愛とオルゴール

夜宮

文字の大きさ
8 / 36
愛とオルゴール

06. 恋人との逢瀬

 あの日の叔父と父の話し合いは結論が出ないままだったようだ。

 私とネイサンは叔父から説明するために詳細を確認しなければならないから少し時間がほしいと言われていた。

 父からは特に何も言われなかった。

 姿を見かけるたびに父から寄せられる鬱陶しい視線を完全に無視して私はネイサンに寄り添った。

 リカルド母子との面会はそんな中で得た明るい題材のひとつだった。父は完全に孤立している。いい気味だ。

 ネイサンは、私がリカルド母子に会って彼らの気持ちを聞いてきた話をすると驚いていた。

 私は祖父母とネイサンに約束どおりリカルド母子の無実を訴えたのだ。

 祖父はここのところ少し体を悪くしているため手短に父の所業とリカルド達の話、私とネイサンの思いを伝えると、深く深く吐息をついたものだ。

 また、祖父は気力まで衰えているわけではないので、父と上手く分担しながらも、実権は手にしているが、そのこともあって父は暴走しているのだろう、と言った。

 祖母のほうは祖父の看病の傍ら女主人がいない侯爵家を今でも取り仕切っているのだが、この話を聞いて、あの子結局何もわかっていないのね、と肩を落としていた。

 父はとんだ親不孝者でもある。

 そんな中、私は恋人に誘われて久しぶりに華やいだ気持ちでいた。

 一年前にデビュタントを済ませた私には家格も釣り合いがとれる相思相愛の恋人がいるのだ。

 既に両家の間では婚約を前提とした話が進められていて、細かい内容を詰め終われば、あとは正式な婚約の手続きをするだけという状態の素敵な恋人が。

「どうしたの? ジェシー。今日はずっとどこか浮かない顔をしているよね」

 ベンチで寄り添う私の最愛の人、ブロア公爵家の嫡男であるアンソニーが私の髪を弄びながら言った。

 私たちは馬車で公園を散歩した後、薔薇が見ごろのアンソニーの家の庭園でお茶を飲み、その後、何を話すでもなく、互いの存在を感じながら過ごしているところだった。

「ごめんなさい、アンソニー。実は、家のことで色々あって」

「そうか」

 アンソニーはそれ以上は聞かず、慰めるように私の手を取って優しくキスをしてくれた。

 その後は気を取り直して楽しいことだけを考えるようにして他愛無い会話を交わしていたのだが、やはりあの日から何の進展もなければ説明もないまま曖昧になっている話を完全に頭の中から追い払うことなどできなかった。

 ふと思いついてアンソニーに問いかけてみる。

「ねえ、フォンテーヌ伯爵家のこと、貴方はどれくらい知っているかしら?」

 アンソニーは私の手を片手で握り、もう片方の手で額にかかった私の髪の毛を優しく撫でつけたりしていたが、私の言葉を聞いて不思議そうにその手を止めた。

「フォンテーヌ伯爵家? なぜ突然そんなことを?」

「少し、気になることがあって。何れお話しすることもあるかもしれないけれど、ごめんなさい、今は何も言えないの」

 そうか、と言って少し考えるそぶりをしていたアンソニーが話し始めた。

「フォンテーヌ伯爵はかなりのやり手らしいね。王家の覚えもめでたい、有力な貴族の一人だ。

 伯爵の一人娘はよく城に上がっていて、同じ年頃の従兄弟である王子たちと子供のころから仲良くしているよ。

 知っていると思うけれど、彼女は王の実の姪で王子殿下達にとってはいとこにあたるからね。

 早くに亡くした彼女の母親を兄である王や先王達は溺愛していたそうだから残された令嬢を不憫に思っているのもあるみたいだ」

 その話は有名なものだったから私も聞いたことがあることを思いだした。ネイサンを婿養子になどという馬鹿馬鹿しさに気を取られすぎていて今まで忘れていたのだ。

「ああ、デビュタント前に大恋愛の末に結婚したという王女殿下とその恋人ね? 産褥で亡くなったという、あの悲劇の恋人達。

 伯爵は今でも亡くなった王女殿下を愛していて、どんなに進められても後妻を娶らないって聞いたわ」

 アンソニーは肩を竦めた。
 私の言葉の調子にメロドラマを愛する女性特有の甘さを感じとったのか、少し引いているのかもしれない。

「そうらしいね。まあ、僕が見た感じフォンテーヌ伯爵は恋に溺れるってタイプには見えないけれど、とても愛らしい王女だったらしいからそういうこともあったのかもしれないな」

「愛する人を亡くしてから人が変わったって話だから、今の印象とは違っていて当たり前なのではないかしら?」

「確かに……そうだな、考えたくはないことだけど、そんなことになったらと考えると、伯爵の気持ちもわかる気もするかな」

 そう言って、アンソニーは黙り込み、俯いたまま私の手を撫でている。

 私は彼の手を握り、彼の注意を引いて言った。

「その令嬢はまだ社交界にでる年ではないのでしょう? デビュタント前のお茶会にもあまり足を運ぶことがないみたいで会ったことがないから、どのような方なのか私にはわからないのだけれど、貴方はお城で見かけることがあるのよね?

