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第一部『人界の秩序と魔界の理屈』
国王陛下の憂鬱
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コクランたちがテントの中で作戦を練っていた頃だ。マイケルは玉座の間で残された中年の男性王族を相手に遊んでいた。
もっとも子どもがやる遊戯の類ではない。相手を痛ぶるという最悪の遊びを行なっていたのだ。
まず、捕らえた王族の一人の目に泥を放って目を防ぎ、それを武器を持った仲間たちに追い回させるのだ。
もちろん、実際に武器で殺したりはしない。先端で軽く突いて痛がる姿を楽しむだけだ。その時に整えた茶色の髪に埃が付着したり、絹でできた高価な服が転倒によって汚れる姿などを楽しむのだ。
今のマイケルは差し詰め皇帝そのものだった。絶対的な独裁者たる皇帝が奴隷をいたぶって楽しんでいるという図が今のマイケルには一番当てはまるのではないだろうか。
そんな周囲からの感情も読み取ることなく、追い詰められた末に地面の上で苦しむ王族に対してマイケルはその腹を勢いよく蹴り飛ばしていく。
「どうだッ! テメェらが馬鹿にしてた魔族に腹を蹴られる気分はよぉ!! 」
しかし王族は答えない。いや、答えることができなかったというべきだろう。
これまで見下ろしていたはずの存在である魔族から好き放題に腹を殴られ、喋ることもできずにいたのだ。
マイケルは痛みで震えている王族の頭を無理やり引っ張り上げると、そのままバルコニーへと引き摺っていく。
ここで王族を地面の上に落とせば不利になるのは十分に分かっている。
もし、今マイケルが虐待している王族がバルコニーから落ちるようなことがあれば各国君主の名代として軍を率いている各地の貴族諸侯たちは怒りに燃え上がるに違いない。
自分が仕える王とその王族とを重ねてしまうから貴族というものは厄介なのだ。
そのことは資料で読んでよく知っている。
それ故にマイケルはやつれ切った王族の顔をバルコニーから覗かせるだけだった。
だが、そうであったとしても包囲網を敷いている司令官格の貴族たちを挑発するのに十分だった。
誇りも権威もなく、大きな声で助けを請う王族の姿を見て、諸侯たちは怒りに燃え上がった。
これは不味いと思うだろうが、実はこれこそがマイケルの計画のうちだった。これで翌日も攻撃を仕掛けてくるだろう。計画が上手く運び、マイケルは心の中でほくそ笑んでいた。
それから後になり、生贄にされていた哀れな王族を解放した。それから後であったが、息を吐く暇もなかった。
マイケルは他の仲間たちと翌日の打ち合わせを終え、必要な書類に目を通していく。そして必要な箇所に自身のサインを記してから自室として使っている国王の寝室へと戻っていく。
やっていることは歴史の本で読んだ戦時における国王たちの日常と同じだ。
しかしこれまでの人界の歴史において魔族の国王が即位したことはない。マイケルも今は国王と大っぴらにこそ名乗ってはいないが、いずれ交渉においては自分が他の仲間たちを差し置いてまとめ役、すなわち王の役割を担うということは分かっていた。
そう考えた時マイケルは国王の衣装に身を包んだ自身の姿を想像していく。魔族の国王に人間の臣下たちが跪いていくのは本当に愉快だった。
マイケルが笑いを漏らしていた時のことだ。扉を叩く音が聞こえてきた。
あの景色鑑賞会の後に自らの従卒役を買って出てくれた例のトレボレン族の青年だろうか。マイケルが入室を許可すると、そこには自らが捕虜にしたあの麗しの少女、リタの姿が見えた。
「おぉ、よく来てくれたな。ミス・フランシス」
「どうしてもあなたと話したいことがあったから」
