【完結】捨てられた薬師は隣国で王太子に溺愛される

青空一夏

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13 庭に埋められたもの

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【ミレイユ視点】 (◆◇◆の後は俯瞰視点に変わります)

「――これを、あの女の家の庭に埋めなさい」
 私は淡々と、厳かに命じた。

 目の前のテーブルには、布で覆われた小箱がある。中には、黒い儀式布、黒蛇の抜け殻、干からびた三つ目トカゲの尾などが入っている。
 いずれも、古くから“呪いの儀式”に使われるとされてきた道具たちで、今でもその効力は信じられていた。

 命じたのは、私の忠実な手勢のひとり――神殿付きの若い神官だ。
 私の恩寵を受けて昇進した男で、口答えひとつするはずもない。

「慎重に。誰の目にも触れぬように。でも、私が“偶然発見できる”程度の浅さに埋めなさい」
「……かしこまりました、聖女様」
 彼は顔色ひとつ変えず、静かに頷いた。

「リーナが住んでいる家の裏手、森のそばに埋めるといいわ。そこでよくポーション作りをしているらしいから、言い逃れはできないわ」
「かしこまりました。そのように」

 私は優しく微笑んだ。使える駒にはいい主人と思われた方が得よ。
「あなたの忠誠心はとても立派よ。神は、見ていらっしゃるわ。あなたにはきっと祝福がありますよ」

 ◆◇◆

 夜の帳が落ちた頃――
 黒衣をまとったその神官は、ナナとリゼの家の裏手に忍び込んでいた。
 音を立てぬよう、草の影を縫うようにして、誰にも見られぬよう足を運ぶ。

 手には、聖女から託された小箱。
 彼は裏庭の一角、森のそばの土を小さな手鍬で掘り返す。
 深く掘ることは許されていない。聖女の言葉通り、“偶然発見できる”程度に。

 やがて、小さな穴ができる。
 そこへ、儀式具を、そっと埋めた。
 土を被せ、草の葉を戻し、跡を丁寧に整える。
 夜の風がひゅうと吹いても、彼の手元は乱れない。
 これは任務。神の光に選ばれし者のための――“正義の準備”なのだ。

 誰にも知られず、静かにその場を後にする時、 彼の顔に迷いの色はなかった。
 なぜなら、それが“聖女の御心”であるのなら、それはすなわち神意なのだから。

 ――ピィ。

 甲高く、だがどこか怒ったような声がした。
 神官が反射的に顔を上げると、そこには一羽の小鳥がいた。
 青い羽に胸元はふわりと白く、つぶらな黒い目でじっとこちらを見つめている。

 スフレドリだ。神殿をよく飛んでいた小鳥だったが、近頃はまったく姿を見せなくなっていた。
 それが、なぜここに――。

 神官が一歩下がった、その瞬間だった。
 スフレドリの羽がふるりと震える。
 青白く淡く光った一枚の羽根が、静かに空へ舞い上がり――やがて、弧を描いて飛んできた。

「……っ!」

 羽根が彼の手の甲に触れた瞬間、チリ、と音を立てて白い煙が立ちのぼる。
 冷たいはずなのに、肌はジュッと焼けつくように爛れ、思わず彼は息を飲んだ。

「ぐ、くそっ……!」

 反射的に手を押さえながら、彼はその場から距離を取った。
 引き裂くような痛みと、焦げたような匂い。
 なのに熱はなく、代わりに、ひどく冷たい痺れが残っていた。

 背後から、スフレドリの澄んだ鳴き声がもう一度響く。
 それはどこまでも清らかで、美しかったが――警告のようにも思えた。

 翌朝――

 その男は高熱にうなされ、寝台から起き上がることもできなかった。
 焼けるような発熱と、骨の芯まで凍える悪寒。
 どれほど効能の高い薬を服用しても、聖女が治癒の力を注いでも、容体は一向に回復しなかった。

 それは三日三晩続いた。
 そして、三日目の夜。
 彼は夢の中で、はっきりと見たと言う。
 ――小さな青い鳥が冷たい瞳で、天から自分を見下ろしていた姿を。


 だが、ミレイユはその神官のことなど、露ほども気に留めていなかった。
 ただひとつ、彼女の心にあったのは――リーナの家へ向かう、完璧な口実を思いついたということ。

 ミレイユは静かに、けれど確かに唇を吊り上げた。
 それは、これから獲物を狩ろうとする者の冷酷な笑みだった。

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