魂魄シリーズ

常葉寿

文字の大きさ
164 / 185
第二章「極道兆空刃(きわむみちきざしのそはや)」

【魂魄・肆】『鬼神啼く声儺にて聞く』14話「魂魄力」

しおりを挟む
 ――溟真山くらまやま

 この山は狂都きょうとの北にあるが、子供を魔界に連れ去る木葉天狗がいるので、あまり人々が近付くことはない。

 キザシとカグヤ、それにヨイチは竜宮にいる乙婀に大嶽丸復活の相談をしようと、最短の道を進んで森を抜けようとしていた。

「くそッまた天狗か……雷神ッ」

 そう叫ぶとヨイチは突撃銃を空飛ぶ天狗に向ける。

 この山に入ってから木葉天狗の襲撃を受けたのは一度や二度ではない。その度にキザシの魂操りと共に迎撃していった。

 しかし、今度ばかりは一筋縄ではいかない。空飛ぶ天狗は握った楓団扇で、いとも簡単に雷神の気を弾き返した。

「げっ」

 ヨイチは顔を青ざめて自らが放った気を全力で避ける。転げた拍子に舞った砂埃の中から現れたのは、木葉天狗とは別の黒いからすの頭を持った天狗だった。

「お前は……烏天狗からすてんぐッ」

「ヒトよ。気持ちよく飛んでいた私に銃を向けるとは……いい度胸だ。地獄に送り怪鳥に目を突かせてやる」

「待って下さいッ、聡明な貴方を木葉天狗と間違って撃ってしまっただけなんです。彼を許してやってください」

「お主は?」

「今は流浪の身ですが、元は邪馬徒朝廷軍部使役所総長……キザシと申します」

「おぉ、噂は聞いておる。なんでも桃太郎時代に鬼と呼ばれ、狩られそうになった異人を森に逃した……心優しい人物だとな。シテ、こんなところになに用だ」

 構えた団扇を下ろした烏天狗を見てホッと胸をなでおろす。

 キザシは今までの経緯を話した。烏天狗は木葉天狗と違い、頭が良く強くて善行をする山の妖怪だ。是が非でも味方になって貰いたい。

「そうか……遂に大嶽丸の封が解かれたか。やはり、反魂香を狸に任せたのは過ちだった」

 烏天狗はそう言うと悔しそうに空を見上げた。彼の名はカカと言い、多くの者が彼の元で修行するそうだ。彼が言うには、現在は一人だけだが妖怪を鍛えていて、彼女はかつて俊宗に騒速そはやを得る閃きを与えた男の娘だという。

「彼女の名はマミ。秘術を習得しようと修行中だ」

「マミ?」

 そう呟くキザシはズキンと痛身を覚えたので、驚いて足元を見ると、そこにはヒュンヒュンとなにかが物凄い速度で飛び回り、彼の足に無数の傷をつけていた。

「アレ……痛くない?」

 足には明らかに傷跡があるのに痛みはなく出血さえない。不思議がり驚いていると、カカが叫んだ。

「マミ、やめいッ」

 するとそこには一人の半獣の少女が立っていた。

「テン……いや、イタチの半獣か」

「愚かものッ、あたしは数百年生きたイタチが妖怪化したムジナよ、一緒にしないでッ」

 マミはプンスカと頬を吹くらませて怒っている。実年齢はともかく、見た目はキザシたちより少しだけ年上のように見える女性だ。スラリとした長身、肩に届かぬ短めの髪は、冬の太陽を浴びてキラキラと煌めいている。

「キザシよ、今日からこのマミとともに修行するのだ」

「えっ……そんな急にッ、乙婀にも連絡を取らないと」

「まずは修行が先じゃ。どうせ今は竜宮には行けまい」

 そう言うと烏天狗はバサバサと羽ばたき「ついて来い」と三人を森の奥深くへ連れて行った。大きな鳥居の先に神社があり、近くには寺もあった。

 烏天狗は、キザシとマミを鍛えているあいだ、カグヤは神社で巫女の仕事をし、ヨイチは寺で座禅でも組んでいろと命令した。あまりに強引な烏天狗に困惑を隠せないが、二人は無料飯の代りと、渋々言う通りにするのだった――。

