愛とオルゴール

夜宮

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愛とオルゴール

(間話)イネス 1

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 私の父は市場で働く労働者で、母はお針子だった。母の実家は町の一角で小さな縫物の店を営んでいて、私も子供のころから針仕事を教わっていたのだが、手先が器用だったのもあり成長するにつれて腕前が上がっていくと私が刺した刺繡やレースは店の商品として売れるようになっていった。

 そして私の作ったものを買ってくれたことのある侯爵家のメイド達を通して評判を聞きつけた当時の女中頭の目に留まり、侯爵家のお抱えの針子として奥様のドレスなどのちょっとした手直しをしたり、リネンに刺繍をしたりする仕事をしないかというお話を頂くことになった。

 私は貴族のお屋敷で働くことには気後れがあったが、お屋敷に行けばこれまで見ることもできなかったような素材を扱えるようになるだろうという母の勧めもあってその仕事を受けることにした。

 もちろん、侯爵家から頂けると言われたお給金が私が店で働いて得られるものよりもはるかに多かったというのも母や私にとっては魅力だったのだが。

 お屋敷ではしきたりや挨拶の仕方など知らないことばかりで辛い思いをしたこともあるが、他の屋敷に務めたことがあるというメイドに侯爵家の方々は比較的穏やかであり、使用人同士のいざこざも少ないほうだから恵まれているのだと言われるとそんなものかなと思えるくらいにはだんだんと馴染んでいった。

 ある時、私はお屋敷の坊ちゃまのお召し物の手直しをするようにと言われた。

 坊ちゃまはわたしより7つ年下でちょうど10才になられたところだった。奥様や旦那様も使用人に対して声を荒げたりなさらないような方々だったが、坊ちゃまも大人し気な、少し内気そうにもみえるような方だった。

 そのせいか、少しずつ社交の場にでるようになったが同じ年頃の仲の良い友達がいないことをご夫妻も心配しているという話をするメイドもいたが、確かに近くに同じ年頃の子供がおらず、周りの大人たちから可愛がられて育ったことが坊ちゃまのお友達作りに少し影響しているのかもしれない、と私も実際に坊ちゃんのご様子をみていて思った。

 奥様は坊ちゃまを妊娠されるまでに5年かかったそうだし、坊ちゃまは一人っ子でらっしゃるからそれはそれは大切に育てられていた。

 突然外へ出て友達を作れと言われて戸惑っていらっしゃるのだろう。お可哀想だな、早くお友達ができればいいがと陰ながら私も心配していた。

「はあ」

 憂鬱そうなため息に私は作業の手を止めて坊ちゃまを見た。

「申し訳ございません、何か粗相がありましたでしょうか」

「い、いや違う。何も悪くないから作業を続けて」

 成長期の坊ちゃまに合わせて最近は手直しの頻度が上がっていたため、私が坊ちゃまにお会いする機会も増えていた。

「ねえ、友達ってどうやってつくればいいと思う?」

 しばらくして、坊ちゃまがポツリとそう言った。

「僕、友達になれそうな人に出会っても緊張してうまく話せないんだ」

 私は、返事に困った。私などが坊ちゃまとそんな話をしていいものかわからなかったからだ。

「ねえ、皆はどんなふうに友達を作るのかな?」

「……何か共通の話題をみつけて話しかけてみるというのはいかがでしょうか」

「例えば?」

 私は同じ部屋にいる坊ちゃまの側仕えに助けを求めようとしたが彼は聞こえないふりを決め込んでいるようだった。

「例えば、そう、坊ちゃまはよく本をお読みになられてますのでお好きな本の話題はどうでしょう」

「でもいきなりそんなこと話せないよ」

 それはそうだ。私は苦し紛れに続けた。

「どんな本がお好きなのですか?」

 すると、坊ちゃまはよほどお好きなのだろう嬉しそうに話し出した。

「ドラゴンが出てくる話なんだ、ドラゴン使いの少年たちがそれぞれのドラゴンと絆を深めたり共に戦ったりする話。とても人気がある本なんだよ」

「それならきっと他の方々もご存じでしょうね。お友達になりたい方とそのお話をすればよいのではないでしょうか」

「そうだと思うけど、何から話せばいいのかわからないし」

  私は再び側仕えを見たが、彼はもっと何か言えとでもいうような目で私を見ただけだった。

「……それではこういうのはどうでしょうか。私が坊ちゃまの持ち物にお好きなドラゴンの刺繍をします。それをきっかけに本の話に繋げるというのは?」

「ドラゴンの刺繍? いいね、そんなことできるの?」

「挿絵があればできます。それにこういうのにしてほしいと要望を加えていただいても」

「わあ、凄いな。それをきっかけに話ができるかはわからないけれど、刺繍は楽しみだよ」

「あの、それでは見本を頂ければすぐに取り掛かりますので」

「わかった。すぐに届けるよ」

 それからしばらくして、坊ちゃまは私のした刺繍をきっかけに伯爵家の令息と仲良くなり、そこから徐々に他の友達も出来始めたと聞いた。

 楽しそうに友人の話をして友達になった伯爵家の令息のためにもドラゴンの刺繍をしてほしいといわれたり、側仕えから報告が上がったのか奥様からお褒めの言葉を頂いたりということがあって、坊ちゃまも私が仕事をしていると気軽に話しかけてくださるようになっていった。

 私は恐れ多くも坊ちゃまの成長を弟の成長を見るような目で楽しみにするようになっていた。

 その気持ちがいつ頃変わったのかはわからない。たぶん、私より先に坊ちゃまが変わられたのだと思う。

 いつしか坊ちゃまは私のことを一人の女性として好きだと言われ、私はいけないことだとわかっていたがそんな坊ちゃまを拒むことができなくなっていった。
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