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12.変化
①
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――ピーヒョロロロロ……ピーヒョロロロロ……。
鳥の声が聞こえる。
「――ん……」
眠りの底に沈んでいた意識がゆっくり浮き上がってくる。まるでふわふわの雲の中にいるような気持ち良さに、リオンは目を閉じたままでふふふと微笑んだ。
(なんかいい匂いがするなあ……それにあったかい……)
うっとりとしながら、近くにある温もりに頬を押し付けた。その温かなものはビクンと小さく震え、そしてほんの少し離れていきそうになる。
嫌だ、行かないでと急いで身体ごとすり寄った。でも頬が今度はざらざらの布地に当たってしまい、リオンは「ん~」と唸った。
これじゃない、もっと温かくてふわふわでふかふかで気持ち良いものがあったはずだ。おでこをぐりぐりっと擦り付けながら探ると、ようやく求めていた感触に辿り着いた。
これだ、これが欲しかった、とリオンは満足げな息をつき、頬を温かなふかふかなものに押し付けた。
ごくっと唾を飲み下すような大きな音が耳の間近で聞こえたのはそのときだ。
「ん……?」
目をゆっくり開けると、焦点が合わないくらい近くに肌色の何かが見えた。
「んんん?」
何だこれは――? と目を瞬く。それは褐色の人の肌だった。気が付いた瞬間、リオンは唐突に覚醒した。
「うわあっ!」
慌ててがばっと起き上がった。目の前には頬を赤くし固まったクレイドの顔。そして自分はなんと、仰向けで寝台に横たわるクレイドの腰の上あたりに跨っているではないか。
(な、な、な、なんてことを――!!)
「あわ……あわわ……!」
焦りのあまり変な言葉を呟きながら、リオンは慌ててクレイドの身体の上から下りた。
あれから――昨日の夜、『椅子で寝ます』と遠慮するクレイドを『それじゃ疲れが取れないからダメだよ』と言って強引に寝台に引き込みいっしょに寝たのだった。すっかりそれを忘れ、寝ぼけて抱き着いてしまっていたらしい。
ちらりと様子を伺うと、クレイドは放心したように固まっていた。リオンがシャツの胸元を強引に引っ張ってしまったのか、シャツのボタンがいくつも外れ、発達して盛り上がった胸の筋肉が見えている。
さっき自分が頬を擦りつけていた温かいものはクレイドの胸だったのだ。リオンは悶絶しながら寝台に正座をして、がばっと頭を下げた。
「ごめんなさい! 僕、寝ぼけてクレイドに無体を働いてしまいました!」
「無体……?」
クレイドはそう呟いたきり絶句してしまった。
どうやら無体という言葉が良くなかったらしいと気が付いたがすでに遅い。どうしよう……どうしよう……と焦っていると、クレイドが大きく息をついて起き上がった。背筋を伸ばしリオンと向き合う。
「……謝るのはこちらの方です。起こして差し上げればよかったのですが、なんというか、リオン様があまりにも――」
「……あ、あまりにも?」
リオンは緊張しながら言葉の先を待ったが、クレイドは言いかけた言葉を飲み込むようにぐっと唇を結んでしまう。
「いえ。何でもありません」
「えっ」
結局クレイドはわざとらしく咳ばらいで言葉の先を誤魔化した。
一体何だったのだろうと気になるが、クレイドは気まずそうにしているので、これ以上追求しない方がいいだろう。リオンはそう思い「わかった」と頷いた。
とりあえずこの件はお互いに忘れることにしようと目顔で意志を疎通しあうと、いくらか心が軽くなった。気を取り直して「おはよう」「おはようございます」と挨拶を交わし、寝台から降りる。
昨日の夜、リオンはクレイドの心の裡に初めて触れることが出来た気がした。涙や弱さを見てクレイドのことをさらに好きになったし、クレイドもリオンに対して心を開いてくれたと感じた。
(本当に良かった……クレイドのことも前よりも深く知ることが出来たし、僕の気持ちも素直に伝えることが出来たし)
しかし自分がクレイドに言った言葉の数々を思い出していくうちに、リオンは(あれ……?)と次第に青ざめていった。今になって初めて、自分が告白まがいの言葉を言ったことに気が付いたのだ。
『僕があなたを大事にする』とか『僕があなたを愛する』とか、勢いに任せてすごいことを言ったような気がする。というか確実に言った。言ってしまった……!
(え……え……ってことは、クレイドに僕の気持ちがばれてる……?)