 ○
 
「父親との……確執かくしつ?」

「……そう」

 数日が過ぎ、共に修行するうちに、すっかり打ち解けたキザシとマミは、厳しい修行の間の僅かな休息時に、互いの私情を話すほどに仲良くなっていた。

 地面に仰臥おうがし、冬空の雀が鳴くのを聞き息を整える。

「あのクソオヤジっ!今まではバカがつくほど甘々な父親だったのに、ある日、本気で殺しにかかってきた。ホント、なに考えてんのか、わからないわ」

「どうしてそんなことを?」

「こっちが聞きたい。だから縋るようにカカ様の元に来たわ。あのまま親父のそばにいたら確実に死んでた」

 彼女の父親――飯綱いずなはかつて俊宗と共にカカの元で修行した兄弟弟子だと言う。

 伝説上の鬼神を破った騒速を編み出した俊宗、その彼を弟弟子に持つ飯綱に狙われたら死んだも同然だ。キザシは思わず身震いした。

「早く秘術を習得しないと……親父に場所がバレるのも時間の問題だわ」

「秘術って?」

「気操術と魂操りを絡めたものよ。超絶、ムズイんだからっ」

「それは確かに難しそうだね」

 キザシは考える。全身の一霊四魂を結合させている気を自在に操る術と、その自分の魂を操る事を同時に行うのは至難のわざだ。並大抵の魂魄力では実現させるのは困難だろう。

 ――魂魄力こんぱくりょく

 それは、このカカの元で修行する過程で学んだ知識だった。

 身体は肉体的な容器であり、皮膚で覆われ、肉臓器が入る。そして魄は精神的な容器であり、気で覆われ魂である一霊四魂が入る。

 気操術はこの気を一時的に外界に何らかの形で放出するものだが、並大抵の魂力では四魂はバランスを崩しバラバラになってしまう。

 また魂操りは他者の魂と血の契約を結び、自分の中に取り入れ放出することで成り立つ。しかし、自分の魂を気とともに放出させるには規格外の魄力が必要だ。

魂力こんりょくゼロになると術が発動できない」

魄力はくりょくが零になると戦闘すらできない」

「それでもまだ死んではいない。両方が零になり、宿命と言う名の寿命を迎え初めて生き物は……死ぬ」

「カカさまッ」

 二人はバッと勢いよく飛び起きた。

 数日の修行のあと、教われば教わるほど目の当たりにするカカの凄さに、彼らは心の底から畏敬の念を覚え、頭より先に体が瞬時に動くようになった。

 背筋を正してカカの次の言葉を待つ。

「運命は命が運ぶもの、自分自身を変えれば世界が変わり、運命も変えることができる。しかし、宿命は命そのものに宿るから自分では成す術がない。絶えず自分の死に時はいつなのか、心して置きなさい」

「はいッ」

「さて、そろそろ最終試練だ。二人ともついてきなさい」

 カカはそう言うと、二人をある場所に導いた。

 二人は歩きながら顔を見合わせた。ここ数日は基礎的な修行ばかりだった。空気の薄い山で走り込み、縦横無尽に駆け巡った。

 そして大小様々な小石を気で積み上げ、時には遥か遠くにある極めて小さな的に的確に当てる。

 気操術のほか、自分自身のこんを操ることも習った。

 自分の魂を外界に放出するので、外傷とは異なる激しい苦痛を伴うが、カカの「痛みを知る者のみが、他者を傷つけることを許される」という格言に感銘を受けて、ただひたすら苦痛に耐えるしかなかった。

「……あの男を殺せ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

江戸の夕映え

大麦 ふみ
歴史・時代
江戸時代にはたくさんの随筆が書かれました。 「のどやかな気分が漲っていて、読んでいると、己れもその時代に生きているような気持ちになる」(森 銑三) そういったものを選んで、小説としてお届けしたく思います。 同じ江戸時代を生きていても、その暮らしぶり、境遇、ライフコース、そして考え方には、たいへんな幅、違いがあったことでしょう。 しかし、夕焼けがみなにひとしく差し込んでくるような、そんな目線であの時代の人々を描ければと存じます。

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

対米戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。 そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。 3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。 小説家になろうで、先行配信中!

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

花嫁

一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。

処理中です...