年下の婚約者から年上の婚約者に変わりました

チカフジ ユキ

文字の大きさ
3 / 20

3.年下の婚約者と雲行き怪しい結婚3

しおりを挟む
「私の事をご存じでしたか」
「よく存じ上げております。我がロディルガを守って下さっている騎士団の団長様の事くらい、知らない人はいませんわ」

 ヴィクトリアは微笑みながら答えると、相手が少し恥ずかしそうに返してきた。

「きっと大勢知らないと思いますよ。今だって、私の事を騎士団長だと気づいた人はあなた一人ですから」
「騎士隊の制服姿の方が見慣れているからかもしれませんね。実は、普段着姿のミルドレット様は初めてお見かけしますので、人違いかとも思いました」
「よく言われます。普段着姿はマヌケに見えると。そのせいで同一人物に見えないと」
「まあ、そのような事はありませんわ」

 自分を堕とすような冗談を口にする相手に、ヴィクトリアは微笑みながら否定する。
 マヌケどころか、とても素敵な男性に見える。
 大人の落ち着きを身につけて、だからといって年寄り臭さはない。若々しい力強い何かを感じる。

「服装で極端に雰囲気が変わると言うのは否定してはくださらないんですね」
「素敵な殿方なのは事実なので、服装でその魅力が変わる事はないと思います」
「……若い令嬢にそのように褒められると照れますね」

 親切にもヴィクトリアに声をかけてきてくれたのは、この国の第二騎士団の騎士団長である、ルドヴィック・ミルドレットだった。
 若干二十七にして実力主義の第二騎士団において団長に就任したこの国最強の騎士と名高い有名人。
 普段は騎士団長の制服を身にまとっている。
 その姿は凛々しく近寄りがたい硬派な雰囲気なのに、こうして普段着を身にまとっているとどこかの貴公子にしか見えない。
 実際、ミルドレット侯爵家の三男であるから貴公子な訳だけど、騎士団長としての彼の方が有名なので、軟派な貴公子という言葉が当てはまらない気もした。

「親近感――ですか。実は最近は年のせいかどうも説教臭くなってしまって、若い団員には陰口叩かれてるんですよ」
「まあ、説教臭いだなんて。きっと頼りがいのある団長様への愛のある言葉なのではないでしょうか?」
「ははは、若い女性に励まされるとは、私もまだまだですね」

 なかなか会話が楽しい。
 仕事相手でもなく、女性の友人でもなく、ましてや婚約者でもない顔見知りでさえない男性なのに、自然と会話が成り立っている。
 相手が上手く話題を提供してヴィクトリアを楽しませてくれているのだ。

「噂通り紳士なんですね」

 自然とそんな言葉が出てきた。
 彼の噂は良く聞く。
 なにせ、有名人だ。
 若くして騎士団長の座に就いた人物で、実力もある。侯爵家の三男で爵位こそないものの、実家は裕福でもし婿入りする場合の持参金は相当なものだという噂。
 しかも、女性に対しては常に紳士的態度であるとの事だ。
 それをまさか自分が体験することになるとは思っていなかったが。
 しかし、その“紳士”の言葉は相手には不快だったようで、声音が変わった。

「どのような噂か気になるところですが、きっとあまり好ましくない噂なんでしょうね」

 ふっと相手の口元が一瞬歪んだ。
 ヴィクトリアは慌てて否定する。

「そのような事はありません」
「いいんですよ。若い女性の中では“紳士”という言葉がいい意味で使われていなことは知っています」

 皮肉気にそんな事を言われ、ヴィクトリアは少し言葉を濁す。

「……すみません、そういうつもりで言った訳では――」

 本当に、悪意あっての言葉ではなかったが相手を不愉快にさせてしまったようだ。
 困ったように謝罪するヴィクトリアに、ルドヴィックがはっとしたように詫びた。

「こちらこそ、すみません。もちろん、悪意あって言った訳ではないことは分かっています。今の態度は全く紳士的ではありませんでしたね」

 ほぼ初対面の相手。
 噂通り紳士だけど、皮肉屋でもあるようだと知った。

「さて、私の方は待ち人が来たようです。少し失礼しますね」

 ルドヴィックがそう言って席を立つ。
 立ち上がると分かる彼の背は高く、大股で一人の女性に近づいて行く。

 女性はどこかのメイドのお仕着せを着ていた。
 その光景が不思議で思わずその二人が別れるまでずっと見てしまった。

 騎士団長であり、侯爵家の血を引く人の待ち人がメイドというのがなんともおかしい組み合わせに思えた。
 まあ、それこそ人それぞれ事情があるのだから深堀してはいけない。
 とりあえず、密会というわけではなさそうだった。
 会話は最低限だったようで、すぐにメイドの方が離れていくが、その姿がどこか怯えているようにも見えた。
 更にメイドの姿を見送ったルドヴィックの横顔が険しかったので、一瞬ドキリとする、
 何か、悪い知らせだったのか。

 そんな思考も、侍従服に身を包んだ若い男性がこちらに駆け足で寄って来た瞬間霧散した。
 どうやらこちらにも待ち人が来たようだった。
 しかし、本来の待ち人ではない事はあきらかで、ロザリーは目を吊り上げ、わたしはため息をつきたくなった。



しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

執着王子の唯一最愛~私を蹴落とそうとするヒロインは王子の異常性を知らない~

犬の下僕
恋愛
公爵令嬢であり第1王子の婚約者でもあるヒロインのジャンヌは学園主催の夜会で突如、婚約者の弟である第二王子に糾弾される。「兄上との婚約を破棄してもらおう」と言われたジャンヌはどうするのか…

婚約破棄された令嬢は、“神の寵愛”で皇帝に溺愛される 〜私を笑った全員、ひざまずけ〜

夜桜
恋愛
「お前のような女と結婚するくらいなら、平民の娘を選ぶ!」 婚約者である第一王子・レオンに公衆の面前で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢セレナ。 彼女は涙を見せず、静かに笑った。 ──なぜなら、彼女の中には“神の声”が響いていたから。 「そなたに、我が祝福を授けよう」 神より授かった“聖なる加護”によって、セレナは瞬く間に癒しと浄化の力を得る。 だがその力を恐れた王国は、彼女を「魔女」と呼び追放した。 ──そして半年後。 隣国の皇帝・ユリウスが病に倒れ、どんな祈りも届かぬ中、 ただ一人セレナの手だけが彼の命を繋ぎ止めた。 「……この命、お前に捧げよう」 「私を嘲った者たちが、どうなるか見ていなさい」 かつて彼女を追放した王国が、今や彼女に跪く。 ──これは、“神に選ばれた令嬢”の華麗なるざまぁと、 “氷の皇帝”の甘すぎる寵愛の物語。

王子に買われた妹と隣国に売られた私

京月
恋愛
スペード王国の公爵家の娘であるリリア・ジョーカーは三歳下の妹ユリ・ジョーカーと私の婚約者であり幼馴染でもあるサリウス・スペードといつも一緒に遊んでいた。 サリウスはリリアに好意があり大きくなったらリリアと結婚すると言っており、ユリもいつも姉さま大好きとリリアを慕っていた。 リリアが十八歳になったある日スペード王国で反乱がおきその首謀者として父と母が処刑されてしまう。姉妹は王様のいる玉座の間で手を後ろに縛られたまま床に頭をつけ王様からそして処刑を言い渡された。 それに異議を唱えながら玉座の間に入って来たのはサリウスだった。 サリウスは王様に向かい上奏する。 「父上、どうか"ユリ・ジョーカー"の処刑を取りやめにし俺に身柄をくださいませんか」 リリアはユリが不敵に笑っているのが見えた。

2度目の結婚は貴方と

朧霧
恋愛
 前世では冷たい夫と結婚してしまい子供を幸せにしたい一心で結婚生活を耐えていた私。気がついたときには異世界で「リオナ」という女性に生まれ変わっていた。6歳で記憶が蘇り悲惨な結婚生活を思い出すと今世では結婚願望すらなくなってしまうが騎士団長のレオナードに出会うことで運命が変わっていく。過去のトラウマを乗り越えて無事にリオナは前世から数えて2度目の結婚をすることになるのか? 魔法、魔術、妖精など全くありません。基本的に日常感溢れるほのぼの系作品になります。 重複投稿作品です。(小説家になろう)

乙女ゲームの世界だと知っていても

竹本 芳生
恋愛
悪役令嬢に生まれましたがそれが何だと言うのです。

もてあそんでくれたお礼に、貴方に最高の餞別を。婚約者さまと、どうかお幸せに。まぁ、幸せになれるものなら......ね?

当麻月菜
恋愛
次期当主になるべく、領地にて父親から仕事を学んでいた伯爵令息フレデリックは、ちょっとした出来心で領民の娘イルアに手を出した。 ただそれは、結婚するまでの繋ぎという、身体目的の軽い気持ちで。 対して領民の娘イルアは、本気だった。 もちろんイルアは、フレデリックとの間に身分差という越えられない壁があるのはわかっていた。そして、その時が来たら綺麗に幕を下ろそうと決めていた。 けれど、二人の関係の幕引きはあまりに酷いものだった。 誠意の欠片もないフレデリックの態度に、立ち直れないほど心に傷を受けたイルアは、彼に復讐することを誓った。 弄ばれた女が、捨てた男にとって最後で最高の女性でいられるための、本気の復讐劇。

この偽りが終わるとき

豆狸
恋愛
「……本当なのか、妃よ」 「エドワード陛下がそうお思いならば、それが真実です」 この偽りはまだ終わるべきときではない。 なろう様でも公開中です。

公爵令嬢は結婚前日に親友を捨てた男を許せない

有川カナデ
恋愛
シェーラ国公爵令嬢であるエルヴィーラは、隣国の親友であるフェリシアナの結婚式にやってきた。だけれどエルヴィーラが見たのは、恋人に捨てられ酷く傷ついた友の姿で。彼女を捨てたという恋人の話を聞き、エルヴィーラの脳裏にある出来事の思い出が浮かぶ。 魅了魔法は、かけた側だけでなくかけられた側にも責任があった。 「お兄様がお義姉様との婚約を破棄しようとしたのでぶっ飛ばそうとしたらそもそもお兄様はお義姉様にべた惚れでした。」に出てくるエルヴィーラのお話。

処理中です...