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第一部『人界の秩序と魔界の理屈』
転換期は訪れた
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レイチェルは夢中になってその場から逃げ出していた。今回ルイスがたまたま現れたのは運が良かったからだ。
そうでなければ自分はあの像の怪物によってその命を散らされることになっていただろう。
レイチェルは町長の家へと戻り、コクランの姿を探していく。
「コクラン様ッ! コクラン様ッ! 」
レイチェルは二階へと駆け上がり、コクランの名前をひたすら呼び続けていた。介抱を任せていたルイスが離れたというのならば今頃コクランは必死になって拭い取りにくい泥を一人で汚しているに違いない。
そんな主人をレイチェルは放っておけなかった。必死になって捜索に励んでいると、二階の角にある物置部屋から声が聞こえてきた。
恐らく自身の主人はそこに隠れているのだろう。レイチェルは声を頼りに物置部屋へと向かっていた。
物置部屋は物置部屋と称するだけのことはあり、多くの物が詰め込まれていた。
雑貨品やら日用品の他にも武器や宝石といった通常ならば置かないような物が沢山置いてあった。その中でも一番あり得ないと考えたのは樽の中に詰め込まれた水が置いてあったことだ。水が置かれる場所は本来であるのならば調理場の近くに置かれるはずだ。少なくともレイチェルの家やリーデルバウム王国城の調理場ではそう置かれていた。
他の建物ならばあり得ない場所に水が置かれている理由は簡単だった。町長の家には調理場がないのだ。しかしここでまた矛盾が生じてしまう。
調理場がないのならば水が置かれているというのも奇妙な話だ。
だが、レイチェルはすぐに思い直した。恐らく家人がここから樽の蓋を開け、水を飲むのだろう、と。
水の入った樽が置かれているような部屋であるから他にも物置部屋には実に多くの物が山のように積まれていた。
良く言えばオールマイティ。悪く言えば乱雑といったところだろうか。
そんな風に色々な物が山と置かれた部屋であったので、当然本の類も置いてあった。豪華な装丁で閉じられた分厚い本が山のように置かれている。
コクランは一人静かにその山から取り出したと思われる紫色の表紙のあるハードカバーの本を読んでいた。
すぐ側に本の山があるので取り出しやすいのは間違いないだろう。
見ただけで眠くなりそうな本であり、本嫌いのレイチェルからすれば見るだけで避けたくなるようなものだった。
しかし本を窓から照らされる月の光だけで読んでいるということは視力が回復しているということだ。恐らく部屋の中にある水が入った樽を利用したのだろう。
やはり泥や砂を拭い取るには水が一番と昔から決まっている。
レイチェルが声を掛けると、コクランは「よっ」と軽い調子で手を挙げて気さくな様子で返事を返した。
声を掛けるのと同時にコクランは読書へと戻っていく。
「ちょっとッ! コクラン様ッ! そんな呑気なことでいいんですか!?」
レイチェルはルイスが外で必死に戦っているというのにも関わらず、呑気に本を読んであるコクランの腕を必死に揺すって本の世界から現実世界へと引き戻そうとしたが、コクランは本の世界に没頭してしまったようだ。なかなか戻ってこない。
仕方なく溜息を吐き、側でコクランが本を読む姿を眺めていたのだが、キリのいいところにあたったのか、コクランは勢いよく本を閉じた。
「……分かってるよ。あのガキが今頃は大変なことになってるんだろ?」
「えぇ、私を助けるために来てくれたんですよ! 」
「当然だろ?あいつにお前を助け出すように指示したんだからな」
レイチェルは絶句した。まさか、コクランの支持だったとは思いもしなかったのだ。
ルイスは嫌な予感がしたから来たのだと語っていたのでてっきり自発的な意思で来たと信じて疑わなかったのだ。
