愛とオルゴール

夜宮

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愛とオルゴール

10. 母のオルゴール

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 アンソニーと私は婚約が決まってから、とても幸せな時を過ごしていた。

 私達は結婚式に向けての準備についてや私の花嫁修業についなど両家を交えて和やかに話し合いをした。

 また、お茶会や夜会の場では祝福だけでなく公爵家の有能で見た目も良い嫡男との婚約に対するやっかみにも対処することになったのだが、それすら夢見心地で乗りきったほどに、とにかく幸せだった。

「これなんだけど、君の気に入るかと思って作らせたんだ。どうかな?」

 アンソニーは会うたびに花束やチョコレートといったような物から少し高価な小物などいつも贈り物をしてくれるのだが、この日は小さな小物入れのような物を取り出し、渡してくれた。

「まあ……素敵ね。とても手が込んでいるわ」

 私は差し出されたものを手にとり、見つめた。

「君はこういうものが好きだろう? 開けてみて」

 それは小さなオルゴールだった。

 思わず固まってしまった私に、アンソニーは曲を聞いてみて欲しいと言った。

「まあ、これ、私達が初めてダンスを踊った時の曲ね!」

 オルゴールは夜会で好まれるワルツのメロディーを奏でた。

「そうなんだ。この曲を選んで入れてもらったんだよ」

 アンソニーに初めて会った時、私は彼に特別なものを感じた。一目惚れだったと思う。

 そして、その彼に見とれたまま手を引かれて踊ったのがこの曲だった。

「思い出の曲だし、君は今でも夜会でこの曲が流れると嬉しそうにしているからね」

 本当の事だとは言え、淑女としては少し恥ずかしく思わなければならないような話だが、彼の前では仕方のないことだ。

「だって思わず笑顔になってしまうのだもの。そして、すぐに貴方と踊りたくなるのよ」

 アンソニーはオルゴールを持った私の手を包み込み、私の目を見つめた。

「僕だってそうさ。気に入ってくれた?」

「とっても。嬉しいわアンソニー、ありがとう」

 それは私の心からの気持ちだった。

 実は、先日の書斎での話し合いの後、私はダニエル叔父様に呼び止められた。

「ジェシカ、君のところに姉の宝石や使っていた小物なんかが全て纏めて取ってあると思うのだけれど、その中に金地にエメラルドグリーンの飾りがついた小さなオルゴールがあるかい?」

「……ええ、叔父様、あるわ」

 叔父が言うのは、昔、母の部屋に置いてあったオルゴールの事だとすぐにわかった。

「その、実はそれを譲ってくれないかな。母親の形見を取り上げるようなことをして申し訳ないんだけれど、どうか頼むよ」

 母の形見は他にも沢山ある。だけど、できれば私はあのオルゴールを手放したくなかった。

「なぜ今頃になってそんなことをおっしゃるの?」

 私が渡すのを拒みたがっている気配を感じたのか叔父は焦ったように言った。

「いや、その、母上がな、最近また少し弱ってきているだろう? それで、このごろ姉上のことをよく考えるらしいんだ。

 だから、最期まで姉上が大切にしていたものを渡してやったらどうかと思ってね。

 それに、そうだ、代わりといっては悪いが、母上からは婚約の決まった君に宝石箱を譲りたいとも言われているんだった。どうだろうか」

 叔父はどうしてもあのオルゴールを手に入れたいようだった。

 母方の祖母は母に似た私をとても可愛がってくれている。

 最近、体調が良くないことは私も気になっていた。

 その祖母がどうしてもというのなら、仕方が無いと思った。

「わたくしには他に形見と言えるようなものがありますから、あれはお譲りします。

 お祖母様のご様子はどうなのかしら? 私、明日にでもお話相手になりに行くわ。その時に持っていきましょうか?」

 すると叔父は首を横に振った。

「いや、そう心配するほどじゃないよ。ただ明日の朝には静養のために領地にむけて出発することになっているんだ。

 だから良ければ今私が受けとって帰りたいんだが。母に持たせてやろうと思うから。

 落ち着い頃に手紙を書いてくれると母上も喜ぶだろう」

「もちろん手紙は書くけれど、明日、立たれるなら私、今から叔父様と一緒に行ってお祖母さまに直接お渡しするわ。では今から取ってきますわね」

「だが、ブロア家の子息がもうじきここへみえる予定だから君は彼を迎えなければ。母上には、ちゃんと言っておくし、またすぐに会える」

「そう、なら少しお待ちになって」

 こうして、母のオルゴールを手放すことになった私は少し感傷的になっていた。

 あのオルゴールは母のお気に入りだった。

 母の部屋には沢山の可愛らしくて素敵な小物が置いてあったが、その中でもあれは特別だった。

 偶然にもアンソニーがくれたオルゴールは形は少し違っているが母がもっていた物と同じく、エメラルドグリーンの飾りがついていて、まるで、私の寂しさを埋めるために誂えてくれたみたいだった。

「アンソニー、貴方っていつも私を幸せな気持ちにしてくれるのね」

「そうかい? 僕のほうこそいつも君に幸せにしてもらってるからお互い様だね」

 アンソニーはそう言って私の手から優しくオルゴールを取り上げると、二人の前で掲げるようにしてかざした。

「でも、実は正直に白状すると、このオルゴールを贈ることを思いついたのは僕だけの手柄じゃないんだ。

 母上が父上と婚約していた頃に、こういう物を贈るのが流行っていたらしいんだよ。

 その頃は異国から取り入れられたばかりでまだ希少な物だったらしい。

 それなりに高価なものでもあったみたいだけれど、なにより婚約者から贈られると幸せになれるとか言われ始めて希少価値みたいなものがついて入手困難になったそうだ。

 父上はロマンティックな心情は理解しない人だけど、他人が争って手に入れて贈ってるものなら自分もやらなきゃ気が済まない人だからさ、母上は誰よりも素晴らしい特別に豪華な品物を瞬く間に手にしてたって話。

 でも、そのオルゴールの話をする母上は幸せそうだったからさ、今となっては珍しいものじゃないし、流行りでも何でもないけれど、両親のそんな様子にあやかって僕も君にこれをあげたいなと思ったんだ。

 ほら、見てごらん、表層に君と僕の目の色を使っているんだ。そういうのがまあ、当時の恋人達に喜ばれたところだったみたいだね。二人の永遠の愛の証ということでさ」

 少し照れたような顔をしたアンソニーを見て、私の口から心に浮かんだ思いがこぼれ出た。

「愛しているわ、アンソニー。私、貴方のことを本当に心から愛してるの。この気持ちは永遠にかわらないわ」

 アンソニーは私の髪を優しく撫でつけながら微笑んだ。

「僕もだよ、ジェシー。僕も永遠に君を、君だけを愛してる。僕の愛しい未来の花嫁さん」

 半年後には私はアンソニーの花嫁になる。幸せな未来が私達を待っていると思うし、全て順調にいっている。

 でも、ひとつだけ、気になる事があった。
 
 母のオルゴールを望んだ時の叔父の少し不可解な態度や祖母の言葉に感じた違和感。

 いくらあの父だって、今回の件はやはりずっとどこかおかしかった。

 その事が少し私の中で蟠っていた。

 
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