(完結)「君を愛することはない」と言われて……

青空一夏

文字の大きさ
4 / 37

4 忘れられないクロエ(ハミルトン視点)

しおりを挟む
 私はパリノ公爵家の長男としてこの世に生をうけた。婚約者のクロエ・ランドン公爵令嬢は亜麻色の髪と蜂蜜色の瞳を持つ女性だった。肌は真っ白でシミひとつなく、ぱっちりした瞳のクロエはわたしの理想だった。

「ハミルトン様、この紫色のドレスが欲しいです! ハミルトン様の髪や瞳と同じ色をまとっていたいわ。いつも一緒にいる気持ちになれますもの」

 そのようないじらしいことを言ってくれる婚約者がとても愛おしい。だから彼女が望むことはなんでもしてあげたくなった。宝石が欲しいと言えば買い与え、観劇に行きたいと言えば毎日のように連れて歩く。

「いくらなんでも遊び歩きすぎです! いい加減に現実を見てください。クロエ様が婚約者となってからというもの、パリノ公爵としての仕事がなにひとつ片付いておりません」

 家令のハワードがわたしに何度も忠告したが、その忠告に従うことはなかった。

「ハミルトン様。クロエは最高に幸せですわ! こんなに愛されてとても嬉しいです」

 柔らかく微笑む彼女を見れば、私の行動が正解だと確信できた。

(そうさ、愛らしいピンクの唇から甘くささやくお願いにはあらがえない。ハワードに任せっきりにしてしまうのも仕方ない)

 そして、事件は起こるべくして起こった。

「ハミルトン様! 宝物庫が空っぽになっています」

 パリノ公爵家では、金や貴金属を保管するために特別に作られた宝物庫が、屋敷内の地下にあった。この宝物庫は堅固な扉と厚い石壁に囲まれ、その内部には大きな金庫や貴重な宝石の入った小箱が整然と並んでいた。ところが、その金庫の扉は開け放たれて、中にあった金は全て消えていた。宝石箱も一つ残らず持ち去られている。

「まさか、こんなことがあっていいのか? いったい、誰の仕業なんだ」

「ハワードがいません」

 執事たちが困惑して青ざめていた。パリノ公爵家には執事が3人おり、それを束ねているのがハワードだった。先代からずっとパリノ公爵家に仕えていた忠義者なのだ。裏切るなんてあり得ない。

 しかし、ハワードの部屋からは私物が完全になくなり、その光景から彼が二度とここに戻ることはないだろうという兆候が見て取れた。

(どうしたら良い? 絶望的だ)

 そこにいつもの明るい声が響いて、クロエが来訪したのがわかった。彼女はいつも午前中にやって来る。

「こんにちは! クロエ、また遊びに来ちゃいました。ハミルトン様、今日はどこに遊びに行きますか?」

「クロエ、今日は無理だ。明日も、明後日も、そうだな当分は無理だ。パリノ公爵家は破産する。負債はできるだけ背負いたくないので、一族の裕福な者に爵位を譲り、金に換えるしかないかもしれない」

「なぜですか? 莫大な財産が先代から引き継がれたはずですよね?」

「家令に全財産を持ち逃げされた」

「え?」

「大丈夫だ。爵位や金がなくても、愛があれば幸せに暮らせる。そうだろう?」

「私はもちろんハミルトン様をお慕いしておりますわ。けれど、そのようなことは、お父様に相談しなければいけません。今日は帰りますね」

 クロエは私のために、顔を青ざめさせるほど心配してくれたようだ。

(なんて優しい婚約者なんだ)

 だが、その翌日にはランドン公爵家から婚約破棄の証書が届いた。翌夕方、クロエはパリノ家に来訪し、泣きながら言葉を紡いだ。

「ごめんなさい。ハミルトン様。お父様に反対されましたわ。私の力ではどうしようもないのです。ランドン公爵家の娘としては、家の繁栄に繋がる婚約でないと困るのです。我が家の経済状況も決して良くないので。」

「そうか。すまないね。私が迂闊だったばかりに、こんなことになってしまった」

「そうですね。ハミルトン様が当主として足りなかった部分は、使用人達に甘すぎたことです。だから、主人を舐めてこのようなことをしたのですわ。私のお父様は『使用人達は鞭でしつける』といつもおっしゃっています。また、経済状況が良くなったら、お会いしましょう」

 クロエはふわりと微笑みながら、そっとキスをしてくれた。

「貴方を永遠に愛しますわ」
 
 鈴を振るような綺麗な声で、小さくつぶやいた。その日から、私はクロエのことがなお一層、愛おしいと思うようになったのだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの愛が正しいわ

来須みかん
恋愛
旧題:あなたの愛が正しいわ~夫が私の悪口を言っていたので理想の妻になってあげたのに、どうしてそんな顔をするの?~  夫と一緒に訪れた夜会で、夫が男友達に私の悪口を言っているのを聞いてしまった。そのことをきっかけに、私は夫の理想の妻になることを決める。それまで夫を心の底から愛して尽くしていたけど、それがうっとうしかったそうだ。夫に付きまとうのをやめた私は、生まれ変わったように清々しい気分になっていた。  一方、夫は妻の変化に戸惑い、誤解があったことに気がつき、自分の今までの酷い態度を謝ったが、妻は美しい笑みを浮かべてこういった。 「いいえ、間違っていたのは私のほう。あなたの愛が正しいわ」

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

婚約者が妹と結婚したいと言ってきたので、私は身を引こうと決めました

日下奈緒
恋愛
アーリンは皇太子・クリフと婚約をし幸せな生活をしていた。 だがある日、クリフが妹のセシリーと結婚したいと言ってきた。 もしかして、婚約破棄⁉

【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。 しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。 とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。 =========== 感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。 4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

前世の旦那様、貴方とだけは結婚しません。

真咲
恋愛
全21話。他サイトでも掲載しています。 一度目の人生、愛した夫には他に想い人がいた。 侯爵令嬢リリア・エンダロインは幼い頃両親同士の取り決めで、幼馴染の公爵家の嫡男であるエスター・カンザスと婚約した。彼は学園時代のクラスメイトに恋をしていたけれど、リリアを優先し、リリアだけを大切にしてくれた。 二度目の人生。 リリアは、再びリリア・エンダロインとして生まれ変わっていた。 「次は、私がエスターを幸せにする」 自分が彼に幸せにしてもらったように。そのために、何がなんでも、エスターとだけは結婚しないと決めた。

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

旦那様から彼女が身籠る間の妻でいて欲しいと言われたのでそうします。

クロユキ
恋愛
「君には悪いけど、彼女が身籠る間の妻でいて欲しい」 平民育ちのセリーヌは母親と二人で住んでいた。 セリーヌは、毎日花売りをしていた…そんなセリーヌの前に毎日花を買う一人の貴族の男性がセリーヌに求婚した。 結婚後の初夜には夫は部屋には来なかった…屋敷内に夫はいるがセリーヌは会えないまま数日が経っていた。 夫から呼び出されたセリーヌは式を上げて久しぶりに夫の顔を見たが隣には知らない女性が一緒にいた。 セリーヌは、この時初めて夫から聞かされた。 夫には愛人がいた。 愛人が身籠ればセリーヌは離婚を言い渡される… 誤字脱字があります。更新が不定期ですが読んで貰えましたら嬉しいです。 よろしくお願いします。

処理中です...