愛とオルゴール

夜宮

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愛とオルゴール

11. 突然の訪問者

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 その日は、私以外は皆屋敷を留守にしていた。

 私は花嫁衣裳に使うためのレースを見せてもらうことになっていて、ドレスメーカーの職人との話し合いをしているところだったのだが、少し慌てた様子の家令が私の部屋へとやってきて、先ぶれもなく私に会いたいと屋敷にやってきた令嬢がいると言ってきた。

「フォンテーヌ伯爵令嬢ですって?」

「そうなのです。それだけでなく、第二王子殿下もご一緒だということで」

 家令も困惑顔をしていた。普通、こんなことはおきないものだからだ。

「わたくしに会いに? ネイサンではなく?」

「はい、そうおっしゃっておられるのです」


 私たちはしばし沈黙して、互いに顔を見合わせた。

 私はまだフォンテーヌ伯爵令嬢だけでなく、第二王子殿下とも正式にはお会いしたことがない。

 王太子殿下は既に成人されていて夜会にも参加されているが第二王子殿下はネイサンと同じ年で、まだ成人されていないのだ。

 非公式にお見かけするくらいのことはあったかもしれないが、あちらも私のことを特にご存じないのではないかと思われた。

「ネイサンがいないからということではないのね?」

「はい、最初からジェシカ様をと」

 先ぶれもなく、初対面で会いに来るなんていったい何ごとだろう?

 考えられるとすれば、婚約話が持ち上がったけれどすぐに撤回されたあの話の延長で令嬢がネイサンに会いたがるということくらいだ。

 しかし、王族まで屋敷に来ているのに会わないというわけにはいかない。

 私は、訝しく思いながらも彼らに会うことにした。

 王子殿下と私とでどこか気まずい空気の中一通り挨拶を終えると、それまで黙ったまま俯いて座っているだけだった令嬢が急に私を見るとほろほろと涙を流し始めたのには驚いた。

「あの、私、どうしても貴女にお会いしたかったの。わ、私、アンソニー様のことをとてもお、お慕いしているのです。貴女とアンソニー様が婚約されたことは聞きました。だけど、私、諦められなくて」

 アンソニー?!

 なぜ彼の名が出てくるの?

 それに彼女はいったい、自分が何を言い出しているのかわかっているの??

 何がどうなっているのかわからなかったが、私は目の前で涙を流す令嬢の姿をまじまじと見つめた。

 まだどこか幼さが漂う雰囲気のフォンテーヌ伯爵令嬢だが、女の私から見るとその庇護欲をそそる風情が彼女の持ち味なのだと納得できるようなところがあった。

 つまり、彼女は自分の魅力を知っていてそれを上手く使うことのできる女の人で、私は今、そのような女性から宣戦布告を受けている?

 よくわからないが、きっとそういうことなのだろう。

「そうですか」

 私は、令嬢のことを困ったような顔で見ている第二王子殿下の様子をうかがった。

 この人、いったい何のためにここにいるのだろう? 伯爵家の令嬢が単身侯爵家に乗り込んでくるには分が悪いから協力してる? 

 こんな非常識な態度で非常識なことを言い出している令嬢を諫めるわけでもなく付き添っているだけなんて大丈夫なのだろうか、という不敬な気持ちを隠すように慎重に。

「申し訳ないのですけれど、今日はわたくしとても忙しくしておりますの。できれば手短にわたくしに会いに来られた理由を教えていただいてもよろしいかしら?」

 令嬢を味方するためにいるとしても、第二王子殿下の事はとりあえず気にしないことにして、私は侯爵令嬢として伯爵家の令嬢に対峙することにした。

「ですから、あ、貴女に認めていただきたいのです。私がアンソニー様とお会いすることについて」

 ???

「婚約者に他の女性が近づくのを許容せよとおっしゃるの? 何のために? 何故、わたくしがそんなことをする必要があるのでしょう?」

 なんとまあ。お父上を非常識な方だと思ったけれど、この方はその上をいくんじゃないだろうか……。

「私、わ、私はアンソニー様に私のことを知ってもらいたくて。その機会を与えてほしいだけなんです。

 もっとちゃんと、私のことを見てもらいたい。そうでなければ、不公平です! 貴女にはその機会があったのでしょう? だから私にもそれを許して頂きたいの」

 私は、今度は堂々と第二王子殿下を見た。

 もしかして、この人もこの令嬢の言っていることが正しいと思っているのだろうかとそれが知りたくて。

 でも、よくわからなかった。

 王子殿下は悲痛な顔をして令嬢を見ているだけだったから。

「お話になりませんわね。もうよろしいかしら? 人を待たせておりますの」

 すると、それまで令嬢のことしか見ていなかった第二王子殿下が慌てた様子でこちらに向き直って言った。

「ロートレック侯爵令嬢、私からも頼む。一度でいいんだ、そうだよな、リリー? 

 一度、リリー、いやフォンテーヌ伯爵令嬢にアンソニーと話をさせてやってはくれないだろうか。

 突然貴女のところに押しかけてしまったことは申し訳ないと思う。だが、貴方が許してくれるのなら、アンソニーもあんな態度は取らないと思うんだ」

 アンソニーが駄目だから私?
 どうしてそうなるのかよくわからない。

「そもそも、それがよくわかりませんのよ。いったいなぜ、アンソニーが話をすることを断ったからとわたくしに会いに来ようと思われたのか。

 そして、わたくしが令嬢のおっしゃることに従う道理がどこにあるのか。

 わたくしが知らなくて良い話をなぜこの場でされるのか」

「それは……」

 そう言って王子殿下はまた黙ってしまわれた。

「不敬を承知で申し上げます。どうぞ、お帰りください」

「まって! 困るわ、そんなの」

「やめるんだ、リリー。ロートレック侯爵令嬢、申し訳なかった。

 だが、どうか、こちらの気持ちも汲み取ってほしい。

 一度でいいんだ、リリーにアンソニーと話をする機会を持たせてやってほしい。そうすれば諦めもつくと」

「待って、諦めってなによ、フレッド。私、彼女に許しをもらわなくちゃいけないの。そして、アンソニー様に」

「やめろ、リリー。これ以上は駄目だ」

「嫌、離してよ、フレッド、フレッドってば」

 それからも何か色々と言っていたが、結局令嬢は、殿下とその護衛たちに半ば引き摺られるようにして出ていくことになった。

 私はその様子をあっけに取られて見ていた。

 とにかく、フォンテーヌ伯爵令嬢も第二王子殿下も言ってはなんだがかなりおかしな人達だ。

 あの人たちの考えることを汲み取れる人などいないのではないか。

 こんなこと、誰かに話しても信じてはもらえないのじゃないだろうかなどと思いながら、私は待たせていた職人たちのところへ戻った。

 あれは現実に起こったことだったのだろうか?

 私はあの白昼夢のような出来事をいったい誰に相談すればいいのだろう?

 アンソニーはあの令嬢のことをどれくらい知っているのだろうか。

 人が一番幸せな時にあんなことを言いにやってくるような女をああまで惹きつけるなんて、アンソニーは普段、他の女性を相手にどんな態度でいるのだろうか。
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