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19.花守
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「これはリオンのお披露目のときの衣装だよ」
「僕のお披露目のときの?」
光沢のある滑らかな生地の長衣は純白で、首元は繊細なレースがあしらわれた立ち襟だ。袖と裾はふわりと空気を孕んだように軽やかな作りで、全体に柔らかくも華やかな印象を与えている。
おそらく縫製の途中なのだろう、そばに置かれた文机にはいくつかの木箱と畳まれた布が置いてあった。
「今日やっと形になってきたんだよ。だからリオンに見せたいと思ってね」
オースティンがにこりとほほ笑みながら言う。
「近くで見てもいいですか?」
「もちろん」
近寄って近くで見てみると、生地は見たことのないほどに高級そうな布地なのがよく分かった。肩から胸にかけて金糸で小さな花の刺繍が施されている。蝋燭の光のもとで見るその衣装は、まるで柔らかい光を放っているかのように美しかった。
「すごく……綺麗ですね」
「そうだろう?」
これを自分が身につけるのかと思うと信じられない。気おくれしながら衣装を眺めていると、ふいにオースティンはポツリと言った。
「……これと同じものを着て、兄上も嫁いで行ったんだ」
「え?」
リオンは顔を上げてオースティンの横顔を見た。オースティンは微笑んでいたが、彼の瞳は切なさと悲しみの色が混じっていた。
(ああ、そういえば……)
リオンは以前聞いたオースティンの話を思い出した。ノルツブルクの国についての話をしていたとき、確か二番目の兄が隣の大国に嫁いで行ったと聞いた覚えがあった。
「どんなお兄さんだったんですか?」
「え?」
はっと我に返ったようにオースティンが顔を上げる。
「あの……お兄さんのことを聞きたいです。もしよければ、ですけど……」
自分と同じブルーメだったというオースティンの兄。身一つで知らない国へと嫁いで行った彼は、どれほどの覚悟だったのだろうか。考えるだけで胸が痛くなる。
オースティンはしばらく俯いていたが、やがて「うん」と言って顔を上げた。
「……そうだな。気が強い人だったよ。勝ち気で、小さいころ僕は何度も拳で殴られたこともある」
「えっ」
少し驚いてしまった。王家の血を引くブルーメと聞いていたので、勝手にしとやかな人だと想像していたが、違ったようだ。
「それは……なんというか、ええと、本当に強い人だったんですね」
ああ、とオースティンは苦笑いをする。
「ブルーメでありながら、臣下を束ねて先頭に立って国の政治を取り仕切っていた。国民のためになら何でもすると覚悟を決めていて、僕なんかよりもずっと王の資質に優れた人だった。でもある日突然ギランから兄を求める国書が届いてね……。ギランの王は『炎の大帝』と呼ばれていて、いろいろな噂を持つ人だっただけに周りは反対した。だが、兄は最後まで顔を上げて堂々とこの国を出て行った。……それから三人、ギランの国の王子を産んだそうだよ」
オースティンは笑顔で話を締めくくったが、寂しそうな表情は隠せていなかった。
慕っていた兄を他国に奪われたのだから同然だろう。今の話しぶりからみても、オースティンと兄が交友を続けられているとは考えにくい。
オースティンは孤独なのだ。兄を失ってから、ずっと崩れかけた王座を一人で支えている。それはどれだけ辛いことなのだろうか。
リオンも自分のことをずっと孤独で辛い身の上だと思ってきた。だけどクレイドと出会って、オースティンと出会って、孤独の種類は決して一つではないことを知った。みなそれぞれに、その人だけの孤独と悲しみがあるのだ。
心が締め付けられるようで、リオンはオースティンの腕にそっと触れた。
オースティンがこちらを向く。「どうしたの?」と向けられた笑みは花の蜜が溶けたかのように甘く優しい。
「オースティン、僕は……」
「うん?」
オースティンの笑顔を見ると胸がちくっと痛む。
いまだにクレイドへの気持ちを残しているのに、リオンはオースティンの番になろうとしている。オースティンもそのことを知っていて、その上でリオンに優しい笑みを向けてくれている。それに罪悪感を感じないわけがなかった。
でも、もう迷っていてはだめだ。
自分が番になってこの人を支えるのだ。それが自分に課せられた使命なのだから。
「僕、花守修行頑張りますから」
そう宣言すると、オースティンは眉を下げて笑った。
「……ありがとう。心強いよ」
その笑い方に、もう一度申し訳ないなという気持ちが芽生えかけて、慌ててかき消した。彼の温情に報いなければいけない。
そのときふいに部屋の扉がノックされ、のんびりとした声が廊下から聞こえてきた。
「陛下~、いらっしゃいますか? こちらにおいでだとお聞きしたのですが~」
侍医のドニの声だ。オースティンはリオンと顔を見合わせてから返事をした。
「ああ、ここだ。入れ」
「失礼いたします」
ドニは部屋に入ってくると、リオンを見てにこりとした。
「リオン様もご一緒だと聞いたので、ちょうどよいと思いましてね。逢瀬を邪魔して申し訳ないとは思ったのですが、ご容赦ください」
ドニの飄々とした言葉にオースティンが呆れた顔で苦笑した。
「わかっているなら遠慮願いたかったけどね……それで要件は何?」
「もちろん今後のことですよ。番を結ぶための初夜の儀式のことです」
(――初夜の、儀式)
その言葉にリオンは固まった。オースティンも言葉を失っている。
