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14 王妃の名を使えばいい
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【ミレイユ視点】
月に一度の、王妃主催の定例茶会。形式ばったものではあるけれど、それでも宮中の人間たちは、この場をいかに“印象づけるか”に腐心している。
もちろん私も例外ではない――表向きには、ね。
王妃は微笑を浮かべ、手元のカップを置いて、こちらを見つめた。
「最近の体調はいかが? 聖女としてのお務め、無理はしていないかしら?」
「ありがとうございます、殿下。おかげさまで、日々滞りなく務めておりますわ」
お決まりのやり取り。けれど、今日は“話したいこと”がある。
私はカップを持ち上げながら、あえて柔らかい口調で切り出した。
「そういえば――リーナという薬師、王妃殿下付きの薬師に任命されたとか。……平民出身ながら、たいした出世ですわね」
王妃は少しだけ眉を上げた。
「あぁ……あの子。なかなか良いポーションを作るのよ。重宝していますよ。お陰で本当に体調が良くなったわ」
「でしたら、感謝の意味も含めてご褒美として、なにか贈り物をあげてはいかがでしょう?」
「……褒美?」
「えぇ。リーナは孤児院育ちの身で、さぞかし大変な人生だったはずですわ。ですから、慈悲深い王妃殿下がそのよな立場だった者にまで目をかけて、ご褒美を賜る。民衆はきっとそのお優しい心に感動することでしょう。私が届けに伺いますわ。殿下の思し召しとして」
王妃は少しだけ考え込み、やがて頷いた。
「……あなたがそう言うのなら。任せるわ」
その瞬間、私は静かに微笑んだ。
――これでいい。正当な“名目”ができた。
王妃の名を冠した贈り物を届ける。これ以上に堂々と、あの女の住処へ足を踏み入れる理由があるかしら?
もちろん、品物などどうでもいい。
本当に欲しかったのは――
“あの家”に、胸を張って入り込む機会。
裏庭を歩き回っても、棚を眺めても、誰にも不審がられない立場。
もし、タイミングよく“何か”が見つかったなら――そのときは、神の名のもとに断罪すればいい。
ふふ……もっとも、“面白い物”が出てくるのは、すでに決まっているのだけれどね。
◆◇◆
「ごめんくださいな。リーナさん、いらっしゃるかしら?」
扉を開けた彼女の顔は、少し驚いていた。そうよね。まさか、私が来るなんて思いもしなかったでしょうから。
「お変わりないようで何よりですわ。急に押しかけてしまってごめんなさいね? 王妃殿下からお預かりした品がありまして――――少し、お時間よろしいかしら?」
私は胸に抱えていた小さな木箱を差し出した。中には、貴族の間でも限られた家でしか味わえない希少な砂糖菓子と、王都でも屈指の紅茶葉が入っている。
「殿下もあなたのポーションの素晴らしさをとても喜んでいらっしゃって。“ささやかでも感謝の気持ちを届けたい”と仰っていたのよ」
リーナは一瞬、迷うような顔をしたが、やがて受け取った。
「……わざわざ、ありがとうございます」
「とんでもないわ。それに、私も個人的に謝りたくて。ほら、ギルの件では……いろいろとあったものね?」
わざとらしく、少し眉を下げる。
あくまでも“善人の顔”を崩さずに。
「よろしければ、お茶でもいただけるかしら? 少し喉が乾いてしまって」
リーナは、戸惑ったような表情を浮かべたまま、しばらく黙っていた。そのとき、奥の方から女性の声が響く。
「……どうぞ。狭い家ですけど」
声の主は、同居している同僚だろう。あの薬師仲間のひとりに違いない。
「まあ、ご親切に。お邪魔しますわね」
私は優雅に歩を進めながら、さりげなく室内を見渡す。
贅沢さはないけれど、意外と手入れは行き届いているようね。
「綺麗に片付いていて、居心地の良いお宅ですこと。あら、お庭も素敵ね。裏手には森が広がっていて……自然に囲まれた、穏やかな暮らしっていいわね」
窓辺に立ち、私はちらりと裏庭を見やった。
その奥――森との境に近い場所。あのあたり。
“あれ”が埋まっているのは、まさにそこ。
神官からの報告で、正確な位置も把握済みよ。
でも、今はまだそのことを表に出す時間じゃない。
これはあくまで、善意の訪問。
無垢な笑顔を貼り付けないと。
その仮面は、今は崩さない。
さあ、リーナ。
あなたは今――覚悟は、できているかしら?