納得がいかなさそうな顔を浮かべているレイチェルに対してコクランはどうして、そのような指示を出したのかを説明していく。
コクランは蜘蛛の怪物はともかく他の幹部たちをレイチェル一人では押し留められるはずはないとレイチェルが出てきた瞬間から考えていた。
そこで町長の家に戻るなり、ルイスにレイチェルを助けるように指示を出したのだった。
ルイスは光魔法という強力かつ万能敵ともいえる魔法を扱う。そのため足止めを行うのならば一番適切な相手だといってもよかった。
現にこうして喋ることができたり、コクランが本を読むことができたのもルイスが活躍してくれているからだそうだ。
コクランが本を片手に状況を説明していた時のことだ。
「あのぅ、そろそろよろしいでしょうか?」
と、どこからか声が聞こえてきた。レイチェルとコクランが声を探していた。
しばらく辺りを見渡していたのだが、急になんの前触れもなく目の前から黒いワードローブを羽織り、顔には冷たく笑う紳士を模した白色の仮面を被った男の姿が見えた。
仮面の下にある端正な顔を想像させるような綺麗な声で言った。
「そろそろ潮時でしてねぇ。お二方とあともう一人……」
「ルイスか?」
「そうそう、ルイスさんです! 」
「ルイスは今賊どもを押し留めて留守だ」
「おや、そうですか、いえ、なぁにそろそろ我が軍を始めとした各国の軍隊が総攻撃に打って出る頃合いでしてね。伝えておきたかったのですが、残念です」
「ちょっと待て、総攻撃だと?」
「えぇ、我々としてもあまり取りたくはない手段でしたが、あなた方が長時間賊どもの幹部たちを一箇所に集めてくれたおかげでやりやすくなりましてね」
「……待ってください。総攻撃ということは万が一にでも魔族たちが逆上して人質を殺すようなことがあるかもしれないってことですよね?」
レイチェルが声を震わせながら問い掛けた。
「はい、残念ですが、そうなりますね」
仮面を被った魔法師の声のトーンが急に低くなった。しかし本音では悲しいとは思っていないと思う。
この街の内通者にして王国お抱えの魔法師カール・ホップスなら、いいや、庶民の命などなんとも思っていない王族貴族たちならば考えそうなことだ。
コクランは嫌悪感を感じて思わず歯を軋ませた。
それでも逆らえないというのが魔界執行官の辛いところだ。
「そ、そんなのおかしいですよッ! 本来だったら人を守るはずの軍隊が人を攻撃するなんてッ! 」
「……お嬢さん。何か勘違いをなされているようなので説明させていただきますね。本来であるのならば軍隊というのは王族や貴族といった特権階級を守るために存在しているものなのです」
「……あたしだって貴族の生まれですよ。でも、あたしの家では軍隊は市民を守るものだと習いましたけど」
レイチェルは吐き捨てるようにカールに向かって言い放った。
「おや、失礼。そんな見窄らしい服や口調から察して平民の小娘だとばかり思っておりました。いや、まさか貴族のご令嬢とは、これは失礼のほどを」
「ンなことはどうでもいい。テメェら本当に攻撃を繰り出すつもりか?」
コクランの問い掛けに対し、カールは迷うことなく首を縦に動かした。清々しいほどの綺麗な笑顔が今は本当に苛立った。
「まぁ、ともかく、総攻撃はもうそろそろです。総攻撃が終わるまでは精々絶えてくださいな」
カールの口ぶりから察するに時間まで『妖霊軍』の攻撃に耐えられたらそれでよし、駄目だというのならばそれまでだという一種の切り捨て路線が垣間見えた。
「気に食わねぇぜ」
コクランは忌々しげに吐き捨てた。レイチェルも同じ気持ちだった。
それから苛立ちを隠せずにいたが、総攻撃がいつ行われるのかは不明だ。
場合によっては夜明けまで延長されるかもしれない。それまではコクランとルイスが交互で戦い、そして後方支援でレイチェルが背後から弓を放つという手段で耐え抜くしかないだろう。
総攻撃が止むまではそうして耐えるしか他に方法がないのだ。
「……コクラン様」
