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第一部『人界の秩序と魔界の理屈』
コミューン 妖霊
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「もし、このコミューンに名を付けるとするのならばどんな名前がいい?」
ラルフは占領が完了した日の初日にアンドリューやマイケルといった幹部たちに向かって何気なしに問い掛けた。ここまで難しい議論ばかりが机の上で繰り広げられてきたので、息抜きがてらに全員が気楽に考えられるような質問をしたかったのだろう。
そんなラルフの意図が分かってか、集まった幹部たちは思わず笑いを溢していた。
「まぁ、無学なおれでも格好いいと思えるような名称があったら頼むよ。本当になんでもいいんだ」
ラルフは苦笑いを浮かべながらもコミューンの名前を頼むことだけは忘れていなかったらしい。
それから後は幹部たちによって多くの名前が挙げられていく。だが、そのどれもが決定打に欠けていた。
ラルフが名前に関してどれがいいかと頭を悩ませていた時のことだ。
しばらく腕を組んで考え込んでいたアンドリューが勢いよく手を挙げ、意味のある言葉を提言した。
「では、同志ラルフ、こんな言葉はいかがでしょうか?『妖霊』という言葉です」
「『妖霊』?」
アンドリューによれば『妖霊』という言葉の意味はもののけや化け物、妖怪を意味する言葉である。意味として使われる言葉は全て人間たちが自分たち魔族に対して使う蔑称のことだという。
当然他の幹部たちから自分たちを卑下するような名前に反感を買った。どうしてわざわざ人間たちが蔑称として使う言葉を自分たちのコミューンに対して使うのかが理解できなかったのだ。
その蔑称を意味する言葉をわざわざ使うということにラルフは面白みを感じていた。
「おれは面白いと思うぜ。人間との交渉がいよいよ切羽詰まってきた時にこの名前を名乗ろう」
「そうですね。同志」
自分でこの名前を考え付いたアンドリューは得意げな笑みを浮かべていた。
自分たちのリーダーであるラルフが決めたことだ。幹部たちの間には異論がなかった。
自分たちにとって一つの町を占領することで築き上げたコミューンの名称は『妖霊』で決まることになった。
だが、そこにマイケルが手を挙げて更なる一言を加えた。彼もアンドリューが提示した『妖霊』という名称に反対の意見を持つ一人だった。マイケルは人間たちを怯えさせるのに必要だという理由で『妖霊』という名称の後に『軍』という名称を付け加えてはどうかと提案したのだ。
このマイケルによる修正案は可決され、コミューンの正式名称は『妖霊軍』ということになった。
その名称に不満を覚えていた一部の幹部たちも『軍』という名称を付け加えることによって人間たちからの崇敬の念を集められるという意見には同調の意見を示し、結果として幹部内からは異論というものが消えていくことになった。
こうして幹部間の間では後にコミューンが独立勢力として認めれた際に名乗る名称は『妖霊軍』であるということは間違いないものとなったのだ。
今はまだ指導者と幹部たちしか知らないということもあり、この名前を名乗っている者たちも少ないが、そのうち人間ともっと大々的な交渉を行うようになれば、末端の構成員にも全員が『妖霊軍』と名乗るようになるだろう。
そして後の世には『妖霊軍』こそが人界に住まう魔族を解放した英雄たちと褒め称えられることになるだろう。
これは偉業なのだ。その規模を敢えて比較するのならば荒れ果てた魔界を百年にわたる戦争の末に統一を果たした初代魔王『アルガザルド一世』に肩を並べるほどの功績にも匹敵する。
そんな仲間たちの淡い期待は子どもが遊びで作った砂の城を壊すかのようにあっさりと壊されてしまった。
ラルフは決闘の末に魔界執行官の前に敗北し、後継者となるはずだったアンドリューは魔界執行官の手によって予想だにしない方法で葬られてしまった。
