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20 地獄の奴隷生活
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【ミレイユ視点】
手の皮が、また剥けた。
薬草なんかじゃない、これは毒草よ。触れただけで、指が痺れる。茎の汁が皮膚に沁みて、熱を帯びた。
それでも摘むしかない。一日三十束。数が足りなければ、食事も、水さえ与えられない。
私は……かつて、聖女だった。
王に称えられ、神の声を授かり、あらゆる病を癒した。
それが今は、奴隷として、毒草を摘む毎日。日差しは焼けるように強く、帽子すら許されない。
顔は、もう真っ黒に日焼けしているだろう。鏡などないが、わかる。
肌はひび割れ唇は黒ずみ、きっと酷い顔になっている。
その証拠に指は変色して、爪が剥がれ始めていた。
「三十束。まだ足りねぇな、偽聖女様よぉ!」
監視兵が嘲るように言った。背後から蹴り飛ばされ、膝が泥にめり込んだ。
痛い。けど、声は出せない。泣いても許されない。
この国では、奴隷に悲鳴の価値はない。
うるさいと、鞭が飛んでくるだけよ。
夜、掘っ立て小屋の隅で、彼が戻るのを待つ。
ギルベルト。――唯一、この国で私の栄光を知る存在。
「おい……水……」
かすれた声。戻ってきた彼は、全身を土と煤にまみれさせ、咳き込みながら膝をついた。
「……今日も死者が出た。崩れたんだ。奥の坑道が」
ギルベルトが呟きながら、水桶を引き寄せ、がぶがぶと飲み始める。
「水はこれしかないのよ! 自分ばっかり飲まないでよっ!」
「うるせー! おまえのせいで俺はこんな目に遭ってるんだぞ。聖女のふりをしたクソ女め」
「なんですって? あんただって有能な騎士のふりをした偽物だったくせに! 今思えば、リーナのポーションのお陰で騎士になれたんじゃない?」
「おまえもなっ! 俺のことばかり悪く言うなよ。クソが! 俺はあのままリーナといたら幸せだったのに。おまえが誘惑してきたからこうなった!」
「なによっ! 喜んでたくせに」
こんなやりとりは、毎日のように続く。私たちは罵り合い、お互い掴み合い、時には殴り合いさえした。ここには安らぎなんかない。あるのは憎しみと疲れと、どうしようもない無力感だけ。
このままなら、死んだ方がまし……。
【ギルベルト視点】
目の奥が痛む。酸素が薄いせいだ。
地面は湿っていて、足を取られる。
肺が焼けるように苦しい。
それでもツルハシは止められない。止めたら、容赦なく鞭が飛んでくるから。
坑道の崩落で、二人潰された。
誰も助けようとしなかった。
それが、“奴隷”の扱いというものだ。
俺は……騎士だった。
誇り高く、剣に生きる者だったはずなのに。
だが今は、泥にまみれ、手には武器ではなく石を砕く工具。
腰はズキズキと痛み、とうに壊れかけている。
「……全部、お前のせいだ」
小屋に戻って、ミレイユの顔を見るたび、そう思ってしまう。
この地獄の始まりは、あいつが“神の声が聞こえる”と口にしたあの日だった。
「私こそ、あなたに相応しいのよ。わかるでしょう? 将来有望なギルは、聖女を選ぶべきなの。これは神託でもあるわ。私たちは協力して、この国を支えていく運命なのよ」
……俺は、それを信じた。
信じて、リーナを切り捨て、聖女を選んだ。
もちろん、打算もあった。ミレイユは美人だったし、ホート伯爵家の一人娘。……利用価値があると思った。愚かだったのは、たぶん、俺のほうだ。
でも、今さら認められるか。
そんなこと認めちまったら、俺はもう二度と立ち上がれなくなる。
今の俺たちにあるのは、憎しみと、狂気だけだ。
癒しなんてない。愛なんてものも、とっくに消えた。
そもそも、愛なんてもの、あったのかも疑わしいくらいさ。
ただ、死ぬまで、この地獄で這いつくばって生きていく――それが俺たちに残された唯一の現実。
「ちっくしょーーっ……!」
叫んでも、誰も助けてくれない。
俺は――この偽聖女に、騙されただけなのに。
。:+* ゚ ゜゚ *+:。。:+* ゚ ゜゚ *+:。
