優しすぎる王太子に妃は現れない

七宮叶歌

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第16章 解ける糸

解ける糸Ⅲ

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 国王は冷めた目でベルファール伯爵を見ると、「ふむ……」と資料を一枚捲る。

「この件に関してだけでも、貴殿を精査しなくてはならないが……。本題は冒頭で話した傷害事件である」

 国王の瞳は私を向き、そっと微笑んでくれた。

「エレナ、証言してくれるかな? あの夜にあったことを、全て」

「はい」

 真相は私が握っている。全てを明らかにして、まずは私の冤罪を晴らさなくてはならない。緊張に震えながらも、声を振り絞る。

「あの夜、私は寝込みを襲われました。逃げていなければ、確実に殺されていたでしょう。金髪の執事が部屋にやって来て――」

 一つ一つ思い出しながら、なんとか言葉にしていく。思い出すだけで怖かったけれど、隣にはリュシアンがいてくれる。不安が表に出れば、リュシアンに目配せをした。力強く頷いてくれるだけで勇気をもらえた。
 証言を終えると、傍聴席は息を呑んでいた。それだけの恐怖体験だったのだろう。

「執事は事件後、行方をくらましている。故に、どうもその執事は信頼に足らぬ」

 国王は首を横に振り、現状を嘆く。

「それが、私にどのような関係が? 私はどうしてここに呼ばれたのです?」

「貴殿が一番良く分かっているだろう、ベルファール伯爵」

 国王は威圧感のある声で言い、ベルファール伯爵を睨む。

「あやつを連れてきなさい」

 控えていた騎士がドアの向こうへと消える。戻ってきた時には、一人ではなかった。もう一人は――あの夜に見た犯人の執事だ。
 突然の対面に、息が止まりそうになる。リュシアンの手を握ると、しっかりと握り返してくれた。

「この執事はベルファール伯爵家にいたところを捕らえたのだ。どう説明する?」

「ただ、その場にいただけでしょう。私の家の執事とは限りますまい」

「それがそうとも言えないのだ」

 国王は咳払いをし、資料に目を通す。ベルファール伯爵にはもう余裕はない。

「やってきた客人に茶を出す他家の執事がどこにいる?」

「客人とは?」

「傍聴席の最前列にいる私の参謀だ」

 傍聴席へと目がいった。そこには、私のお披露目の時に国王を庇ったあの男性が座っていたのだ。彼の目は鋭くベルファール伯爵を貫いている。

「……いつの間に私の屋敷へ? 私は出迎えておりませんが」

「貴殿が留置されている間に、家宅捜索を行いましてね」

「……私に無断で、ですか?」

「断る理由もあるまい」

 その意気だ。ベルファール伯爵を追い詰めてしまえ。逆風がベルファール伯爵を襲い始め、思わず口元が緩む。
 それをベルファール伯爵は見逃さなかった。舌打ちをし、氷のような瞳で私を凄む。思わず後ずさりしてしまった。

「エレナを威嚇してどうするのです」

「……そのような気は毛頭ありません」

 では、今の態度は何なのだろう。怒りが湧いてきたけれど、ぶつけるところもなく歯を食いしばる。

「そのエレナへの執着……今回の傷害事件を起こした動機に関連しているように見えますな」

「執着など」

「言い訳は聞き飽きた」

 国王は木槌を一度振り下ろす。鋭い音が響くと、会場の空気は更に張り詰めた。

「その者、あの夜にあったことを証言しなさい。なお、ベルファール伯爵の口出しは無用だ」

 精魂尽きた様子の執事は、騎士によって無理やり証言台に立たされた。お願いだから真実を語って。そう祈らずにはいられない。

「私は、王太子妃候補を殺すようにと密命されました。それが出来なければ、冤罪に持っていければ良いと」

「何故だ?」

「王太子妃となって、ノワゼルを復興させることは許さない。なんとしてでも阻止せよ、と」

「それで凶行に及んだと?」

 執事は言葉ではなく、頷いて肯定を示す。

「侍女に王太子妃候補の部屋を聞き出し、下調べを済ませていました。共犯の侍女からナイフを受け取り、部屋に侵入、あとは王太子妃候補が話した通りです」

「何故、現場からナイフが消えた?」

「混乱の最中に、共犯の侍女が持ち出したのでしょう」

 やはり、凶器は存在したのだ。私の見間違えなんかではなかった。
 事件の辻褄が噛み合っていく。心で絡まっていた糸が解けるようだ。

「ベルファール伯爵、弁明はありますかな?」

「……役立たずが」

 吐き捨てられた言葉に、執事は震え上がる。顔色も青くなり、その場に崩れ落ちてしまった。

「ここは裁きの場だ! 暴言は許さぬぞ!」

「申し訳ございません」

 ベルファール伯爵はしらっと述べると、何かを考えるように瞼を瞑った。

「傍聴席にいる諸君らも、誰が悪か、理解に及ぶだろう」

 国王は資料を捲り、咳払いをする。

「ベルファール伯爵が事件を起こしたのは今回が初めてではないようだな」

「……どういう意味です?」

「十数年前の暴動でのこと、前ノワゼル伯爵のこと、忘れたとは言わさぬぞ」

 やはり、祖父の冤罪にはベルファール伯爵が関係している――国王の証言で確信した。しかも、暴動にも絡んでいるとはどういうことだろう。先が気になり、国王を急かすように見た。

「前ノワゼル伯爵の罪状はこうだったな。『スパイを送り、隣国の使節と会い、書簡を渡した』という状況証拠だけでの有罪」

「それが事実なら、スパイ容疑に変わりはないでしょう」

「問題は内容なのだ」

 騎士は何やら大きな木箱を手に国王へと近付いた。国王はそれを受け取ると、蓋を開ける。私が持ってきた、隣国からの返書もその中に入っているのだろうか。胸が高なって仕方がない。
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