恐ろしい結論に辿り着いて青ざめたとき、窓のそばに立っているクレイドが急に振り返って言った。
「リオン様、見てください。快晴ですよ」
「えっ?」
どきっとしながらも窓の外を見る。確かに清々しい青空だ。
「あ、う……うん、ほんとだね。すごくいい天気だ」
なんとなく目を合わせることが出来ず、リオンは微妙に視線を逸らしながら返事をする。
「昨日の大雨でどうなることかと思いましたが、今日の天気は大丈夫なようですね。朝食を取ったらすぐに出発しましょう」
「うん……」
リオンはクレイドの顔をおずおずと見あげた。クレイドはいつもの穏やかな笑顔でリオンのことをまっすぐに見ている。
(あれ、普通だ……! 良かった、僕の気持ちはばれてないみたい)
ほっと安心してリオンは肩の力を抜いた。
隣の食堂で朝食を食べて(もちろん昨日クレイドが買ってきてくれたチーズのサンドイッチもありがたく頂いた)身支度を整え、宿を出た。
鳥の声が聞こえる。
「――ん……」
眠りの底に沈んでいた意識がゆっくり浮き上がってくる。まるでふわふわの雲の中にいるような気持ち良さに、リオンは目を閉じたままでふふふと微笑んだ。
(なんかいい匂いがするなあ……それにあったかい……)
うっとりとしながら、近くにある温もりに頬を押し付けた。その温かなものはビクンと小さく震え、そしてほんの少し離れていきそうになる。
嫌だ、行かないでと急いで身体ごとすり寄った。でも頬が今度はざらざらの布地に当たってしまい、リオンは「ん~」と唸った。
これじゃない、もっと温かくてふわふわでふかふかで気持ち良いものがあったはずだ。おでこをぐりぐりっと擦り付けながら探ると、ようやく求めていた感触に辿り着いた。
これだ、これが欲しかった、とリオンは満足げな息をつき、頬を温かなふかふかなものに押し付けた。
ごくっと唾を飲み下すような大きな音が耳の間近で聞こえたのはそのときだ。
「ん……?」
目をゆっくり開けると、焦点が合わないくらい近くに肌色の何かが見えた。
「んんん?」
何だこれは――? と目を瞬く。それは褐色の人の肌だった。気が付いた瞬間、リオンは唐突に覚醒した。
「うわあっ!」
慌ててがばっと起き上がった。目の前には頬を赤くし固まったクレイドの顔。そして自分はなんと、仰向けで寝台に横たわるクレイドの腰の上あたりに跨っているではないか。
(な、な、な、なんてことを――!!)
「あわ……あわわ……!」
焦りのあまり変な言葉を呟きながら、リオンは慌ててクレイドの身体の上から下りた。
あれから――昨日の夜、『椅子で寝ます』と遠慮するクレイドを『それじゃ疲れが取れないからダメだよ』と言って強引に寝台に引き込みいっしょに寝たのだった。すっかりそれを忘れ、寝ぼけて抱き着いてしまっていたらしい。
ちらりと様子を伺うと、クレイドは放心したように固まっていた。リオンがシャツの胸元を強引に引っ張ってしまったのか、シャツのボタンがいくつも外れ、発達して盛り上がった胸の筋肉が見えている。
さっき自分が頬を擦りつけていた温かいものはクレイドの胸だったのだ。リオンは悶絶しながら寝台に正座をして、がばっと頭を下げた。
「ごめんなさい! 僕、寝ぼけてクレイドに無体を働いてしまいました!」
「無体……?」
クレイドはそう呟いたきり絶句してしまった。
どうやら無体という言葉が良くなかったらしいと気が付いたがすでに遅い。どうしよう……どうしよう……と焦っていると、クレイドが大きく息をついて起き上がった。背筋を伸ばしリオンと向き合う。
「……謝るのはこちらの方です。起こして差し上げればよかったのですが、なんというか、リオン様があまりにも――」
「……あ、あまりにも?」
リオンは緊張しながら言葉の先を待ったが、クレイドは言いかけた言葉を飲み込むようにぐっと唇を結んでしまう。
「いえ。何でもありません」
「えっ」
結局クレイドはわざとらしく咳ばらいで言葉の先を誤魔化した。
一体何だったのだろうと気になるが、クレイドは気まずそうにしているので、これ以上追求しない方がいいだろう。リオンはそう思い「わかった」と頷いた。
とりあえずこの件はお互いに忘れることにしようと目顔で意志を疎通しあうと、いくらか心が軽くなった。気を取り直して「おはよう」「おはようございます」と挨拶を交わし、寝台から降りる。
昨日の夜、リオンはクレイドの心の裡に初めて触れることが出来た気がした。涙や弱さを見てクレイドのことをさらに好きになったし、クレイドもリオンに対して心を開いてくれたと感じた。
(本当に良かった……クレイドのことも前よりも深く知ることが出来たし、僕の気持ちも素直に伝えることが出来たし)
しかし自分がクレイドに言った言葉の数々を思い出していくうちに、リオンは(あれ……?)と次第に青ざめていった。今になって初めて、自分が告白まがいの言葉を言ったことに気が付いたのだ。
『僕があなたを大事にする』とか『僕があなたを愛する』とか、勢いに任せてすごいことを言ったような気がする。というか確実に言った。言ってしまった……!
(え……え……ってことは、クレイドに僕の気持ちがばれてる……?)
恐ろしい結論に辿り着いて青ざめたとき、窓のそばに立っているクレイドが急に振り返って言った。
「リオン様、見てください。快晴ですよ」
「えっ?」
どきっとしながらも窓の外を見る。確かに清々しい青空だ。
「あ、う……うん、ほんとだね。すごくいい天気だ」
なんとなく目を合わせることが出来ず、リオンは微妙に視線を逸らしながら返事をする。
「昨日の大雨でどうなることかと思いましたが、今日の天気は大丈夫なようですね。朝食を取ったらすぐに出発しましょう」
「うん……」
リオンはクレイドの顔をおずおずと見あげた。クレイドはいつもの穏やかな笑顔でリオンのことをまっすぐに見ている。
(あれ、普通だ……! 良かった、僕の気持ちはばれてないみたい)
ほっと安心してリオンは肩の力を抜いた。
隣の食堂で朝食を食べて(もちろん昨日クレイドが買ってきてくれたチーズのサンドイッチもありがたく頂いた)身支度を整え、宿を出た。
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