リタは扉の前でいつでも逃げ出せるようにドアノブを押さえたまま話を行うつもりらしい。そんな風に警戒心を押し出しながら話すリタの姿を見て、マイケルは忍び笑いを漏らした。
「フフッ、この城は私のものだ。例えその場から逃げおおせたとしてもいずれは捕まってしまうよ」
マイケルは冗談めかした顔で言ったが、リタの方は冗談とは受け取らなかったらしい。険しい顔でマイケルを睨んでいた。
「……その言い方、まるで王様ね。私はさしずめ王様の元に騙されて連れて行かれ、夜伽を拒否している侍女ってところかな?」
「フフッ、面白い。上手い比喩を使うじゃあないか、ミス・フランシス」
この時マイケルは嫌味や怒りを露わにするための前座から笑っていたわけではない。本心から面白くて笑っていたのだ。
それを見たリタは面白くなかったのか、大きな声で笑い続けるマイケルに対して勘違いを是正した。
「比喩じゃあない。あなたは王様そのものだよ。私はあなたを好きになれないから」
「……かもしれんな」
マイケルは敢えてリタの言葉に対して否定の言葉を口に出そうとしなかった。『王様』ということなら先ほど自身も同じことを考えていたからだ。
そんなマイケルに対してリタは淡々とした口調で問い掛けた。
「ねぇ、あなた暴君の末路は知ってる?」
「同志ラルフからよく聞かせてもらったし、オレ自身も本で読んだ。暴君の末路は大抵が悲惨なものだね」
魔界と人界とが交流を結ぶ前、人界のみを唯一の世界としていた時代。魔族ではなく、人が人を憎んでいた時代。
そんな時代には人間だけのドラマが無数に生まれている。一般的な人々からも関心が高い暴君の話もその一つだ。
まず、マイケルは食事ばかりで政務に興味を示さず、大飢饉が訪れたにも関わらず『パンが食えぬのならば牛を食え』などと吐き捨てた国王は怒りに満ちた民衆の炎によって焼かれ、自身の母親もろとも殺されてしまったという話を挙げた。
それから後にも己の贅沢のためだけに高い税金を掛け、自身に非難の目が向くのを恐れ、外国を敵視し続けた国王は皮肉にもその外国の軍隊に国を滅ぼされ、自らの家族もろとも皆殺しにされた話などをリタへと話していく。
「今私が挙げた話を例にすると、私はそういった暴君の定義からは外れていると思うがね?」
「本当にそうかな?名君や凡君は王族にあんな非道な真似はしないし、同じように無闇に戦いを仕掛けたりしないよね?」
リタはあくまでも辛辣だった。鋭い目でコクランを睨んでいる。
「フッ、キミは歴史のにわかだな。各国における初王と呼ばれる奴らは戦を仕掛けて王になったし、敵の捕虜やかつての王族に随分と酷いことをしたと聞くがね」
「……やっぱりあんたは王様になりたいんだね。それだけ力が欲しいんじゃあないのかな?」
マイケルは初王の歴史を持ち出した時にハッとさせられたことを指摘され、改めて自身が「国王」という存在に憧れていることを改めて自覚させられた。
マイケルが心の中で目指そうとしているのは初めて荒れ果てた魔界を統一したアルガザルド一世の存在だろう
人界において初めて魔族の王となり、魔族の国を認めさせる。それがどれ程の偉業となるだろう。
いや、偉業よりも何よりも魔族たちが人間に迫害されることなく、笑い合えるような国が作れる。そうした勢力を作るためには強力な指導者が必要なのだ。
そのことを彼女に知らしめるためか、マイケルは両目を見開いて自身が王になることについての正当性を語っていく。
「かもな。オレは王となり、人々を纏め上げなければならないんだ。わかってくれ」
「分からないね。だってあんたはもう既に権力の海に溺れ掛かってる」
マイケルは答えなかった。いや、正確に言えば答えられなかったと評する方が正しいだろう。
その後に何も言わず考え込む様子を見せるマイケルの姿を哀れと取ったのか、リタは何も言わずに部屋を立ち去った。