そのため今は自分が魔界執行官を葬り去り、不遇の死を遂げた指導者とその後継者候補の仇を取って幹部たちを纏め上げるしか他に方法がないのだ。
だが、そんな淡い希望も弓を持った人間の女の手によって阻まれてしまう。
人間の女は魔界執行官の男を町長の家の中へと逃し、代わりに自らが矢をとってマイケルと対峙している。
顔に泥を喰らって戦えなくなった男の代わりを務めるつもりなのだ。
面白い。やる気か、人間風情が。マイケルは心の中でそう吐き捨ててから人間の女を始末しようとした時だ。
その前に像の姿をした怪物がマイケルを押し除けた。
「待てよ、マイケル、この女はおれに殺らせろ」
「チッ、テメェに譲る気はねぇよ。ジェイク。すっこんでろよ」
「よく言うよ、魔界執行官の奴を取り逃したのはどこのどいつだ?」
そのの言葉を聞くとマイケルはすごすごと引いた。代わりに現れた像の姿をした怪物の名前はジェイクというらしい。ジェイクは怯える人間の女ーーレイチェルへと迫っていく。
「おい、お前の相手はおれだ。どこからでも掛かってこい」
ジェイクは武器を構えることもなく言ってのけた。確かにジェイクは像の姿をしたエレンボス族という種族に属する怪物で、優れた体格を持っていた。
像の象徴ともいえる長い鼻に、巨大な耳が左右に広がっているのも見えた。
鼻も耳も、そして顔も立派な灰色の体毛に覆われていることも理解できた。
あれ程までに大きくて優れた体格をレイチェルはこれまでの人生で見たことはない。
恐らく、体には立派な鎧の下には並外れて優れた腹筋が隠れているに違いない。
レイチェルからすれば顔を見ずに体だけを見れば思わず飛び付きたくなるような体だという印象を受けた。
実に素晴らしい体である。
しかしそんな立派な顔や体があることを差し引いても弓を構えるレイチェルの前で武器もなしに立ち塞がる姿は自殺行為であるとしか思えなかった。
「さっさと射ろよ」
ジェイクは挑発するように言った。だが、まだ矢は引いていない。
下唇を噛み締めながらジェイクの狙いが何であるのかを考えていた。
しかし呑気にジェイクの意図を考える余裕はないみたいだ。
レイチェルはジェイクの隣でこちらを六つの瞳で忌々しげに睨んでいるマイケルの姿や周りにいる他の幹部たちを見据えながらそう確信した。
レイチェルは迷うことなく矢を放った。すると、どうだろうか。レイチェルの矢はジェイクの体をすり抜けていく。
一瞬レイチェルは自身の目がおかしくなったのかと錯覚し、思わず目を拭った。そんなレイチェルを笑う声が聞こえてくるのと同時にジェイクの体が液状化していくのが見えた。
どうやらこれが答えであったらしい。自身の体を液状化させて矢が直撃するのを防いでいたというのが答えのようだ。
目の前で起きたことが信じられずに目を丸くするレイチェルに対してジェイクは胸を張って自身の魔法のことを教えていく。
「おれはな、水魔法の使い手なんだよ。もっともマイケルみたいにただ使うだけじゃあなくて、応用の型にまで水魔法を発展させたんだよ」
水魔法を応用させたということはまだこちらも分からないような手を使ってくるのかもしれない。
レイチェルはジェイクとの戦いに使えるような魔法が自分にあるのかどうかということを考えていくが、それで対応できるのかどうかと言われれば微妙なところだ。
レイチェルはその事実を受け止めると、絶望に打ちひしがれてしまっていた。このまま無惨にもあの像の怪物によってその命を散らされてしまうのかと思っていた時だ。町長の家からルイスが剣を構えて飛び出してきた。
「人界執行官か!?」
ジェイクは剣を構えてルイスの元に斬りかかっていく。
両者の剣が激しく衝突した。
「ルイスッ! 」
レイチェルがルイスに向かって叫ぶ。
「嫌な予感がして家から出てきたんですッ! ここはぼくに任せてレイチェルさんはコクランさんのことを頼みますッ! 」
