【完結】王のための花は獣人騎士に初恋を捧ぐ

トオノ ホカゲ

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1.孤独なオメガ

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「リオン、いるんだろ? ここを開けろ」
 扉の向こうから聞こえてきた男の声に、リオンはびくりと身体を震わせた。村長の息子のジルの声だ。

「遊んでやるからこのドアを開けろ」
 ジルの声とともに、数人の男の笑い声が聞こえる。きっとジルの取り巻きたちも一緒なのだろう。

(どうしよう……。怖い……)

 ジルはこの村で唯一のアルファだった。二か月ほど前、初めて一人きりで過ごす発情期に、リオンは家に押し入ってきたジルに襲われかけた。ジルの取り巻きたちが止めに入って事なきを得たが、その騒動以来、ジルはときどきリオンのところへやってきては暴言をはいたり、暴力をふるうようになったのだ。

 扉をたたく音はだんだん強くなっていく。反応のないリオンに苛立ったように、ジルが大声を出した。

「おいリオン!! このまま出てこないのなら裏の畑に火を付けるぞ! それでもいいのか!?」
 ジルの言葉にリオンは跳ね起きた。

 裏の畑は母親といっしょに丹精を込めて育ててきた思い出の薬草園で、リオンにとっては商売道具でもある。もしそれを焼き払われたら、これからの生活が立ち行かなくなってしまう。それだけは避けなくてはならない。
 リオンは仕方なくよろよろ扉まで近づき、震える手を閂に掛けた。その途端に勢いよく扉が開く。

「やっと開けたか……!」
 目の前には醜悪な顔で笑うジルの顔があった。ひっ、と喉の奥で悲鳴を上げたリオンを押し込むようにして、ぞろぞろとジルたちが家の中に入ってくる。

「よおリオン、久しぶりだな? 何日も家に閉じこもってどうした?」
「ジル……」

 リオンは震えながら後ずさった。ジルは獲物をいたぶるような目でこちらを見下ろし、にやりと笑った。

「そろそろ発情期なんだろ? 可哀そうだから手伝ってやろうと思って来たんだぞ。ありがたく思え」

 ジルどころか取り巻きたちさえも「さすがジルさんだ」「ジルさんに相手にしてもらえるなんてありがたく思え」などとわけのわからないことを言いだし、リオンは必死に首を振った。

「違う、発情期なんかじゃない……それにジル、君のお父さんに二度と近づかないようにと言われているから――」
「うるさい!」

 リオンの言葉を遮ると、ジルはリオンの胸倉を乱暴に掴んで背後のベッドの上に引き倒した。後ろの取り巻きたちに向かって命令する。

「おいお前たち、こいつを押さえていろ」
「なっ……やめ……」

 剣呑な空気にベッドを降り逃げ出そうとしたが遅かった。取り巻きの男たちに手と足を押さえつけられ、リオンは粗末なベッドの上ではりつけにされた。ジルがリオンの上に馬乗りになり、顔を覗き込んでくる。

「はは、ずいぶん痩せたようだな。それに薄汚れていて臭い」

 恐怖に震える顔をじっくりと眺め、ジルはリオンの首元の匂いをくんくんと嗅いで眉をしかめた。それを見ていた取り巻きの男たちが爆笑する。

 あまりの惨めさにリオンの瞳には涙がにじんできた。
 どうしてこんな扱いをされなくてはならないのだろう。悔しくて悲しくて涙が止まらない。

 ジルはしばらく汚いものを見るような目つきでリオンを見ていたが、何を思ったのか、リオンの胸元に手をかけ着ているシャツを力まかせに引きちぎった。

「ひっ……」

 恐怖のあまり顔をひきつらせたリオンを見てジルは笑う。

「粗末な家に、骨と皮だけのみっともない身体。オメガっていうのは惨めだな。こんな暗がりの中で這いつくばっていて、生きる価値なんてあんのか? なあお前ら、どう思う?」

 リオンの白い肌を掌で辿りながら、ジルは取り巻きの男たちに言う。すると、一人の男が思いついたように言い出した。

「ジルさんの番にしてやったらいいんじゃないですか?」
「……何だって? 番に?」
「はい、オメガのうなじをアルファが噛めば番に出来るって聞きましたよ」
「ふーん……。そうか……」

 ジルは少し考えるようなそぶりをしていたが、にやりと笑った。

「そうだな、それもいいかもしれん」
「ジル……な、何を……?」
「リオン、お前を俺の番にしてやる。妾ってことだ。俺が生活の面倒を見てやる代わりに、一生いたぶってやろう。オメガの身分では十分だろう? おい、お前たち、こいつをうつ伏せにしろ。うなじを噛んでみる」
「嫌っ! それだけは……!」

 必死の抵抗もむなしく、リオンは取り巻きの男たちの手によってベッドの上にうつ伏せにされた。そこへジルが乗りかかってくる。
 頭をわしづかみに押さえつけられ、リオンは絶望に涙を流した。生暖かい息が首元へと掛かる。うなじの肌に、固い歯の感触が当てられる――。

 音もなく部屋の中に突風が吹き荒れたのはそのときだった。

 数秒遅れて何かがぶつかり合う激しい音と男の悲鳴が聞こえ、リオンはとっさにぎゅっと固く目を瞑った。

(な、何? 竜巻? 地震? 雷が落ちた?) 

 身を縮めて息を殺すも、衝撃も痛みもなにも襲って来ない。リオンは恐る恐る目を開き、身体を起こした。

「――――え……?」

 目を疑った。
 驚くことに、リオンの身体を押さえつけてはずのジルや取り巻きの男たちが、床にぐったりと倒れていた。そしてその前に一人の見知らぬ男が立っている。
 随分長身で体格の良い男だった。異国風の紺色の足首までの長いマントを身に着け、頭には深々とフードを被っている。

(……誰? この人……?)

 リオンは茫然と、床に倒れたジルたちと見知らぬ男とを見比べた。

 状況から見るに、この男がジルたちの蛮行を止めてくれたのだろう。男はフードを被っていて顔立ちがわからないが、村人の中にこれほど長身の男がいた記憶もなかった。それに服装も村人たちとは明らかに違う。

 リオンが戸惑っている間にも、男は気絶しているジルたちを軽々と抱え、外へと運び始めた。驚くほどの胆力だ。男たちをすべて家の外に放り出すと、ふうと大きなため息をつき、こちらを振り返った。

 フードの奥の灰色の瞳と視線が合う。鋭い視線にこの圧倒的な存在感。リオンは思わずベッドの上で後ずさった。
「い……嫌、こっちに来ないで……」

 リオンのか細い声に、男が目を細めた。それでもゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。リオンは叫んだ。

「こ、来ないで……っ!」
 大声を出したところで、ぐらりと視界が回った。
(……あれ――? 何、これ……)

 斜幕が下りてくるように視界がゆっくりと白く染まっていく。
 食べ物はおろか水さえも口にせず、寒さに震え、ジルたちの行為で恐怖と緊張にさらされていたリオンの身体は限界を超えていた。
 均衡を失った身体がぐらりと傾いていくのをとめられない。

「リオン様!」

 目の前の男が焦ったようにリオンに手を伸ばす。それを視界にとらえながらも、そのままリオンは為すすべもなく意識を手放したのだった。
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