【完結】捨てられた薬師は隣国で王太子に溺愛される

青空一夏

文字の大きさ
15 / 28

13 庭に埋められたもの

しおりを挟む
【ミレイユ視点】 (◆◇◆の後は俯瞰視点に変わります)

「――これを、あの女の家の庭に埋めなさい」
 私は淡々と、厳かに命じた。

 目の前のテーブルには、布で覆われた小箱がある。中には、黒い儀式布、黒蛇の抜け殻、干からびた三つ目トカゲの尾などが入っている。
 いずれも、古くから“呪いの儀式”に使われるとされてきた道具たちで、今でもその効力は信じられていた。

 命じたのは、私の忠実な手勢のひとり――神殿付きの若い神官だ。
 私の恩寵を受けて昇進した男で、口答えひとつするはずもない。

「慎重に。誰の目にも触れぬように。でも、私が“偶然発見できる”程度の浅さに埋めなさい」
「……かしこまりました、聖女様」
 彼は顔色ひとつ変えず、静かに頷いた。

「リーナが住んでいる家の裏手、森のそばに埋めるといいわ。そこでよくポーション作りをしているらしいから、言い逃れはできないわ」
「かしこまりました。そのように」

 私は優しく微笑んだ。使える駒にはいい主人と思われた方が得よ。
「あなたの忠誠心はとても立派よ。神は、見ていらっしゃるわ。あなたにはきっと祝福がありますよ」

 ◆◇◆

 夜の帳が落ちた頃――
 黒衣をまとったその神官は、ナナとリゼの家の裏手に忍び込んでいた。
 音を立てぬよう、草の影を縫うようにして、誰にも見られぬよう足を運ぶ。

 手には、聖女から託された小箱。
 彼は裏庭の一角、森のそばの土を小さな手鍬で掘り返す。
 深く掘ることは許されていない。聖女の言葉通り、“偶然発見できる”程度に。

 やがて、小さな穴ができる。
 そこへ、儀式具を、そっと埋めた。
 土を被せ、草の葉を戻し、跡を丁寧に整える。
 夜の風がひゅうと吹いても、彼の手元は乱れない。
 これは任務。神の光に選ばれし者のための――“正義の準備”なのだ。

 誰にも知られず、静かにその場を後にする時、 彼の顔に迷いの色はなかった。
 なぜなら、それが“聖女の御心”であるのなら、それはすなわち神意なのだから。

 ――ピィ。

 甲高く、だがどこか怒ったような声がした。
 神官が反射的に顔を上げると、そこには一羽の小鳥がいた。
 青い羽に胸元はふわりと白く、つぶらな黒い目でじっとこちらを見つめている。

 スフレドリだ。神殿をよく飛んでいた小鳥だったが、近頃はまったく姿を見せなくなっていた。
 それが、なぜここに――。

 神官が一歩下がった、その瞬間だった。
 スフレドリの羽がふるりと震える。
 青白く淡く光った一枚の羽根が、静かに空へ舞い上がり――やがて、弧を描いて飛んできた。

「……っ!」

 羽根が彼の手の甲に触れた瞬間、チリ、と音を立てて白い煙が立ちのぼる。
 冷たいはずなのに、肌はジュッと焼けつくように爛れ、思わず彼は息を飲んだ。

「ぐ、くそっ……!」

 反射的に手を押さえながら、彼はその場から距離を取った。
 引き裂くような痛みと、焦げたような匂い。
 なのに熱はなく、代わりに、ひどく冷たい痺れが残っていた。

 背後から、スフレドリの澄んだ鳴き声がもう一度響く。
 それはどこまでも清らかで、美しかったが――警告のようにも思えた。

 翌朝――

 その男は高熱にうなされ、寝台から起き上がることもできなかった。
 焼けるような発熱と、骨の芯まで凍える悪寒。
 どれほど効能の高い薬を服用しても、聖女が治癒の力を注いでも、容体は一向に回復しなかった。

 それは三日三晩続いた。
 そして、三日目の夜。
 彼は夢の中で、はっきりと見たと言う。
 ――小さな青い鳥が冷たい瞳で、天から自分を見下ろしていた姿を。


 だが、ミレイユはその神官のことなど、露ほども気に留めていなかった。
 ただひとつ、彼女の心にあったのは――リーナの家へ向かう、完璧な口実を思いついたということ。

 ミレイユは静かに、けれど確かに唇を吊り上げた。
 それは、これから獲物を狩ろうとする者の冷酷な笑みだった。

しおりを挟む
感想 52

あなたにおすすめの小説

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

「華がない」と婚約破棄されたけど、冷徹宰相の恋人として帰ってきたら……

有賀冬馬
恋愛
「貴族の妻にはもっと華やかさが必要なんだ」 そんな言葉で、あっさり私を捨てたラウル。 涙でくしゃくしゃの毎日……だけど、そんな私に声をかけてくれたのは、誰もが恐れる冷徹宰相ゼノ様だった。 気がつけば、彼の側近として活躍し、やがては恋人に――! 数年後、舞踏会で土下座してきたラウルに、私は静かに言う。 「あなたが捨てたのは、私じゃなくて未来だったのね」