リタが消え静まり返った部屋の中でマイケルは一人呟いた。
「権力の海か……」
確かに権力は海のようなものだ。一度入ってしまい、その虜になれば二度とそこから上がることはできない。
権力に取り憑かれてしまうのだ。しかし稀に溺れず、海の中を上手く泳ぐ者もいる。
そうした欲望に負けず、泳ぎ切る人物こそが俗に名君と呼ばれる君主となるのだ。
マイケルは必ずこの闘争を勝ち抜き、権力の海で上手く泳ぎ切る自信があった。
そのためには翌日も戦闘を仕掛け、敵を疲弊させ、第一陣を壊滅させ、交渉に持ちこまなければならない。軍事的な観点から見ても、政治的な観点から見ても間違ってはいないはずだ。
マイケルは寝室から見える窓の景色を眺めながら翌日のことに頭を巡らせていた。
翌日もマイケルの考えた通りにまたしても戦闘が行われることになった。蜘蛛の姿をした魔物が城門から現れ、後続の部隊が続いて包囲網を敷いていた各国の軍隊を襲っていく。
そして城壁からはいつも通り矢や弾丸が降り注がれる。
包囲網を敷いている軍隊は散り散りとなる。昨日と同じような光景だ。
だが、上手く進んでいるにも関わらず、どこか釈然としない思いがあったのも事実だ。
マイケルの不吉な予感は蜘蛛の姿をした魔物の頭に矢が浴びせられたことで現実となった。
矢に攻撃を受けた怪物は統制も取れず、手当たり次第に周囲へと攻撃を始めたのである。その中には敵ばかりではなく、味方も含まれていた。
「な、ば、バカな!?」
マイケルは思わず両目を丸くしていた。
矢を当てたのは恐らくレイチェルだ。やぶれかぶれとばかりに必死になり、矢を放ったのか、はたまたこうなると計画して当てたのかは分からない。
だが、これによって戦線が崩れたのも事実だ。
「人間の女め、どこまで邪魔をする気だ」
マイケルは苛立ちを隠し切れず、バルコニーの上で一人、怒りに震えていた。
味方は退却を始めている。その隙を狙って、背後に矢を射始めていた。
どうやら二日目にして暗雲が立ち込めてしまったらしい。
計画が大きく狂ってしまったことにより、マイケルは怒りに支配され、思わず罪のない城の壁に八つ当たりを行ってしまった。
もっとも子どもがやる遊戯の類ではない。相手を痛ぶるという最悪の遊びを行なっていたのだ。
まず、捕らえた王族の一人の目に泥を放って目を防ぎ、それを武器を持った仲間たちに追い回させるのだ。
もちろん、実際に武器で殺したりはしない。先端で軽く突いて痛がる姿を楽しむだけだ。その時に整えた茶色の髪に埃が付着したり、絹でできた高価な服が転倒によって汚れる姿などを楽しむのだ。
今のマイケルは差し詰め皇帝そのものだった。絶対的な独裁者たる皇帝が奴隷をいたぶって楽しんでいるという図が今のマイケルには一番当てはまるのではないだろうか。
そんな周囲からの感情も読み取ることなく、追い詰められた末に地面の上で苦しむ王族に対してマイケルはその腹を勢いよく蹴り飛ばしていく。
「どうだッ! テメェらが馬鹿にしてた魔族に腹を蹴られる気分はよぉ!! 」
しかし王族は答えない。いや、答えることができなかったというべきだろう。
これまで見下ろしていたはずの存在である魔族から好き放題に腹を殴られ、喋ることもできずにいたのだ。
マイケルは痛みで震えている王族の頭を無理やり引っ張り上げると、そのままバルコニーへと引き摺っていく。
ここで王族を地面の上に落とせば不利になるのは十分に分かっている。
もし、今マイケルが虐待している王族がバルコニーから落ちるようなことがあれば各国君主の名代として軍を率いている各地の貴族諸侯たちは怒りに燃え上がるに違いない。
自分が仕える王とその王族とを重ねてしまうから貴族というものは厄介なのだ。
そのことは資料で読んでよく知っている。
それ故にマイケルはやつれ切った王族の顔をバルコニーから覗かせるだけだった。
