くなる頬を気にしながら、ホタテのマリネを口へと運んだ。
ちょっとしたことを閃き、口にしてみる。
「そうだ、夜になったら薔薇庭園に行きませんか?」
「良いですよ」
リュシアンが私をオリヴィアやスイートムーンに例えてくれたように、私もリュシアンの薔薇を見つけてあげたいのだ。にこやかに微笑むリュシアンに、胸がときめいた。
* * *
残酷にも、優しい時は過ぎていく。夜も深まり、薔薇のアーチをくぐる。薔薇のほんのりとした香りが涼しい風に運ばれてやってくる。今日も夜の小さな生き物たちは元気なようだ。時折、鳴き声が聞こえてきた。
月明りに照らされるリュシアンは、いつものごとく眉目秀麗だ。特別なことをするわけでもないのに見惚れてしまう。
私の視線に気づいたのだろう。リュシアンは視線を私に向け、そっと口角を上げる。
「どうしました?」
「美しいな、と思ったのです」
正直に話すと、リュシアンの頬は桜色に変わった。
「俺が、ですか?」
「はい」
「ありがとうございます」
照れさせてしまっただろうか。感謝の言葉は囁き声のように小さかった。
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