レイチェルはといえば掛ける言葉が見つからなかった。打ちひしがれた様子をするコクランの気持ちが痛いほどわかった。
それ故に彼女は黙ってコクランの背中を摩り続けていた。
それでもコクランの表情が晴れることはなかった。
そうでなければ自分はあの像の怪物によってその命を散らされることになっていただろう。
レイチェルは町長の家へと戻り、コクランの姿を探していく。
「コクラン様ッ! コクラン様ッ! 」
レイチェルは二階へと駆け上がり、コクランの名前をひたすら呼び続けていた。介抱を任せていたルイスが離れたというのならば今頃コクランは必死になって拭い取りにくい泥を一人で汚しているに違いない。
そんな主人をレイチェルは放っておけなかった。必死になって捜索に励んでいると、二階の角にある物置部屋から声が聞こえてきた。
恐らく自身の主人はそこに隠れているのだろう。レイチェルは声を頼りに物置部屋へと向かっていた。
物置部屋は物置部屋と称するだけのことはあり、多くの物が詰め込まれていた。
雑貨品やら日用品の他にも武器や宝石といった通常ならば置かないような物が沢山置いてあった。その中でも一番あり得ないと考えたのは樽の中に詰め込まれた水が置いてあったことだ。水が置かれる場所は本来であるのならば調理場の近くに置かれるはずだ。少なくともレイチェルの家やリーデルバウム王国城の調理場ではそう置かれていた。
他の建物ならばあり得ない場所に水が置かれている理由は簡単だった。町長の家には調理場がないのだ。しかしここでまた矛盾が生じてしまう。
調理場がないのならば水が置かれているというのも奇妙な話だ。
だが、レイチェルはすぐに思い直した。恐らく家人がここから樽の蓋を開け、水を飲むのだろう、と。
水の入った樽が置かれているような部屋であるから他にも物置部屋には実に多くの物が山のように積まれていた。
良く言えばオールマイティ。悪く言えば乱雑といったところだろうか。
そんな風に色々な物が山と置かれた部屋であったので、当然本の類も置いてあった。豪華な装丁で閉じられた分厚い本が山のように置かれている。
コクランは一人静かにその山から取り出したと思われる紫色の表紙のあるハードカバーの本を読んでいた。
すぐ側に本の山があるので取り出しやすいのは間違いないだろう。
見ただけで眠くなりそうな本であり、本嫌いのレイチェルからすれば見るだけで避けたくなるようなものだった。
しかし本を窓から照らされる月の光だけで読んでいるということは視力が回復しているということだ。恐らく部屋の中にある水が入った樽を利用したのだろう。
やはり泥や砂を拭い取るには水が一番と昔から決まっている。
レイチェルが声を掛けると、コクランは「よっ」と軽い調子で手を挙げて気さくな様子で返事を返した。
声を掛けるのと同時にコクランは読書へと戻っていく。
「ちょっとッ! コクラン様ッ! そんな呑気なことでいいんですか!?」
レイチェルはルイスが外で必死に戦っているというのにも関わらず、呑気に本を読んであるコクランの腕を必死に揺すって本の世界から現実世界へと引き戻そうとしたが、コクランは本の世界に没頭してしまったようだ。なかなか戻ってこない。
仕方なく溜息を吐き、側でコクランが本を読む姿を眺めていたのだが、キリのいいところにあたったのか、コクランは勢いよく本を閉じた。
「……分かってるよ。あのガキが今頃は大変なことになってるんだろ?」
「えぇ、私を助けるために来てくれたんですよ! 」
「当然だろ?あいつにお前を助け出すように指示したんだからな」
レイチェルは絶句した。まさか、コクランの支持だったとは思いもしなかったのだ。
ルイスは嫌な予感がしたから来たのだと語っていたのでてっきり自発的な意思で来たと信じて疑わなかったのだ。
納得がいかなさそうな顔を浮かべているレイチェルに対してコクランはどうして、そのような指示を出したのかを説明していく。
コクランは蜘蛛の怪物はともかく他の幹部たちをレイチェル一人では押し留められるはずはないとレイチェルが出てきた瞬間から考えていた。