だがドニだけはいつものペースで、リオンをオースティンの顔を見ながら、「ご存じとは思いますが――」とゆっくりとした口調で説明を始めた。
「僕のお披露目のときの?」
光沢のある滑らかな生地の長衣は純白で、首元は繊細なレースがあしらわれた立ち襟だ。袖と裾はふわりと空気を孕んだように軽やかな作りで、全体に柔らかくも華やかな印象を与えている。
おそらく縫製の途中なのだろう、そばに置かれた文机にはいくつかの木箱と畳まれた布が置いてあった。
「今日やっと形になってきたんだよ。だからリオンに見せたいと思ってね」
オースティンがにこりとほほ笑みながら言う。
「近くで見てもいいですか?」
「もちろん」
近寄って近くで見てみると、生地は見たことのないほどに高級そうな布地なのがよく分かった。肩から胸にかけて金糸で小さな花の刺繍が施されている。蝋燭の光のもとで見るその衣装は、まるで柔らかい光を放っているかのように美しかった。
「すごく……綺麗ですね」
「そうだろう?」
これを自分が身につけるのかと思うと信じられない。気おくれしながら衣装を眺めていると、ふいにオースティンはポツリと言った。
「……これと同じものを着て、兄上も嫁いで行ったんだ」
「え?」
リオンは顔を上げてオースティンの横顔を見た。オースティンは微笑んでいたが、彼の瞳は切なさと悲しみの色が混じっていた。
(ああ、そういえば……)
リオンは以前聞いたオースティンの話を思い出した。ノルツブルクの国についての話をしていたとき、確か二番目の兄が隣の大国に嫁いで行ったと聞いた覚えがあった。
「どんなお兄さんだったんですか?」
「え?」
はっと我に返ったようにオースティンが顔を上げる。
「あの……お兄さんのことを聞きたいです。もしよければ、ですけど……」
自分と同じブルーメだったというオースティンの兄。身一つで知らない国へと嫁いで行った彼は、どれほどの覚悟だったのだろうか。考えるだけで胸が痛くなる。
オースティンはしばらく俯いていたが、やがて「うん」と言って顔を上げた。
「……そうだな。気が強い人だったよ。勝ち気で、小さいころ僕は何度も拳で殴られたこともある」
「えっ」
少し驚いてしまった。王家の血を引くブルーメと聞いていたので、勝手にしとやかな人だと想像していたが、違ったようだ。
「それは……なんというか、ええと、本当に強い人だったんですね」
ああ、とオースティンは苦笑いをする。
「ブルーメでありながら、臣下を束ねて先頭に立って国の政治を取り仕切っていた。国民のためになら何でもすると覚悟を決めていて、僕なんかよりもずっと王の資質に優れた人だった。でもある日突然ギランから兄を求める国書が届いてね……。ギランの王は『炎の大帝』と呼ばれていて、いろいろな噂を持つ人だっただけに周りは反対した。だが、兄は最後まで顔を上げて堂々とこの国を出て行った。……それから三人、ギランの国の王子を産んだそうだよ」
オースティンは笑顔で話を締めくくったが、寂しそうな表情は隠せていなかった。
慕っていた兄を他国に奪われたのだから同然だろう。今の話しぶりからみても、オースティンと兄が交友を続けられているとは考えにくい。
オースティンは孤独なのだ。兄を失ってから、ずっと崩れかけた王座を一人で支えている。それはどれだけ辛いことなのだろうか。
リオンも自分のことをずっと孤独で辛い身の上だと思ってきた。だけどクレイドと出会って、オースティンと出会って、孤独の種類は決して一つではないことを知った。みなそれぞれに、その人だけの孤独と悲しみがあるのだ。
心が締め付けられるようで、リオンはオースティンの腕にそっと触れた。
オースティンがこちらを向く。「どうしたの?」と向けられた笑みは花の蜜が溶けたかのように甘く優しい。
「オースティン、僕は……」
「うん?」
オースティンの笑顔を見ると胸がちくっと痛む。
いまだにクレイドへの気持ちを残しているのに、リオンはオースティンの番になろうとしている。オースティンもそのことを知っていて、その上でリオンに優しい笑みを向けてくれている。それに罪悪感を感じないわけがなかった。
でも、もう迷っていてはだめだ。
自分が番になってこの人を支えるのだ。それが自分に課せられた使命なのだから。
「僕、花守修行頑張りますから」
そう宣言すると、オースティンは眉を下げて笑った。
「……ありがとう。心強いよ」
その笑い方に、もう一度申し訳ないなという気持ちが芽生えかけて、慌ててかき消した。彼の温情に報いなければいけない。
そのときふいに部屋の扉がノックされ、のんびりとした声が廊下から聞こえてきた。
「陛下~、いらっしゃいますか? こちらにおいでだとお聞きしたのですが~」
侍医のドニの声だ。オースティンはリオンと顔を見合わせてから返事をした。
「ああ、ここだ。入れ」
「失礼いたします」
ドニは部屋に入ってくると、リオンを見てにこりとした。
「リオン様もご一緒だと聞いたので、ちょうどよいと思いましてね。逢瀬を邪魔して申し訳ないとは思ったのですが、ご容赦ください」
ドニの飄々とした言葉にオースティンが呆れた顔で苦笑した。
「わかっているなら遠慮願いたかったけどね……それで要件は何?」
「もちろん今後のことですよ。番を結ぶための初夜の儀式のことです」
(――初夜の、儀式)
その言葉にリオンは固まった。オースティンも言葉を失っている。
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