だが、そうであったとしても包囲網を敷いている司令官格の貴族たちを挑発するのに十分だった。
誇りも権威もなく、大きな声で助けを請う王族の姿を見て、諸侯たちは怒りに燃え上がった。
これは不味いと思うだろうが、実はこれこそがマイケルの計画のうちだった。これで翌日も攻撃を仕掛けてくるだろう。計画が上手く運び、マイケルは心の中でほくそ笑んでいた。
それから後になり、生贄にされていた哀れな王族を解放した。それから後であったが、息を吐く暇もなかった。
マイケルは他の仲間たちと翌日の打ち合わせを終え、必要な書類に目を通していく。そして必要な箇所に自身のサインを記してから自室として使っている国王の寝室へと戻っていく。
やっていることは歴史の本で読んだ戦時における国王たちの日常と同じだ。
しかしこれまでの人界の歴史において魔族の国王が即位したことはない。マイケルも今は国王と大っぴらにこそ名乗ってはいないが、いずれ交渉においては自分が他の仲間たちを差し置いてまとめ役、すなわち王の役割を担うということは分かっていた。
そう考えた時マイケルは国王の衣装に身を包んだ自身の姿を想像していく。魔族の国王に人間の臣下たちが跪いていくのは本当に愉快だった。
マイケルが笑いを漏らしていた時のことだ。扉を叩く音が聞こえてきた。
あの景色鑑賞会の後に自らの従卒役を買って出てくれた例のトレボレン族の青年だろうか。マイケルが入室を許可すると、そこには自らが捕虜にしたあの麗しの少女、リタの姿が見えた。
「おぉ、よく来てくれたな。ミス・フランシス」
「どうしてもあなたと話したいことがあったから」
リタは扉の前でいつでも逃げ出せるようにドアノブを押さえたまま話を行うつもりらしい。そんな風に警戒心を押し出しながら話すリタの姿を見て、マイケルは忍び笑いを漏らした。
「フフッ、この城は私のものだ。例えその場から逃げおおせたとしてもいずれは捕まってしまうよ」
マイケルは冗談めかした顔で言ったが、リタの方は冗談とは受け取らなかったらしい。険しい顔でマイケルを睨んでいた。
「……その言い方、まるで王様ね。私はさしずめ王様の元に騙されて連れて行かれ、夜伽を拒否している侍女ってところかな?」
「フフッ、面白い。上手い比喩を使うじゃあないか、ミス・フランシス」
この時マイケルは嫌味や怒りを露わにするための前座から笑っていたわけではない。本心から面白くて笑っていたのだ。
それを見たリタは面白くなかったのか、大きな声で笑い続けるマイケルに対して勘違いを是正した。
「比喩じゃあない。あなたは王様そのものだよ。私はあなたを好きになれないから」
「……かもしれんな」
マイケルは敢えてリタの言葉に対して否定の言葉を口に出そうとしなかった。『王様』ということなら先ほど自身も同じことを考えていたからだ。
そんなマイケルに対してリタは淡々とした口調で問い掛けた。
「ねぇ、あなた暴君の末路は知ってる?」
「同志ラルフからよく聞かせてもらったし、オレ自身も本で読んだ。暴君の末路は大抵が悲惨なものだね」
魔界と人界とが交流を結ぶ前、人界のみを唯一の世界としていた時代。魔族ではなく、人が人を憎んでいた時代。
そんな時代には人間だけのドラマが無数に生まれている。一般的な人々からも関心が高い暴君の話もその一つだ。
まず、マイケルは食事ばかりで政務に興味を示さず、大飢饉が訪れたにも関わらず『パンが食えぬのならば牛を食え』などと吐き捨てた国王は怒りに満ちた民衆の炎によって焼かれ、自身の母親もろとも殺されてしまったという話を挙げた。
それから後にも己の贅沢のためだけに高い税金を掛け、自身に非難の目が向くのを恐れ、外国を敵視し続けた国王は皮肉にもその外国の軍隊に国を滅ぼされ、自らの家族もろとも皆殺しにされた話などをリタへと話していく。
