魂魄シリーズ

常葉寿

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第二章「極道兆空刃(きわむみちきざしのそはや)」

【魂魄・肆】『鬼神啼く声儺にて聞く』15話「空刃と鎌居太刀」

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「えっ」

「まさかッ……」

 カカの指さした楓の舞い散る丘の向こう。

 そこにポツリと立つ男は、遠目でも肌で感じるほどの気迫を放っていた。真っ白な雪山に真っ赤な名残紅葉がハラハラと舞う。その姿を見たマミは顔を青ざめて震えている。

「クソ……オヤジ……」

「さぁ行け、本気を出さねば殺されてしまうぞ」

「……かかってこいマミ、油断は命取りになるぞ」

「えっ……」
 
 ――ヒュン

 立ちすくむ二人を一刃の風が凪いだ。

 すると二人の頬に微かに裂傷が走り、血が滴り落ちて純白の雪を楓よりも赤く染めた。左側に立つマミが左手で左頬を抑え、右側に立つキザシが右手で右頬を抑えた。

 立ち竦んで躊躇ちゅうちょした刹那せつな、つむじ風となって飛翔した飯綱いずなの動きを察知し、二人は左右に俊敏に跳躍して回避する。

「さすがカカ殿だ。娘もだいぶ早くなった……しかし」

「ゴフゥッ」

 険しい山での修行で速度を上げたマミだが、それ以上に鋭い肘打ちを鳩尾みぞおちに受け、思わず吐血する。

 キザシは飯綱の注意をマミから逸らすために、背後から魂操りを放つ。飯綱は瞬時に気配を見抜くと、上空へと跳んだ。

「くッ」

 キザシは魂操りを捻じ曲げ上空の飯綱を追う。これも修業の賜物だ。キザシは今や変幻自在に魂を操ることを身に付けていた。

 だが、フサ、サトリ、キジの魂に追撃された飯綱は、雪が舞う白煙の中から再び姿を現す。

「ほぉ、マミの弟弟子か。まるでかつての俊宗のようだな。フフ……歴史は繰り返すのだな」

 そのマミよりもひとまわりも、二まわりも巨大な飯綱の隆々とした筋肉を覆う毛並みは、冬の陽を浴びて艶々と光り輝いていた。

 キザシの魂操りを受け防寒具は塵と化したが、その下にはみるからに美しい体毛が輝き、なんの影響も与えなかったことを物語っている。

「秘術を得た私に並みの魂操りは効かぬぞ。原理を見抜いているからな」

 そう言うと飯綱は空中で腕を大きくふるとつむじ風となり、そこから半弧はんこの光の刃が生まれ、キザシに向かって放たれた。マミは危険を察知し自分も腕を振りかぶり、同様に発生させた半弧を放つ。

 ――バキィィン

 まるで刃物と刃物が激しくぶつかり合うような金属音がして、空中で光の刃同士が衝突し消滅した。

 その光の半弧は修行後の今だからこそ可視化されたが、マミと出会った頃にキザシの足を切りつけた技だった。

「マミ、ようやく空刃くうじんを編み出すことができたか……だが、それはあくまで秘術の一部分にしか過ぎないぞ。お前に手本を見せてやろうッ」

 そう叫ぶと飯綱は空中から消えた。否、実際は高速移動したため目が追い付かないだけだった。マミは辛うじて軌道を読めたが、まだ力の及ばないキザシは風圧で吹き飛ばされてしまう。

「うあっ!」

 地面に倒れて立ちあがろうとした瞬間、激痛が体中を包み、思わず大声を出す。

 改めて身体を見てみると、なにか鋭い刃物に斬りつけられたような大きな裂傷はあるが、やはり痛みもなければ出血もなかった。

「なんなんだ……これは」

「自らのこんを放つことをげきという。一つ目の撃で相手を転倒させ動きを封じ、二つ目の撃で的確に対象を空刃で斬る。そして最後に、三つ目の撃で癒しの気を放つ。悪戯好きの妖怪、その中でも最速の異名を持つムジナの秘儀よ。さらに……」

「えっ」
 
 ――ヒュンヒュンヒュンヒュンッ

 マミは驚くキザシを抱きかかえて跳躍した。

 すると、二人がいた場所の地面が盛りあがり上空へと向かい、放射線状に無数の空刃が飛び出した。周囲の岩や木々はまるで豆腐や野菜が切られたような切り口で斬られていく。

「こ、これは……」

「ムジナの秘術……鎌居太刀かまいたちッ。クソオヤジめ……本気で私たちを殺すつもりだッ」

 マミがギリリと歯を食いしばり、地上にゆっくりと着地した父親を睨みつける。飯綱はそんな娘に動揺することなく、淡々と二人に説明した。

「空刃は虚空から生み出す気の刃だ。研ぎ澄まされた鋭い魂の刃で、巨大な岩や大木であっても……このような切れ味となる。我々ムジナは妖怪の特権とも言える悪戯に、この技を巧みに採り入れるのだ。先ほどマミの言ったようにな。そして第二撃のみを扱うのが今の秘術だ。攻撃に特化したものなので派手はでとなる」

「派手?」

 父親と対峙しながらマミがキザシに説明する。

「そう。本手ほんでに対するのが派手。あたしたち妖怪は悪戯をするのが本懐だから、攻撃にのみ特化したものは派手と言って忌み嫌うの。要はその妖怪の持つ秘術ね」

 そして飯綱は満足そうに大きく頷くと、説明をつけ加える。

「物事には『どう』がある。そして、この信念や信条とも言えるべき『道』は考え方や思想により『りゅう』としてわかれる。そして、わかち合った袂から更にどのような考え方に追従するかで『』が決まる。我々妖怪は他者を傷つけぬ『悪戯いたずら』を本懐とした妖怪道を進み、個々であるムジナ流を継承し、飯綱派を極める。そして本懐である悪戯の流れに特化した技を本手の正道とし、攻撃に特化した技を派手と呼び、これを邪道じゃどうとする。そして、邪な道ゆえに秘術として扱われ、限られた正当な後継者のみが継承していくのだ」

 そこまで聞いていたキザシはハッとして大きく声を荒げる。

「じゃ、じゃあ、飯綱さんはマミを正当な後継者として認めているからこそ厳しく接した?」

 キザシはマミと顔を見合わせる。そして目の前に対峙したムジナの意を組み取ろうとした刹那、それまで師弟対決を見守っていたカカが目を見開いて叫んだ。

「……いかんッ、神社と寺が木葉天狗どもに襲撃された」

「え、そこにはカグヤとヨイチがッ!」

 先導するカカを追い、一同は慌てて山を駆け降りた。
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