 どんな方なのかしら?」

 その時、アンソニーは少し表情を変えたように見えた。私はその事に少し違和感を感じたが、一瞬のことだったし、アンソニーを信じているからとりあえずは不問にして質問の答えをせっついた。

「確かに何度か見かけたことがある、というか挨拶を交わしたことくらいだな。

 もちろん、個人的な関わりは一切無いよ。 

 王太子殿下と仕事の話をしている時に第二王子殿下が連れまわしているのに出くわしたり、逆に彼らが王太子殿下や我々がいる場にやってきたりといったことがあるんだ。

 見た感じはどちらかというとまだ少女めいているというか、デビュタント前の令嬢だなと思わせる拙い感じがあるね。

 顔立ちはまあ、可愛らしいといえば一般的にみて可愛らしい令嬢なのかもしれないね。

 おっと、これは君が聞きたがったから言っているだけだよ。だから僕が彼女に対してどうこう思っているなんて誤解はしないでほしい。

 僕の目にうつるのはいつだって君だけなんだからね」


 私は彼の言葉を素直に受け入れた。
 彼は私の頬を撫でると、そこに優しくキスをした。

 付き添いのメイドの咳払いに私たちは微笑みあって適切な距離を取り戻す。

 それから、彼が続けた。

「うーん、それから頻繁に城に上がっていたのはもっと幼い頃のことだ。今はそれほどではないんじゃないかな。

 王太子殿下の話を聞く限りでは陛下は姪としてとても可愛がっているが、王妃殿下はいとことはいえ年頃の娘と王子たちが親しげに付き合うことをあまりよく思われていないようだ。

 まあ、それは僕たち王太子殿下の側近にしてもそうだしね。

 僕らは特定の人間が殿下にあまり馴れ馴れしく近づきすぎないよう気を配るようにしている。

 王太子殿下より自由にされている第二王子殿下はよく一緒にいるようだけど」

 たしか、令嬢は第二王子よりも一つ下だと言ったと思うとアンソニーは付け加えた。

「そうなの……あら、だけど、少し年は離れているけれど、実家の勢力が強く、王家と縁のある愛らしい令嬢なら引く手あまたかもしれないわよね。特に、偶然だとしても頻繁に出会うような関係だと」

 私の言葉にアンソニーは面白そうに笑った。

「嫉妬かい? 僕にはとびっきり美しい、愛しい恋人がいるんだから他の令嬢なんて目に入らないよ」

「本当に?」

「本当だよ。信じないの?」

「信じているわ」

「愛しているよ僕のジェシー。ああ、早く皆に君は僕のものだと正式に発表したいな。

 僕だって君のことを信じているけれど、君のことを狙ってる男は山ほどいるから心配なんだよ。他の誰にも目を向けたりしないで」

 アンソニーの言葉に今度は私が微笑んだ。

「それは私だって同じよ。愛しているわアンソニー。だから、貴方こそ他の人に目を奪われたりしないでね。そんなことになったら私、どうしていいかわからない」

「そんなことはないと誓うよ。愛してる、ジェシカ。僕には君だけだ」

「私もよ、アンソニー」

 私たちはメイドが邪魔する前に、甘い甘いキスを交わした。

 既に巻き込まれている騒動のことなんて想像もせずに。

あなたにおすすめの小説

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

上手に騙してくださらなかった伯爵様へ

しきど
恋愛
 アイルザート・ルテシオ伯爵は十七歳で家督を継いだ方だ。  文武両道、容姿端麗、人柄も良く領民の誰からも愛される方だった。そんな若き英雄の婚約者に選ばれたメリッサ・オードバーン子爵令嬢は、自身を果報者と信じて疑っていなかった。  彼が屋敷のメイドと関係を持っていると知る事になる、その時までは。  貴族に愛人がいる事など珍しくもない。そんな事は分かっているつもりだった。分かっていてそれでも、許せなかった。  メリッサにとってアイルザートは、本心から愛した人だったから。

彼の過ちと彼女の選択

浅海 景
恋愛
伯爵令嬢として育てられていたアンナだが、両親の死によって伯爵家を継いだ伯父家族に虐げられる日々を送っていた。義兄となったクロードはかつて優しい従兄だったが、アンナに対して冷淡な態度を取るようになる。 そんな中16歳の誕生日を迎えたアンナには縁談の話が持ち上がると、クロードは突然アンナとの婚約を宣言する。何を考えているか分からないクロードの言動に不安を募らせるアンナは、クロードのある一言をきっかけにパニックに陥りベランダから転落。 一方、トラックに衝突したはずの杏奈が目を覚ますと見知らぬ男性が傍にいた。同じ名前の少女と中身が入れ替わってしまったと悟る。正直に話せば追い出されるか病院行きだと考えた杏奈は記憶喪失の振りをするが……。

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

心の中にあなたはいない

ゆーぞー
恋愛
姉アリーのスペアとして誕生したアニー。姉に成り代われるようにと育てられるが、アリーは何もせずアニーに全て押し付けていた。アニーの功績は全てアリーの功績とされ、周囲の人間からアニーは役立たずと思われている。そんな中アリーは事故で亡くなり、アニーも命を落とす。しかしアニーは過去に戻ったため、家から逃げ出し別の人間として生きていくことを決意する。 一方アリーとアニーの死後に真実を知ったアリーの夫ブライアンも過去に戻りアニーに接触しようとするが・・・。

あなたの愛が正しいわ

来須みかん
恋愛
旧題:あなたの愛が正しいわ~夫が私の悪口を言っていたので理想の妻になってあげたのに、どうしてそんな顔をするの?~  夫と一緒に訪れた夜会で、夫が男友達に私の悪口を言っているのを聞いてしまった。そのことをきっかけに、私は夫の理想の妻になることを決める。それまで夫を心の底から愛して尽くしていたけど、それがうっとうしかったそうだ。夫に付きまとうのをやめた私は、生まれ変わったように清々しい気分になっていた。  一方、夫は妻の変化に戸惑い、誤解があったことに気がつき、自分の今までの酷い態度を謝ったが、妻は美しい笑みを浮かべてこういった。 「いいえ、間違っていたのは私のほう。あなたの愛が正しいわ」

全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。

彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。

笑い方を忘れた令嬢

Blue
恋愛
 お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。