愛とオルゴール

夜宮

文字の大きさ
7 / 20
愛とオルゴール

(間話)イネス 2

しおりを挟む
「ねえ、貴女、エヴァンとの子供が欲しいなら産んでいいわ」

 そのお方はとてもとても美しい方だった。

 頭の天辺から足の爪先まで完璧に整えられた、手の届かない美術品のような美しさ。

 同じ女として、比べるのもおこがましい。嫉妬の気持ちなど持ちようがなかった。

 坊ちゃま―――エヴァン様はご結婚なされた。エヴァン様は初め、私以外の女性と結婚はしたくないと言われていたが、そんなことは許されるはずもなかった。

 そして、紆余曲折あった末にエヴァン様の最初のお友達である伯爵家の令息の姉である方が侯爵家に嫁いでこられた。

 私は侯爵家の敷地にある別邸で暮らすことを許された。使用人たちの中には厳しい目を向けてくる人もいたし、私自身、これでよかったのかと自問することがないわけではないが、それでもエヴァン様と一緒にいられることは喜びだった。

 ただ、私はエヴァン様と一緒にいることは許されたが、二人の間に子をもつことは許されていない。エヴァン様は私に申し訳ないと何度も謝ってくれた。

 私は、正直に言えばエヴァン様との子を持ちたいという気持ちを捨てきれなかったが、それでもその思いは捨てなければならないものだとわかっていた。エヴァン様と一緒にいるためのたった一つの条件なのだから。

「もちろん、貴女の子はロートレック侯爵家を継ぐことはできないのよ。それは絶対に覆らない。もし、私がこの先男の子を産めないにしても、既にジェシカがいるわ。

 そしてあの子が子供をもてなくても、エヴァンには父方に何人か従兄弟もいる。彼らは貴族令嬢と結婚しているかする予定でしょうから、そこに男の子が生まれればエヴァンの次の跡継ぎとする。

 だから貴女の子にはどうやっても権利はないの。

 エヴァンは……こう言っては悪いけれど少し甘いところがあるわね。でもお義父様はそうではないわ。親戚たちも黙ってはいない。もちろん、わたくしの実家もね。貴族とは何よりも血筋を重んじるものなの」

 奥様は半年前に第一子であるジェシカ様をお産みになった。羨ましくないと言えば、妬ましくないと言えば嘘になる。

 この偶然の出会いによって、初めて間近に奥様とお言葉を交わすことになってみると実感するのだ。

 その美しさに嫉妬することはなくとも、愛する人との間に子をもった奥様への嫉妬の気持があると。

 だが、それすら奥様の言葉によって別のものへと変わっていった。

「だから貴女が子を持つつもりなら、よくよく肝に命じておかなければいけないわ。エヴァンのことはあてにしないことね。あの人は甘く考えすぎているのよ。

 お義父様は情に厚い方で確かに一人息子であるエヴァンを愛しているわ。だけど、決して家のことを蔑ろにするような方じゃないから、当主としてのエヴァンに見切りをつけることがないとは言えない。

 それを忘れないで。

 子供のことを思うなら貴女は子供を貴族として育てるのではなく平民として育てる必要があります。

 なにも、お金も持たせずに放り出すと言っているんじゃなくて、何れは裕福な平民として一人立ちできるように育てなさいと言っているの。

 貴女の子は侯爵家の跡継ぎだとは決して認められません。それでもいいと、子供は平民として育てるからという決意が持てるなら手遅れになる前に産みなさい」

 私の目を見て奥様は続けた。

「わたくしはエヴァンのことはもとよりエヴァンとの子も愛さない。

 だけれど、わたくしの子供として生まれた者の母親として言います。

 わたくしの子供の権利を奪うことは決して許しません。もしわたくしの言葉を理解せずに子を産んだなら覚悟することね。

 でも、貴女が私の言葉をきちんと理解し実行できるというのならば好きになさい」

 私の心は怒涛のような奥様の言葉によって千々に乱れていたが、理解が及んでくると自然と頭が下がっていった。

 奥様は私に許しを与えてくれたのだ。この家の他の誰も与えることのできない許しを。

 奥様にエヴァン様との最初の子が出来たと知った時、課せられた条件を破ることを考えたこともある。だけど、そうしていなくて良かったと思った。

 許されたから良かったのではなく、奥様のお言葉を聞かせてもらえたことが私や生まれてくるかもしれない子供のために良かった。

 私には貴族のことはわからない。エヴァン様がそれが普通だと考えて子供をエヴァン様と同じように育てると言われれば疑問を感じることすらなかっただろう。

 だが、そうしてはいけないのだと知った。子供は私と同じように育たなければならない存在なのだ。

 そして子供がそのことに疑問を持つことがあれば私は教え諭さなければならない。

 そのことを子供を持つ前に私自身がよくよく理解しておく必要があった。

 そうでなければ、私が産む子は何れ不幸になる。

 それに奥様に許されているのだと思えることがやはり嬉しい。誰に許されなくても奥様に許されたのだから、という安堵の気持ち。

 私はエヴァン様との子を望んだ。奥様は甘いとおっしゃったが、私はエヴァン様の優しいところを愛している。

 だから奥様以外の他の誰にも許されなくてもエヴァン様の子をこの手に抱くことをこの日決意した。

 そのことを後悔したことはないし、私はエヴァン様とリカルドを愛している。

 だからこそ、奥様の言葉を忘れたことはない。

 そして、奥様に生き写しのようなジェシカお嬢様が奥様と同じような言葉をリカルドにかけてくださった時にはこみ上げるものがあった。

 私はお二人へのご恩を決して忘れることはないだろう。

 どうか、エヴァン様が馬鹿な考えを捨ててくれますように。

 リカルドがずっと幸せでいられますように。

 そして、奥様のお子様方の行く先が素晴らしいものでありますようにと祈った。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