※次のお話は、リーナの幸せを目の当たりにするふたりの描写です! お楽しみに😄
手の皮が、また剥けた。
薬草なんかじゃない、これは毒草よ。触れただけで、指が痺れる。茎の汁が皮膚に沁みて、熱を帯びた。
それでも摘むしかない。一日三十束。数が足りなければ、食事も、水さえ与えられない。
私は……かつて、聖女だった。
王に称えられ、神の声を授かり、あらゆる病を癒した。
それが今は、奴隷として、毒草を摘む毎日。日差しは焼けるように強く、帽子すら許されない。
顔は、もう真っ黒に日焼けしているだろう。鏡などないが、わかる。
肌はひび割れ唇は黒ずみ、きっと酷い顔になっている。
その証拠に指は変色して、爪が剥がれ始めていた。
「三十束。まだ足りねぇな、偽聖女様よぉ!」
監視兵が嘲るように言った。背後から蹴り飛ばされ、膝が泥にめり込んだ。
痛い。けど、声は出せない。泣いても許されない。
この国では、奴隷に悲鳴の価値はない。
うるさいと、鞭が飛んでくるだけよ。
夜、掘っ立て小屋の隅で、彼が戻るのを待つ。
ギルベルト。――唯一、この国で私の栄光を知る存在。
「おい……水……」
かすれた声。戻ってきた彼は、全身を土と煤にまみれさせ、咳き込みながら膝をついた。
「……今日も死者が出た。崩れたんだ。奥の坑道が」
ギルベルトが呟きながら、水桶を引き寄せ、がぶがぶと飲み始める。
「水はこれしかないのよ! 自分ばっかり飲まないでよっ!」
「うるせー! おまえのせいで俺はこんな目に遭ってるんだぞ。聖女のふりをしたクソ女め」
「なんですって? あんただって有能な騎士のふりをした偽物だったくせに! 今思えば、リーナのポーションのお陰で騎士になれたんじゃない?」
「おまえもなっ! 俺のことばかり悪く言うなよ。クソが! 俺はあのままリーナといたら幸せだったのに。おまえが誘惑してきたからこうなった!」
「なによっ! 喜んでたくせに」
こんなやりとりは、毎日のように続く。私たちは罵り合い、お互い掴み合い、時には殴り合いさえした。ここには安らぎなんかない。あるのは憎しみと疲れと、どうしようもない無力感だけ。
このままなら、死んだ方がまし……。
【ギルベルト視点】
目の奥が痛む。酸素が薄いせいだ。
地面は湿っていて、足を取られる。
肺が焼けるように苦しい。
それでもツルハシは止められない。止めたら、容赦なく鞭が飛んでくるから。
坑道の崩落で、二人潰された。
誰も助けようとしなかった。
それが、“奴隷”の扱いというものだ。
俺は……騎士だった。
誇り高く、剣に生きる者だったはずなのに。
だが今は、泥にまみれ、手には武器ではなく石を砕く工具。
腰はズキズキと痛み、とうに壊れかけている。
「……全部、お前のせいだ」
小屋に戻って、ミレイユの顔を見るたび、そう思ってしまう。
この地獄の始まりは、あいつが“神の声が聞こえる”と口にしたあの日だった。
「私こそ、あなたに相応しいのよ。わかるでしょう? 将来有望なギルは、聖女を選ぶべきなの。これは神託でもあるわ。私たちは協力して、この国を支えていく運命なのよ」
……俺は、それを信じた。
信じて、リーナを切り捨て、聖女を選んだ。
もちろん、打算もあった。ミレイユは美人だったし、ホート伯爵家の一人娘。……利用価値があると思った。愚かだったのは、たぶん、俺のほうだ。
でも、今さら認められるか。
そんなこと認めちまったら、俺はもう二度と立ち上がれなくなる。
今の俺たちにあるのは、憎しみと、狂気だけだ。
癒しなんてない。愛なんてものも、とっくに消えた。
そもそも、愛なんてもの、あったのかも疑わしいくらいさ。
ただ、死ぬまで、この地獄で這いつくばって生きていく――それが俺たちに残された唯一の現実。
「ちっくしょーーっ……!」
叫んでも、誰も助けてくれない。
俺は――この偽聖女に、騙されただけなのに。
。:+* ゚ ゜゚ *+:。。:+* ゚ ゜゚ *+:。
※次のお話は、リーナの幸せを目の当たりにするふたりの描写です! お楽しみに😄
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