レイチェルは頷いてコクランの元へと向かっていく。今の自分にはそれくらいのことしかできなかった。
ラルフは占領が完了した日の初日にアンドリューやマイケルといった幹部たちに向かって何気なしに問い掛けた。ここまで難しい議論ばかりが机の上で繰り広げられてきたので、息抜きがてらに全員が気楽に考えられるような質問をしたかったのだろう。
そんなラルフの意図が分かってか、集まった幹部たちは思わず笑いを溢していた。
「まぁ、無学なおれでも格好いいと思えるような名称があったら頼むよ。本当になんでもいいんだ」
ラルフは苦笑いを浮かべながらもコミューンの名前を頼むことだけは忘れていなかったらしい。
それから後は幹部たちによって多くの名前が挙げられていく。だが、そのどれもが決定打に欠けていた。
ラルフが名前に関してどれがいいかと頭を悩ませていた時のことだ。
しばらく腕を組んで考え込んでいたアンドリューが勢いよく手を挙げ、意味のある言葉を提言した。
「では、同志ラルフ、こんな言葉はいかがでしょうか?『妖霊』という言葉です」
「『妖霊』?」
アンドリューによれば『妖霊』という言葉の意味はもののけや化け物、妖怪を意味する言葉である。意味として使われる言葉は全て人間たちが自分たち魔族に対して使う蔑称のことだという。
当然他の幹部たちから自分たちを卑下するような名前に反感を買った。どうしてわざわざ人間たちが蔑称として使う言葉を自分たちのコミューンに対して使うのかが理解できなかったのだ。
その蔑称を意味する言葉をわざわざ使うということにラルフは面白みを感じていた。
「おれは面白いと思うぜ。人間との交渉がいよいよ切羽詰まってきた時にこの名前を名乗ろう」
「そうですね。同志」
自分でこの名前を考え付いたアンドリューは得意げな笑みを浮かべていた。
自分たちのリーダーであるラルフが決めたことだ。幹部たちの間には異論がなかった。
自分たちにとって一つの町を占領することで築き上げたコミューンの名称は『妖霊』で決まることになった。
だが、そこにマイケルが手を挙げて更なる一言を加えた。彼もアンドリューが提示した『妖霊』という名称に反対の意見を持つ一人だった。マイケルは人間たちを怯えさせるのに必要だという理由で『妖霊』という名称の後に『軍』という名称を付け加えてはどうかと提案したのだ。
このマイケルによる修正案は可決され、コミューンの正式名称は『妖霊軍』ということになった。
その名称に不満を覚えていた一部の幹部たちも『軍』という名称を付け加えることによって人間たちからの崇敬の念を集められるという意見には同調の意見を示し、結果として幹部内からは異論というものが消えていくことになった。
こうして幹部間の間では後にコミューンが独立勢力として認めれた際に名乗る名称は『妖霊軍』であるということは間違いないものとなったのだ。
今はまだ指導者と幹部たちしか知らないということもあり、この名前を名乗っている者たちも少ないが、そのうち人間ともっと大々的な交渉を行うようになれば、末端の構成員にも全員が『妖霊軍』と名乗るようになるだろう。
そして後の世には『妖霊軍』こそが人界に住まう魔族を解放した英雄たちと褒め称えられることになるだろう。
これは偉業なのだ。その規模を敢えて比較するのならば荒れ果てた魔界を百年にわたる戦争の末に統一を果たした初代魔王『アルガザルド一世』に肩を並べるほどの功績にも匹敵する。
そんな仲間たちの淡い期待は子どもが遊びで作った砂の城を壊すかのようにあっさりと壊されてしまった。
ラルフは決闘の末に魔界執行官の前に敗北し、後継者となるはずだったアンドリューは魔界執行官の手によって予想だにしない方法で葬られてしまった。
そのため今は自分が魔界執行官を葬り去り、不遇の死を遂げた指導者とその後継者候補の仇を取って幹部たちを纏め上げるしか他に方法がないのだ。