盲目公爵の過保護な溺愛

クマ三郎@書籍&コミカライズ3作配信中
恋愛
伯爵家の長女として生まれたミレーヌ。平凡な容姿に生まれた彼女は、美しい妹エミリアと常に比べられ、実の両親から冷遇されて育った。 パーティーでは家族の輪に入れて貰えず、いてもいなくてもいい存在。 そんな現実から逃れようと逃げ出した先で、ミレーヌは美しい容姿をした目の不自由な男性と出会うが──

【完結】君が見ているその先には

彩華(あやはな)
恋愛
君は誰をみている。 彼女は僕ではない誰かを想い続けている。 それは君だけではなく誰もがその人を待っている。  僕はなぜここにいるのだろう・・・

禁断の関係かもしれないが、それが?

しゃーりん
恋愛
王太子カインロットにはラフィティという婚約者がいる。 公爵令嬢であるラフィティは可愛くて人気もあるのだが少し頭が悪く、カインロットはこのままラフィティと結婚していいものか、悩んでいた。 そんな時、ラフィティが自分の代わりに王太子妃の仕事をしてくれる人として連れて来たのが伯爵令嬢マリージュ。 カインロットはマリージュが自分の異母妹かもしれない令嬢だということを思い出す。 しかも初恋の女の子でもあり、マリージュを手に入れたいと思ったカインロットは自分の欲望のためにラフィティの頼みを受け入れる。 兄妹かもしれないが子供を生ませなければ問題ないだろう?というお話です。

将来の嫁ぎ先は確保済みです……が?!

翠月 瑠々奈
恋愛
ある日階段から落ちて、とある物語を思い出した。 侯爵令息と男爵令嬢の秘密の恋…みたいな。 そしてここが、その話を基にした世界に酷似していることに気づく。 私は主人公の婚約者。話の流れからすれば破棄されることになる。 この歳で婚約破棄なんてされたら、名に傷が付く。 それでは次の結婚は望めない。 その前に、同じ前世の記憶がある男性との婚姻話を水面下で進めましょうか。

愛なんか消えてしまえと願う私は悪くないと思う

ましろ
恋愛
「赤ちゃんができたの」 母の言葉に目眩がした。 我が家の両親は恋愛結婚。身分差から駆け落ち同然で一緒になった二人は未だにその愛は消えず、燃え上がり続けているのだからある意味凄いわ。 でもね? どうしてそんなにも子どもを作ってしまうの⁉ 私を入れて子どもは七人。お父さんの給料ではお手伝いさんなんか雇えるわけもなく、おっとりしたお嬢様気質の抜けないお母さんだけで家事育児などできるはずもなく。 そうなると働き手は長女の私だ。 ずっと小さな頃から弟妹のお世話と家事に明け暮れ、それなのにまだ産むと言うの? 「……ねえ、お母さんにとって子どもって何?」 「うふふ。それはね、愛の結晶よ」 愛。愛って何? 私はあなたの愛のために働き詰めなのですけど? 自分達の手に余るなら、そんなモノなど捨ててしまえっ! ❦R-15は保険です。 連載中のものが止まったままのくせに!とは言わないで(泣) 現在、作業中のものがなかなか終わらなくて息抜きのための不定期連載です。

侯爵様の懺悔

宇野 肇
恋愛
 女好きの侯爵様は一年ごとにうら若き貴族の女性を妻に迎えている。  そのどれもが困窮した家へ援助する条件で迫るという手法で、実際に縁づいてから領地経営も上手く回っていくため誰も苦言を呈せない。  侯爵様は一年ごとにとっかえひっかえするだけで、侯爵様は決して貴族法に違反する行為はしていないからだ。  その上、離縁をする際にも夫人となった女性の希望を可能な限り聞いたうえで、新たな縁を取り持ったり、寄付金とともに修道院へ出家させたりするそうなのだ。  おかげで不気味がっているのは娘を差し出さねばならない困窮した貴族の家々ばかりで、平民たちは呑気にも次に来る奥さんは何を希望して次の場所へ行くのか賭けるほどだった。  ――では、侯爵様の次の奥様は一体誰になるのだろうか。

お飾りの私と怖そうな隣国の王子様

mahiro
恋愛
お飾りの婚約者だった。 だって、私とあの人が出会う前からあの人には好きな人がいた。 その人は隣国の王女様で、昔から二人はお互いを思い合っているように見えた。 「エディス、今すぐ婚約を破棄してくれ」 そう言ってきた王子様は真剣そのもので、拒否は許さないと目がそう訴えていた。 いつかこの日が来るとは思っていた。 思い合っている二人が両思いになる日が来ればいつの日か、と。 思いが叶った彼に祝いの言葉と、破棄を受け入れるような発言をしたけれど、もう私には用はないと彼は一切私を見ることなどなく、部屋を出て行ってしまった。

処理中です...