家も婚約者も、もう要りません。今の私には、すべてがありますから

有賀冬馬
恋愛
「嫉妬深い女」と濡れ衣を着せられ、家も婚約者も妹に奪われた侯爵令嬢エレナ。 雨の中、たった一人で放り出された私を拾ってくれたのは、身分を隠した第二王子でした。 彼に求婚され、王宮で輝きを取り戻した私が舞踏会に現れると、そこには没落した元家族の姿が……。 ねぇ、今さら私にすり寄ってきたって遅いのです。だって、私にはもう、すべてがあるのですから。

地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに

有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。 選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。 地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。 失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。 「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」 彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。 そして、私は彼の正妃として王都へ……

「輝きがない」と言って婚約破棄した元婚約者様へ、私は隣国の皇后になりました

有賀冬馬
恋愛
「君のような輝きのない女性を、妻にするわけにはいかない」――そう言って、近衛騎士カイルは私との婚約を一方的に破棄した。 私は傷つき、絶望の淵に落ちたけれど、森で出会った傷だらけの青年を助けたことが、私の人生を大きく変えることになる。 彼こそ、隣国の若き皇子、ルイス様だった。 彼の心優しさに触れ、皇后として迎え入れられた私は、見違えるほど美しく、そして強く生まれ変わる。 数年後、権力を失い、みすぼらしい姿になったカイルが、私の目の前に現れる。 「お久しぶりですわ、カイル様。私を見捨てたあなたが、今さら縋るなんて滑稽ですわね」。

見捨ててくれてありがとうございます。あとはご勝手に。

有賀冬馬
恋愛
「君のような女は俺の格を下げる」――そう言って、侯爵家嫡男の婚約者は、わたしを社交界で公然と捨てた。 選んだのは、華やかで高慢な伯爵令嬢。 涙に暮れるわたしを慰めてくれたのは、王国最強の騎士団副団長だった。 彼に守られ、真実の愛を知ったとき、地味で陰気だったわたしは、もういなかった。 やがて、彼は新妻の悪行によって失脚。復縁を求めて縋りつく元婚約者に、わたしは冷たく告げる。

【完結】大聖女は無能と蔑まれて追放される〜殿下、1%まで力を封じよと命令したことをお忘れですか?隣国の王子と婚約しましたので、もう戻りません

冬月光輝
恋愛
「稀代の大聖女が聞いて呆れる。フィアナ・イースフィル、君はこの国の聖女に相応しくない。職務怠慢の罪は重い。無能者には国を出ていってもらう。当然、君との婚約は破棄する」 アウゼルム王国の第二王子ユリアンは聖女フィアナに婚約破棄と国家追放の刑を言い渡す。 フィアナは侯爵家の令嬢だったが、両親を亡くしてからは教会に預けられて類稀なる魔法の才能を開花させて、その力は大聖女級だと教皇からお墨付きを貰うほどだった。 そんな彼女は無能者だと追放されるのは不満だった。 なぜなら―― 「君が力を振るうと他国に狙われるし、それから守るための予算を割くのも勿体ない。明日からは能力を1%に抑えて出来るだけ働くな」 何を隠そう。フィアナに力を封印しろと命じたのはユリアンだったのだ。 彼はジェーンという国一番の美貌を持つ魔女に夢中になり、婚約者であるフィアナが邪魔になった。そして、自らが命じたことも忘れて彼女を糾弾したのである。 国家追放されてもフィアナは全く不自由しなかった。 「君の父親は命の恩人なんだ。私と婚約してその力を我が国の繁栄のために存分に振るってほしい」 隣国の王子、ローレンスは追放されたフィアナをすぐさま迎え入れ、彼女と婚約する。 一方、大聖女級の力を持つといわれる彼女を手放したことがバレてユリアンは国王陛下から大叱責を食らうことになっていた。

あなたが「いらない」と言った私ですが、溺愛される妻になりました

有賀冬馬
恋愛
「君みたいな女は、俺の隣にいる価値がない!」冷酷な元婚約者に突き放され、すべてを失った私。 けれど、旅の途中で出会った辺境伯エリオット様は、私の凍った心をゆっくりと溶かしてくれた。 彼の領地で、私は初めて「必要とされる」喜びを知り、やがて彼の妻として迎えられる。 一方、王都では元婚約者の不実が暴かれ、彼の破滅への道が始まる。 かつて私を軽んじた彼が、今、私に助けを求めてくるけれど、もう私の目に映るのはあなたじゃない。

処理中です...