だが、そんな淡い希望も弓を持った人間の女の手によって阻まれてしまう。
人間の女は魔界執行官の男を町長の家の中へと逃し、代わりに自らが矢をとってマイケルと対峙している。
顔に泥を喰らって戦えなくなった男の代わりを務めるつもりなのだ。
面白い。やる気か、人間風情が。マイケルは心の中でそう吐き捨ててから人間の女を始末しようとした時だ。
その前に像の姿をした怪物がマイケルを押し除けた。
「待てよ、マイケル、この女はおれに殺らせろ」
「チッ、テメェに譲る気はねぇよ。ジェイク。すっこんでろよ」
「よく言うよ、魔界執行官の奴を取り逃したのはどこのどいつだ?」
そのの言葉を聞くとマイケルはすごすごと引いた。代わりに現れた像の姿をした怪物の名前はジェイクというらしい。ジェイクは怯える人間の女ーーレイチェルへと迫っていく。
「おい、お前の相手はおれだ。どこからでも掛かってこい」
ジェイクは武器を構えることもなく言ってのけた。確かにジェイクは像の姿をしたエレンボス族という種族に属する怪物で、優れた体格を持っていた。
像の象徴ともいえる長い鼻に、巨大な耳が左右に広がっているのも見えた。
鼻も耳も、そして顔も立派な灰色の体毛に覆われていることも理解できた。
あれ程までに大きくて優れた体格をレイチェルはこれまでの人生で見たことはない。
恐らく、体には立派な鎧の下には並外れて優れた腹筋が隠れているに違いない。
レイチェルからすれば顔を見ずに体だけを見れば思わず飛び付きたくなるような体だという印象を受けた。
実に素晴らしい体である。
しかしそんな立派な顔や体があることを差し引いても弓を構えるレイチェルの前で武器もなしに立ち塞がる姿は自殺行為であるとしか思えなかった。
「さっさと射ろよ」
ジェイクは挑発するように言った。だが、まだ矢は引いていない。
下唇を噛み締めながらジェイクの狙いが何であるのかを考えていた。
しかし呑気にジェイクの意図を考える余裕はないみたいだ。
レイチェルはジェイクの隣でこちらを六つの瞳で忌々しげに睨んでいるマイケルの姿や周りにいる他の幹部たちを見据えながらそう確信した。
レイチェルは迷うことなく矢を放った。すると、どうだろうか。レイチェルの矢はジェイクの体をすり抜けていく。
一瞬レイチェルは自身の目がおかしくなったのかと錯覚し、思わず目を拭った。そんなレイチェルを笑う声が聞こえてくるのと同時にジェイクの体が液状化していくのが見えた。
どうやらこれが答えであったらしい。自身の体を液状化させて矢が直撃するのを防いでいたというのが答えのようだ。
目の前で起きたことが信じられずに目を丸くするレイチェルに対してジェイクは胸を張って自身の魔法のことを教えていく。
「おれはな、水魔法の使い手なんだよ。もっともマイケルみたいにただ使うだけじゃあなくて、応用の型にまで水魔法を発展させたんだよ」
水魔法を応用させたということはまだこちらも分からないような手を使ってくるのかもしれない。
レイチェルはジェイクとの戦いに使えるような魔法が自分にあるのかどうかということを考えていくが、それで対応できるのかどうかと言われれば微妙なところだ。
レイチェルはその事実を受け止めると、絶望に打ちひしがれてしまっていた。このまま無惨にもあの像の怪物によってその命を散らされてしまうのかと思っていた時だ。町長の家からルイスが剣を構えて飛び出してきた。
「人界執行官か!?」
ジェイクは剣を構えてルイスの元に斬りかかっていく。
両者の剣が激しく衝突した。
「ルイスッ! 」
レイチェルがルイスに向かって叫ぶ。
「嫌な予感がして家から出てきたんですッ! ここはぼくに任せてレイチェルさんはコクランさんのことを頼みますッ! 」
レイチェルは頷いてコクランの元へと向かっていく。今の自分にはそれくらいのことしかできなかった。
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