「今私が挙げた話を例にすると、私はそういった暴君の定義からは外れていると思うがね?」
「本当にそうかな?名君や凡君は王族にあんな非道な真似はしないし、同じように無闇に戦いを仕掛けたりしないよね?」
リタはあくまでも辛辣だった。鋭い目でコクランを睨んでいる。
「フッ、キミは歴史のにわかだな。各国における初王と呼ばれる奴らは戦を仕掛けて王になったし、敵の捕虜やかつての王族に随分と酷いことをしたと聞くがね」
「……やっぱりあんたは王様になりたいんだね。それだけ力が欲しいんじゃあないのかな?」
マイケルは初王の歴史を持ち出した時にハッとさせられたことを指摘され、改めて自身が「国王」という存在に憧れていることを改めて自覚させられた。
マイケルが心の中で目指そうとしているのは初めて荒れ果てた魔界を統一したアルガザルド一世の存在だろう
人界において初めて魔族の王となり、魔族の国を認めさせる。それがどれ程の偉業となるだろう。
いや、偉業よりも何よりも魔族たちが人間に迫害されることなく、笑い合えるような国が作れる。そうした勢力を作るためには強力な指導者が必要なのだ。
そのことを彼女に知らしめるためか、マイケルは両目を見開いて自身が王になることについての正当性を語っていく。
「かもな。オレは王となり、人々を纏め上げなければならないんだ。わかってくれ」
「分からないね。だってあんたはもう既に権力の海に溺れ掛かってる」
マイケルは答えなかった。いや、正確に言えば答えられなかったと評する方が正しいだろう。
その後に何も言わず考え込む様子を見せるマイケルの姿を哀れと取ったのか、リタは何も言わずに部屋を立ち去った。
リタが消え静まり返った部屋の中でマイケルは一人呟いた。
「権力の海か……」
確かに権力は海のようなものだ。一度入ってしまい、その虜になれば二度とそこから上がることはできない。
権力に取り憑かれてしまうのだ。しかし稀に溺れず、海の中を上手く泳ぐ者もいる。
そうした欲望に負けず、泳ぎ切る人物こそが俗に名君と呼ばれる君主となるのだ。
マイケルは必ずこの闘争を勝ち抜き、権力の海で上手く泳ぎ切る自信があった。
そのためには翌日も戦闘を仕掛け、敵を疲弊させ、第一陣を壊滅させ、交渉に持ちこまなければならない。軍事的な観点から見ても、政治的な観点から見ても間違ってはいないはずだ。
マイケルは寝室から見える窓の景色を眺めながら翌日のことに頭を巡らせていた。
翌日もマイケルの考えた通りにまたしても戦闘が行われることになった。蜘蛛の姿をした魔物が城門から現れ、後続の部隊が続いて包囲網を敷いていた各国の軍隊を襲っていく。
そして城壁からはいつも通り矢や弾丸が降り注がれる。
包囲網を敷いている軍隊は散り散りとなる。昨日と同じような光景だ。
だが、上手く進んでいるにも関わらず、どこか釈然としない思いがあったのも事実だ。
マイケルの不吉な予感は蜘蛛の姿をした魔物の頭に矢が浴びせられたことで現実となった。
矢に攻撃を受けた怪物は統制も取れず、手当たり次第に周囲へと攻撃を始めたのである。その中には敵ばかりではなく、味方も含まれていた。
「な、ば、バカな!?」
マイケルは思わず両目を丸くしていた。
矢を当てたのは恐らくレイチェルだ。やぶれかぶれとばかりに必死になり、矢を放ったのか、はたまたこうなると計画して当てたのかは分からない。
だが、これによって戦線が崩れたのも事実だ。
「人間の女め、どこまで邪魔をする気だ」
マイケルは苛立ちを隠し切れず、バルコニーの上で一人、怒りに震えていた。
味方は退却を始めている。その隙を狙って、背後に矢を射始めていた。
どうやら二日目にして暗雲が立ち込めてしまったらしい。
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