月に一度の、王妃主催の定例茶会。形式ばったものではあるけれど、それでも宮中の人間たちは、この場をいかに“印象づけるか”に腐心している。
もちろん私も例外ではない――表向きには、ね。
王妃は微笑を浮かべ、手元のカップを置いて、こちらを見つめた。
「最近の体調はいかが? 聖女としてのお務め、無理はしていないかしら?」
「ありがとうございます、殿下。おかげさまで、日々滞りなく務めておりますわ」
お決まりのやり取り。けれど、今日は“話したいこと”がある。
私はカップを持ち上げながら、あえて柔らかい口調で切り出した。
「そういえば――リーナという薬師、王妃殿下付きの薬師に任命されたとか。……平民出身ながら、たいした出世ですわね」
王妃は少しだけ眉を上げた。
「あぁ……あの子。なかなか良いポーションを作るのよ。重宝していますよ。お陰で本当に体調が良くなったわ」
「でしたら、感謝の意味も含めてご褒美として、なにか贈り物をあげてはいかがでしょう?」
「……褒美?」
「えぇ。リーナは孤児院育ちの身で、さぞかし大変な人生だったはずですわ。ですから、慈悲深い王妃殿下がそのよな立場だった者にまで目をかけて、ご褒美を賜る。民衆はきっとそのお優しい心に感動することでしょう。私が届けに伺いますわ。殿下の思し召しとして」
王妃は少しだけ考え込み、やがて頷いた。
「……あなたがそう言うのなら。任せるわ」
その瞬間、私は静かに微笑んだ。
――これでいい。正当な“名目”ができた。
王妃の名を冠した贈り物を届ける。これ以上に堂々と、あの女の住処へ足を踏み入れる理由があるかしら?
もちろん、品物などどうでもいい。
本当に欲しかったのは――
“あの家”に、胸を張って入り込む機会。
裏庭を歩き回っても、棚を眺めても、誰にも不審がられない立場。
もし、タイミングよく“何か”が見つかったなら――そのときは、神の名のもとに断罪すればいい。
ふふ……もっとも、“面白い物”が出てくるのは、すでに決まっているのだけれどね。
◆◇◆
「ごめんくださいな。リーナさん、いらっしゃるかしら?」
扉を開けた彼女の顔は、少し驚いていた。そうよね。まさか、私が来るなんて思いもしなかったでしょうから。
「お変わりないようで何よりですわ。急に押しかけてしまってごめんなさいね? 王妃殿下からお預かりした品がありまして――――少し、お時間よろしいかしら?」
私は胸に抱えていた小さな木箱を差し出した。中には、貴族の間でも限られた家でしか味わえない希少な砂糖菓子と、王都でも屈指の紅茶葉が入っている。
「殿下もあなたのポーションの素晴らしさをとても喜んでいらっしゃって。“ささやかでも感謝の気持ちを届けたい”と仰っていたのよ」
リーナは一瞬、迷うような顔をしたが、やがて受け取った。
「……わざわざ、ありがとうございます」
「とんでもないわ。それに、私も個人的に謝りたくて。ほら、ギルの件では……いろいろとあったものね?」
わざとらしく、少し眉を下げる。
あくまでも“善人の顔”を崩さずに。
「よろしければ、お茶でもいただけるかしら? 少し喉が乾いてしまって」
リーナは、戸惑ったような表情を浮かべたまま、しばらく黙っていた。そのとき、奥の方から女性の声が響く。
「……どうぞ。狭い家ですけど」
声の主は、同居している同僚だろう。あの薬師仲間のひとりに違いない。
「まあ、ご親切に。お邪魔しますわね」
私は優雅に歩を進めながら、さりげなく室内を見渡す。
贅沢さはないけれど、意外と手入れは行き届いているようね。
「綺麗に片付いていて、居心地の良いお宅ですこと。あら、お庭も素敵ね。裏手には森が広がっていて……自然に囲まれた、穏やかな暮らしっていいわね」
窓辺に立ち、私はちらりと裏庭を見やった。
その奥――森との境に近い場所。あのあたり。
“あれ”が埋まっているのは、まさにそこ。
神官からの報告で、正確な位置も把握済みよ。
でも、今はまだそのことを表に出す時間じゃない。
これはあくまで、善意の訪問。
無垢な笑顔を貼り付けないと。
その仮面は、今は崩さない。
さあ、リーナ。
あなたは今――覚悟は、できているかしら?
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