そこで町長の家に戻るなり、ルイスにレイチェルを助けるように指示を出したのだった。
ルイスは光魔法という強力かつ万能敵ともいえる魔法を扱う。そのため足止めを行うのならば一番適切な相手だといってもよかった。
現にこうして喋ることができたり、コクランが本を読むことができたのもルイスが活躍してくれているからだそうだ。
コクランが本を片手に状況を説明していた時のことだ。
「あのぅ、そろそろよろしいでしょうか?」
と、どこからか声が聞こえてきた。レイチェルとコクランが声を探していた。
しばらく辺りを見渡していたのだが、急になんの前触れもなく目の前から黒いワードローブを羽織り、顔には冷たく笑う紳士を模した白色の仮面を被った男の姿が見えた。
仮面の下にある端正な顔を想像させるような綺麗な声で言った。
「そろそろ潮時でしてねぇ。お二方とあともう一人……」
「ルイスか?」
「そうそう、ルイスさんです! 」
「ルイスは今賊どもを押し留めて留守だ」
「おや、そうですか、いえ、なぁにそろそろ我が軍を始めとした各国の軍隊が総攻撃に打って出る頃合いでしてね。伝えておきたかったのですが、残念です」
「ちょっと待て、総攻撃だと?」
「えぇ、我々としてもあまり取りたくはない手段でしたが、あなた方が長時間賊どもの幹部たちを一箇所に集めてくれたおかげでやりやすくなりましてね」
「……待ってください。総攻撃ということは万が一にでも魔族たちが逆上して人質を殺すようなことがあるかもしれないってことですよね?」
レイチェルが声を震わせながら問い掛けた。
「はい、残念ですが、そうなりますね」
仮面を被った魔法師の声のトーンが急に低くなった。しかし本音では悲しいとは思っていないと思う。
この街の内通者にして王国お抱えの魔法師カール・ホップスなら、いいや、庶民の命などなんとも思っていない王族貴族たちならば考えそうなことだ。
コクランは嫌悪感を感じて思わず歯を軋ませた。
それでも逆らえないというのが魔界執行官の辛いところだ。
「そ、そんなのおかしいですよッ! 本来だったら人を守るはずの軍隊が人を攻撃するなんてッ! 」
「……お嬢さん。何か勘違いをなされているようなので説明させていただきますね。本来であるのならば軍隊というのは王族や貴族といった特権階級を守るために存在しているものなのです」
「……あたしだって貴族の生まれですよ。でも、あたしの家では軍隊は市民を守るものだと習いましたけど」
レイチェルは吐き捨てるようにカールに向かって言い放った。
「おや、失礼。そんな見窄らしい服や口調から察して平民の小娘だとばかり思っておりました。いや、まさか貴族のご令嬢とは、これは失礼のほどを」
「ンなことはどうでもいい。テメェら本当に攻撃を繰り出すつもりか?」
コクランの問い掛けに対し、カールは迷うことなく首を縦に動かした。清々しいほどの綺麗な笑顔が今は本当に苛立った。
「まぁ、ともかく、総攻撃はもうそろそろです。総攻撃が終わるまでは精々絶えてくださいな」
カールの口ぶりから察するに時間まで『妖霊軍』の攻撃に耐えられたらそれでよし、駄目だというのならばそれまでだという一種の切り捨て路線が垣間見えた。
「気に食わねぇぜ」
コクランは忌々しげに吐き捨てた。レイチェルも同じ気持ちだった。
それから苛立ちを隠せずにいたが、総攻撃がいつ行われるのかは不明だ。
場合によっては夜明けまで延長されるかもしれない。それまではコクランとルイスが交互で戦い、そして後方支援でレイチェルが背後から弓を放つという手段で耐え抜くしかないだろう。
総攻撃が止むまではそうして耐えるしか他に方法がないのだ。
「……コクラン様」
レイチェルはといえば掛ける言葉が見つからなかった。打ちひしがれた様子をするコクランの気持ちが痛いほどわかった。
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