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恋情模様
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しおりを挟む順調に赤堀との仲は深まっていると思っていた。仕事帰りに誘えば一緒に食事をするし、休日に出掛けようと声を掛けてみると互いの好みがそう遠くはなく、身近に感じられる存在だと再認識するばかりだ。
その日はやっておかねばならない仕事があり、定時を過ぎても残って画面を睨んでいた。あと少しで完成するのに上手く言葉が見付からないな、と考えあぐねいていたときだった。
手元に置いていたスマホに電話着信の通知が届き、送り主を確認してみれば飲み会に行くと言っていた野白の名前だった。
わざわざ電話してくるなんて数えるくらいしかなく、何か急ぐのかもしれない可能性に通話ボタンを押した。
「どうした、珍しいな」
『あー、青山?』
この時間帯であることに加えて気付かないこともあるメッセージ送信。おそらく確実に俺を捕まえるために電話をしてきたということは。
「赤堀もいるのか?」
『うん、そう……失恋したって潰れてんぞ。迎えに来いよ―――』「野白、すきー」
ピッ
いや、待て。
色々と情報を整理しようじゃないか。聞き間違いか?そんなことないよな、聞こえてきたよな。野白の声と、すぐ側にいるのであろう赤堀の声が。しかも、何と言っていたか?ああ聞こえた、はっきり『野白好き』だと。そうだった。間違いなくそう言っていた。
どういうことだ?
それに失恋とも言っていたか。誰が誰にだって?言っては何だが赤堀の想い人は自分だという自負がある。慎重に丁寧に刷り込んだ。この二年間で築いたものはそう簡単に消せるような軽さではないはずだ。
俺から赤堀を振るだなんてことはない。考えたこともない。どこをどうなったら失恋に繋がるというのだ。
人間という生き物は単純で、いざとなればいくらでもできるものだ。あれだけ悩んでいた仕事は驚く速さで打ち込んであっという間に片付いた。
パタッとノートパソコンを閉じ身支度を整え、送られてきたマップの店へ向かうことにした。
「悪いな、毎度」
「そう思うならさっさと言えよ」
「…わかってる」
店に入ると『奥にいる』という追加で送られていたメッセージの通り、店内の奥を目指した。そこには壁に寄り掛かり殆ど意識が落ちている赤堀と、何杯目かわからないビールジョッキを片手に顔色変えずグビグビ飲んでいる野白がいた。
俺もまったく酔わない方だが、コイツも同じくらい酒に呑まれた姿を見たことがない。ザルだ。
「俺今日は外回りなのに飲むから来いって呼び付けられてさ、来てみればもう何杯目か飲んでるし。失恋したから誰か紹介しろってよー。…何か言ったわけ?」
「さあ、記憶にないな」
青山も飲む?
いや、俺は赤堀送るからいい。
あっそ。
それで?目線で他に聞いていないのか先を促した。酒はいいから教えろ。俺に心当たりがないのだから、野白の方が少しは話をしている分の情報があるはずだ。
「んー、あー何だっけ、……『好きな人がいるって聞いた』だったかなぁ」
「好きな人……あれか、」
言われてみれば、寄せられた好意を断わるとき口にしたような気がする。まさか本人に聞かれて勘違いをするなど思ってもいなかった。
変な噂や誤解をされることすら懸念して、これまで穏便に尚且つ人目に触れない処で話すよう配慮してきたというのに。
「心当たりがあるのかよ。あのなー、今日どんだけ俺がお前の話聞かされたと思う?『何でもできるのに実は絵が下手なところがかわいい』とか『考え事するとき顎触ってる』とかさ、いらぬ個人情報増えたわ」
「まあな、頬杖つきながら話してただろ?」
「そういやそうだ。何でわかるんだよ」
「好きなこと話すとき、そうするから」
はっ!やってらんねー。とっとと帰れ。
シッシッと追い払うように手先を振られ、野白と飲むなら別の機会に個室でも予約するかと思いながら、赤堀を連れて店を出ることにする。
「ほら、そろそろ帰るぞ」
「うぇ、え…?」
もにゃっと反応はあるものの、イマイチ焦点が定まっていない。本能的に声がした方を見ただけで、俺の存在を認識したとは言い難い。誰だかわからないが人がいるな、くらいのものだろう。
そこから会話になっているような、なっていないような。誰と思われているのか意味の分からない謎の『青山』という人物にされてしまった。本人なのだが、どうしたものか。
赤堀に合わせて返事をしているうちに、ほにゃっと満面の笑みで両腕を伸ばしてきた。
「抱っこしてー」
いや。抱っこって。
大人が言うこともなかなかないだろうが、おかしなことに赤堀が言うと全く違和感がない。それどころか、むしろイイ。甘えてくる姿がたまらない。
「赤堀……やべえな」
固まった俺に、早く連れて行けよ。と野白がつついた。伸ばされた両腕は俺の体へ回させ、とりあえずしがみつかせた状態にする。これであの無防備な顔は誰からも見えなくなったはずだ。
そうして赤堀が飲んだであろう代金を多めに置いて、ひらひら手をふる野白に見送られ店を後にした。
意識はないのに気絶しているわけではないから辛うじて俺にしがみついているし、支えてやればよたよたしてはいるものの不思議と歩は進めていた。
通りでタクシーを捕まえ、俺の自宅へ向かうことにする。赤堀の家まで送って一人で寝かせてやることもできるが、もちろんそんなことするわけがない。これは据え膳でいいだろうし、俺は遠慮なく喰うぞ。
そろそろ潮時というやつだ。
勘違いされたことも忌わしいが、野白を好きだとか、俺が誰か認識していないというのに、しかしおそらく抱きついたことは無意識で。かわいらしい行動と思う反面、警戒心のなさはいかがなものか。そのあたりを問い正してやりたいのも本音ではある。
事実を正しく伝え、俺の好きな奴が誰なのか教えてやりたい。
身も心にも――
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